とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四十九話




 凍傷に裂傷、打撲に骨折、細胞まで死滅する大怪我を負っていても胃は元気なのか、お腹は盛大に空いていた。手痛い敗北を喫していても、精神的には元気であるらしい。

ルームサービスを頼もうとして、ふと考える。アミティエさんにお茶を勧めておいて、俺は最高級ホテルの豪華な食事を食べるというのはなかなか鬼畜ではなかろうか。

とはいえ今は完全な真夜中、女性に最高級ホテルの夜食を進める男というのはいかがなものか。完璧な美しさを誇るアミティエさんの肉体が崩れるような事が断固あってはならない。


俺が食べなければいいだけの話だが、細胞が死んでいる肉体はとにかく栄養を求めている――女性を夜食に誘うのに、ふさわしい言葉はなんだろうか。


「アミティエさん、よろしければ今晩お食事でもいかがですか」

「娘の前で、平然と女性をデートに誘わないで下さい!」

「何を言っているんだ、お前は!?」

「お父さんこそ何言っているんですか!」


「皆さんで仲良くご飯を食べましょうよ!?」


 妹さんは護衛を理由に固辞したが、アミティエさんどころかユーリまでガッツリと夜食を食べていた。カロリーを気にする女性の存在は、都市伝説だったのだろうか。

俺は身体が満足に動かせないので、妹さんが介添えして最高級ホテルのルームサービスを堪能する。食事のスピードがどうしても遅くなるので、食事中の会話には相応しくない情報交換を申し出た。

夜の一族の姫君達やカリーナお嬢様など手強い相手ばかりだったので、女性との交渉にはどうしても気を張ってしまうが、アミティエさんは驚くほど協力的に情報を提供してくれた。


彼女の前向きな態度に俺も胸襟を開いて、美味しい食事を肴に実りのある情報交換を進めていった。


「キリエが剣士さんにお話した惑星エルトリアの事情は、全て本当の事です。父は不治の病に侵され、母もまた容態を悪化させていまいます。
母の事は折を見て話すつもりだったのですが、あの子は察していたのですね。心配させてはならないと気を張っていた事が、あの子への壁を作ってしまっていたのかもしれません」

「励ましにはならないと思いますが、気を落とさないで下さい。不治の病の告知は、医者でも判断に迷うものです」

「ありがとうございます……ただ一つだけ。私や母は父の今後を思い、実は惑星エルトリアからの移住を検討していたんです」

「失礼を承知でお聞きしますが、それはつまり自分の故郷を捨てると?」

「――はい、言葉を飾らずに言うとその通りです。エルトリアにしがみついたままでは、父も母も助かりません。状況が改善できる望みは薄くとも、可能性にかけたかった」


 キリエさんは両親だけではなく、惑星アルトリアの環境改善を望んでいた。現実的には難しいと悟っていながらも、希望を捨てられなかった。

逆にアミティエさんは現実的には厳しいと悟って、希望を捨てる決断をした。彼女を責めるつもりはない、間違えているとも思っていない。

スケールは全く違うが、俺だってそうだ。剣で大成出来ないと知りながら、剣を振り続けている。けれど一方で剣で強くなるのは難しいと、別の道を模索している。


アミティエさんの場合、両親の命がかかっている。見込みのない道にしがみつくよりも、現実的に助ける道を選ぶのは当然の事だった。


「アミティエさんがキリエさんにそのお話をしなかったのは単に消沈させるのを恐れただけでなく、移住も現実的に難しいからではありませんか」

「療養の為に、家族と一緒にコロニーへの移住を考えていました。母が何とか連絡を取ってくれて、私も補佐しながら段取りを進めていたところです。
故郷を本当に放棄するつもりはありません。でも今は、両親の身体を休ませることが必要だったんです」

「……キリエさんが今回行動に移したのは、コロニー移住の話を知ったからかもしれませんね」

「あの子を頑なにさせてしまったのは、私の責任です。救いの手を差し伸べられない家族を置いて、あの子は希望を求めてここへとやって来た」

「その点が気になってしました。私の事をキリエさんが知ったのは、明らかにここへ来てからでしょう。彼女は私を頼るよりも先に、聖王教会に収められていた蒼天の書と聖典を狙った。
理由は両親と故郷の救済だということは分かりましたが、そもそも何故あの魔導書と聖典に手掛かりがあると思ったのでしょう」


「"イリス"です」


「イリス……?」

「惑星エルトリアにある廃教会で発見された遺跡版に宿る人工知能『イリス』、キリエにとって幼い頃からの友人がこの事件の黒幕です」


 ――イリス、そいつが俺を殺そうとしている黒幕。剣士の思考を見抜き、剣士としての行動を先読みして、俺の全てを上回った驚異の敵。人工知能とはまた、未知なる相手だな。

ユーリを見やる。ふわふわのパンをもぐもぐ食べながら、別段顔色も変えずに話を聞いている。我が娘ながらの大物ぶりに、頼もしさと呆れを感じた。

黒幕の名前を聞かされても、この子を刺激する記憶はなさそうである。大切な人をユーリが殺したと言っていたが、本当に心当たりはないらしい。


そこで惑星エルトリアに関する情報提供を礼に、俺は黒幕に関する情報をアミティエさんに説明した。


「ユーリさんへの復讐が動機!? ユーリさんが蒼天の書から生まれた存在であるというのであれば、全てにおいて説明がつきます。
先程も言いましたが、人工知能状態であるイリスが自律的な活動が一切行えません。自分の目的を果たすために、キリエを唆して利用したんですよ!」

「ちょっと、待って下さい――ユーリ、お前この前黒幕に詰め寄られたとか言ってなかったか?」

「はい、間違いありません。明らかにそのイリスという名前の変な子は自律的に活動して、わたしに言い掛かりをつけてきました」


 辛辣に言われていて、黒幕であるイリスが少し気の毒になってきた。記憶が無いので確かにいちゃもんレベルでしかないのだけれど、イリスも不幸としか言いようがない。

とはいえ、アミティエさんが嘘を言っているとは思えない。今までの事件に置いても、車両や隕石は明らかな敵意を持って襲い掛かってきた。


無機物に意思があったのも、イリスによる制御がかかっていたのであれば納得がいく。


「キリエとイリスの研究資料が一部残されていたので、私なりに解読して色々調べてみました。この世界の魔導と呼ばれる知識、魔法と呼ばれる力を利用して実体化したのでしょう」

「蒼天の書は主以外の人間には使用できないのですが、どうやって魔導書の力を使えたんですか」


「惑星エルトリアで開発された術式を用いれば、魔導書の解析及び分解を行えるんです。"フォーミュラ"と呼ばれる、技術ですね」


 ――それって、もしかして。


「実は先日キリエさんが私の剣に興味を持ちまして、彼女を信頼して一日預けたんです。
何をしたのか分かりませんが、剣を返却して下さった時に――危機的状況に陥ったら、"フォーミュラ"を頼れと忠告して下さいました」

「あの子が、貴方にフォーミュラを提供したんですか!?
……本当に、あの子にとって貴方は新しい希望だったのですね。救いもなく家族を頼れず、イリスに唆されても罪悪感に苦しんでいた時――貴方という人が、手を差し伸べてくれた。

イリスを頑なに信じながらも、貴方を信じたいという気持ちが、フォーミュラという技術の産物だったのでしょう」


「でもお父さん、そんな技術を使っていましたか?」

「だって、使い方が具体的に分からないし」

「……そういうところよ、キリエ……」


 うわっ、お姉ちゃんが頭を抱えている。一応キリエさんをフォローすると、俺を信じたいがイリスを裏切れないという葛藤が、使い方の説明を躊躇ったのだろう。

イリスを信じて蒼天の書の強奪を謀ったが、奇跡を起こす聖王の存在を知って頼ってしまった。俺も親身になって相談に乗ったので、余計に甘えたくなかったのだろう。

そんな中で事件が深刻化していって、キリエさんが葛藤に苦しんだのだ。だから後ろ向きな協力になってしまった。


「剣士さんのお話によると、魔導師さん達の魔法が使用不能にさせられたんですよね。それもフォーミュラによる、術式の解明と分解です。
一度でも使われた魔法を短時間で解析する技術があり、分解する機能も有しているので使用不能となってしまいます。

魔導書と聖典を奪って解析したことで、この世界にある魔導と魔法の仕組みを一通り理解したのだと思います」

「車両が人型兵器になったり、廃棄都市の廃材が隕石になったりしたのですが、それもエルトリアの技術なのですか?」

「無機物の形状を自在に変化させる"ヴァリアントシステム"と合わせて、フォーミュラは使用されます。イリスはこの技術を悪用して、此度の事件を起こしたのでしょう。
一方キリエは事件を何とか貴方に穏便に解決させるべく、 ヴァリアントシステムを使用して貴方の剣にフォーミュラを組み込んで改造した。

話を聞いた限りでの推測となってしまいますが――フォーミュラによる真の性能を発揮できれば、リインフォースさんという女性を倒すことが出来たかもしれません」

「フォーミュラを使いこなせれば、リインフォースに勝てる!?」

「あくまで可能性の話ですよ!?
そしてリインフォースを捕まえて、事件を解決する道を探ったのでしょう。筋道としては浅はかなのですが、あの子なりの精一杯だったのでしょうね」


 ……なるほど、リインフォース投入には嫌がらせというイリスの目的と、人身御供というキリエさんの理由があっての作戦だったのか。

リインフォースは洗脳されているので、俺との関係も当然キリエさん達に教えている。身内が事件に関わっていると知れば、黒幕が別にいると分かっても早期解決を図ろうとする。それが狙いだった。

ところが、キリエさんを利用するイリスによる事件の拡大化によって、穏便な解決を望めなくなってしまった。それが今起きている現実なのか……全てが、彼女を置き去りしている。


彼女の心境も気になるが、フォーミュラの事が聞き逃がせない。本当にあの強大なリインフォースに対抗できる手段がフォーミュラにあるのならば、何としても使いこなさなければならない。


「俺の剣にフォーミュラが組み込まれているのならば、使い方を教えてくれ!」

「それは無理です」

「ど、どうしてですか!?」

「キリエが組み込んでいるので、剣士さんの剣の使い方はあの子にしか分かりません。私でも解析は出来ると思うのですが、あの子の事を考えると気が進みません。
きっとあの子は優しくしてくれた貴方の事を思って、自分の持てる全ての技術と想いを剣に籠めたのでしょう。こんな事を言うのは恥ずかしいのですが――

貴方という剣士を大成させられるのは、私の大切な妹であるキリエであってほしいんです」


 ロマンティックな事を言っている自覚があるのか、アミティエさんは頬を染めながらも熱く語る。キリエさんは俺を魔法使いだと表現し、アミティエさんは剣士であると語ってくれた。

やはり姉妹なのだろう、表現こそ異なれど彼女達は俺に理想を求めている。奇跡を起こす魔法使い、悪を倒す剣士。どちらもまた、女の子が頼れる存在なのだ。


そしてアミティエ・フローリアンもまた、俺に希望を託そうとする。


「フォーミュラを使用するには卓越した技術と、強靭な肉体が不可欠です。奇跡を起こす魔法は、キリエに委ねます。
その代わり、私も貴方の力とならせてください。一か八かの賭けになりますが、私の"ナノマシン"を使って下さい!」

「ナノマシン……?」

「準備が必要ですので、少し時間を下さい。その間申し訳ありませんが、剣士さんには――」


「ええ、分かっています。キリエさんに、会いに行ってきます」

「よろしくお願いします。私も会って叱りつけようと思っていたのですが……貴方のように素敵な人に保護されていると聞いて、安心してしまいました。
キリエを救ってくれて、本当にありがとうございます。今も思い悩むあの子に必要なのは私ではなく、貴方だと思います」

「家族に正論を言われるのは辛いですからね……私も、よく分かりますよ」


 かつて高町の家を飛び出してしまったあの時の苦しさが、蘇る――どれほど正しいと分かっていても、家族より真向から正しさを唱えられると辛いものだ。

自分が間違えていることなんて、分かっている。馬鹿なことをしていると、自覚している。他人を傷付けているのだと、思い知っている。


でも、止められないのだ――誰かに斬られる、その時まで。



アミティエさんとの話を終えた俺は、キリエさんが滞在する部屋へと向かった。















<続く>








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