とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十話





 ――異世界ミッドチルダには、『廃棄都市』と呼ばれる区画が存在する。


その名の通り既に廃棄されている都市部で、人は住んでいない。聖地に近しい臨海空港の近隣にあり、近年空港が閉鎖された事に伴って放棄された市街地である。

都市のマップにも明確に表示されている区画で、海に面した広い整備区画が放置されている。寂れた都市区画は犯罪の温床になりかねないが、管理するとなると難しい。

異世界がどれほど華やかに発展していても、こうした明暗分かれる場所は必ず存在する。人間が管理している以上、絶対の繁栄なんぞありえないのだ。


聖地とミッドチルダ都市に挟まれている手前、管理局と聖王教会の間でも管理や聖地については意見が分かれている。


「かつてアリサが住んでいた廃ビルと同じような場所かな」

『君とアリサが出逢った場所は法術の生誕地でもあり、僕達も一度調べている。都市計画の失敗という面では、経緯は非常によく似ている。
多額の予算を積み込んで都市発展計画を立てていたが、肝心の空港が閉鎖される事になって前提が崩れてしまった形だ。

投入される予算が見直されるとあっては、工事もまた進まなくなる。企業が見放せば、業者も手を引き――誰も居なくなるという事だ』

「概要はよく分かったけれど、朝っぱらから何の話をされているのかよく分からんぞ、クロノ」


 キリエ・フローリアンとの交渉を終えた、次の日。蒼天の書強奪事件の進捗報告と惑星エルトリアの提案を行うべく、俺は入国審査局を経由してクロノと連絡を取った。

既に友人同士となっているが、公私混同は一切しない。世間話を行うのではなく、何時に向けた会議を行わなければならない。その為にはスケジュール調整が必要となる。

具体的な予定はアリサが調整してくれるが、現地からの声も必要となる。立場ある者同士、責任者である俺と時空管理局の執務官との責任ある交渉は行わなければならないのだ。

通信画面が表示されるやいなや、挨拶もそこそこにクロノから廃棄都市に関する説明が入ったのである。いきなり説明されて、面食らってしまう。


踏み込んだ説明を求めると、クロノは一言で告げた。


『消滅した』

「は……?」

『昨夜未明、廃棄都市が消滅した』


――ユーリの顔が一瞬浮かんだ俺は、結構ひどい親だと思う。別に娘を疑ったのではない、ユーリならば余裕で出来そうだと親馬鹿のように思っただけだ。


「昨晩は白旗のアジトで寝泊まりしたけど、そんな騒動は一切伝わっていないぞ」

『だからこそ、真っ先に君へ伝えたんだ。実に奇々怪々な事件だ、僕も説明に困っている』


 仮にも都市一体が消滅したとなれば、相当な衝撃が発生した筈だ。震災レベルの地震や爆破音、都市を震撼せしめる破壊が広がらなければおかしい。

少なくとも聖地には何の異変もなかった。ナハトヴァールは屋根の上で今日も元気に体操していたし、妹さんは平然とした顔で朝の挨拶をしてくれた。

聖遺物を奪われて殺気立っている聖王教会は厳重態勢が敷かれており、現地派遣の管理局員と連携して厳重に警戒している。何かあれば、すぐに俺の元へ連絡が飛んでくる。


首を傾げている俺に、流石のクロノも朝から困り果てた表情で説明してくれた。


『誤解を恐れずに言うが、文字通り消滅している。廃棄された建物や放置された資材、腐敗された機材類も含めて全て消え去った』

「物理的に消えているという事は、破壊されて粉々になったとかではないのか」

『都市一体の破壊ともなれば、災害レベルだ。それこそ時空管理局どころか、近隣のベルカ自治領からも聖王教会も飛んでくる事態となっている。
闇夜の内に、あっという間に消え去っている。かつての廃棄都市は今、完全な更地だ』


 破壊ではなく消滅であると、クロノは珍しく断言してみせた。音もなく、夜の内に消え去ったのだと言っている。闇に溶けてしまったかのように。

「何時頃消えたのか、分かっているのか?」

『残念ながら、今のところは不明だ。君は先程アリサの廃ビルを例えにしていたが、廃棄された建物は浮浪者やならず者たちの溜まり場になりやすい。
犯罪の温床となりかねないので、廃棄都市とはいえ一定の管理はされている。原則立入禁止として、監視カメラなどの最低限の設置は行っていたんだ』

「俺を例えにしやがったな、この野郎」

『アリサから聞いているぞ、元はといえば寝床に困った君が廃ビルに住むつもりだったそうだな』


 うぐぐ、あのメイドめ、馴れ初めを暴露しやがったな。高町家を出ていった俺が寝床を求めて町外れの廃ビルへ行ったことが、完全にバレていた。

思い出してみると確かに、あの廃ビルも立入禁止の札があった気がする。廃棄されているとはいえ、完全に放置したら俺のような浮浪者が寝床にする危険性は確かにある。

今になって思うと一応不法侵入になるんだよな、あの行為。おかげでアリサというメイドに出会えたのだが、俺もなかなかの考えなしだったと思う。


クロノの話では、廃棄都市はそうした監視カメラ類も含めて丸ごと消滅したという。


「最低限とはいえセキュリティが設置されていた、だから廃棄都市には人っ子一人いなかった。目撃者ゼロの状態が出来上がってしまったんだな」

『このような事態になることを想定するなぞ、不可能だ。破壊活動にしてはスマートすぎるし、都市規模の質量を消滅させる意味も理解できない』

「素人考えで申し訳ないが、そういうのもテロリズムの一種なんじゃないのか」

『一応当たってみたが、今のところ声明文の類が出ていないな。ただテロ行為を行うのであれば、示威的要素を見いだせない消滅というのが解せない。
それこそ都市丸ごと破壊したほうが、周辺に分かりやすいテロリズムを生み出せる。これほど鮮やかに影に徹されていては、目的が何も見えない』


 なるほど、だから朝っぱらから困った顔を見せているのか。執務官殿が長年積み上げた経験則に当てはまらない、異常な事態が起きている。


「そういうクロノは何故、今回の事件を知ったんだ」

『ゲンヤ・ナカジマ部隊長より今朝、連絡があった。
事態が発覚したのは残念ながら今朝、全てが丸ごと無くなってから発覚した。廃棄都市が一夜の内に消滅したとあって、地上本部が激震している』

「……言われてみれば、あのおっさんは左遷された訳じゃないんだよな」


 ゼスト隊に所属するクイント捜査官は見事に左遷されたが、あの旦那は直接関係していないので今も地上の部隊を率いる立場にいた。

しまった、あのおっさんを頼ればよかった。時空管理局地上本部に強力なコネがあるというのに、うっかり忘れていた自分の愚かさに腹が立つ。

廃棄都市は地上本部の管轄、聖王教会が手出しできる縄張りではない。ただ事件そのものはおそらく、午前中には教会にも伝わるだろう。


いち早く伝えてくれたクロノ執務官の連携には、素直に感謝するとしよう。俺も貢献しなければならないな。


「ゲンヤのおっさんを頼れば、事件現場を見せてくれそうだな。とはいえ部外者だけで立ち入る訳にも行かないので、オルティアにも協力を求めるしかないか。
地上本部や聖王教会の連中が本格的に乗り込んでくる前に、現地へ行って手掛かりを探ってみる」

『君も少しは手続きというのを理解してきたようだな』

「面倒だと段取りを無視していれば、後になって余計に面倒な事態になるからな。手間を惜しむのは止めておく」


 良い心がけだと子供をあやすように感心する執務官を、画面越しに睨みつける。反省ではなく、後悔からの教訓なのでとんだ赤っ恥であった。

くそっ、昨日からオルティア・イーグレットへの借りが積み重なっている。時空管理局員ならルーテシア捜査官がいるのだが、残念ながらあの女は左遷組で現場への影響力が削がれている。

その点オルティアは時空管理局より正式に抜擢されたエリートであり、将来を期待されている有望な捜査官だ。現場への立ち入りも、彼女の協力があれば可能だ。


地上本部から連絡が届く前に俺から情報提供すれば、こちらから協力する素振りを見せられるので交渉の糸口にはなるだろう。


『君の率直な意見を聞きたい。先に起きた、蒼天の書強奪と関係があると思うか?』

「昨日一日捜査を行って関係者全員と、事件の経過とその後を話し合った。聖遺物が奪われ、聖典を見られた以上、"聖王"である俺が狙われる可能性が十分にある。
敵は白旗の戦力を把握した上で、襲撃を仕掛けてくると俺達は見込みを立てていた」

『……もしも蒼天の書が、闇の書であるとすれば――"力"を行使されたという事か』


 手を、握っていた――まるで、失われた剣を掴もうとするかのように。


気の所為ではない。今一瞬クロノから感じたのは紛れもない敵意、明白な殺気だった。クロノは厳しい執務官だが、どれほどの犯人であっても殺意を見せたりはしなかった。

感情を律して、理性を整えているこの男が、みだりに敵意を見せる事は今までなかった。彼にとって罪は罰するものであり、決して憎むものではなかったからだ。

俺はこの男を恐れて、剣を掴もうとしたのか。


――友を、斬ろうとしたのか。


「単純に、かっぱらったんじゃないのか?」

『かっぱらう――盗んだということか』

「だって資材とか機材が大量に放置されていたんだろう、その都市」

『君じゃあるまいし、何を言っているんだ。万が一そうだとすれば、君を遥かに超えるスケールの大馬鹿だな。都市丸ごとの廃材を盗んだのだから』


 冗談に付き合ってくれたのだと分かってはいるが、クロノの見せる笑顔や笑い声は素直だった。重大な事件が起きたというのに、朝から馬鹿みたいに笑っている。

やはり、気の所為だったのか。クロノが特定の犯罪者、特定のロストロギアに執着するような男には見えない。悪を憎んで正義を正しているが、一方的な執着は決して見せない公平な男だ。

闇の書には目を尖らせているようだが、問題意識の高さだとするのであればむしろ優秀さの証拠だろう。殺気立つようなことではない。


「貴重な情報提供には感謝する。こちらも今から動くよ、何か分かり次第連絡する」

『了解した。直接現場には関われなくても、僕達にも出来ることは多くある。連携して、事に当たっていこう。そちらからはなにかあるか?』

「ああ、かねてからの頭痛の種だった龍族やガルダ神の追放先について、目処が立ちそうなんだ。エルトリアという惑星について――」
 

 廃棄都市の消滅――もし蒼天の書を奪った犯人がやったのであれば、強大な力を確実に持っている。

シュテル達の話では、闇の書は法術で改竄されていて犯人は容易く悪用できない。少なくともシュテル達や、ミヤ達には何の影響も及ぼせない。

ただ夜天の人、リインフォースからの連絡が途絶えた。法術についての情報があるとされる、聖典が分析されている。

都市を丸ごと消し飛ばせるような相手に、剣が通じるのか?

ユーリ達もいるし、わざわざ俺が直接戦う必要がないというのに、何故か胸騒ぎが消えなかった。


(この動き――もしかして)


 ――もしも、この動きが俺個人を狙っているのであれば。

確実に、先手を打たれていた。















「号外、号外ー! 父上が、筋肉フェチでしたー!」


『ええええええええええええええええええええっ、意外すぎて朝ごはんの卵焼き吹いたよ!?
だから私のおっぱいとかに一切興味を持たなかったんだね、侍君』

『マジで!? あたしの可愛いメイド姿を鼻で笑っていたのは、そういう事実だったのね!?
コノウラミハラサデオクベキカ、ということでヴァイオラさん達に容赦なくチクるわ!』 

『うう、今から筋トレをするべきかな、久遠』

『ま、まさかそんな変態思考だったなんて……筋肉質に変換しようかしら』

『落ち着け、シャマル。奴も男だ、筋肉に憧れを抱くのは当然だ』

『あ、じゃあわたしが足のリハビリに励んでいた姿は好印象だったのでは!?』

『ボク、あんまり筋肉とか好きじゃないけど、パパの為に鍛えようかなー』


「凛々しき父も筋肉質だと思うのだが、何ゆえの憧れであろうか」

「わ、わたし達はお父さんに与えられたこの姿を大切にしようね、ナハト!」

「いーち、にー」

「ナハトの奴、筋トレしているぞ!?」


「ええい、朝からバットニュースを拡散するんじゃない!?」















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.