とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四十八話




 時刻は既に深夜に差し掛かっているというのに、アミティエと名乗る女は俺との面談を熱烈に希望していると、支配人のマイアは困り顔で訴えてきた。

今日は昼夜戦い続けて戦闘不能の大怪我、ドクターストップまでかかっている重体。常識的にも肉体的にも面談なんて論外なのだが、この女は非常識にも人員募集のツテを全て破壊した。

ユーリを狙う黒幕の犯行を一瞬警戒したいのだが、頭の中で棄却する。やり方が直接的すぎるし、向こうは戦力強化によって俺とユーリを潰す気でいる。こんな真似をする必要性を感じなかった。


確かに怪しすぎる奴なんだが――


(自分一人いればやれる、か……かつて道場破りした俺と、気概は似てやがるな)


 山で桜の枝を拾って振り回し、この世で一番強いと高を括っていた自分。どんな敵が相手でも自分なら勝てると自惚れて、この平和なご時世に道場破りを仕掛けた。

今年の春頃に海鳴でやった事なので、まだ一年も経過していない。それでも昔の愚かな自分だと言い切れるほどに、濃厚な時間を海鳴で過ごして生きてきた。

アミティエとかいう女がどうしてこんな真似をしたのか分からないが、少なくともこいつは自分さえいれば今起きている事件は解決出来ると自信を持っている。他人は要らないと自ら蹴飛ばしてまで。


その気概自体は未熟だが、好ましくも思える――結構悩んだのだが、結局会う事にした。


救護班やリニス達の救命で命こそ持ち直したが、リインフォースのバカ野郎のせいで凍傷さえ治らない。細胞が壊されて、自然治癒能力まで失われているのである。回復魔法が効果を発揮しない。

ベットで寝たきり生活を余儀なくされているが、敵か味方か分からない女と会うのに無防備ではいられない。支配人に頼んでホテルの一室を用意してもらい、極秘の面談をセッティングしてもらった。

白旗の主要メンバーはほぼ全員修行や武装準備で出ていっているので、妹さんとユーリを護衛に控えさせて、面談相手を客室へと招いた。剣が折れ、アギトもいないので、俺は本当に無防備だ。


まあどうせ自信過剰なバカ女だ、実態は大した事がない自惚れ野郎に決まって――


「夜分遅くに申し訳ありません、アミティエと申します。こんな非常識な真似をしてまで、お仕掛けてしまったことをまず謝罪させて下さい。
今日この地で起きた事件の事を知りまして、怪しいとは自分でも思いますが――」

「採用!」

「――どうか私を皆さんのお仲間に……えっ!?」


「採用します。今更嫌だとは言わせませんよ、うふふふふ」

「娘でも擁護できない笑い声を上げないで下さい、お父さん!?」


 お父さん大好きっ子のユーリが珍しく血相を変えて、俺を制止にかかった。自分でも狂っているとは思うが、心の底から湧き上がる興奮を隠しきれないでいた。

この世にこれほど美しい人がいていいのだろうか。今まで数多くの美女に巡り会ってきたが、これほど美しい肉体を持った女性と巡り会えたのはまだ二度目である。

素朴に見える三つ編みの赤い髪が鮮烈に輝いており、美しく切れ上がった瞳は女性としての優しさと強さに光っている。そして何より特筆するべきは、戦闘衣装に包まれた肉体だ。

理想的に磨かれた肢体、そのバランスは芸術的であり、人間として完成された美を誇っている。肉体の練度はダイヤモンドの比ではなく、圧倒的な存在感を宿している。


これほどの女性がこの世に二人もいる奇跡を、俺は神に感謝したい。自分は今まさに異世界にいる、その実感を今日初めて強く感じられた。


「ようこそ白旗へお越しくださいました。そんな所にお立ちになっていないで、どうぞソファーにおかけ下さい」

「い、いえ、そんな気を使わないで下さい!? 酷いお怪我をされているのに押しかけてしまい、本当に申し訳なく思っています」

「何を仰るのですか。貴方ほど美しい人が無傷で生きて下さるだけで、大怪我をした甲斐があったというものです」

「謎の理論で女性を娘の前で褒めないで下さい、お父さん!?」


 大怪我してよかったと感涙している俺に、ユーリが涙目になって俺を宥めている。ええい離せ、お父さんは今人生の春を謳歌しているんだぞ。

すごいぞ、今の今までリインフォースに敗北して落ち込んでいた心が喜びに満たされている。身体が美しい人と話しているだけで、怪我した身体まで喜んでいるような感覚があった。

恋だの愛だので浮ついている昨今の若者を軽蔑していたが、今日この日考え方を改め直して深く反省していた。やはり女は綺麗な身体だわ、優しい心とかどうでもいいわ。


温厚ななのはでも激怒しそうな感想を胸に懐きつつ、アミティエさんとの面談に入った。


「お飲み物は御用意しておりますが、お食事もご一緒にいかがですか。ルームサービスもお取りできますので、何なりと仰って下さい」

「あ、あの、お気遣いは本当に嬉しいのですが、私のような小娘にそこまで気を使わないで下さい」

「恐縮させてしまったのなら申し訳ない。美味しいお酒もございますから、楽しい夜を過ごしましょう」

「高級ホテルの一室で美しいと称賛する女性にお酒を勧めてどうするんですか、お父さん!」


 しまった、自分の娘を護衛にしたのでのんびり女性と語り合うことが出来ない。優しいユーリに強く睨まれて、渋々グラスを片付ける。妹さんは始終無言なのも、ちょっと怖かった。

そんな感情豊かなユーリを、何故かアミティエさんは感慨深く見つめている。その視線はとても優しく、厳しく、そして悲しげに見えた。

食事と飲み物を用意して、俺は救護班に用意してもらった車椅子に座った。ベットで寝転がったまま、敵か味方かも分からない人間と会う訳にはいかないという配慮だ。


まあアミティエさんが美しい人だと分かった時点で、警戒心なんぞとっくに消え失せていた。身体が美しい人に、悪い奴なんていない。


「私を白旗のメンバーに加えていただけるというお話、確かでしょうか」

「募集を見て参られたのでしょう。お恥ずかしい話ですが今大変難儀な事件を抱えておりまして、人員が不足しています。貴方ほど美しい人であれば、大歓迎ですよ」


「……それは私を女として求めている、ということですか?」

「女性として完成されている人であると、評価しています」


 枕営業を求めているのか視線を鋭くして問うアミティエさんに、俺は素直な評価を打ち明けると頬を赤くして俯いてしまった。これほど美しいのに、何故謙遜する必要があるのか。

俺の車椅子を押しているユーリが、不機嫌げに車椅子を揺らしてくる。こらやめろ、地味に酔うぞ。身体が痛いのだから、地味に揺らすのは止めてくれ。

ご機嫌斜めな娘に難儀しつつ、アミティエさんと面談を続ける。


「でも私は、貴方が積極的に働きかけていた人員募集を全て潰しました。勿論受付の方にも説明しましたが、募集を受けるべき方々の分まで成果を出す自信はあります。
もし実力をお疑いであれば、どのような試験でも受けさせて頂こうと考えて今日時間を頂きました。人格面も含めて、私を試さなくてもよいのですか」

「正直に言いますと、貴方とこうしてお会いするまで警戒していました。もう少し言いますと好奇心は主な理由で、貴女を採用するつもりはさほどありませんでした」

「だったら尚の事、採用された理由が分かりません。まさか本当に、私がその……う、美しい女の子だから採用した訳じゃないですよね」

「貴女は本当に美しい女性です、自信を持って下さい。貴方のその肉体が、何よりも貴方自身を証明していますよ」

「ふざけているのですか。女性の体を求めて採用するなんて――!」


 俺の言い回しが気に入らなかったのか、ソファーを蹴って立ち上がった。よほどいい加減に思われたのか、恐縮していた態度が嫌悪へと変わっていくのが分かる。

何故、そんなに怒っているのか、理解出来なかった。俺は素直に自分の気持を述べている。なのにどうしてこの人は、自分の望みが叶ったというのに怒る必要があるのか。

本心である。俺はこの人の体を見て、採用することを決めた。何一つ、嘘偽りがない。女性というのは、綺麗だと言われたら喜ぶものではないのだろうか。

不思議で仕方がないので、再度俺は聞いてみた。


「だって貴女、キリエ・フローリアンさんのお姉さんでしょう」


「……えっ」

「キリエさんのご家族ですよね。私は、家族を思う彼女をとても信頼しています。そんな女性のお姉さんであれば、無条件で歓迎いたしますよ」

「ど、どうして姉だと……?」

「だってあの人も、貴女と同じ美しい肉体と――綺麗な心を持った、優しい女性でしたから。同じ容姿である貴方が、悪い人間であるはずがない。
ご安心下さい、キリエさんはこのホテルの一室で宿泊されています。さぞご心配されているでしょうが、事件には巻き込まれていません」


 人員募集を妨害したとは思えないほど、アミティエさんは礼儀正しい女性である。そんな人がフルネームを名乗らなかった理由はキリエさんにあったようだ。姓がないのかとも勘ぐったが。

本人は何故か自覚がない様子だが、アミティエさんはキリエさんととても良く似ている。特に俺は剣士なので、男女を問わず相手の体つきには目を配る。だから、二人が姉妹だと予測できていた。

第一これほど美しい人が家族以外でこの世に二人いる事実を、偶然だなんてありえない。自然に生きていて成り立つ美しさではないのだ、必ず生活環境に至るまで一致していなければ成立しない。


俺がキリエさんの無事を伝えると、アミティエさんは涙を滲ませて俺に深く頭を下げた。


「キリエがご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした! あの子の面倒を見て頂いて、心から感謝しています」

「どうやら同じ家族とはいえ、複雑な関係にあるようですね。お話をお聞きした際、キリエさんは貴女の事をあまり話しておられませんでした」

「そうでしたか……あの子と私はその、考え方の違いから今、少し喧嘩をしていまして……」

「ご家族の事、ですね。大変申し訳ありませんが、私は立場上キリエさんの味方であるつもりです。ですのでキリエさんの許可がない限り、ホテルの部屋番号を教えるわけにはいきません」

「その言葉を聞いて、逆に安心しました。あの子の味方でいてくださって、本当にありがとうございます。貴方がいてくださったから、あの子は凶行に走らずに済んだ」

「やはり、偶然ではなかったのですね」

「! まさか貴方は事件への関与を知って――」


「私とこのユーリを狙う犯人は『ミッドチルダにはない技術』を使用し、キリエさんは『ミッドチルダではない世界』である惑星エルトリアから来た。
事ここまで来て察せられないほど、私も馬鹿ではありません。偶然だと思いたかったのですが……やはり世の中はそれほど甘くはありませんね」


 ――気付かない筈がない、少なくとも怪しいとは思うべきだ。マイアが支配人をしているこのホテルの滞在を勧めたのはあくまで好意だが、同時に彼女の動向を知る契機にもなった。

監視は敢えてつけなかったのだが、注意するくらいはしていた。アミティエさんも言っていたが、もし何らかの暴挙に出た場合は即座に止めるよう気にしていた。

結局この配慮は杞憂に終わったのだが、ただ残酷にもどうやら完全に無関係ではないようだ。やはりこの事件に、キリエさんは何らかの形で関与していたのか。


俺の話を聞いてアミティエさんはその場に腰を下ろして、深く頭を下げた。声を震わせて、叫ぶ。


「全てはあの子の苦悩を分かってあげられなかった、私の責任です。本当に、申し訳ありませんでした……!」

「――惑星エルトリアの窮地に、ご両親の病気については伺っております。それが全ての原因であり――動機だったのですね」

「奇跡に縋らなければならないほどに、あの子を追い詰めてしまった。だからといって許されることではないのは、分かっています」

「この聖地で起きた、一連の事件。蒼天の書の強奪、聖典の破壊、廃棄都市の消滅、隕石の襲来――私とユーリの殺害。この中でキリエさんが関わっているのは何か、ご存知ですか」

「惑星エルトリアであの子が残していたデータ類を調べ上げ、この地へ来てからも現地調査を行って判明した限りですと――蒼天の書や聖典と呼ばれるデータ関係を奪ったのは、あの子です」


「奪った理由は、"奇跡"を求めたからですね」

「そして"聖王"であらせられる貴方に辿り着き、奇跡を願った――私が止められなかったばかりに、こんな大惨事を引き起こしてしまった。本当に、すいませんでした!」


 嗚咽を漏らし、絨毯を涙で濡らしながら、アミティエさんは何度も頭を下げた。狂おしいまでに自分を責め立てて、断罪の刃を自ら突き立てている。

妹さんは無言のままだが、ユーリは痛々しげに顔を歪めて、俺を見つめている。分かっている、彼女に何かの非があるわけではない。でも、慰めを必要としていない。

彼女は戦士だ、ハッキリと分かる。鍛えられた肉体は、嘘をつかない。ならば家族を思う気持ちで、自分を責めてはいけない。何の生産性もない。


自分の責任を取って腹切りする侍の時代は、もう終わったのだから。


「白旗への入隊を希望したのは、責任を果たす為でしょう。だから、泣くのはやめて下さい。
今日から私が、貴方の上司となるんです。責任者は私である以上、責任を取るのもまた私の務めです」

「そ、そんな……これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません。私が事件を解決します」

「その意気です。我こそと思うその精神こそが、白旗に求められる気概です。泣いていては始まりませんよ、アミティエさん」

「……はい! よろしくおねがいします、"聖王"様!」

「聖王はやめて下さい。最前線で戦う以上、私も一人の剣士として立つつもりです」


「なるほど、では"剣士さん"と呼びますね」


 ガタッと、今までノーリアクションだった妹さんが反応を示した。何故だ!?

ともあれ、頼もしい仲間が加わったのには違いない。アミティエさんの実力は定かではないが、実に期待できる。


それに何よりも、異世界の技術があれば――


「聞きたいことは色々あるので、情報交換させて下さい」

「そうですね、お互い話さなければならないことは数多くあります」


「私もこれまで多くの強者達と戦ってきましたが、貴方とキリエさんの肉体は彼らと比較しても並外れている。その秘訣を是非お聞きしたい!」

「真っ先に聞くのはそこですか、お父さん!?」














<続く>








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