とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第六十一話
自分の剣で切り裂いた女が、泥のように崩れ落ちた。マリアージュが命ある人間だと仮定すると、俺はこの瞬間人を殺したことになる。
捕縛を謳っていながら、いざ自分が襲われたとなればこのザマである。情け容赦あったものではない。結局、俺は剣士だったという事だ。
身柄を確保とか言っていた気がするので、恐らく俺を殺すつもりはなかったのだろう。そんな女を容赦なく殺してしまう俺という人間が何なのか。
別に後悔している訳ではないのだが、戦場において冷静に切り殺したという事実は思いの外感慨に浸らせた。
「……ナハトを連れて来るべきではなかったかもしれないな」
「むー」
マリアージュを殺した瞬間を出来れば見せたくなかった。自分なりの気遣いだったつもりなのだが、本人から不満そうな顔を向けられた。
ナハトは大人社会の繊細な機敏は理解できないが、生物の生きる感情を読み解く力には長けている。難しい言葉を理解せずとも、感情は伝わったのだろう。
わが子の表情に惨劇への批判や忌避は全くなく、自分の同行を求められていないことへの不満だけがあった。他人を殺したことへの不満はない。
もう一人の子供であるユーリを見ると俺の視線の意味に気付いたのか、淡く微笑み返される。
「イリスは自分の大切な人を私に殺されたと批判しました。お父さんは、こんなわたしを軽蔑しますか」
「いや、お前は不要な殺人はしない」
「わたしも同じ気持ちです、行きましょう」
不要に殺さないということは、必要であれば殺すという事だ。我が子の理念が、父である自分の信念を形作った。らしくもない感傷だったか。
そこまで考えてふと、ノアを見やった。戦場で育った子供が、マリアージュという女を殺した技量を讃えた。今にして思うと、彼女なりの励ましだったのかもしれない。
どうせ聞いてもとぼけられるだけなので、首肯だけしておく。案の定首を傾げられたが、気にせず手だけ振っておいた。お礼なんて意味はない。
真っ黒な液体となって地面に染み付いたマリアージュを、オルティア捜査官が検分する。
「群体の一種ですね、兵隊蟻とでも言いましょうか。マリアージュという軍隊を構成する一要素に過ぎません」
「蟻という表現から察するに、マリアージュというコミュニティが形成されているのですね」
「情報も共有されている筈です、貴方の存在も伝わったでしょう――しかし」
「警報の一つも鳴らず、セキュリティも発動する形跡がない。マリアージュは黒幕であるイリスには伝えず、内々に俺を確保しようとしている」
「彼女の目的は、貴方ですからね。話によるとイリスは貴方を殺そうとしているのでしょう、利害は一致しても離反は目に見えていた事です」
傭兵団に続いて、イリスまで裏切る。目的の為なら手段を選ばず、それでいて目標は誤る。イクスヴェリアを狙っているのに、聖王でもない人間を捕まえようとする。
俺を狙っているという点だけが一致しているので、お互いに利用するべく手を組んでいる。力関係はイリスが恐らく上だが、マリアージュは立場の差を理解できない。
イリスよりも先に俺を見つけたら、彼女にも知らせずにさっさと捕まえようとする。利害関係だけであっても、協力するべき点くらい分かりそうなものだ。
マリアージュの節操の無さに呆れていると、実に嬉しそうに参謀役のクアットロが耳打ちしてくる。
「だから申し上げましたでしょう陛下、マリアージュなどという昆虫兵器なんて所詮ゴミ屑なんです。忠誠心溢れる戦闘機人とは雲泥の差ですわ」
「お前だってあれこれ好き勝手にやるじゃねえか」
「嫌ですわ、陛下が私をこんな女にしたのでしょう。美しく繊細に、悪徳を恐れず陰謀を企てる。こんなわたくしを、他でもない陛下が肯定してくださったですよ」
喜々として憎たらしい事を言いやがる。純情な乙女になるように教育するべきだったと、反省する。好きにしろといったのは確かに俺なので、余計に頭が痛い。
マリアージュの登場は予定外だったが、思わぬ方向で幸運に働いた。もしも他のセキュリティシステムであれば、突入したタイミングでイリスに発覚していただろう。
だからこその強襲作戦だったのだが、他でもないマリアージュが情報を遮断するという暴挙に出た。これで発覚を一切恐れず、時間をかけて大暴れできる。
この不幸中の幸いを利用しない手は無い。関係者一同を集めて、現場責任者として提案する。
「電光石火で破壊する予定だったが、作戦を変えます。このアジト、破壊ではなく制圧しましょう」
「わたし達の実力を見せ付ける、いいチャンス。犠牲者どころか怪我人も出さずに勝利すれば、世界中が認めてくれる」
「補給基地でもあるこの施設を、平和的かつ安全に制圧する。特務機動課の初任務を、喧伝材料とするつもりですか」
「聖王教会と時空管理局、両組織の交渉役でもある貴女の特務機動課出向は、良くも悪くも注目されている。
成功すれば出世が約束されており、失敗すれば責任を追求される。この幸運はそれこそ、天の恵みだと思いますよ」
「私の立場を邪推するのは結構ですが、ご自分の胸にまず手を当ててみるべきでしょう。成功すれば英雄ですが、失敗すれば破滅する。私よりも、貴方のほうが崖っぷちですよ」
「だからこそ、この作戦を提唱しているのです。マリアージュは私の確保を第一としている。よって制圧作戦を行うにあたって、私が最前線に立ちましょう」
「……囮になるつもり? 確かに君が前に出れば、マリアージュは無茶が出来ない」
「待ってください。確かに確保が目的だとしても、戦力を集中されれば貴方の身は危なくなります」
「私は現場責任者です。現場で起こるあらゆることに責任を取るのが、私の仕事です」
「――了解しました。ランスターさんに連絡して、貴方に連動して部隊を動かしてもらいます。ただしあくまで、私は貴方に同行します」
「手柄を立てるいい機会なのに、わざわざ危険な場所へ赴くのですか」
「見損なわないでください。貴方と私は、一蓮托生です」
説得には苦労したが、オルティア捜査官は作戦に乗ってくれた。殲滅から制圧への移行は状況によっては難易度を高めるが、今回だけはマリアージュというボーナスステージが約束されている。
あいつが俺がいる限り、無茶は出来ない。他の連中には当然容赦はしないだろうが、俺が最前線で大暴れしている限り、大規模な破壊活動が行えなくなる。
つまり、イリスより預かったであろう人型兵器の大群が有効活用できなくなる。あの兵器の数々は殲滅を目的に作られたものであり、敵を殺さず確保するのは不得手であった。
第一目標である俺は集中してマリアージュに狙われることになるが、精鋭部隊を引き連れている俺としては望むところである。
早速仲間達に作戦内容を説明すると、俺への危険度が高まった事にむしろ奮い立った。
「お父様を狙う不心得者は、私が全て切り裂いてみせます。恐れ多くも先ほど見せて頂いたあの剣技、この戦場で必ず体得してみせます」
「マリアージュ達はわたくしが管理局の連中を使って潰していくから、セッテちゃん達は補給基地を守る機械兵器達を壊しちゃってくださいな。
時代遅れの屍兵器なら魔導師連中でもどうにかなりますが、最新の改造兵器は戦闘機人じゃないと潰せないので」
「陛下を守ることが第一任務だけど、仕方ない」
マリアージュ達は魔法で倒し、魔法で倒せない連中は武装によって破壊する。よって部隊を再編成して、俺とセッテ達は別行動となった。
戦闘機人達がイリスの作った兵器の大群を破壊していき、ユーリ達を連れた俺がマリアージュ軍と戦う。兵士達はティーダ達に任せて、俺達はマリアージュの精鋭を相手に戦う。
オルティアの話だと、マリアージュの軍隊には軍団長と呼ばれる上級戦士がいるらしい。当時聖地で起きた戦争で出撃して、数多くの猟兵達と戦っていたのもそいつらだという。
用心は必要だが、俺は囮役として積極的に戦っていかなければならない。
「作戦開始!」
『了解!』
セフィロトを掲げて号令をあげると、補給基地のあちこちからマリアージュの兵士達が飛び出してきた。
敢えて張り上げた俺の大声を律儀に聞きつけて、全員揃って飛び出してきたようだ。囮としては成功しているんだけどこいつら、少しは我慢というものを知らんのか。
タイトなボディスーツを着た大柄の女性、大きなバイザーで顔を隠す女戦士。全員揃って同じ容姿の屍兵器、マリアージュと呼ばれる軍隊。
古代ベルカの戦乱期中期頃に創り出された屍兵器、イクスヴェリアを捜し求めている兵士達は皆、俺を確認するなり揃って不気味な微笑みを浮かべる。
全にして個、あらゆる価値観を共有したコミュニティが牙をむいた。
『聖王の身柄を確保。他の人間は不要、一人残らず殲滅』
「それはこっちの台詞だ。マリアージュを一人残らず倒せ」
飴に群がる虫のようになりふり構わず飛び出してきた兵士達に対して、規律正しく出撃した特務機動課がぶつかり合った。
バイザー越しに見えるマリアージュの無感情な瞳が、俺だけを見据えて飛び掛ってくる。セフィロトをかまえると、彼女らの腕が形を崩して兵器となった。
細身の刃へと変形した両腕、凶悪極まりない兵器の構造は恐らく俺に対する威嚇のつもりなんだろう。確かに以前の俺であれば、警戒して立ち竦んでいたかもしれない。
今の俺も心境にさほどの変化は無いが、激情に駆られる仲間達はいる。
「人体構造を可変する武装、目の当たりにして不思議なほどに腹が立ってきた――魔法使いさんに出会えなかったら、あたしもきっとあんた達のようになっていたんでしょうね。
目的の為なら誰を傷付けようとかまわない、自分が正しいと信じて他人を傷付ける。そんなあんた達を、あたしは許さない。
魔法使いさん、見ていてくださいね。これが貴方の剣セフィロトに刻み付けた技術、ヴァリアントシステムです!」
彼女が手にしていたコアユニットが変形して剣へと変化、フェンサー形態へと切り替わる。襲い掛かってきたマリアージュ達を、縦横無尽に切り裂いた。
紅蓮の照り返しをその身に受けて、次から次へとマリアージュを葬り去っていく。同様の武装であるにも課かわず、機能性は圧倒的にヴァリアントシステムが上だった。
本来であれば自由奔放に戦えるであろうキリエはマリアージュ一人一人に対して、丁寧かつ無慈悲に倒していった。武装についても剣のみならず、攻撃バリエーションを変えて倒している。
変幻自在な武装に歯が立たず、マリアージュは数を減らしていった――これが物質やエネルギーに干渉する技術、ヴァリアントシステムによる闘争なのか!?
「敵の使用する能力を解析や分解する機能もありますので、あらゆる仕組みにおける戦い方が可能となります。
セフィロトにはあたしの持てる技術の全てを注ぎ込んでいますので、是非とも有効活用してください。
――決して、このような誤った戦い方をしないでくださいね」
「キリエ!?」
前へと歩み出たマリアージュの右腕が、大口径の砲口へと変形する。禍々しくも凶悪な砲口は、キリエを無慈悲に狙っていた。
呆れるほど芸術的なまでに、マリアージュとキリエは似て非なる戦い方をしている。素人と玄人、経験年数で言えばマリアージュが圧倒的に上であるはずなのに、キリエに追い詰められている。
圧倒的な暴力に狙われているキリエは、マリアージュを酷く冷めた眼差しで見つめている。その瞳に浮かぶのは、哀れなまでに追い詰められていた過去の自分なのかもしれない。
重い息を吐き出して、キリエは呟いた。
「お姉ちゃん、お願いね」
「分かってる。剣士さん、今からお見せする戦い方をよく見ていてください。キリエの技術を、私のナノマシンが有効活用して、貴方を完成させる。
フォーミュラドライブ――"アクセラレイター"!」
神速による技量ではなく、強化加速ドライブと呼ばれる技術。神なる速度に魔の如き破壊を乗せて、マリアージュがバラバラに破壊された。
動きは確かに見えた、力は確かに伺えた。しかし、その手応えは圧倒的。剣による技量と、力による技術。完成されたその二つが、フォーミュラにより統一された。
フォーミュラドライブ『アクセラレイター』――それは。
「力と速度の融合――神速に剣技を乗せることが出来れば、リインフォースにも勝てる」
やはり、俺は間違えてなんかいなかった。
キリエ・フローリアンとアミティエ・フローリアン、彼女達は美しかった。
<続く>
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