とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第九十話
『キングが取られたのにゲームを続けるのはルール違反よ、ポーンの皆さん』
イリスが作り上げた部隊――量産型の戦士達が、部隊長なき特務機動課を完全に包囲している。
よほどその部隊長とやらが目障りだったのか、舞台から排除できて心の底から清々したという声を上げている。視聴者としては、たまらなく不快な悪役だった。悪役だから当然だけど。
集結していた特務機動課を包囲しているのは、バイザーをつけた女戦士達。少女といってもいい年頃の子達が、最新テクノロジーで製造された装備を身に着けている。
映画の設定を思い出す。確かマリアージュという人形兵器が、過去のシリーズで登場していた。恐らくあの人形兵器をモデリングして作り上げた、量産型の戦士達なのだろう。
チェックメイトを高らかに宣言するラスボスが、全面降伏を促した。
『あんた達の隊長は、二度と現世に戻ってこない。装備を解除して降伏するのならば、条件次第で命だけは助けてあげる。
あたしの目的はもう分かっているでしょう、ユーリを差し出しなさい。そしたらとっとと、この世界から出ていってあげるわ。追ってこないのなら、あたしもこれ以上ちょっかいは出さない。
ゆりかごのことなら安心しなさい。完全にバラして材料に変えるから、少なくとも悪用はしないわ』
――映画を見る限り、悪意は感じられなかった。ユーリに対する憎悪は消えていないが、彼女の声は毒気が抜かれている。復讐の炎が弱まっている様子だった。
復讐の対象がユーリであるはずなのに、部隊長なる男が消えてしまった事で彼女の怒りがどういう訳か収まっている。
よほど憎かったのか――ありえない話ではあるが、ユーリよりもその男が憎かったのだとでも言いたげなほどにスッキリしている。後片付けでもしている感じだった。
ユーリも彼女の声から察したのだろう、悲しげな顔をして上空で溜息を吐いている。やはりそうなのだと、言わんばかりに。
『イリスさんと言いましたね。私は特務機動課の副隊長、オルティア・イーグレットと申します。
貴女の仰る通り、貴女自身の事情についてはある程度把握しています。協力し合えることはあると、私も思っています』
『話の分かる人がいてよかったわ。貴方のような綺麗な女性が、あんな男の下につかないといけないなんて大変ね』
『日々忙しいのは事実ですので、否定はしません。ですがあの方に仕えて、大切なことを学ばせてもらいました――これが答えです、総員復唱!』
『"必ず生きて帰れ"』
完全に包囲されているというのに、誰一人怯むことはない。必ず自分達の隊長は生きて帰ってくるのだと、無条件に信頼していた。イリスが絶句している。
確かに映画として盛り上がる展開なのは認めるが、これでも自分はドライな性格だと思っている。魔法少女モノの映画でいちいち一喜一憂するほど、俺は子供ではないつもりだ。
だというのに、胸が熱くなるのはどうしてなのか。所詮は映画の中の話だというのに、なぜこれほど感動させられるのだろうか。記憶がないだけで実は激情家だったのか、俺は。
――そして。
『……隊長が馬鹿なら、部下も全員馬鹿なのね。帰ってくるはずがないのに、あんな奴を信じるなんてとんだ愚か者だわ!』
『貴女こそ、隊長が生きているのを実は望んでいるのでは?』
『ハァ!? なんでアタシがユーリの記憶を奪った憎き法術使いの無事を望んでいるのよ。あいつは敵なのよ!』
『そうです、貴女にとって「明確な敵」なのは隊長一人なのです。貴女の復讐はユーリさんに出会い、隊長に諭された時点で既にすり替わっている。
過去に何があったのか推測でしか分かりませんが、少なくともユーリさんは貴女を裏切っていなかった。貴女はその事実に気付き、自分が犯した過ちを悟った。
でも今更復讐を止められない、止められる筈がない。そんな貴女にとって隊長という明確な敵の存在は、ある種救いにすらなっていた。
隊長は貴女の動機が変わっていることには気付いていたようですが、貴女のそのすり替えにまでは分かっていなかったようですね。
無理もありません、あの方は優しい人だから』
『こ、この、好き放題言って――』
『でも私達は別ですよ、イリスさん』
俺はその時ようやく、オルティア副隊長の変化に気づいた――デバイスである銃を持つ手が、イリスを断罪するその声が震えている。
『我々特務機動課は、貴女を許さない。卑怯なすり替えをして隊長を責め続けた挙げ句、あの方にとって大切な女性を洗脳して傷つけ合う事を強いた。
あの人が今日に至るまでどれほど苦悩し、悩み、悲しみ続けてきたか、貴女に分かりますか。分からないなんて言わせない、貴女だって大切な人に傷つけられたのだから。
大切な家族を斬る決断をしたあの方に背を向けて、我々が命欲しさに降伏するとでも思ったのですか!』
彼女の宣言が――いやきっと、部隊長という男がこの場から消えたことが契機だったのだろう。
主人公であるシュテルやユーリ、オルティアに続き、その場にいた全ての者達の表情が変わった。その男の苦悩を間近で見てきた者達がようやく、怒りを顕にしたのだ。
きっと今まで、部隊長であるその男には見せないようにしていたのだろう。憤りを見せてしまうことが、苦悩する彼に要らぬ気遣いをさせてしまう。だから、分かち合えなかった。
だけど心の中では常に彼の苦悩を知って悲しみ、彼を苦悩させたイリスに激しい怒りを抱いていた。家族と戦わせるような真似をした犯人を、許せなかったのだ。
オルティアは自分の銃を上空に向けて――発泡した。
『全軍、"第五世代デバイス"の使用を許可する!』
『イエッサー、"AEC武装"を展開!』
オルティア・イーグレットによる指揮の元、特務機動課に出撃命令が下った。それすなわち、新時代に向けた装備である第五世代デバイスの発動である。
確かパンフレットか何かで読んだ気がする。魔力無効状況でも魔法が使用できる兵器であり、魔力有効状況なら更なる強化が得られるというコンセプトで開発された次世代端末。
魔力駆動の兵器として作り出された端末である為、魔導端末ではなく武装端末と呼称される武器。今までのデバイスシリーズとは根幹から異なる、新兵器だった。
出撃命令が出て蹴落とされていたイリスが、戦争の開幕にようやく意識を取り戻した。
『あんた達、こいつら全員ぶっ飛ばしてやりなさい!』
『はっ!』
量産型の兵士達が手にしていた重火器で、発砲。凄まじい数のエネルギー弾が火を吹くが、彼らとて決して烏合の衆ではない。
特務機動課とは時空管理局と聖王教会の精鋭達が集った、エリート軍団。主人公である『シュテルの』人望により集った、平和を望む戦士達なのである。
シュテルが協力しているCW社が開発した対イリス戦用の武装端末を用いて、反撃に移る。最新テクノロジーの装備で襲いかかってくる者達相手では不利に思えるが――
現実は、まるで逆であった。
『な、何なのよ、こいつらの異常な練度!? どうしてエルトリアの技術相手に、ここまで戦えるのよ!』
『――違法兵器を前提とした思想に基づいて開発した、新兵器。この先主流になるであろ魔力無効に対抗するために生み出された、隊長の発案による武装端末。
この端末を用いた攻撃は、魔導殺しの影響は受けない。降伏するなら今の内ですよ、イリスさん』
『くっ……またあの法術使いの影響か、本当に忌々しいわね!』
エリート達が使用する武装端末は個人装備サイズでの実用的な高速魔力変換運用技術を搭載する機体であり、術者の魔力を端末内部で物理エネルギーに変換して出力している。
よって魔導殺しの影響を一切受けないので、思う存分自分の実力を発揮できている。技術の差がなくなれば、残されるのは兵士としての力量でしか無い。
バッテリー駆動にて運用されていてかなりの重量なのだが、その点は鍛え上げられた隊員である。特に問題なく兵器を活用し、一人一人確実に量産型を倒している。
完全包囲が解けてしまい、あっという間に反撃を許してしまったイリスは、臍を噛む。
『だったらまずはあんな馬鹿を信望するアンタから倒すまでよ!』
『信頼されていると言ってください。だからこそあの方は私に部隊を預け――この装備を授けて下さったのです。
CW-AEC09X-2"オクスタン"――発射』
群れをなして襲いかかってきた量産型に対し、複合エネルギー弾が弾け飛んだ。
カートリッジシステム搭載の、ライフル型端末。銃器に似た外観や機能を持つ、新型の武装端末。カートリッジによって発射する弾種を変更できる機能を持っている。
薬剤を撃ち出すためのインジェクションバレットが、無慈悲なまでに量産型の部隊を撃退。少女達は簡単に刈り取られて、その胸に撃ち込まれた。
だが彼女の恐るべき点は、射撃ではない。
『イリスさんの現在地点を割り出しました。計算したデータを転送します、ユーリさん』
『! しまった、今までの会話は時間稼ぎ――でもこんな短時間で計算を!?』
『エンシェント・マトリクス!』
『きゃあああああああああああああ!』
ユーリの放った巨大な槍がゆりかごに貫通し――その上腕部にいたイリスに、突き刺さった。
<続く>
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