とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十六話
                              
                                
	
  
 
 
 
 案の定、フィリスには怒られてしまった。彼女の診断は的確で、助言はとても正しく、説教は心底優しかった。母親まで呼ばれて、諭されてしまった――その結果、手元には剣が握られている。 
 
情熱を失ってからというもの、剣を忘れる日は結局一日も無かった。多くの強敵と戦い、多くの味方と共に戦い、多くの人達と出会った。話しかけて、話しかけられた。そして、剣を選んだ。 
 
剣への情熱は、今も全く湧き上がっていない。剣を手にしても、何の感慨も無かった。好きだと心の底から思っていても、この剣を振ろうという気力もない。 
 
敵から学び、味方から教わり、そしてディードから答えを得た。後は、実行に移すだけだ。取り戻せるかどうかは分からないけれど、確実に必要な事だ。 
 
 
きっと、何もかも失うだろう――それでも俺は、何もせず終わりたくはなかった。 
 
 
 
「俺と、戦ってくれないか」 
 
 
 
 秋も深まりし、夜。家族会議と称して、主だった面々を全員呼び集めた。突然の緊急招集だったのだが、何の疑問もなく関係者全員集まってくれた。暇なのだろうか、と言及しない。 
 
余計な挨拶や主語は交えず、開口一番に言い切った。面倒事だと略したのではない。この一言できっと伝わるのだと、信頼と確信を込めて頼み込んだ。 
 
今日は、剣を携えている。剣士が剣を持って戦いを挑む、その意味は明白だった。冗談でこのような事は口にしない、超一流である彼らは遊び半分ではない事を理解してくれていた。 
 
 
八神はやての隣に座るヴィータは、腕を組んだまま俺を見上げる。 
 
 
「誰に挑んでいるんだ」 
 
「全員だ」 
 
 
 信頼出来る仲間、愛情ある家族、仲良き隣人達、忠節ある部下達。今まで関係を築き上げた全ての人達を相手に、宣戦布告をした。白黒つけるのだと、ハッキリ言い切った。 
 
何の価値も意味もない、戦いである。少なくとも彼らが、俺と戦う理由は全く無い。戦闘経験とは戦闘に値する戦士との戦であるからこそ積み上げられるのであって、素人一人相手では徒労である。 
 
勝利して得られるものはなく、敗北すれば一方的な屈辱だ。チンピラに因縁をつけられたのと、同じである。俺は全て分かった上で、彼らに挑んだ。 
 
 
他の誰よりも俺の理解者である、アリサ・ローウェルが手招きした。一旦退出して二人で向かい合う、まずはこいつとの戦いだ。 
 
 
(あんたの剣が幻想だからこそ、今の人間関係が成立しているのよ) 
 
(分かっている) 
 
 
(直接彼らと戦えば、あんたの強さが明白になる。その瞬間、あんたは"聖王"では無くなるのよ) 
 
 
 ――そうだとも、よく分かっている。彼らは歴戦の強者達、歴史に名を残す豪傑集団。剣を一合でも交えれば、俺の強さは間違いなく白日の下に晒されるだろう。 
 
今まで共に戦ってきた以上、彼らは俺の戦いを数多く見ている。その時点で強さは分かっているだろうが、剣を交えれば真実は完全に明らかとなる。"聖王"は、何処にも居ないのだと。 
 
ヴィータ達はともかく、シュテル達を筆頭とした異世界組は成果によって俺という人間を判断してきた。戦闘という過程は、あくまで成果に繋がる指標でしか無いのだ。 
 
だが直接戦ってしまうと、過程も含めて再評価される――その結果、明らかとなるだろう。 
 
 
山育ちの素人、チャンバラごっこで遊んでいただけの子供なのだと。 
 
 
(もう、終わりにするよ) 
 
(っ……せっかく掴んだ栄光なのよ。そんなにしてまで、剣を振りたいの!?) 
 
(剣士であろうとは、もう思っていない。剣にも、拘っていない。けれど、俺という人間には剣が必要なんだ) 
 
 
 ディアーチェを救うために剣を捨てて、ローゼを守るために天下を譲った。夢も希望も無くなってしまったけれど、剣を持って生きなければディアーチェやローゼとも出会えなかった。 
 
チャンバラごっこで遊ばなければ、子供らしく生きられなかった。剣士として旅に出なければ、大人にはなれなかった。剣士にはなれなかったけど、剣があるから一人でも生きられた。 
 
 
だからこそ今、この剣を持って戦わなければならない。 
 
 
(どうしてあの子達と戦うのよ。剣で挑む相手は、他にも探せば幾らでも見つけられるでしょう) 
 
(眼の前に強い人達がいると言うのに、何処かに居る他人を探せというのか。それは戦士である彼らへの、何よりの侮辱だ) 
 
(あんたは、その彼らに尊敬されているのよ!?) 
 
 
(俺も彼らを尊敬している。だからずっと、目を逸らして諦めていた――その結果見ての通り、意欲が消えてしまった) 
 
 
 そうだ、目の前に誰よりも強く尊敬できる人達がいるのに戦おうとしなかった。絶対に勝てないのだと、味方であることにホッとしていた。敵ではないことに、安堵していたのだ。 
 
これが理由の全てだとは思わない。情熱を完全に失った理由は、他にもきっとある。だが、理由の一つである事に間違いない。こんな剣士が、どうして強くなれるというのか。 
 
ユーリ・エーベルヴァインと戦う事にならずよかったと思っていた、腑抜けだった。自分の娘だと可愛がり、手元において懐かれることに喜んでいた。 
 
そして、ユーリの誤解を助長してしまった。あの子は今でも俺が世界で一番強いと思いこんでいる――完全なる誤解を、俺は改めようともしなかった。 
 
 
ふざけている。 
 
 
(ディードは俺が強いと知りながら、果敢に挑んできた。自分の剣を追求するために、憧れを追い求めるために、自分の剣一つで立ち向かってきたんだ) 
 
(……全てを失ってでも、あんたはあの子達の父親であろうとするのね) 
 
(信頼を失うことになろうとも、俺は彼らと戦う。疑いようのない大切な人達を、俺は斬るつもりだ) 
 
 
 大切な人達に、剣を向けるのだ。愛している子達に、剣を振り上げるのだ。勝つためにあらゆる卑怯なことをして、彼らを踏みにじるのだ。 
 
そうまでしてがむしゃらに戦っても多分、俺は負けるだろう。傷一つつけられず、敗北するだろう。剣の意欲を取り戻すどころか、剣を振るのにも嫌になるかもしれない。 
 
例えそうだとしても、俺はもう終わりにする。尊敬し、尊敬され続けるなんてもうウンザリだ。実の娘ができたんだ、俺をお父様と慕って憧れる剣士がこの世に誕生したんだ。 
 
 
剣士になりたいのではない。 
 
 
 
彼らに尊敬される、人間になりたい。 
 
 
 
(分かったわよ、好きにしなさい) 
 
(すまないな、お前の努力を無駄にしてしまう) 
 
(全部無くしてしまったら、また旅にでも出ればいいじゃない。すずかを護衛に、のんびりあたしと旅しましょう) 
 
 
 俺がどんな人間になろうとも、最後まで尽くすと決めたアリサは笑った。妹さんは全て承知の上で、変わらずに俺を守り続けてくれる。心強い味方だった。 
 
話し合いを終えて、退席していた場に戻る。外から冷たい空気が流れる中、家族会議の場は沸騰していた。 
 
 
 
じゃんけんと、トトカルチョ大会で。 
 
 
 
「……何しているの、お前ら?」 
 
「父上と戦う順番を決めております、少しお待ち下さい」 
 
「えっ、俺が決めるんじゃないのか普通!?」 
 
 
 真意も意図も全く聞かず、意気揚々と彼らはせめぎ合っていた。いつの間に持ってきたのか、ホワイトボードにむちゃくちゃ色々と書き込んでいやがる。 
 
大切な人たちを相手に斬ることを苦悶している間に、こいつらは俺と戦うことに完膚なきまでに無抵抗であった。平然と、いつ何処かで戦うのか決めていやがる。 
 
 
全員と戦うことを決めたのに、何故かトーナメント形式にされようとしていて仰け反ってしまう。 
 
 
「陛下と剣を交えられる機会を頂けるなんて、光栄の極みです。貴方の騎士として、誇りある決闘を行いましょう」 
 
「あんたが一番抵抗すると思っていたんだぞ、俺!?」 
 
 
「お父さん、私が一番になりました! 嬉しいです、お父さんの一番になれました!」 
 
「ユーリが一番なの!? 覚悟は確かに決めたけど、出来れば対戦相手は徐々に強くなっていってほしいんだけど!」 
 
 
「……」 
 
「陛下に傷をつけたら皆殺しとかいう連帯責任はやめてくれ、セッテ!?」 
 
 
「敗北したら好きに弄ばれるなんて……くっ、殺しなさい!」 
 
「負ける気満々なのか、シャマル!?」 
 
 
「パパに一撃でもあてられたら、ボクの勝ちでいいよね!」 
 
「俺が不利すぎるぞ、レヴィ!?」 
 
 
「頑張って勝って既成事実を作ってね、すずか」 
 
「身内に頼るな、外野!」 
 
 
「父上、私が万が一勝った場合デートして下さい。勿論あくまで万が一、私が『万が一』勝った場合ですから」 
 
「絶対俺の実力を知っていやがるな、シュテル!?」 
 
 
「うーん……良介の一勝に全振りしたいけど、全敗もなかなかエエ倍率やね」 
 
「八神家の大黒柱は、真剣にトトカルチョしてやがるしよ!」 
  
 悲痛な俺の思いとは裏腹に、俺の大切な人達は喜々として俺との戦いに全力勝負だった。最初から悩まず、挑んでいればよかったかもしれない。 
 
いずれにしても、これで白黒がつく。ある意味で、天狗の長の忠告が生きた。人を斬るという剣士の業は、俺の中で整理がついた。 
 
 
あの爺さんの忠告がなければきっと、ここまで決断できなかった。 
 
 
「覚悟を決めたんだな、お前」 
 
「アギト、お前はどうするつもりだ」 
 
「分かりきったことを聞くな。アタシは烈火の剣精だぞ。誰が敵になろうとも、躊躇なく斬ってやるさ」 
 
「そうか、ありがとう」 
 
「……バーカ、てめえの剣に礼なんぞ言うんじゃねえ」 
 
 
 真剣勝負により全てが明らかとなった時――俺には、何かが残るだろうか。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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