とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十二話







 セインという潜水娘なんぞ俺にはどうでもいいのだが、俺の遺伝子を受け継いだ娘が懇願するので渋々クロノに事情を説明した。釈放請求は露骨なので、あくまで事の事情を説明するのみ。

俺の子供量産計画がめでたく発覚した事で潜水娘の囮行動なんてどうでも良くなったのか、クロノは図書机に突っ伏した。あまりに気の毒に思ったのか、潜水娘本人がクロノを慰める始末。

当然闇の書の情報収集どころではなくなったのだが、情報そのものはヴィヴィオが完璧に収集してくれていたので、書物を渡して報告。一定の成果があったのは、せめてもの救いか。


いずれにしてもこのまま放置は出来ず、ヴィヴィオ達全員をアースラへ連行した。


「どうするつもりだ、宮本。あの子達の話が本当なら、正真正銘君の子供達になってしまうんだぞ」

「被害者の俺を問い詰めるのか、お前は」

「すまない、そうだったな。勝手に遺伝子を使用されて一番困惑しているのは、君だった」


「児童手当や扶養援助といった子育て支援制度を、ミッドチルダで利用出来ないものかな」

「……意外と現実的に悩んでいる事に、むしろ驚きだよ」


 一人旅していた頃の俺なら現実逃避するか他人事のように捨てていただろうけど、一応環境には今恵まれているからな。お金も立場も権力もあるので、選択肢そのものは多く選べる。

剣を精進するべく地道に励んできた結果が子育て環境の構築になってしまった事には嘆きもするが、剣の情熱を失ってしまったので子供の事を第一に考える事が出来た。

でもこうして余裕を持てる一番の理由は、きっとクロノ本人には分からないだろう。俺もわざわざ口に出してまで言うつもりはなかった。


お前達がこうして相談に乗ってくれるから、何とか落ち着いていられるのだという事を。


「シュテル達を含めたら、上から下まで年齢層が出揃ったからな。ナハトヴァールという赤子から、ディアーチェという後継者まで揃い踏みだ」

「冗談事では済まなくなっているぞ。君本人の親権問題だった筈なのに、いつの間にか血族問題にまで発展しているじゃないか」

「だからこそ法律の専門家である、執務官殿をこうして頼っているんじゃないか」

「本来本局に所属する執務官は現場で活動するものなのだが、少し腰を吸えて君の身元固めに注力した方がいい気がしてきた」


 最高評議会の陰謀で、エリート街道を歩いていたクロノが管理外世界に左遷されてしまった。もはや出世なぞ望めぬというのに、クロノは事件解決に全力を尽くすべく現場へ挑む心積もりだった。

だというのに、閑職である管理外世界の住民一人の身元固めという机業務の方が大事件に発展するとは世の中分からないものだ。俺としても、何だか申し訳なく思う。

せめてもの救いは、闇の書事件に大きな進展があった事だろう。無限書庫より発見された闇の書の情報の数々は、事件解決に向けて大いに役立つ。


俺達に都合の良い情報ではあるのだが、それでも真実には違いない。闇の書の真実を知れば知るほど、蒼天の書の安全が証明される。


「ヴィヴィオと言ったか。君の娘が集めてくれた情報については、同じく無限書庫に詰めているユーノに精査させる。
その上で再度教会に保管されている蒼天の書と照らし合わせて、魔導書としての類似点などを洗い出していくつもりだ。教会との交渉は引き続きお願いしたい」

「魔導書の特性を考えれば、あの時ゆりかごにいた俺との関係性も疑われるだろうからな」

「アリサが指摘していた懸念事項とも兼ね合わせれば、今のところ可能性が高くなってしまう。君としても気が気でないだろうが――いや、それどころではないか」

「うむ、どこから悩めばいいのか自分でもよく分からないからな」

「分かった、とにかくしばらくは情報分析と魔導書解析に集中する事になる。事が明らかになり次第連絡するから、ひとまずこの件について君が思い悩む事はない。
マスター候補である君に管理局や教会がしばらく注力する事になってしまうが、君としても今自由気ままに行動する余裕もないだろう」

「しばらくお前達法の組織に頼りまくる事になるだろうからな、相談しやすい距離にいてくれたほうが俺も安心出来る」


 ――思えばここ何ヶ月も、全然遊んでいないな……アリサには浮浪者とまで言われている無職なのだが、日々朝から晩まで予定が立て込んでいる。常に問題があって、悩んでいるからな。

過労死なんて俺には無縁な死に方だと思っていたのだが、現実味を帯びてきて震えてくる。働いて死ぬくらいなら、誰かに斬られて死ぬ方がマシだった。

いつか暇になる日が来るのか全く見通しも立たないが、とにかく今は積み上がってしまった問題を片付けるしかない。無限書庫を出てアースラへと戻った俺は、早速行動に出た。


ヴィヴィオ達を行儀よく全員並べて、リンディ提督の許可でミッドチルダへ緊急回線を繋いでもらった――勿論発信先は、聖王教会。



あのクソ野郎に、連絡を取った。



「セッテを派遣する」

『ファッ!?』



 ジェイル・スカリエッティ、極悪非道な次元犯罪者。せっかく贖罪の機会を与えてやったのに、恩を仇で返した裏切り者。

俺とて、自分の頭の悪さは自覚している。真正面から挑めば返り討ち、真っ向勝負で突っ込めば回避されて終了。弁舌で歯が立たず、弁論で太刀打ちできない。

情熱の無い剣で暴力で挑んでも、何のプレッシャーも与えられない。博士はあの憎たらしい笑顔を一ミリも崩さず、俺を論破するだろう。


よって、一刀両断する。


「ほう、だんまりか――もしもし、セッテ君?」

『待って、待ってください。頼むから、私の話に少しは耳を傾けてくれ!』


 実を言うと問答無用でセッテを派遣してやろうと思ったのだが、いくら何でも時間がかかるので先に俺の遺伝子を回収する事にした。量産計画は、一刻も早く潰さなければならない。

今日という日をセッティングしたのは間違いなくこの男なので、量産計画が発覚した事くらい承知済みだろう。だからこそ無駄な問答はさせなかった。

稀代の天才科学者に俺の剣は通じないが、俺の剣となる事を望んだ戦闘機人には弱い。もしもセッテがこの事実を知れば、俺の許可無く行った事に激怒して産みの親の脊髄を容赦なく破壊しに行っただろう。


スカリエッティ家が誇る空の殲滅者は、最強だった。


『聖王教会からの依頼だ。でなければ、流石に今の私の立場で君の遺伝子を使って子供は作れないよ』

「たとえ発端はそうだったとしても、お前の興味と趣味が多分に入っているだろう。ディードとオットーは天然培養とはいえ、戦闘機人だろう!」


 クロノ達が卒倒しそうな暴挙なのだが、時空管理局の最高幹部である評議会が黒幕として暗躍しているので彼らとしても何も言えなくなる。どこもかしこもひどい世の中である。

それにしてもほぼ確信していたが、やはり聖王教会がこいつに俺の子供量産計画を頼んだようだ。宗教組織の分際で、男女の営み以外の手段に頼るとは言語道断だ。


しかし次元世界は、俺の常識を超えていた。


『古代ベルカの戦乱時代において、クローン技術を用いて自身の予備を用意しておく事は権力者の間では常識だったのだよ!』

「今は平和な時代じゃ、ボケ!」

『しかし君の世界は、少子高齢化社会となってしまっているではないか』

「だったとしても本人の許可無く、勝手に子供を作っていいことにはならねえよ!?」


『君の性格からして、世継ぎのために子供を作るとは到底思えん』

「うっ……」


 奥さんどころか他人さえ不要だと思っていた自分、当然婚約者どころか恋人も作るつもりはなかった。一生剣に邁進して生きているつもりだった。

自分の子供なんて想像したこともない。欲しいと思ったことも皆無である。"聖王"となったからといって、世継ぎが必要だと急に盛ったりはしない。

勿論心境の変化は多くあったし、今では別に女の存在を否定していない。性交渉だって、一人の男として多大に興味がある。だが、子作りとなると腰が引ける気持ちもあったりする。


十代なら別に普通だと思うのだが、ジェイルは嘆かわしいと首を振った。


『君の言う通り、本人の許可もなく勝手に遺伝子を乱用することは到底許されない。しかし聖王教における絶対神は、君一人。
天の国より降臨した君という生きる神の存在は、この聖地を照らし出す光そのもの。独立した人として生きる道を指し示したとは言え、信徒達にとって君は希望の光なのだよ。

だからこそ、然るべき後継者の存在は必要不可欠だった』

「ディアーチェがいるだろう、あいつは正当な後継者だぞ」

『君が王の座を降りた今、彼女の存在は確かに際立っている。天賦の才を遺憾なく発揮して、その名声は聖地に留まらずミッドチルダに大きく広がっている。
だが、彼女は言わば完成された王。人々が望む世継ぎは、また別なのだよ』

「どういった違いがあるんだよ、同じ子供だぞ」


『「祝福」だよ。君という王から誕生した、新しい生命――大いなる喜びを、人々は求めるものさ』


 ロード・ディアーチェの存在を次代の王として崇めながらも、"聖王"より生まれる新しい生命に希望を向ける。悔しいが、天皇制の国で育った自分としては言いたい事は何となく分かる。

生命の誕生とはそれほどの喜びであり、敬い讃えている象徴の子供の誕生となれば、ただそれだけで祝福に満たされる。だからこそ、神の誕生日が祝日となる。

そして、何よりも――


『ヴィヴィオ・ミヤモト・ゼーゲブレヒト、この子は君の遺伝子を受け継いだ子供。聖王教会が望んでいた、神の血を引く子さ』


 ロード・ディアーチェは、俺の実子ではない。たとえ正当後継者として認められていようと、世継ぎであることが確定していようと、神の子供ではない。それが全て。

ジェイル・スカリエッティは世継ぎの問題を引き合いに出したが、聖王教会の本音はむしろそっちだろう。神の使徒ではなく、神の子を望んだ。

だからこそあろうことか、ジェイル・スカリエッティという科学者に要請を出した。俺が神の座を降りたことで、彼らの危機感を煽ってしまったのだ。


聖地で花嫁修業に励んでいると聞く、ヴィクターお嬢様が怒髪天を衝きそうだった。文字通り、雷を落とすだろう。


「聖王教会には俺が直々に乗り込んで関係者全員引っ叩くから、お前もすぐに研究をやめろ」

『残念だが、致し方ないね。私とて、君の反対を押し切ってまで強行する気はない』

「大満足な顔をして何を言ってやがる、ボケ」


 戦闘機人として破格の性能と人間らしさを発揮するディードとオットー、聖王の子供としてあらゆる祝福を受けているヴィヴィオ。

俺は決して、聖王家の血筋ではない。今も聖王ではないと、断言して言い切れる。だというのにどうして、この子達のような立派な子供が生まれたのだろうか。

本人を完全に無視する形で、博士の研究は最高の成果を出してしまったのだ。


「聖王教会はともかくとして、聖女様はお前の研究を知って何て言ってたんだ」

『世継ぎが必要であれば研究になど頼らず、妻を多く娶って子作りに励んでいただきたいと熱弁を振るっておられたぞ。論議になった』

「ぐおっ、そう来たか!?」


 文化や価値観の違いというだけで、聖女カリム様のご提案は至極真っ当である。むしろ何故まずこの方向に持っていかないのか、あの宗教組織が怖くなってしまった。

まずいぞ、量産計画を阻止してしまうと一夫多妻制度推奨になってしまう。まず間違いなくこっちへ持っていこうとするだろう、強制子作り生活の始まりである。

一夫多妻制度を安易にハーレムと繋げる馬鹿共が世の中には多いが、女が多いという事は人間関係が多様化するという事である。動物のように管理でもしない限り、気苦労の方が多くなる。


くそっ、研究が中断されることも想定しての嫌がらせか。


『フフフ、たとえ私の研究が潰えたとしても、第二、第三の量産計画が生まれるのだよ!』

「おのれ、魔王っぽいことを言いやがって!」


 まずいぞ、意外と厄介な問題じゃないか。研究を単純に断念させて済む話ではなかった。後継者を決めても、世継ぎの問題というのは無くならないものらしい。

ディアーチェ達が実子ではないことを嘆くべきなのか。いや、その点については大した話ではない。俺を父と慕うあの子達には、何の不満もない。

実子が必要だとする教会の主張も客観的に見れば分からんでもないのだが、"聖王"という立場を望んでいない俺からすれば余計なお世話の一言に尽きる。


これだから王族ってのは――いや、待てよ。


「世継ぎの話ばかり着目しているが、歴史上後継者争いだって立派な問題じゃないか。安易に増やしてどうするんだ」

『後継者争いとはそもそも、繁栄を前提とした問題だ。そして聖王教会は、その繁栄こそ第一に望んでいる』


 後継者争いが起きてしまう程の聖王家を復興してほしい、聖王教会の悲願が博士の研究に託されていた。溜息を吐くしかない。

お伽噺の延長としか思えない聖女の予言が、本当にこの聖地で起きてしまった。大いなる誤解だったのだが、世間的に認められた以上もはや覆せない。

悲願は今ここに、達成された。ヴィヴィオ・ミヤモト・ゼーゲブレヒト、奇跡の子供。新しい生命が誕生し、聖地に福音がもたらされた。


ここから聖地の発展が始まる――聖王教会は、ミッドチルダ全土に祝福の鐘を鳴らした。


「パパ」

「何だよ」


「パパはわたしが産まれて、嬉しくないの?」


 反射的に頷きそうになったが――首を、振った。


俺はゴミ捨て場に捨てられて、他人に価値を求めなくなった。
ガリはゴミ捨て場に捨てられて、自分に価値を見いだせなくなった。
デブはゴミ捨て場に捨てられて、自分にあらゆる価値を求めた。


こいつらは――


「お前達は、価値があるから産まれてきたんだよ」


 腹の立つ男ではあるのだが、ジェイル・スカリエッティの研究価値についてその一点だけは認めていた。誤解されていようと、俺の子供として生まれることで価値があるのなら。

それはきっと、意味があることなのだと。


他でもない子供達にそう言ってやったら、何故か泣き出して――博士は珍しく、目を丸くした。


『君の子供だという価値を、私が生命に与えたと……ふふ、ははははははは!』

「何が可笑しいんだ、お前は! というか子供達を喜ばせるために言ったのに、何でこいつらは泣いているんだ!?」


 喜ばせたくない男は爆笑して、喜ばせたい子供達は泣いている。意味が分からなかった。

ともあれ、俺の家族問題は実に見事な社会問題に発展していた。















「――ちょっと待て、おかしいぞ。『聖王』の子供が主目的なんだから、聖遺物に付着している聖王家の遺伝子を使えよ!」

『何を言っているんだね、君は。滅び去った愚かな聖王の子供如きに何の価値もない。君の遺伝子だからこそ、意味があるんじゃないか!
見たまえ、ヴィヴィオ達を。日本人の遺伝子では絶対ありえない変異が起きているではないか、フハハハハハハ!』

「ちくしょう、どうしてこうなった!?」












<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.