とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第七十四話
イリスとの最終決戦に向けて、総員が準備に取り掛かっている。俺とオルティアは日々各方面を飛び回って、主だった組織との交渉や調節に励んでいる。終わりに向かって。
最後の決着なんてのは映画の中だけで許される世界だと思っていたが、まさかテロ活動まで行った黒幕と話し合えるとは思わなかった――いや、そうでもないか。
イリスの目的は唯一人、ユーリだ。あの子に復讐さえできれば、それで良かった。あらゆる全てを巻き込んだのは、手段を問わなければユーリと戦えなかったからだ。
あいつはユーリをどうしても許せなかった、そして――キリエ・フローリアンを裏切った自分を、きっと許せなかったのだろう。
キリエを友達だと思っていなかったのは本心だとしても、キリエを切り捨てることも出来なかった。挙句の果てに見限って、何も言わずにそのまま去っていった。
望むのはユーリとの決着、復習を果たさなければ自分を許せない。真実は全く別だったのだとしても、きっとユーリを許すことは出来ないのだろう。キリエを、裏切ってしまったのだから。
馬鹿な奴だと思う。復讐を果たせたとしても、あいつは自分を許すことはない。悲しみは言えず、憎しみも消えず、許されることもなく――あいつは、破滅するだろう。
イリスを救えるのはユーリだけだが、イリスを許せるのはキリエだけだ。
「ラスボスは主役とヒロインに任せて――脇役の俺は、舞台に上がろうとする野次馬を斬るとするか」
最後の決戦前――みんなは、どうしているだろうか。
「ナハト、ありがとう」
「うー?」
「わたしとずっと一緒にいてくれたのは、イリスから守ってくれる為だったんだよね」
CW社の仮眠室を出入りしていた頃、同じくCW社のトレーニングルームを出入りしていたユーリがナハトヴァールと向かい合っていた。
本人達は俺の事に気付いておらず、真剣に話し込んでいる。別に盗み聞きするつもりはなかったのだが、ふと耳に入ってきたので足を止める。
首を傾げるナハトに、ユーリは優しい表情を向けている。
「秋から冬。海鳴で平和に生活していた頃から、ナハトはずっと私の傍に居てくれた。
毎日いつも私に飛び付いてくるからなんだろうと思ってたんだけど、今にして思えばあの時からわたしはイリスに狙われていたんだね。
ナハトヴァールは彼女に気付いて、わたしをあの子の憎しみから庇ってくれていたんでしょう」
――振り返ってみると、イリスが事件を起こす前後から急にナハトヴァールがユーリと一緒に行動するようになっていた。
ナハトは確かに甘えん坊な子ではあるのだが、俺の子供だけあって自由奔放な女の子だ。毎日朝早く飛び出していって、夕ご飯前に泥だらけになって帰ってくる。
管理外世界でも、ミッドチルダでも、あの子は広い世界を駆け回って、沢山の友達を作っている。あの子ほど世界に愛された子は、見たことがない。
そんな子がここ最近ずっと、ユーリにしがみついて行動していた。
「もう大丈夫だよ、ナハト。まだ全然思い出せないけど、あの子やエレノアさんはわたしの過去を話してくれたの。
わたしは人殺しだったけど、同時にお父さんの子供でもあった。人を殺した過去は辛いけど、わたしは覚悟を持って生きていける。
その為にも、わたしはあの子と戦わなければいけない」
「おー」
「あの子はわたしに、優しさを教えてくれた。だから今度は、わたしがあの子を救いたい。どれほど恨まれようと、わたしにとってあの子は友達だから」
「うん!」
意味が分かっているのかどうか、ナハトヴァールは無邪気に拍手している。いや、きっと分かっていて祝福してくれているのだろう。
ナハトヴァールに笑顔を向けられて、ユーリは涙を滲ませて抱きしめる。一体どれほど、あの子に救われてきたのか。
ユーリにとって――そしてイリスにとっても、最悪の事態にならずに済んだのだ。
「これからもずっと、わたしの妹でいてね。大好きだよ、ナハトヴァール」
「むふー」
ユーリに強く抱きしめられて、ナハトヴァールはご満悦だった。俺のような悪鬼羅刹の剣士から、どうやったらあんな天使のような子が出来るのだろうか。
ナハトヴァールもまた、人知れず戦ってくれていた。きっと理性ではなく本能的なのだろうが、ユーリにとっては救いだった。
あらゆる悪意から、ナハトヴァールは大好きな姉を守っていたのだ。
「わたしはあの子と戦えるから、もう大丈夫だよ。ナハトはわたしのことを信じて、待っていてね!」
「やー」
「えっ、どうして!?」
感動的なフィナーレになるかと思いきや、何故かナハトヴァールは0.1秒で拒否した。ユーリは心底驚いたのか、面食らっている。そりゃそうだ。
確固たる決意表明までしたのに、信じられないとばかりに首を振っているのだ。信頼も何もあったものではなかった。
最後の最後で手の平を返されて、ユーリは死ぬほど焦っている。
「だ、だからわたしはもう大丈夫なの。安心して待っていてくれればいいから」
「いくー!」
「まだ一緒に行きたいの、なんで!? イリスのことを心配しているなら、大丈夫だよ。あの子はちゃんと約束は守ってくれるから!」
「いーくー!」
「どうしてそこまで頑なに否定するの!? ああもう、抱きつかないで!」
「いーくーー!」
「うわーん、お父さんたすけてー!」
覚悟とやらはどこに行ったのか、ガッツリ妹にしがみつかれてユーリは泣いて父に助けを求めている。盗み聞きしている事は知らない筈なので、咄嗟に呼んだのだろう。
それにしてもなんであいつ、あんなに頑なにユーリを守ろうとするんだ。それほどイリスが信用できないのだろうか。流石に最終決戦を掌返ししないとは思うんだが……
ま、まあ、確かにイリスもユーリと一対一で決着とは言っていないが、最後の戦いでナハトが背中にしがみついているのを見たら、激しく怒りそうだった。
――まだ何か危険があるというのだろうか、ユーリに。
「父よ、全ての政務は滞りなく終わった。最終決戦、我も出撃するぞ!」
「よく俺の留守を預かってくれたな、ディアーチェ」
「ふふん、我は父の正当なる後継者だ。ヴィヴィオなる父の実子になぞ負けられぬわ!」
「意外と意識していたんだな、あいつの事は」
神から人へと移りゆく時代を提唱して、聖地の動乱を収めた俺は聖王の座から降りた。象徴として"聖王"を名乗ることはあっても、あくまで神輿である。
俺の正統後継者として指名したディアーチェが、驚くほど短期間で聖地の統治に成功した。我が子が提唱する帝王学は独特だが、若き名君として支配者を勝ち取っていた。
麗しき美帝は聖地の民に愛されており、聖王のゆりかごまで奪われても人々の安寧を守り続けた。こうして出撃するにあたっても、華々しい演説を持って拍手喝采で民に送り出されている。
一人で放浪の旅に出ていたときにこの子が出来ていたら、さぞ失望されていただろう。海鳴に流れ着いてよかった。
「イリスなる愚か者がユーリへの復讐を企てているようだな、父よ」
「あいつの過去を聞いて何か思い当たる点はあるか、ディアーチェ」
「エルトリアなる惑星については、あいにくと思い当たる事はないな。我は王であるからにして、感傷に浸る趣味などない。
嘆き悲しむ過去があったのだとしても、我はあくまでユーリの味方でいるつもりだぞ」
ユーリが人殺しだと聞かされても、ディアーチェは顔色一つ使えなかった。この子もまた俺の子であり、自らの出生に誇りを持って生きている。
どれほど非道な過去があったのだとしても、ユーリへの信頼は揺るがない。過去が襲い掛かってきたとしても、苛烈に迎え撃つ覚悟で挑んで来ていた。
ディアーチェのような頼もしい姉がいるからこそ、ユーリもまた覚悟を持って戦えるのだろう。ディアーチェの出撃はさぞ、ユーリを安心させるに違いない。
俺としても我が子が出撃する分にはかまわないのだが――
「でもお前、CW社より提供される新兵器は一切持たないと聞いているぞ。本当に戦えるのか」
「我は偉大なる父の子である。魔導殺し、何するものぞ」
「その意気は買うけど、技術の進歩は侮れないぞ」
「慢心してこそ王だが、竹槍一つで駆け抜けるのは雑兵の所業よ。我なりに準備してきたので安心するが良い」
「ふむ……」
テロ事件が起きた後もディアーチェは聖地に留まり、民を鼓舞して自治領を統治すべく励んできた。修行や開発など一切せずに、政務に取り組んでいたのだ。
その姿勢自体は統治者として正しきスタイルではあるのだが、今日に至るまで魔導殺しに対する対策はせずに出撃してきたことになる。
あのシュテルでも反省して新兵器開発に成功させたというのに、ディアーチェは新兵器の装備も拒否して、自分自身の力で戦おうとしている。
彼女が俺の子として戦ってくれるのには敬意を払うが、親であるからこそ心配という面もある。
「心配無用だ、父よ。此度はユーリの戦いであるからな、我はあくまで妹達が万全に戦えるように支援するまでだ」
「お、珍しい。覇王として君臨しなくてもいいのか」
「我が愛する妹が自分の宿命と向き合って戦おうというのだ、喜びこそあれど嫉妬などない。
それにユーリも気持ちは我と同じであろう。新兵器の装備、あの子も断ったのではないか」
「流石は長女、家族のことを理解しているな」
「ふふ、無論だ」
正解とばかりに頭を撫でてやると、やや頬を赤らめつつディアーチェは胸を張る。そう、ユーリもCW社の新型デバイスを断ったのだ。
ユーリの相手はイリス、魔導殺しの専門家だ。ユーリが相手となれば、イリスも万全の準備で挑んでくるだろう。あいつはユーリの事を全て理解している。
何よりも優先して、ユーリの魔導技術を解析して来ているのは間違いない。過去を知られているユーリは、圧倒的に不利だった。
それでもユーリは、自分の力で戦うと宣言している。
「惑星エルトリアの技術を頭から否定するつもりはないし、ユーリの過去についてもあやつの話を拒絶したりはせぬ。事実も確かにあるのだろうよ。
だが父よ、我らの話もまた真実なのだ」
「お前達が誕生した当初に聞かされた、ユーリ達の存在についてだな」
「沈む事なき黒い太陽、影落とす月――ゆえに、決して砕かれぬ闇。永遠結晶エグザミアを核とする無限連環機構のシステムU-Dこそがあやつじゃ。
特定魔導力を無限に生み出し続ける力。父の法術を持って完全なる制御を行えるユーリは正に、闇色の炎そのものよ。
我はユーリを支える独立稼働プログラム、父より祝福されて誕生した王の化身よ。イリスとして知らぬ我らの真実、存分に思い知らせてみせようぞ」
ディアーチェは熱く拳を握って、己が絶対を鼓舞する。なるほど、考えてみればイリスと出会った時にユーリが産まれた訳ではないのだ。
イリスと出会う前の歴史が存在するのであれば、イリスの知らない力があったとしても不思議ではない。シュテル達が話していたのは、この事だったのか。
強大な力ゆえに制御できず、実体化する危険性を恐れて、長き歴史の中で眠っていた彼女達。束の間目が覚めたユーリはイリスと出会い、人の優しさを知った。
その後起きた悲劇をそのままに時代は流れ――彼女達は俺と出会い、この世に生誕した。
「ユーリが万全に戦えるように、我も相応の覚悟を持って挑むつもりだ」
「その心構えだと、お前の敵はどうやら決まっているだな」
「当然だ、我は父上の後継者であるからな。責任を果たさなければならぬ」
「こいつ……最初からそのつもりできたんだな。イリスが怒るぞ」
「ふふふ、見破られてしまったか。なあに、あやつはユーリがいればいいのだろう。余計なことはさせんよ」
納得させられた。統治を終えてわざわざ自ら出撃したのも、新兵器を拒否したのも――全ては。
「ディアーチェ、お前が戦うべき相手は」
「聖王のゆりかごじゃ。我が直々に乗り込んで、奪い返してくれるわ」
その玉座にいるのは、ディアーチェの敵となる相手――冥府の炎王、イクスヴェリア。
<続く>
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