とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第八十話




『普通こういう時は一対一で戦うのが基本でしょう!? 何でガッツリ応援を連れて来ているのよ!』

「わたしも一人で戦うつもりだったんですけど、この子が離してくれないんですよ!」

『そもそもその子、一体何なのよ。アタシがお礼参りとか嫌がらせとか色々してやろうと思ってたのに、いつもいっつも一緒に連れ回して!
アタシが隙を伺っているタイミングで、ジロッと遠目で睨みつけてくるのよ。なんかちょっと怖くて、近づけなかったじゃないの!』

「あー、やっぱりわたしを前から狙っていたんですね!? バレバレでしたよ!」

『嘘つきなさいよ、平和ボケした顔で歩いてたくせに!』

「ちがいますぅー、緊張感持って歩いてましたぁー!」

『使命とか何とか言う割にあんたは前から緊張感無いのよ、もうちょっと真面目に生きたらどうなのよ!』

「あなたのような変な子に言われたくないです!」


『何ですって!』

「何ですか!」


「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。これが父の最初の教えだ、娘達よ」

「格言だね、父さん」

「とても勉強になります、お父様」


 全軍揃って呆れ返る、我が軍が誇る最高戦力とラスボスの口喧嘩。部下への威厳も何もあったものではないので、オットーやディードの前では一応父親の威厳だけは取り繕っておいた。

それにしてもあいつ、やはり前々からユーリを付け狙っていたんだな。恐らくキリエと行動を共にしていた頃から、あれこれ大義名分を口にしてキリエを騙して接触しようとしていたのだろう。

過去俺達を狙っていた猟兵団の団長も、ナハトヴァールが威嚇していて近付けなかったと聞く。本能で危険を察知出来るナハトが居る限り、襲撃は決して出来ない。


だからこそイリスは奇襲や暗殺が出来ず、ここまで大それた真似をするしかなかった。


『ゼイゼイ……ま、まあいいわ。その子はあんたにとって大切な妹なんでしょう。アタシが殺してやれば、あんたにアタシと同じ悲しみと苦しみを与えられるわね』

「ナハトヴァールはあなたには殺せませんよ、イリス」

『ふん、あんたが守るとでも言いたいの?』

「いいえ、ナハトは強い子です。あなたには決して勝てない」


『へえ、言うじゃない……そいつの正体、アタシは知ってるのよ。こっちには闇の書と、リインフォースとか名付けられた管制人格がいるんだから』


 ――ちっ、洗脳馬鹿め。余計なことを、イリスに教えやがったな。聖典と闇の書を奪われた時点で嫌な予感はしていたが、ナハトヴァールの事も知られてしまっている。

ナハトヴァールの正体は、闇の書の自動防衛運用システム。自己進化式の自動防衛プログラムによりバグを起こして、手当たり次第に暴走して破壊を行うようになったシステムだった。

法術により完全に初期化されたシステムは幼児として姿を変えて、法術使いの俺を父として慕うようになった。初期化されて何もかも真っ白となったあの子は、無垢な赤ん坊そのものだ。


何一つ害はないのだが、前科というものは死ぬまでレッテルを貼り続ける。時空管理局や聖王教会の精鋭により構成された特務機動課の前で公開されるのは、まずい。


「事情を知っているのであれば、実力の差は明らかですね。投降して下さい」

『ふ、ふん、アンタの妹が誰なのか、バラしてもいいのよ』

「? 何を言っているのかよく分かりませんが、お好きにどうぞ。わたしの可愛い妹を紹介してくれるのであれば、何よりです」

『ぐっ、この……』


 ユーリのど天然ぶりが炸裂して、脅しが通じないと逆にイリスが慌てる事態となった。堂々と切り返すユーリに、何かあるのではないかと勘繰ってしまったのだろう。

多分ユーリはナハトヴァールがここ最近自分を守っていてくれたのだと感激する余り、世界にとって危険な存在だったという認識が頭の中から消えてしまっているのだ。

ユーリにとってナハトヴァールは可愛い妹だとしか思っておらず、非の打ち所のない女の子であると胸を張っている。俺も心からそう思ってはいるが、事情を知らなければ分からない。


心理戦とはお互いが同じ認識を持っているからこその騙し合いであり、認識が一致しなければただのすれ違いである。はたして、イリスは矛先を変えた。


『そうか……さては、またあんたが法術を使ってナハトヴァールに何かしたのね。
この卑怯者、あんたの方がよほどズルじゃない!』


「――法術? 隊長、彼女は一体何を言っているのですか」


「うっ……」


 法術とは自分の願いを叶える能力なのだが、法術使いである筈の俺はどういうイカれ方をしたのか、他者の願いを叶える能力となってしまっている。

副隊長であるオルティアにはある程度説明はしたのだが、法術に関することはオルティアも含めて殆ど誰にも言っていない。俺もよく知らないので、説明しようがないからだ。

そもそも聖王教会へ来た最初の目的は聖典を通じて法術を解明することだったはずなのに、いつの間にか聖王になって管理局や教会と深い関係を持ち、世界の平和を守るべく戦争する羽目になっている。


どういう人生を送ればここまで脱線してしまうのか意味不明だったが、何にしても公の場で法術をバラされるのはやばい。


『ふふん、やはりアンタの能力は誰も知らないのね。いいわ、あんたがどれほど卑怯者なのか皆に教えてあげるわよ』

「……」

『あんた達、よーく聞きなさい。あんた達が尊敬して崇め立てるその男はね、法術という能力を持ったペテン師野郎なのよ!
他人の願いを叶える能力を持ち、他人の想いを汲み取って奇跡を起こすインチキ野郎なの。断じて、聖王なんて言う存在なんかじゃないわ!!』


 うげっ、やばい。言い逃れできないほどに、全部バラしやがった。あいつの言うことなんて嘘だと一応言えるけど、完全に水掛け論になってしまう。

しかも相手の言うことは真実なので、不毛な言い争いになれば俺が負けてしまう。嘘はどれほど数を並べても、一つの真実には屈してしまうものだ。

特に副隊長のオルティアは、以前まで俺に疑念を持っていた。嫌悪していたと、言い切ってもいい。今は関係修復しているが、ようやくといった段階だ。


この決戦の場で彼女に離反されてしまえば、特務機動課はバラバラになってしまう。何と言うべきか……!


「……部隊長には、願いを叶える能力がある?」

「……他人の想いを汲み止める心を、持っている?」

「……起こした奇跡は、本物だった?」

「それって――」


「驚きました、部隊長。貴方は本当に、聖女様の予言にあった神様だったのですね!」

「えええええっ!?」


 なぜ今まで言って下さらなかったのですか、と完全に別ベクトルで怒りの声を上げる特務機動課の面々。水臭いじゃないですか、と男泣きする連中多数であった。コイツラ、頭おかしいよ。

イリスが唖然呆然としている間に部下達だけではなく仲間や家族まで集まって、感激感涙に咽び泣いている。どういうことなの……?


良識あるオルティアさんに目を向けると、彼女は厳しい眼差しを俺に向けている。よし、常識人が居たぞ。


「以前より隊長ご本人よりユーリさん達の事を含めて説明は伺っていましたが、根幹となる機密にはそのような能力が隠されていたのですね」

「オルティア、お前が糾弾する気持はよく分かる。言い訳はしない、何とでも言ってくれ」


「? 隊長を糾弾したりいたしません。真偽はともかくとして、たとえ奇跡を起こす能力があろうと、隊長がこれまで成してきた偉業に何の違いもありませんから。
聖王という神の座をわざわざ降りて、あくまで人として共存する生き方を選んだ貴方を私は尊敬しています。これからも副官として、貴方に従いますよ」


 短い期間ではあるがこの事件を通じて共に切磋琢磨してきたからこそ、俺がどのような人間なのか分かっているのだと、オルティアは微笑みを浮かべて頷いた。

人の願いを叶える能力をズルだと罵倒するイリスの主張は、人により起こした神の如き奇跡だという主張で切り替えされる。俺の部下達は、何一つ批判しない。

確かに、法術という能力には頼らなかった。でも、それを証明する術はないはずだった。だから俺は何一つ反論できず、歯噛みするしかなかったのだ。

彼らはそんな俺の生き方を見つめ、あくまで自分達の隊長であると言ってくれている。それが何よりも、嬉しかった。


随分と多く間違いを起こしてきたが、それでも生きてきてよかったと思う。


『どいつもこいつも、バカばかり……! いいわ、だったら仲良く全員殺してあげるわよ。こっちには、聖王のゆりかごがあるのよ。
聖典に刻まれていたデータに闇の書の記述、リインフォースの知識に、アタシが保有する情報。そしてマリアージュに、冥王イクスヴェリア。

全ての鍵が揃ったこのアタシが技術の粋を尽くせば、見ての通りゆりかごを起動させる事ができるわ!』


 ヴィヴィオの調査によると、聖王のゆりかごは古代ベルカの遺産のロストロギアであり、魔導兵器と質量兵器としての両面も併せ持つ飛行戦艦である。

古代ベルカの世界を滅ぼせる火力を持った全長数千メートルの巨大戦艦が、管理世界の空を支配している。その圧倒的な物量に、血気盛んな隊員が揃って息を呑んでいた。

凄まじい火力を誇る主砲はこちらに牙を向けており、イクスヴェリアの魔力供給を受けることでより強力な性能を発揮している。


これぞ世界最強のロストロギア、今や世界の敵となった方舟である。


『最後に一度だけチャンスをやるわ、法術使い。ユーリにかけた法術を解除しなさい、そうすればゆりかごで攻撃するのはやめてあげる』

「何度も言うが、記憶については何もしていない」

『解除してみれば分かるわ、とにかくユーリを元に戻して。そいつのやったことを、もう一度思い出してもらうわ』

「何も変わらんぞ」

『あんたの嘘にはもうウンザリして――』

「今でもユーリは、お前を友達だと思っている。記憶を失おうと元に戻そうと唯一、何も変わらないのがお前への想いだ」

『……っ!?』


「お前が本当に望んでいるものは、何も変わっていない。その想いを叶える力こそ、法術という能力なんだ。
分かるか、イリス。ユーリが法術に願った奇跡は、叶えられているんだよ。

ユーリは自分の記憶を喪うことになっても、お前への想いを残すことを選んだんだ」


『う、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいーーー!
ユーリはアタシが父と慕っていた人を、殺したんだ。あの子の優しさなんて嘘なんだ、法術を解除して正体を見せろ!!』

「断る、法術は絶対に解除しない。あの子がお前の為に望んだ、願いなんだからな」

『解除しなければ、アンタの部下を全員殺すわよ!』

「やれるものなら、やってみろ。そんな骨董品で、俺の部下を殺せるものか――総員、我が命を復唱!」


『"必ず生きて帰れ"』


 大号令を率先してあげたその瞬間――オルティアを筆頭にした特務機動課総勢より、不安や緊張が拭い去られた。

先頭に立つ全員が俺を見上げるその眼差しは使命感と、何よりの信頼感。聖王のゆりかごという世界の破滅を前にしても、何一つ恐怖を感じていない。


この場にいなくても彼らの一体感は感じ取れたのだろう、イリスが歯噛みするのが分かった。


『だったら、殺してあげるわ! イクスヴェリア、主砲の準備――!』

「ユーリ、あの馬鹿を止めろ」

「はい、お父さん」


『あははははは、ユーリのことはアタシが誰よりも知っているのよ。解析だって全部済んでる、アンタの力はアタシには通じない!!』


 エルトリアで開発された術式であるフォーミュラ、イリスが使用する技術は魔導を短時間で解析する機能を持っている。

イリスの話が全て真実であれば、あいつはユーリの事を知っている事になる。ユーリが使う魔法は全て解除されて、魔導師は無力化される恐るべき技術であった。

魔導の翼を展開したユーリは、大空へと舞い上がる。そんなユーリに巨大戦艦の主砲が向けられる。ユーリ本人を狙っているが、その威力はユーリを中心に世界をまるごと飲み込める。

この位置だと、この場にいる全員が消滅するだろう。


『アンタの何もかもを分解して、消し去ってやるわ。死になさい、ユーリ!』


 イリスが心から必死で絞り上げる憎悪が――圧倒的な驚異となって、咆哮した。

巨大戦艦より放たれた大いなる光は天空を貫いて、ユーリを飲み込んで――


『……は?』


 呆気なく、消し飛んだ。


「あなたが分解出来るのは魔導でしょう、イリス」


 ――イリスは確かに、ユーリの過去を知っていた。そして、その記憶こそが最大の仇となってしまった。

彼女は何も間違えてはいないが、一つ勘違いをしている。イリスは、ユーリと昔会ったことがあるのだろう。過去のユーリを、確かに知っているのだろう。

けれど――


「太陽を分解することは、誰にも出来ない」


 沈む事なき黒い太陽、影落とす月――ゆえに、決して砕かれぬ闇。

永遠結晶エグザミアがユーリの母体ではある事は、イリスも知っている。だが彼女が知るのは、結晶体を制御できなかった頃のシステム面でしかない。

法術により完成されたユーリは、もはや別次元の存在。それが、ユーリ・エーベルヴァインという存在。


ウェーブがかった金髪、金色に輝いた瞳、剣道着に似た白系統のバリアジャケット、袖の長い上着のへそ出しルックス、炎の模様の入った紫色の袴――新型バリアジャケット。


かつてあらゆる破壊を行使した黒き太陽の化身ではなく、ユーリ・エーベルヴァインという光が人々を優しく照らし出す。















<続く>








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