とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第四十三話




 ――雲の遙か上を飛ぶ飛行機から、蹴り落とされた。パラシュートも無い自由落下、何の疑問も挟む余地もなく俺は死ぬだろう。狂い死にする落下感の中で、俺は他人の事を考えている。

夜天の人、リインフォース。八神はやてが名付けた祝福の女性、俺は彼女の事を殆ど何も知らない。絵画の如き美しい容姿の女性は、心も雪のように繊細で優しかった。

今まで多くの女性と巡り会ってきたが、思えば彼女との関係が何も変わらなかった。敵視されながらも、自分を気にかけてくれていた人。彼女との距離感だけが、一定だった。


何も変えようとしなかったのは、単純に俺の甘さが原因だった。結局、俺は彼女に甘えていたのだろう。そして――何も変えられず、ついに敵同士となった。


敵対した守護騎士達とは積極的に関わって和解、八神はやてと一緒に生活を過ごし、ミヤとは戦友として共に戦い、ユーリ達とは本当の家族となった。そして彼女とは、そのままだった。

彼女の優しさで成り立っていた関係であれば、彼女に見捨てられれば終わってしまうのは自明の理だった。何もかも変わらない関係など、ありはしなかったのに。


だったら彼女に殺されるのも、仕方がないことかも知れない。



「お父さんに何をするんですか、マスタープログラム!」



 隕石群が、天の怒りに触れて灰燼と化した――天空を覆う闇色の炎、魄翼。巨大な翼を広げた少女が火の鳥となりて、夜天の女性を上から猛烈に体当りした。

俺をめがけて急降下していた彼女は到底回避できず、ユーリと激突して炎に燃えて吹き飛んでいく。魄翼を広げたその瞬間、高速の魔力弾が無数に発射された。

恐るべき勢いで発射されていくが、オルタと称するリインフォースも負けてはいない。すぐに立て直してシールドを展開、強力な壁に阻まれて消失する。


無数の弾丸を防がれても、ユーリは顔色一つ変えない。金色の瞳を怒りに燃やして、リインフォースオルタを睨みつけた。


『砕け得ぬ闇、システムU-Dか』

「気でも狂いましたか、マスタープログラム。主の許可無くお父さんを攻撃するなんて」

『……』


「――自身の意思とは関係なく、破壊活動を始めてしまう。過去の私と同じなのですね」


 何を思い立ったのか、優しいユーリには珍しく憤りを露わにしている。優しいあの子が他人に対して怒りを見せることはない。あの子の憎しみは常に、自分と起因している。

自分の意思とは無関係に破壊してしまうプログラム、ユーリはリインフォースオルタをそう認識している。自らの復活こそが、周囲に悪影響をもたらすのだと。

ウェーブがかった金髪は悲しみに揺れているが、表情はやがて決意に満ちた。へそ出しルックスで袖の長い上着を着て、炎の模様の入った紫色の袴を着用。


宮本良介の娘として誇る、彼女のバリアジャケットが装着された。


「ディアーチェ、『干渉制御ワクチン』の準備をお願いします」

「任せておけ――と言いたいが、時間がかかるぞ」

「出来るだけ早くお願いしますが、問題はありません」

『私と戦うか、システムU-D』


 守護騎士システムを含めた闇の書の全管理を行う、管制人格。リインフォースの事は以前、ユーリ達から話は聞いている。

夜天の魔導書は法術によって改竄されて中身が書き換わっているが、彼女本人には法術は干渉していない。ただ蒼天の書の管制人格となった、彼女の力は未知数だった。

加えて蒼天の書は敵側に奪われて、どうなっているのか分からない。敵となって君臨している彼女の巨大な存在感だけが、今の実力を如実に証明していると言える。

永遠結晶エグザミアであるユーリと並ぶ、威圧感。国家戦略級兵器を持って傷もつかないユーリと、互角に対峙している。


  二人が激突すれば、聖地の空は滅ぶ。


「貴女と戦う必要性を感じません」

『なに……?』

「お父さんを殺せると本気で思っているのですか、マスタープログラム。狂ったシステムは、認識さえも不足しているようですね――よく聞きなさい」


 そして、ユーリ・エーベルヴァインはハッキリと宣言した。


「お父さんは、私よりも強い人です」


 ――その一言で、目が覚めた。


目が眩む高さから落とされながら、視界がハッキリする。憂いに淀んでいた意識がクリアとなり、悲しみに沈んでいた心が冷え切った。

敵となった人間を前にして、敵対したことを嘆く怠惰。味方であった人に傷つけられて、嘆き悲しむ不遜。斬るか斬らないか、今更になって悩む愚鈍。

アリサを目の前で死なせて、まだ目が覚めないのか。ミヤを目の前で壊されて、まだ悩む惚けるのか。ユーリに信頼されて、まだ立ち止まってしまうのか。


誰であろうと――敵となったのなら斬る人でなしが、剣士だろう。


「ローゼ」

『参上しました、我が主』


 自由落下していた俺めがけて、ガジェットドローンU型が突っ込んでくる。そうはさせじとリインフォースオルタが急襲すると、すかさずミサイルが発射された。

高速の魔力弾同様にシールドで防がれるが、近代兵器の攻撃には多少怯んでいる。そもそも魔力弾とミサイルでは威力そのものが異なる、多少なりとも揺るがせる。

その隙に再び全翼機の上に着地して、墜落だけは免れた。手すりもなにもない飛行機の上だが、先程のような高所による恐怖も違和感も感じなかった。


魔龍の姫と戦った時と同じ意識――敵を斬るという思考に、満たされている。


「クアットロ、シルバーカーテンを最大範囲で展開してこの空間を幻影で満たせ」

「女を暗がりに引きずり込んでどうするのですか、陛下」

「隠蔽工作はお前の十八番だろう。何の遠慮もいらない、管理局と聖王教会を悪辣に踊らせろ」


「――うふ……ウフフフフフ。ようやく私の大好きな陛下になって下さいましたわね。

かつて家族のように愛した女をゴミのように見下ろすその目、ゾクゾクしますわ!」


 レジアス・ゲイズ中将に事前連絡し、聖地の救世主となったローゼを通じて聖女様に報告している状況。空の上であろうと、警戒と監視の目がないとは思えない。

黒幕の悪意が渦巻くこの空間と、用意された敵役。正義と神の両組織が見れば、闇の書の暴走だと判断してしまうかも知れない。実際今、管制人格が明らかに暴走しているのだから。

歪められた事実は、黒幕によって真実へと書き換えられている。正論が通じないのであれば、虚実を持って謀るまでだ。元より人でなしの外道、嘘を付くことに何の抵抗もない。


戦闘機人によって演出された舞台で、家族同士が殺し合う。


「総員、自分の持てるあらゆる能力の使用を許可する。悪を持って、悪を正せ」

『了解!』


 そしてこの場にいる全員、誰も反対しない。戦闘機人にマテリアル、人外が揃った化け物達。強制された正義には唾を吐く、社会不適合者の集まりだった。

俺達に、正義なんて必要ない。自分の持てる力は、自分達のためにしか使わない。だからどの組織にも所属できず、どの世界からもはみ出して、俺達だけで集まっているのだ。

自ら、卑下したりはしない。クロノ達のように、自分達の事を思ってくれる誰かがいる。だから俺達のような馬鹿野郎にだって、生きる場所は確かにある。

俺は、剣を抜いた――かつては桜の枝を振るっていた自分。今は車の残骸を剣だと称していても、あの頃とは違う。


「あんたとはまだ、一度も戦った事がなかったな。あんたと出会って半年、俺の成長を思い知れ」


 リインフォース、この人にだってまだ帰る場所は残されている。













 空の上の戦いは、過酷を極めた。ユーリ達と同等の実力者を相手に、俺という男が歯が立つ道理は何一つ無い。たった半年間で達人となれるのであれば、剣道場など必要ないのだから。

そんな空中戦において接戦を行えたのは、ひとえにローゼの卓越した指揮能力であった。ガジェットドローン編成隊が見事なチークワークを発揮して、攻撃を仕掛けている。

ガジェットドローンU型を駆り出して剣を振るう俺は、彼女のずば抜けた空戦能力と張り合えている。剣の実力を操縦技術で補う非常識は、ローゼならではの荒業であろう。


つまりガジェットドローンを破壊されたら、俺はあっという間に不利になる。


「容赦なく足場を奪うか、リインフォース」

『お前は剣士だからな』


 舌打ちする。戦略の全てを見抜かれ、戦術の全てを見透かされる。心理の裏まで読まれていた気持ち悪さは全て、他でもない彼女が行っていた。

有能な味方が敵に回った途端、あらゆる全てが覆される。彼女は俺を理解するべく歩み寄っていたのに、俺は最後まで彼女を理解しようとしなかった。

人間関係に甘えていたツケが戦いにまで、影響を及ぼしている。ジュエルシード事件であれほど反省し、世界会議であれほど後悔したのに、また同じ失敗を繰り返している。


泣きたくなるが、それも甘えだろう。涙を断ち切って、剣を振るう。


リインフォースが放つ射撃魔法はガジェットドローンのミサイルで迎撃し、肉薄した瞬間に一合交える。だが残酷な現実として、彼女は近距離戦にも優れていた。

切り下ろせば顎を撃ち抜かれ、切り上げれば手刀で肩を砕かれ、切り結べば魔力の弾幕でぶち抜かれてしまう。空ではとても満足に戦えなかった。


それでも食い下がれたのは――


『……ちっ』

「がおー!」


 ――背中に背負っている、ナハトヴァールの存在。

リインフォースはなぜか、ナハトヴァールの接触を異常に拒んでいた。ナハトの威嚇一つで追撃をやめて、しきりに距離をとっている。

傷つくことを恐れているという事実には変わりないが、この子の身を案じているのではない。心配ではなく恐怖、何かのはずみで殺してしまう事を恐れている。


『刃以て、血に染めよ』


 湖の騎士シャマルは過去、俺を糾弾した。俺が法術で改竄したせいで、闇の書に刻まれていた攻撃魔法の数々が消えてしまったのだと。

貴重な攻撃魔法であり、最大の切り札まで消されてしまった。古代魔法の消失、主の必殺を担う手札が消されて責められた。

守護騎士達が大切にしていた魔導書、聖王教会より強奪された聖遺物――


夜天の魔導書が、彼女の手に現れた。


『穿て、ブラッディダガー』


 ロックオン型の、自動誘導型高速射撃魔法。敵を血に染める鋼の短剣が、空間を埋め尽くす数で出現する。思わず目を見開くが、既に遅かった。

視認が困難なほど弾速が速い血の短剣が、次々と襲いかかってくる。車の残骸で叩き落とせるレベルでは、断じて無い。けれど心にあるのは死の予感ではなく、アギトという相棒であった。

烈火の剣精が力を貸せば、残骸の刃が炎の烈剣へと姿を変える。煌めく炎を振るって、死の短剣と切り結ぶ。


されど相手は死神――剣とぶつかりあった瞬間に、爆発した。


"瞼を焼かれたのか!? 視力はアタシが補助してやる!"

「悪いな、助かる」

"あの女……魔力強化が桁違いだ、剣の強化が追いつかねえ。くそ、あの馬鹿が居ればリライズアップできるのに!"

"ダーリン、ごめん。私にもっと力があれば、風のように速い翼を上げられるのに"


 血の色をした短剣を放つ魔法効果は、着弾時の爆裂。剣先が破裂して手先から血飛沫が上がり、足元が炸裂してガジェットドローンが破壊された。

剣士である俺は相手を切ることしか考えていないが、魔導師である彼女は俺を殺すことしか頭にない。俺との戦いよりも、俺を死体にするべく行動に移すだけ。


大地のない空が舞台であれば、単純に叩き落とすだけで俺は死ぬ。


「妹さん」

「お任せください、剣士さん」


 護衛役をナハトヴァールに託したが、己の使命を彼女は何一つ忘れていない。俺に命じられて、隕石を破壊していた彼女は颯爽と駆けつける。

パラシュートもない自由落下でも動揺しない俺を、リインフォースオルタは怪訝な顔で見下ろしていた。死の恐怖を感じない人間を、疑問視しているようだ。

お前は、俺という人間の全てを理解している。為す術がなければ、俺は確かに絶望して死んでいただろう。見苦しく抵抗して、足掻き喚いていた。


その延長線上に、今の俺がいる。あの頃とは何も変わらない弱さと、あの頃とは違う強さを手にして。


「アルメ・ド・レール!」


 ギア3と呼ぶ大人モードへモデルチェンジした彼女は太腿豊かな足に俺を乗せ、思いっきり空へと蹴り上げた。墜落していた俺は、あっという間に滑空する。

すかさずブラッディダガーが出現して襲いかかってくるが、今度は勢い任せに斬り飛ばす。爆発するよりも、俺が滑空する方が早い。

後方の爆風に押されて更に急上昇し、彼女へと肉薄。頭上から切り下ろすが、横っ飛びして脇腹を蹴られる。骨が軋む音に唇を噛み締めつつ、空いた手で殴りつけた。


苦し紛れの一撃、彼女の頬が歪むことさえなかったが、一撃を入れられたという衝撃が彼女の表情を歪ませる。


『スレイプニール、羽搏いて』


 北欧神話の神オーディンが乗る馬を冠する、空中滑走。ハイスピードで放たれる飛空魔法は、羽もたぬ剣士には暴力そのものだった。

高速ジェット機に撥ねられたら、人間一人簡単にミンチ肉となる。死を予感するよりも早く、バリアジャケットを展開。風神の篭手が、嵐を呼んだ。

激突だけは防いだが、風の衝撃波は防げない。ジェット機とぶつかった衝撃で肋骨は粉々に割れて、心臓と肺へ豪快に突き刺さった。


苦痛なんて生易しいものではない。胸を風のメスで引き裂かれる激痛に――



俺は、笑った。



「血は魔力の塊だと、巨人兵戦で証明したはずだ」

『!?」


「穿て、ブラッディダガー!」


 自分の血で錬成した魔力の刃――喉から豪快に吐き出された血が剣となって飛び出して、彼女の胸に突き刺さった。

情けなんぞ、俺は捨てている。剣士として生きると決めた以上、死ぬまで相手を斬るしか考えない。生への未練なんぞ、相手を斬れなかった後悔しかありえない。

血を盛大に吐き散らしながらローゼが召喚した新しいガジェットドローンU型に着地し、俺はリインフォースを睨みつける。彼女こそ最強の魔導師、相手を完全に斬り殺すまで目を逸らすことはない。


突き刺さった刃は、リインフォースの展開した騎士甲冑に停止している。肉まで貫いているが、臓物を壊せていない。


『――正気か、貴様』

「剣士に向かって正気を問うか、リインフォース。気が触れていなければ、お前という家族を殺そうとはしない」


 リインフォースは肉を貫かれ、俺は骨を壊された。どちらが致命傷なのか、言うまでもない。呼吸が苦しく、唾より血が溢れ出てくる。

肉を切らせて骨を断つ、剣士における王道は確実に俺に適用されている。実践がモノを言うこの状況で、俺本人が下手を打っている。

反省も後悔も、何一つなかった。最後に、彼女を斬れればそれでいい。剣士に出来ることなんて、その程度しかない。


終わらせることしか、出来ないのだ。


『闇に、染まれ』


 剣士の小賢しい抵抗を、魔導師は嘲笑う。その認識は、大いに正しい。剣よりも、魔法の方が遙かに間合いが広いのだから。

彼女から溢れ出す膨大な魔力に、嘆息する。彼女の次の一手がすぐに読めた、だからこそ正しく諦めることが出来た。

やはり、剣なんてもう時代遅れなのだろう。どの世界であろうと、どの時代であろうと、剣は廃れて消えていくだけだ。こんな物を今更振るうバカは、俺くらいしかいない。


広域空間攻撃魔法の前に、剣では為す術なんて無いのだから。


『デアボリック・エミッション』


 術者を中心とする球形の範囲内全てを純粋魔力攻撃魔法、上空を覆い尽くす魔法の爆撃に総員が避難を余儀なくされる。

俺を援護する仲間達を遠ざけるのも、また目的の一つ。孤立してしまえば、俺程度簡単に倒せると高を括っているのだろう。正しい認識だ。


――『空を飛ぶ翼』、『宙を斬る剣』。どちらも、ない。この2つがなければ、勝てないというのに。


彼女と戦うための準備が、何もかも足りなかった。そして何よりも、強さが足りていない。

ハッキリと分かった、とても勝てる相手ではない。目が焼かれ、腕が切り裂かれ、肺に穴が空き、心臓が血を流している。もはや、死に体だった

それでも、俺は――お前を止める。


「神速」















 干渉制御ワクチン準備完了まで、残り時間は後――















<続く>








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