とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第十一話
カレドヴルフ・テクニクス社。CWという社名で広大な次元世界で有名となったこの会社は、カレイドウルフ大商会のカリーナお嬢様により設立された総合メーカーだ。
ベルカ自治領を中心に活動するCW社は、ジェイル・スカリエッティ博士や月村忍達の技術提供及び技術提案により、家庭用から業務用まであらゆる魔導機器を積極的に開発している。
設立して間もないメーカーではあるが知名度は抜群に高く、カレイドウルフ大商会の取引先や関係会社と提携して、一大企業化を目指して今大きなプロジェクトが推進されていた。
CW社の狙いは時空管理局――次元世界を管理する巨大組織への食い込みを、俺が掲げたのである。
「先日、カレイドウルフ大商会で、幹部会議が行われました」
「反応はどうだった?」
「オブラートに包んで申しますと、『偉大なる"聖王"様は世間というものをご存知でいらっしゃらない、天上の御方』であらせられるとの事です」
「……セレナさんとして言わせてもらうと?」
「世間知らずのガキが言いそうな事だぜ、ペっ」
「唾まで吐くのははしたないよ!?」
出資者であるカレイドウルフ大商会で大反発且つ猛反発に遭う理由は、分かりきっている。企業側からすれば、時空管理局との連携は誰でも夢見る目標であるからだ。子供でも思い付く発想である。
誰でも夢見るのに誰もが諦めているのは他でもない、実績が何一つないからだ。皆無とまでは言わないにしろ、自社製品の採用実績なんて殆ど無い。管理局は独自で開発を起こせる力を持っている。
俺の発想なんてその程度であり、俺の目標なんて夢のまた夢でしかない。大風呂敷を広げるのは自由だが、実現できなければただの大法螺でしかない。
大笑いされても、怒りは微塵も沸かなかった。反応は予想できていたし、"聖王"に祭り上げられた今となっては人の上に立つ者達の苦労もよく分かるからだ。
「肝心のお嬢様の反応はどうだった」
「実現できなければ腹切りを命じるように、言付かっております」
「この前より過激になっている!?」
そもそもお嬢様の肝いりである以上、彼女の鶴の一声でどうにでもなる。だからといって安穏としていられない、彼女は幹部達よりも無茶苦茶な御方だからだ。
猛反発している連中の方が、俺からすれば断然良心的だった。利益なんて出ないと計算しているからこそ、無駄なことはしないようにある意味警告してくれているのだ。
一人旅していた頃は偉そうな大人達に中指を立てていたものだったが、いざ自分がその立場に立つと馬鹿な子供を叱りたくなる。何も知らないから、どんな事でも言えるのだ。
社長の椅子なんて分不相応であることは、自分自身が一番良く分かっている――だからこそ自分にしか出来ない事をして、自分に出来ることを全て実行しようと思っている。
「俺の名前は幾らでも利用してくれて構わない。あらゆる物事において全て責任を取るので、あんたの好きなようにやってくれ」
「見事な丸投げですが、そう言って頂けると助かります。社外も含めてMM事業部、商品別・地域別・顧客別で編成された利益責任を持つモーターモービル経営を行っております。
仕事の統一性を保ったまま経営活動を地域的に分化し、包括的決定権限をもって損益の責任を負う形で現在進めております」
「目標である時空管理局との提携を行うには」
「対魔力無効装備、社長が提唱された"AEC武装"の共同制作ですね」
魔導師を無力化するアンチ・マギリング・フィールド、AMF兵器が聖地で起きた戦争で使用された。猟兵達や傭兵達が独自のルートで仕入れた粗悪品だが、効果自体は確実にあった。
魔力無効状況は聖王のゆりかご内部でも起きて、聖王教会騎士団の強者達も被害にあっている。魔法文化が栄えるミッドチルダでは、最悪とも言える兵器である。
この認識自体は聖王教会のみならず、時空管理局でも当然持っていたが、肝心の対策が行われていない。危険性を提唱するばかりで、具体的な対応が出来ていない状況だった。
圧倒的に繁栄した魔法文化が、逆に阻害となってしまった形だ。魔法を有効活用するばかりで、魔導が無力化される事態に対する対策が遅れてしまっていた。
「我が社の次世代魔導端末を次なる世代の戦力、"第五世代デバイス"として確立する。時空管理局との協力関係を得るには、一番の近道だ」
「旦那様の決断を受けまして、我ら社員一同日夜努力いたしまして次世代魔導端末を開発いたしました」
「あんた達の努力に、心から感謝する――俺が明日は、必ず成功させてみせる」
「いよいよ明日、時空管理局からの公式視察団が参られます」
だからこそ俺は自ら再び、現地入りしていた。何日も前から連日本社に出社して、秘書を務めるセレナさんとこうして打ち合わせを行っている。
レジアス・ゲイズ中将。かの首都防衛隊の代表者が視察団を連れて、ミッドチルダ地上本部からベルカ自治領聖王教会への訪問が予定されている。
時空管理局と聖王協会との関係は今、天秤が傾いている状態。この機に聖地へ訪れる本当の理由は、カレドヴルフ・テクニクス社への視察が目的であった。
社長である俺が、レジアス・ゲイズ中将と対面する。
「時空管理局の中でも武闘派である中将との体面だ、素手で突っ込んだら殺されるだけだな」
「お任せ下さい、旦那様。このセレナ、四十八手の逃走ルートを確保しております」
「敵前逃亡する気か!?」
管理外世界の片田舎に生きる今年18歳になる若造が、時空管理局地上本部の代表を務める中将殿と互角に渡り合える道理なんぞありはしない。
社長の椅子も努力して積み上げたものではない、与えられて座らされている神輿に過ぎない。全てがお飾りでしかない、浪人者であった。
礼節や社会的常識を詰め込んでも、付け焼き刃に終わるだろう。彼と渡り合うには、武器が必要であった。武装派の戦士と戦える、強力な武器。
それが第五世代デバイス、AEC武装である。
「共同開発を提案するにしても、絵に描いた餅では意味がないからな」
「時空管理局からレジアス中将が直々に公式視察に参られる以上、目に見える成果が必要となります」
「魔力とバッテリー駆動のハイブリッド、統合管制ユニットの実験か」
魔力無効化の状態でも魔法が使用でき、魔力有効状況なら更なる強化が得られる武装端末。共同で開発を行うにしても、理想は現実としなければならない。
結局のところ大商会の幹部達が追求しているのは、その一点である。口でとやかく言う前に、成果を見せろと言っているのだ。世の中、結果を出さなければならない。
社員一同が日夜努力した結果が、魔力駆動の兵器として作り出された端末である。今後は魔導端末ではなく武装端末として取り扱われる、未来の兵器であった。
その未来を時空管理局と共同で作り出すべく、俺が橋渡しをしなければならない――統合管制ユニットの実験を、彼らの前で行う事で。
「最終確認をいたします。明日時空管理局の公式視察団の前で実験を行う者は、『フェイト・テスタロッサ』様でよろしいですね」
「ああ、彼女に俺達の未来を託そう」
ジュエルシード事件以後、俺の訃報による精神的衝撃もあって魔法が使えなくなってしまったフェイト。母親の裁判も終わり、穏やかな日常を過ごす彼女に仕事を推薦した。
魔導師としては一流の彼女だが、フェイト本人はさほど魔法を必要としていなかった。母の為に求めた力であり、母の願いが叶った今とあっては使えなくても問題はなかった。
ただこのまま平和な日常に埋没すると、緩やかに老け込んでいくのが目に見えており、目標も何もない進路を危惧したアリサが、彼女に新しい道を提示したのである。
アルバイト感覚で薦めてみると、彼女は仕事先が俺の会社だと聞いて快諾してくれた。
「承知致しました、全ての手筈は万事抜かりなく執り行なっておきます」
「あんたの仕事ぶりは全く疑っていないけど、肝心のフェイトはどうなんだ」
「面接時に特技をお聞きしたところ、『不味くはないと母に褒められた料理』と答えられた時は、流石旦那様の推薦だと感服したものです」
「チクショウ、田舎者だと笑われてる!?」
優秀な魔導師として自分の会社に推薦したのに、とぼけた回答をするフェイトさんの天然ぶりに、アリサの不安が的中したことを思い知る。
家族団欒に無縁だった少女時代、優しい姉と優しくなった母に甘えるのは無理もない。家族生活に幸福を噛み締めて、心が緩んでしまうのは健全な証拠だ。
だが使えていた魔法が使えなくなったというのは、明らかに彼女の中で何か影響を及ぼしている。精神的失調とまでは言わないが、放置していい問題とは思えなかった。
事前にフェイトの仕事ぶりを聞かされてはいたのだが、改めて状況を伺ってみる。
「フェイト・テスタロッサ、彼女は実に優秀な魔導師です。厳しい教育と惜しまぬ鍛錬、想像も及ばぬ実戦を数多く積んだ経験ある魔導師は貴重と言えます。
社長推薦としていわばコネ入社となりますが、彼女の実力を疑うものは今や現場には一人もおりません」
「しかし――という逆接がつきそうだな」
「実験成果は、五分五分。素晴らしい成果を見せる時もあれば、全く結果を出せない時もあります。全く、安定していません」
「……魔法は、使えているのか」
「AEC武装はそもそも高度な魔力変換資質保有者、もしくは精緻な魔力コントロール技術を有する者でないと出力が安定しません。
フェイトさんの場合は前者である為に一定の成果を出すことが出来ますが、不調である為に後者の魔力コントロール技術が正しく行使出来ていないのです。
魔法が使えない最たる原因は、魔法の構成力にあるのでしょう」
「精神的疾患とあまり関係がないように思えるが」
「彼女は、望みのない人間です。満たされているがゆえに、魔法という奇跡を形にできない。彼女が並の魔導師であれば、ここまで顕著な事にはなりません。
彼女はあまりにも資質に恵まれ、あまりにも魔導師として急ぎ過ぎた。必要としなくなったというだけで、あっという間に形に出来なくなってしまったのです」
時空管理局の医療部門より送られてきたフェイトの診断データを参考に、日々の実験結果を分析して彼女の状態を説明するセレナさん。
AEC武装の基本構造として術者の魔力を端末内部で物理エネルギーに変換して出力するので、武装端末を用いた攻撃は魔力無効化の影響を受けなくなる。
つまり魔法を正しく使用できないフェイトが実験で成果を出せるのは、皮肉にもAEC武装が正しく活用できているからだ。武装端末がコントロールして、フェイトの魔法を構築している。
安定していないのはフェイト本人が安定していない為であり、武装の試作品は使えている。
「他でもない今の不安定なあの子が使用しているからこそ、AEC武装の試作品は正しく機能している――それを落とし所にするつもりか」
「私は秘書であり、貴方の花嫁候補の一人である女です」
大人達は、ただの夢だと笑っている。
「旦那様を成功させるためであれば、自分の部下であろうと容赦なく利用いたします」
――出来もしないことを言っていると、嘲笑っている。
「ご安心下さい。『全ての手筈は万事抜かりなく執り行なっておきます』」
「……お前」
「訪問は、明日です。それまでどうぞ、ごゆっくりなさって下さい」
最後通牒を突きつけて有能な秘書は無能な社長を置いて、社長室を後にする。
期限は明日――今日中に何とかしろと、いうことか。なるほど、実に良い判断である。
随分長く放置していた他人事が、いよいよ我が事となって牙を向いた。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.