とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十ニ話






 フェイト・テスタロッサと使い魔アルフとは、ジュエルシード事件以後あまり会えていなかった。事件の関係者なので事情聴取から裁判と、会う暇が全く無かった。

俺は俺でその後世界会議に海鳴の身内事件、妖怪退治に聖地戦乱、挙句の果てに剣士失格と、肉体的にも精神的にも余裕がなくて会えなかった。

ただすれ違いという感覚はお互いに無くて、自分自身の人生に懸命に生きるという覚悟で望んでいた。ジュエルシード事件という大きな出来事を通じて、自分を見つめ直す時間が必要だったのだ。


事件から半年以上、俺達はようやく再会出来た。


「お仕事お疲れさん、二人共」


「久しぶりだね、リョウスケ。また会えて本当に嬉しい」

「あんたの会社で再会することになるなんて、思いもよらなかったよ」


 ――女は化けるという表現は美しさを飾る表現だが、久しぶりに生で見るフェイトは幼くなっていた。鮮烈な美は鳴りを潜め、年相応の可愛らしい少女となっている。

別に批判しているわけでは決して無いのだが、鋭さは失われて美しさという点は無くなっている。危うさを秘めていたあの頃の面影は無くなっていた。

失望よりも先に、きっと自分も似たような顔をしているのだと自嘲してしまう。仲間や家族、兄妹や子供まで出来た今の俺は、孤独だった頃の陰りは無くなっているだろう。


変わったという点においては実際のところ、フェイトよりアルフが劇的だった。


「お前、子犬の使い魔だったっけ……?」

「あんたとは命張り合って戦ったじゃないか、失礼な奴だね――省エネモードだよ、これは。もう戦う必要もなさそうだからね、のんびりさせてもらってるのさ。
フェイトも家族を取り戻して、幸せに過ごしているからね。アタシが我が者顔で、デカイ顔して歩くのも気が引けちまったね」


 大柄な美女だったアルフが、獣耳を生やした少女へと変貌していた。高町なのは達よりも小さく、野性的な半ズボンが似合う子供となっている。

雰囲気で言えば、今のフェイトに釣り合った容姿へとなっていた。使い魔なので外見の変化が可能だとは聞いていたが、まさか小さくなるとは思わなかった。

迫力は微塵も無く、歯を尖らせて笑うアルフはマセた子供そのものだった。再会の場では辞席している月村すずかのほうが、よほど大人びている。


朗らかに笑っていたアルフだったが、ふと顔色を曇らせた。


「それに、さ」

「それに?」


「たとえ生き返ったとはいえ、アタシがアリサを殺したんだ。フェイト達を守る事以外で、もう自分の力を振るう気は無いよ」


 ――ジュエルシード事件時、アルフとの戦闘で俺は敗北して命を落とした。致命打を受けて沈んだ俺を救ったのは幽霊だったアリサであり、力を失ってあいつは消えてしまった。

法術の力で無事に取り戻せて、事件後アルフは泣きながらアリサに謝罪した。アリサは何でもない顔をしてカラカラ笑って許したのだが、アルフはずっと罪の意識を感じているようだ。

お前は悪くないと言いたかったが、きっとアルフには何の慰めにもならないだろう。責任とは果たすべきであり、贖罪とは償うべき事なのだ。


大いなる力を有した戦士は、願いを持った少女により死んだ。今ここにいるのは、罪を償いながら平和を守る少女だった。


「仕事を引き受けてくれてありがとうな、我が社もいい人材を迎えられて助かったよ」

「リョウスケのおかげで、私や母さんが救われた。ずっと恩返しをしたかったの」

「アタシら皆、あんたには本当に感謝しているんだよ。少しでも力になれれば、御の字だよ」


 ふむ、聞いた限りでは別に惰性で引き受けた訳ではなさそうだ。やる気という点では漲っており、仕事への動機も恩返しというのであれば忠実であろう。

セレナさんより、職場での態度や姿勢も聞いている。常に一生懸命であり、社交的とは言いがたくとも、熱心にスタッフの人達と関わって仕事に励んでいるとの事だった。

面接は笑いこそ誘ったが真剣そのものであり、キャリア採用に見合った実績を数多く積み上げている。AEC武装の開発要員として、これ以上無い人材だった。


ではなぜ実験で安定した結果を出せないのか、セレナは魔導師から少女に戻っているとの見解を示している。


「魔力無効化への対策、リョウスケらしい考え方だね。剣一筋で頑張ってる貴方だからこその視点だ」

「正式採用を目指して、管理局へ売り込みをかけるらしいね。成功したら、大儲けじゃないか」

「いよいよ明日、公式訪問による視察が行われるからな。お前達の働きに期待しているぞ」


 水を向けてみると、案の定フェイトとアルフの表情が固まった。緊張によるものではなく、不安による強張りが露骨に顔に出ていた。溜息を吐いた。

手を抜いているとか、怠けているのが原因であればよほど良かった。才能がないとか、仕事の出来が悪いとあれば、尚の事良かった。トップとして、部下を切ればいいだけの話だ。

俺は決して、博愛主義者ではない。身内はなるべく大切にしたいが、他人である以上限度というものがある。仕事が出来ないのであれば、出来る人間に容赦なく代える。


本人にとっても、出来ないことを押し付けるより余程いい。仕事において、無理強いはお互いを不幸にするだけだ。


「……セレナさんから聞いたんだよね、私の事。ごめんね、役に立てなくて」

「何を言われたのか分からないけれど、これだけは言わせておくれ。フェイトは一生懸命頑張ってるし、本番になれば必ず結果を出せるよ!」

「俺もそう信じたいんだが、万が一結果を出せなければ何より傷付くのはお前らだぞ」


 本当に結果を出せそうであるのなら、セレナさんが俺に懸念を言う筈がない。部下の心労を社長の俺に愚痴るほど、あの人は仕事に甘い女性ではない。

危機的であるからこそ、報告している。五分五分だと言っていたが、明日の公式訪問でフェイトに有利な点など何一つ無いのだ。

視察するのは時空管理局の厳しい目、家族は誰一人おらず、スタッフ達は期待というプレッシャーを与えるだけ。社長である俺が応援係をする訳にはいかない。


今日中に精神的にプラスとしなければ、明日は天秤が傾いて倒れるだけだ。


「この場は俺一人だ、気兼ねせず正直に何でも言ってくれ。自分自身、何か課題や問題を抱えていないか」

「……魔法が使えなくなったという事は、以前話したよね。あの時私は驚いたんだけど、その――使えなくてもいいかな、とも思ったの。
母さんがアリシアにまた会えて、リニスも帰ってきてくれて、私はこうして罪を償って毎日を生きている。
クロノ達もすごく良くしてくれて、いい子で生きていかなければいけないと思ってるの。


これから生きていくのに魔法が必要なのか、必要だったのかずっと考えてる」


 フェイトの心情には、一切問題はなかった。課題も無く、精神的外傷もない。少女として生きるべく、人間として必要なものを選んでいる。

フェイトの言葉を聞いて、なのはの告白を思い出した。砲撃魔法に長けた実力者でありながら、魔法を人に向けるのが怖いとあの子は震えていた。

着眼点は違えど、同じだ。この子達が問題だと思っているのは結局俺達他人の勝手な都合であり、この子達本人の問題ではないのだ。


そしてアリサの心配も頷けた。あいつは可能性に満ちた天才少女、ゆえに可能性が途絶えるのを懸念している。


「お前の気持ちは何となく分かる。俺も剣を失って、剣を振るう意義を見いだせなくなった時期があった。情熱を無くしてしまい、剣が振るえなくなった。
無理強いする気はなかったが、この仕事を引き受けてくれたのが恩返しだという気持ちもよく分かる。俺もそうして、聖地では懸命に戦ってきたんだからな」

「今の仕事に不満がないのは、本当だよ。頑張って成果を出して、皆に喜んでほしいと思ってる」

「分かっている。ただ聞かせてほしい――このままだと、魔導師としてのお前はもう大成できないぞ」


 なのはとよく似た思いを抱え、俺とは違う道を選ぼうとしている。俺は剣士としてユーリ達を超えるべく可能性を求め、フェイトは自ら辞そうとしている。

本人の問題ではないという点が、一番のネックだ。本人の自由だと言われてしまえば、その通りだからだ。まったくもって否定できない。

仕事である以上結果を出さなければならない、そうした義務感自体はフェイトも持っている。だから日夜励み、結果を出せないことには落ち込んでいる。


なぜこいつはこれほど才能豊かな、良き人間として生まれたのだろうか。何処かで手を抜けば、こんな問題はあり得なかった。


「俺は剣を、再び取った。お前は、可能性が途絶えてもいいのか?」

「……」


 ――無理だ。よく分かった、もう俺はこいつと同じ思いを共有できない。先に道を選んで歩いてしまった以上、置き去りになった少女の手をひけない。


アリサの心配やセレナの期待には、応えられない。痛感させられた。俺ではこいつを救えないのだと、今ハッキリと分かってしまった。

自分は成長したつもりだったし、それなりに成長しているとは思う。成長してしまったからこそ、成長しない人間にかける言葉はなかった。


"聖王"なんぞと言われているが、結局俺は神様なんかじゃないのだ。



全ては、決して救えない。



「……分かった。これ以上、俺から言うことは何もない」

「だ、大丈夫だよ、リョウスケ!? 私、明日はちゃんと頑張るから!」

「信じたいところだが、今のお前を見ていると不安しか無い」

「あんたが心配に思うのはよく分かるけど、この子を信じてあげてよ!」

「今の俺の立場は、一剣士ではない。自分だけの命を背負って、戦っていないんだ。俺一人ならともかく、CW社員全員の命運まではとても預けられない」


 フェイトやアルフが必死でとりなしてくるが、聞く耳を持たなかった。同情や憐憫で預けられるのは、自分一人の運命だけだ。自分以外の他人まで、とても背負わされない。

当然の判断である。結局こいつも俺も、自分のことしか考えていないのだ。自分のことで精一杯の人間が、どうして自分以外の運命まで背負えるというんだ。

そして明日は、時空管理局地上本部の看板を背負った人間が視察に来るのだ。レジアス中将は、生半可な人間ではない。今のフェイトでは、絶対に勝てない。


俺では、フェイトを救えないと分かった。ならば、俺から言う事はない。


「先生、お願いします」

「せ、先生……誰?」


「私です、フェイト」


「リ、リニス!?」

「そしてお姉ちゃんだよ―、フェイト」

「アリシアまでどうして!?」


 俺が呼びかけると部屋のドアが開いて、堂々たる態度でリニスが登場。彼女を呼びに管理外世界まで出向いてくれた精霊アリシアも、にこやかに手を振っている。

驚愕の余り、フェイトとアルフが慌てて椅子から立ち上がった。感動の再会などというセンチメンタルは、リニスから全く感じられなかった。

山猫から人間形態へわざわざ戻った彼女は、睨みつけるように腕を組んで仁王立ちしている。俺の先生でもある彼女の迫力は、凄まじかった。


そりゃそうだろう。確かにフェイトの言うことにも一理はあるけれど――


「申し訳ありませんが話は全て聞かせてもらいました、フェイト」

「え、あの……リニス、怒ってる?」

「勿論です。久しぶりに再会した生徒が、これほど鍛錬を怠っているとは嘆かわしい」

「ち、違うよ!? 私はただ自分に魔法は必要なのか、考えてしまって――」

「だからといって、鍛錬をサボッていい理由にはなりません。その様子だと仕事をしているとはいえ、毎日の勉強も怠っていますね」

「うっ、それは……」


 ――魔法を必要としないとなれば、鍛錬や勉強にも力は当然入らない。そしてこのミッドチルダは魔法文化が栄える世界、魔法の否定は教育の否定に繋がる。

魔導師は多種多様な才能が必要とされる存在、教育課程は幅広くて果てしない。才能がない人間であっても、勉学が必要とされる分野も多くある。

例えはあまり良くないが、フェイトの言っている事は、数学者を夢見る小学生が国語の勉強を否定しているのと同じである。


確かに将来的には必要ないかも知れないが、教育課程上は十分必要なのである。


「貴方は本当に、大変な苦労をしました。辛く厳しく、苦痛の多い子供時代だったでしょう。優しい家族を得て、心穏やかな日々を過ごす幸福は、私としても大変喜ばしいことです」

「う、うん……ありがとう、リニス」


「それはそれとして、勉強をサボっていたことは許せません」


「ええっ、話がつながってないよ!?」

「貴方の上司であるセレナさんから、貴方の今の成績を伺いましたよ」

「学校じゃないのに、成績って言われてる!?」


 滅茶苦茶、怒られていた。流石というべきか、フェイトの心情を全く聞いていない。問答無用の説教に、フェイトはひたすら謝っている。

俺の国も子供が山ほどいるが、必要かどうか取捨選択して勉強している奴は少ない。大抵のガキンチョは、義務としてやらされている。勉強なんてそんなものだ。

「将来的に必要かどうかなんて、勉強もしていない人間に分かるはずがない。学び続けてこそ分かる価値があり、身につけてこそ開ける未来がある。

何度もいうが、母親に認められて必要としなくなったフェイトの気持ちそのものは本当に分かる。不幸だったからこそ、幸福に甘んじるのは罪ではない。問題でもない。


でもこのミッドチルダで、子供の時分から魔法という可能性を否定するのは早すぎる。


「彼に恩返しをしたいのでしょう。だったら、恩を返すべく努力を尽くさずしてどうします」

「……うん」

「先程も言いましたが、貴方の悩みは分かっているつもりです。ただ、日々をぼんやりと過ごすのはやめなさい。それでは、ただの怠惰です。
魔法は今まで、貴方を助けてくれた力です。今一度その力で、今度は彼を助けてあげましょう」

「リニスも、手伝ってくれる……?」

「勿論です。昔のようにまた、貴方の先生として指導いたしましょう」

「ありがとう、リニス!」


 リニスと一緒に勉強できるのが余程嬉しいのか、珍しく頬を紅潮させてフェイトがはしゃいでいる。アルフも懐かしく、それでいて嬉しそうだった。

俺も、学んだことがある。人間は一人でも生きていけるが、一人で何でも出来るのではない。剣を捨ててしまったあの時から、俺は何でも自分で解決するのはやめた。

フェイトの問題をセレナさんから聞いた時、俺は早速アリシアに相談して、リニスに話を打ち明けた。もしも自分一人で解決使用したら、この結末はあり得なかっただろう。


俺の功績ではない。けれど――我が事のように嬉しかった。


「よく駆けつけてくれたな、アリシア」

「社長夫人だもん、えっへん」

「新しい属性になった!?」


 こうして俺達は明日時空管理局からの公式訪問、レジアス中将との対決に望む。













<続く>








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