とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四十五話




 試合に勝って、勝負に負けたのか。試合に負けて、勝負に勝ったのか――リインフォースを追い詰めたが、目的を達成された挙げ句に逃げられた。

我が身を省みる。剣代わりに拾ってきた車の残骸は折れ曲がり、バリアジャケットの風神/雷神の篭手は壊された。全身が凍傷で重度の障害、心臓や内臓に至るまで砕けた骨が刺さっている。

魔力の過度な消費でアギトは疲労困憊、霊力の使い過ぎでアリシアは心神喪失。肉体をナハトヴァールに、精神をオリヴィエに支えられなければ、心身崩壊していた。


ローゼのガジェットドローンU型に載せられて、地上へと着陸。白旗の救護班に迎えられ、急いで搬送される。


「空のみならず地上からも襲撃を受け、メンバー総員で徹底抗戦。何とか退けることは出来たのですが……してやられました。父上、申し訳ありません。

『聖王のゆりかご』が、強奪されました」


 ――衝撃で声が出なかった、のではない。単純にボロボロで、声を出す気力もなかったのである。完膚なきまでに負かされてしまうと、悔しさもわいてこなかった。

聖王のゆりかごは聖王教会が結界により徹底的に堅固していたのだが、結界は簡単に解除されて奪われたらしい。時間を一切かけず、鮮やかに持ち出されてしまったのである。

シュテルは苦渋に満ちた顔で何度も謝罪していたが、この子の非ではない。勿論だが、地上部隊の誰かに原因があったのではない。結局の所、理由は一つだった。


魔導が、通じない――これに尽きる。敵が保有する未知の技術で解析されて、使用不能にさせられる。しかも敵はその事実さえも利用して、心理戦でも圧倒的優位に立っている。


敵からすれば、自分の解析技術が発覚しても何の問題もないのだ。実際シュテル達は魔導が解析されてしまうので、魔法を多用できず苦戦されられた。魔導師殺しもいいところだった。

捜査官のオルティアも純粋な魔導師で悪戦苦闘させられ、ゆりかご強奪を阻止できなかった。猟兵のノアが助力しなければ、聖地にも被害が出ていた可能性もあったらしい。

幸いにも地上や空には戦闘機人の実力者達が揃っていたので、何とか敵だけは退けて死傷者を出さずに済んだ。だが白旗に所属する魔導師達も多く怪我人を出して、スタッフ達に損害を出してしまった。


自分の必殺技であるブレイカーまで解析されてしまったシュテルのショックは非常に大きく、冗談の一つも言わず担架で運ばれている俺に縋り付くように何度も頭を下げていた。


「いい加減にせぬか、シュテル。己の不甲斐なさを、父に押し付けるでない」

「……すいません、ディアーチェ」

「ええい、その辛気臭い顔はやめぬか。調子が狂うではないか。いつもの鬱陶しい父へのアピールはどうした」

「今日の私に……自己評価できる点など何一つありませんよ」

「ならば挽回してみせよ、その優れた頭脳を徹底的に酷使してこの状況を少しでも改善するのだ」

「……」

「少なくとも今日、我らは負けなかった。父もあのマスタープログラムを相手に不利な戦いを強いられたが、見事退けることに成功したのだ。
これより我は父に代わり、聖地に戻って勝鬨を上げるつもりだ。我らが勝利したのだと、民衆の前で鼓舞してみせようぞ」

「――貴女は本当に強き王ですね、ディアーチェ」


「我こそ偉大なる王である、と高を括っていた。だが、今の我は違うぞ。
我こそはロード・ディアーチェ、"聖王"である偉大なる父の後継者。父の子であるがゆえに強い、それこそ我であり――我らなのだ、シュテル」


「父上の子であるからこそ、強い」

「自分が信じられぬのであれば、今一度父を信じるのだシュテル。父を見よ、魔法なんぞ使わずともあのマスタープログラムを退けたのだぞ。
お前もまた我が父の娘なのだ、必ず大望を成し遂げられよう。些末な失敗にいちいち心を奪われず、次に成果を収めればいい」


 俺の子であると言うだけで誇らしいのだと、ディアーチェは微笑んで聖地へと向かっていった。その背に敗北はなく、例えようもないほどに栄光に輝いていた。

リインフォースに逃げられた結果でさえも、あの子から見れば勝利なのだと胸を張っている。寒さに震えて担架で運ばれる俺の姿を凱旋だと誇っている。

嫌味でも皮肉でもなく、真実なのだろう。あの子の在り方はどこまでいこうと気高く、自分の父を誇る姿に一片の迷いもなかった。


奪われたのなら奪い返せばいいのだという王者の気質に、シュテルも血色を取り戻している。


「父上。ディアーチェが負傷した父の代役を務めてくださいますので、私は裏方に回って父の政務をこなします。
まずオルティアさんと合流して、此度の戦いにおける各方面への調節を行ってまいりますね。父上は何も憂う事無く、治療に専念して下さい。面倒な事務処理はすべて私が行います。

滞りなく業務が完了いたしましたら、お見舞いに参ります。添い寝は怪我の治療後、存分にいたしますので楽しみにしていて下さい」


 人が喋れないのをいい事に、事後承諾をてんこ盛りしてバカ娘は走り去っていった。とはいえ面倒な事後処理や後始末を全て引き受けてくれるらしい、非常に助かる。

リインフォースが敵に回った衝撃はなく、リインフォースに負けた悔しさもない。何もかも全て奪われた事への苦悩もなかった。


あるのは――純粋な、怒りだった。


「あいつ、ぶっ殺す」

「ようやくの第一声が怖いですよ、お父さん!?」


 強大な敵であれば、諦めもついた。強力な敵であれば、悔しさもあった。しかし味方であれば、それでいて家族であれば、湧き上がってくるのは猛烈な怒りだった。

何の混じり気もない、純粋な怒り。大切に思っているからこそ、いきなり理由もなく平手打ちを食らったら誰だって怒る。敵に干渉されていると、洗脳されていると分かっていても許せない。

お前に裏切られて、俺が落ち込むとでも思ったか。お前に殺されかけて、俺は純粋に腹が立ったぞ。敵だったら憎しみもわくが、味方であれば単純に怒るしかない。


次こそは殴り返して、キッチリ目を覚まさせてやる。俺は剣士として、魔導師のお前を叩き斬ってくれるわ。


「ありがとな、ナハトヴァール。お前のおかげで、命拾いした」

「むふー」

「俺はボロボロなのにお前はニコニコだな、こいつめ。怪我してないか」

「へーき」


 リインフォースが敵側についてもディアーチェが動揺しなかった理由の一つに、ナハトヴァールの存在もあるのだろう。こいつは最初から最後まで、リインフォースには敵意を向けなかった。

異教の神には噛み付いていたのに、リインフォースには威嚇するだけだった。手出しも何もしなかったのは俺への信頼と、彼女への無垢なる想いがあったからだ。

ナハトヴァールが敵意を向けないのであれば、まだどうにかなる。この子が笑顔のままでいる限り、まだ最悪ではないのだ。


この子なりに、大切な家族を守っている。俺やユーリに引っ付いているのも、敵意から守ってくれているのだ。


「ディアーチェが聖地で俺の代役として民衆の前に立ち、シュテルが俺の参謀として権力者達の相手を務める。大怪我した俺の姿を晒しては、あの子達の努力を無駄にしてしまう。
目立たないように白旗のアジトまで運んで治療してもらうから、その間にユーリ達が接触したという奴の事を聞かせてくれ」

「あの人、面白かったよね。お笑い芸人なのかな?」

「うーん、確かに変な人だったね」


 うちの子達が揃って首を傾げている。ちなみに何度も確認したのだがユーリやレヴィも無傷で、元気そのものだった。俺やナハトの相手をリインフォースにさせてまで、何がしたかったのか。

クアットロ達は敵の再侵攻に備えて厳戒態勢、シュテルとディアーチェを除くうちの子達は俺と一緒に聖地へ帰還。一旦戦いを終えて、全員各方面で後始末に入った。

俺は移動用大型車に載せられ、警護としてユーリ達も一緒に乗車。目立たないルートで聖地へ入り、そのまま裏道一直線、隠れるように白旗のアジトへと運ばれる手筈となっていた。


俺は車内で治療を受けながら、ユーリ達の話を聞いていた。


「マスタープログラムがお父さんに話した目的通り、私が孤立した時飛び交う隕石の中から一人の女の子が出てきました」

「どんな奴だった?」

「装束で姿を隠していたので顔は見えませんでしたが、女の子の声でした。『この瞬間を待っていた』と、歓喜に満ちた声で詰め寄られました。
目があったんです――機械的かつ電子的な瞳、怖いほど壮絶な目でじっと睨まれました」

「その時に何かされたんじゃないのか!?」

「いえ、私が何かしてしまいました――じっと見つめ返していたのですが何がしたいのか結局分からず、つい頬を叩いちゃいまして」

「面白いほど吹っ飛んでいったよね、あの子」


 ……あくまで推測だが、多分システムU-Dであるユーリを解析していたのだろう。恐らく夜天の魔導書の同システムであるリインフォースもこういう感じで解析されて、乗っ取られたのだ。

無垢なユーリは敵であろうときちんと向き合っていたのだろうが、延々と何もないままだったので怖くなって反射的に叩いてしまったのだ。


レヴィが目撃したということはこの子が駆けつけるまで、相当長く睨めっこしていたのだろう――そして、何も出来なかった。


「ちなみにそいつは、殴られて何と言っていた?」

「『直接目から"ウィルスコード"を叩き込んでやったのに、どうして通じないのよ!?』とか、意味不明なことを言っていました」

「ボクもジッと睨まれたんだよ。必死なその子が面白くてゲラゲラ笑ってたら、ムキになって怒られちゃった」


 ウィルスコード、リインフォースを解析して洗脳したシステムがそれか。ユーリやレヴィにも同じように仕込もうとして、どうやら失敗してしまったらしい。

話を聞く限り、どうやら本人達は痛くも痒くもないらしい。リインフォースに効いて、ユーリやレヴィ達には効かない。考えられる理由は、一つだけだ。


法術――ユーリ達はこの力で、実体化している。魔導による復活ではないので、解析が行えない。


「そしたらその子が『私から何もかも奪っておいて平然と馬鹿げた家族ごっこを満喫しているのね、ユーリ』と言われました。
だから私も、『お父さんとわたし達は本当の家族です、わたし達は愛し合っています』とハッキリ言ってやりました」

「……ちょっと誇らしげなところ申し訳ないんだが、もっと怒ったんじゃないか?」

「さすがお父さん、ご明察です。『誰があんたが幸せになった話なんか聞いているのよ、あんたが私を不幸にしたと言っているのよ』と噛みつかれました」

「明らかにそいつ、お前の事を知っているんじゃないのか」

「きっと勘違いだと思います」

「どうして?」

「わたしが知りませんので」


 ――法術で俺の娘として実体化したのはつい最近であって、それ以前の話ではないのかと言いたいのだが、ユーリがキョトンとした顔で首を傾げている。


確かシュテルは俺と交渉した際、自分達が自ら実体化出来ないので、法術により自分達を産み出してほしいと願っていた。つまり彼女達は今まで長く、姿形なきシステムでしかなかったのだ。

記憶も当然、曖昧となっている。いやむしろ法術で実体化したことで、以前の記憶はリセットされているのかも知れない。

ナハトヴァールなんて完全に初期化されて、赤子同然になっているからな。


「口喧嘩になっちゃったから、ボクが聞いたの。ユーリが君に何したっていうのさ、とね」

「そしたら、その子が言うんです。『あんたは私の大切な家族を奪った、だから私もあんたから大切な家族を奪ってやるわ』と、呪わしき声で告げられました」

「家族を、奪った――そいつはお前が、自分の家族を殺したのだと糾弾したのか」

「何かの間違いだと言ったら、平然と自分の罪を忘れるあんたを絶対許さないと激しく詰め寄られました」


 なんだか、雲行きが怪しくなってきた……俺はユーリ達の事を、そもそも詳しくは知らないのだ。ユーリ達も過去のことは覚えていないので、仕方がないとも言えるが。

だが、当事者は違う。学校とかでよく起きているイジメ問題と同じだ。加害者は忘れても、被害者は絶対に忘れない。

自分の知らぬ罪を突きつけられて、優しいユーリはどう思ったのだろうか。


「ここからのユーリがすごくかっこよかったんだよ、パパ。聞いてあげて!」

「や、やめてください、レヴィ。わたしは当然のことを言ったまでで――」





『――自分は何も知らないと、当然のように言い切るつもりなの?』

『本当に何も知らないので、答えようがありません』

『あんたはあの男に洗脳されている。だから私もマスタープログラムを洗脳してやったのよ』

『洗脳なんてされていません』

『あの男を自分の親として愛するように心を奪われている、法術という力を使って』


『心を奪われたのではありません、与えられたのです。ユーリ・エーベルヴァインとしての、わたしの心を』


『ふざけたことを言わないでよ、人殺しのくせに! 自分の愛する父親を抱くあんたの手は、血で汚れているのよ!』

『それがどうしたんですか』

『な、なんですって……開き直るつもりなの!?』


『わたしはお父さんの娘、剣士の子供です。本当に貴方の家族を殺したのかどうか、確かにわたしには分かりません。
ですが、これだけは言えます。たとえ本当にあなたの家族を殺したのだとしても――

剣士の娘として、血で汚れるのを恐れない覚悟がありました』


 ディアーチェも、シュテルも、レヴィも――そしてユーリも誰一人、剣士の子として生まれた自分を受け入れていた。

彼女達は皆、自分が優しい人間だと思っていない。俺という人間を見て思い知っている、いざとなれば他人を斬り殺す人間の子であるのだと。


剣士としての宿業を受け入れた上で、ユーリ達は俺の子として胸を張る覚悟を決めている。


『記憶もなにもないくせに、どうしてそんな綺麗事が言い切れるのよ!?』

『わたしはお父さんの子供として生まれてくる運命でした。剣士の娘として恥じぬ生き方をしてきたと、この心に誓って言い切れます。
その結果他人の命を奪うことになろうとも、大切な人の命を守れるのであれば、過去のわたしであろうと躊躇ったりはしません』


 ――ユーリは自分の知らない過去を、否定しているのではない。いざとなれば他人を殺す覚悟があった、罪であろうとも受け入れる自分であったと肯定しているのだ。

その子が言っていることは、本当かもしれない。けれど、必ず理由があった。その子の家族を殺さなければならない、確たる理由があったはずなのだ。

理由があれば、殺していいはずがない。けれど理由がなければ、絶対に殺したりはしない。どんな自分であったとしても、その点は絶対に変わらない。


何故なら俺という人間の子となる、運命だったのだから。


『っっ……理由があって、殺したというの……? 血で汚れるのを覚悟してでも殺さなければいけない理由が……
でも、あんたは皆を殺して……あれ、でも私はどうしてまだ生きて――


――大切な人を守るために、大切な人を殺す。だったら、私を守るために……


う、うそだ……うそだ、うそだ、うそだ……! あんたはあの男に洗脳されて、そんな事を言っているんだ!』


『何が言いたいのかサッパリ分からないけどどうするの、ユーリ』

『変な人には近づいては駄目って、お父さんが言ってたよ』

『天然なところだけは昔のままで激しくムカツクわ!?』


 ……レヴィの言った通り、最後がお笑いになっていた。ユーリが天然を炸裂しまっているせいで、復讐劇が喜劇になってしまっているのが悲しい。

その後なんだか馬鹿馬鹿しくなって、敵は撤退していったようだ。分かる、その気持ちはよく分かる。会話が成り立たないアホは俺の周りにもいるので、苦労はよく分かる。

しかし、会話の内容から俺が目の敵にされている理由が判明した。どうやら敵の目的はユーリへの復讐であり、ユーリを法術で洗脳したと勘違いされて俺が標的になっている。


しかも腹が立つ事に、俺を殺せばユーリは元通りになると思いこんでいるようだ。俺が死ねば確かに法術が解除されるかもしれないので、戦術的に悪くないのがむかつく。


「となると、聖王のゆりかごを奪った理由も分かるな」

「はい、あのロストロギアでわたしを殺すつもりでしょう」


 聖王のゆりかごは、聖王でなければ起動できない――その定説は、危うくなった。敵は、主以外では起動できない夜天の魔導書を乗っ取れたのだから。

あのロストロギアを動かせるのであれば、間違いなくユーリにぶつけるだろう。世界を震撼させた古代兵器、それほどの戦力でなければユーリは倒せない。

法術使いの俺をリインフォースが殺し、聖王ゆりかごでユーリを破壊する。


敵には今、全ての手札が集まってしまった――強くならなければ、次は俺達が殺される。















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.