とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第百四話
――レヴィやディアーチェ、自分の娘達を見習って力技をやってみた。
まず家を出て、ひたすら走る。ここは閉ざされた世界だと言っていたが、閉ざした本人であるリインフォース本人の発言だ。まったく信じられない。
自分の武器以外は、全て思い出せている。俺はかつて日本中を旅した男だ、体力には自信がある。健脚でなければ、そもそも一刻を旅して回れない。
力の限り走り回って、すぐに諦めた――前だけ見て走っていたら、自分の家が見えてきたからだ。
「おかえりなさい。だから無駄だと言ったではないか」
「くそっ、空間をループさせているな」
ジュエルシード事件でも結界を張って妨害したフェイトから、結界魔法の特性は聞いている。クアットロのシルバーカーテンでも似たような事をされたので、性質は理解できた。
どういう原理になっているのか構造自体は理解できないが、メビウスの輪のように空間が歪曲している。この世界には果てがなく、この家を起点にループしている。
せめて壁でもあれば殴る蹴るでもしてやったのだが、果てがないのであればただのシャドウボクシングにしかならない。
リインフォースはこの結果が分かっていて、家の玄関先で待っていたのだ。おのれ、馬鹿にしやがって。
「私を殺せば出られると言っているだろう」
「お前を敵対した以上殺すことも覚悟していたが、お前自身にそう言われると何だかやる気が無くなってきた」
「あまのじゃくめ……お前のそういう所も、可愛げがあっていいと思うぞ」
舐められていると睥睨したが、本人の嘘偽りない微笑みを見て怒るのも馬鹿馬鹿しくなった。自分の死を覚悟している女に殺気を向けても、意味がない。
ディアーチェと同じく、例えば殴り倒して気絶させる手も考えなくもなかったのだが、無抵抗の女に拳を入れるのも躊躇われる。
洗脳されているのであれば殺意の一つでもぶつけてほしいのだが、正面から来るのは愛情のみである。
無垢な愛情を向けてくる絶世の美女に、拳を入れられる男なんていないと思う。忍なら、全くもって遠慮しないのだが。
「よし、ジャンケンしよう」
「何だ、急に」
「最初はグー」
「ジャンケン」
「ホイ」
「俺の勝ち、どりゃー!」
「きゅー」
ジャンケンで見事に俺が勝利したので、容赦なくぶん殴る。頭を思いっきり殴られたリインフォースは目を回して倒れた。ふははははは、フェミニストなんぞクソ喰らえよ!
日本のお座敷遊びの一種で、ハンマーヘルメットと俗称で呼ばれる遊戯が存在する。攻撃用の棒と防御用のヘルメットを配置してジャンケン、勝者は相手への攻撃権が与えられる。
一方で敗者は防御権が与えられるのだが、リインフォース本人はこれに当て嵌まらない。ルールを事前に説明しても、多分俺に負けたら無抵抗で殴られていただろう。
本人が最初から死ぬ気であれば、ジャンケン後の権利なんて無意味である。だから俺はジャンケンだけ正当に勝負して、容赦なく殴ったのだ。
「鬼のように強い魔導師のくせに、俺の前では本当に無防備なんだな……アッサリ気絶しやがって」
自分から死を望んでいる女だ、一応狸寝入りしているかもしれないので頬を軽く引っ叩くが、本人は目を回したまま気絶している。王子様にキスされても目覚めないくらい、昏倒していた。
ただ残念ながらリインフォースが戦闘不能になっても、この世界が解除される気配は全く無かった。呆れるほど平和なまま、世界は停止している。
俺個人が無意識に他者の鑑賞を拒絶するこの世界を望んでいるという話だったが、自分の自意識が改善されない限りこのままということなのだろうか。
リインフォースが自分を殺せというのは、ひょっとして――
「たとえ家族であろうとも殺せる覚悟がなければ、この世界は壊せないということだな」
覚悟自体は済ませてきたつもりだ。手を差し伸べてくれたシャマルを振り払ってまで、俺はリインフォースと戦って罪を断罪する道を選んだ。
戦場で彼女と戦ったときだって一切手は抜かなかった、と思う。断言できないのは自分の武器を忘れているせいで、どうやって戦ったのか思い出せないからだ。
ひょっとすると覚悟がないというのは、この点かもしれない。自分の武器を思い出せないのだから、自分がどうやって彼女を殺すのかイメージができなくなる。
自分の記憶と共に、自分の覚悟が置き去りになってしまっている。そこまで思い立って、舌打ちする。
「つまりこいつを殺さないと、自分の武器が思い出せないということか」
最悪だ。完全に目的と手段が入れ替わっている。こいつを殺さずに脱出したいのに、こいつを殺さなければ脱出できない。最終局面が見えてきただけに、逡巡してしまう。
ひとまず分かった。この世界を終わらせるには、リインフォースを殺すしかない。彼女を殺せれば脱出できて、ユーリたちと合流して戦争を終わらせられる。
イリスはユーリが説得し、聖王のゆりかごはレヴィとディアーチェが制圧した。あとは俺がこの世界を脱出して、姿を見せ始めたこの事件の黒幕を倒せばいい。
その為にはリインフォースを――俺を愛してくれた、自分の妻を殺さなければならない。
「あくまでこの世界での設定だけどな……どれどれ」
リインフォースを殺すか、殺さないか――多くの部下と仲間、家族を預かる立場であるこの俺が、今際の際になってまで悩むべき命題では決してない。
副隊長であるオルティアは串刺しにされながらも、血を吐いてまで部下を率いて今も戦っている。彼女ほどの気高き女性が自分を信頼してくれているのに、ウジウジ悩んでいる場合か。
答えはノーだ、リインフォースは殺さない。殺したところで事件の黒幕は貴重な戦力を一つ失うというだけで、別に痛くも痒くもないだろう。
反して俺は自分の家族を失う上に、八神はやて達の反感を買う羽目になる。どれほど尊い犠牲を謳ったところで、仲間達に遺恨を残す結果になるだけだ。
戦争という局面では指揮官は非常な決断を強いられることだってあるし、自分もその決断を行う立場である事を自覚しなければならない。だからといって、常にその決断を強いられる謂れはない。
大切なのは、常に最善を目指す事だ。殺すことが最善だと判断すれば、俺だって躊躇わない。そのためにも判断する材料が必要だ。
短い間だったが、同棲までした関係だ。今更セクハラを恐れたりはせず、容赦なく全身くまなく検査する。
「こいつ、実体化したら外見が取り柄な忍に匹敵するスタイルの良さだな……うーん、手がかりになりそうなものは何も持っていないか。
俺の武器を隠しているのかと思ったが、特に持っていないか。通信機器もないし、本当にこの世界で永遠に過ごすつもりだったんだな。
せめて財布とか鍵とか、何か繋がるものがあればよかったのに」
身体に武器を仕込んでいるかと期待したが、地味な服装の中は下着だけだった。簡素な下着にも何も隠しておらず、異性を魅了する肢体が顕になっただけである。
拘束するべきか一瞬考えたが、やめておいた。基本的に俺に危害を加えようとはしないし、リインフォースは俺に殺させるのを待っているだけだ。その場に捨て置いた。
次は家の中を隅々まで調べて、何か手がかりはないか探し回る。何かあればいいのだが、あいにくと生活用品を除けば何一つなかった。この家、インテリアという概念はないのか。
というかこいつ、娯楽になるようなものが何もないまま永遠に二人きりで生きていけると思っているのか。仙人じゃないんだぞ、俺は。
「唯一の手がかりは、やはりこのテレビか……最後のピースを探すしかない」
一欠片のピースさえ埋めることが出来れば、リインフォースをどうにかして脱出できるかもしれない。テレビを付けてみると、向こうでも時間が過ぎていた。
玉座の間でイクスヴェリアを倒したディアーチェは、傷ついた彼女を魔法で拘束。自分自身も含めて応急処置を行って、治療を試みていた。
そうして時間を費やしている間に、レヴィがようやく合流。やはりというべきか、艦尾から艦首まで行く間に盛大に迷ってディアーチェに怒られていた。
二人して状況確認してようやく追いついたところで、レヴィが次の行動に移ろうとする。
「作戦は完了だけど、これからどうしよっか」
「ゆりかごは制圧した、イリスはユーリが押さえたであろう。我が父は、我らが案ずることもあるまい」
「にしし」
「? 何じゃ、気味悪く笑いおって」
「ボクね、何だかパパにボクの活躍を見てくれた気がしたんだ」
「ほう……奇遇だな。我も、父に励まされた気がする。いや、きっと父が我を案じて激励してくださったのだ」
「うんうん、ボクもよくやったと褒めてくれたよ」
褒めてないよ、全くもって褒めてないよ。お前らの力技バンザイには、むしろ呆れたよ。
艦首付近の玉座の間も、艦尾後部の駆動炉もめでたく大惨事である。制圧が目的だったのに、よくぞここまで破壊してくれたもんだ。
聖王教会に返却する予定だったのに、ボコボコである。教会に怒られそうだが、聖女様に頭を下げて取り直してもらうしかあるまい。
時空管理局側は問題ない。レジアス中将は聖王教会の過剰戦力を嫌っていたので、むしろよくやったと褒めてくれるだろう。それもどうかと思うけど。
「外の様子も気になる。部隊に合流して、残った雑魚共を蹴散らすぞ」
「オッケー、じゃあ外に――」
『聖王のロストを確認。これより自動防衛モードに入ります』
――無限書庫の記録には、こう遺されている。
古代ベルカ・ガレア王国を治め、冥府の炎王の異名を持つ女王。
かの者は、破壊と殺戮を好む残忍な人物であったと。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
「なんだとっ!?」
ディアーチェにより進化していた拘束魔法が簡単に解除されて、イクスヴェリアが復活する。
再起動したのではない、完全までの復活。古代ベルカ・ガレア王国を支配した女王が、聖王のゆりかごにより完全無欠に蘇させられていた。
慌ててディアーチェが攻撃するが、噴火の如く燃え上がるイクスヴェリアの魔力によって飲み込まれた。
「我が名は、イクスヴェリア。冥府の炎王を冠する、ベルカの王である」
「ちっ、ゆりかごに取り込まれたか。父の后に無礼な真似を――」
「我が名の下に甦れ、マリアージュ。闇統べる王、ロード・ディアーチェを殺せ」
――結局の所、最後に至るまで本当に偶然であった。
外ではイリスが暴走してオルティアを串刺しにして、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが復活してアミティエを苦しめている。
古代ベルカを恐怖と畏怖で震撼させた偉大なる王が偶然にも、同時に覚醒めてしまった。
「先ほどとは比べ物にならんな……レヴィ、マリアージュは貴様に任せる。我はあの馬鹿を止める」
「それはいいけど、うーん」
「何だ、言いたいことがあるなら早くいえ。相手は恐るべき相手だ、余力がないのだぞ」
「魔力リンク、完全に切れちゃってるよ。戦えるの?」
「な、なにいいいいいいいいいいいいいいい!?」
――ゆりかごの防衛機構。
鍵の聖王が昏倒したり、戦意を喪失したりした場合、聖王そのものがゆりかごの防御機構の制御下に置かれてしまう。
「本人の意識とは無関係に」ゆりかごのプログラムに従って、相手を撃破するまで戦闘が継続される。
その際は、ゆりかご内の魔力リンクを完全にキャンセルする。
「あいつらがやばい。くそっ、どうすれば――」
テレビ画面から目を離し――眠ったままのリインフォースを、見やる。
俺はそのまま彼女の白い首に手を回し――
……。
……。
……、……。
<続く>
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