とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七十一話
ヴィヴィオという俺の娘を名乗る少女から差し出された本は一冊だったが、本人が保有する闇の書の知識量もまた膨大であった。無限書庫内でわざわざ調べていてくれたようだ。
俺の娘が本好きだというのは意外に思えたが、思い返してみると俺自身勉強自体は毛嫌いするほどではなかった。頭が悪いだけで、何かを学ぶのは別に嫌いではない。少なくとも、今は。
御神美沙斗師匠から、不足している才能を知識で補うように厳しく指導されている。頭を使うのではなく、頭を使えるようになるように訓練させられた。使わなければ、使えなくなると叱られている。
時空管理局が保有する闇の書に関する情報は、クロノ執務官より以前説明は受けている。知識の下地は出来ているので、古き書物の記録にも何とか理解が追いつくことが出来た。
「パパは闇の書について、どの程度知っているの?」
「父に知らない事などない」
「カッコイイよ、パパ!」
「何でも聞くといい、娘よ」
「わたしはどんなところが可愛いですか?」
「神とて知らぬことはある」
「簡単に拒否された!?」
――闇の書の正式名は夜天の魔導書、指定遺失物であるロストロギアとして時空管理局に問題視されている融合型デバイス。この辺りについては、クロノから情報を提供されている。
マスターとして選ばれた魔導師と共に旅をして、次元世界の各地にある偉大な魔導技術を収集、研究する為に作られた収集蓄積型の巨大ストレージ。いわく付きだが、正しき魔導の書物。
闇の書へと変貌してしまったのは、歴代のマスターが夜天の魔導書のプログラムを改変した為に、破滅を招く闇の書へと変化してしまったのだと、クロノ達が危惧していた。
クロノ達からこの点について説明を受けた時、同じく改竄してしまった俺との共通点を感じて法術使いの線を疑っていた。
「無限書庫へ同行を申し出たのは、法術使いの可能性を洗い出す為でもあったんだ」
「願いを叶える魔法使いなんて、パパはすてきだね」
「何でも願いを言うといい、娘よ」
「パパのおよめさんにしてください!」
「婚約者いるんで、ごめんなさい」
「もうママが居るの!?」
……三歳児にこんな事を言っても仕方がないのだが性教育は正しく学ぶべきだぞ、我が娘よ。子供が生まれている以上、ママが居るのは当たり前なんだ。
シュテル達はともかくとして、ディードやオットーの教育レベルも不安になってきた。優秀かつ聡明な娘達だが、一般常識が大いに不足している気がする。
しかし考えてみると、自分と同じ遺伝子を持っているのだから、法術ももしかすると遺伝されているかもしれない。能力が遺伝するのかどうか分からないが、不安だ。
血の繋がった娘まで出来たのだから、より一層法術に関して早く調べないといけない。
「調べてみた限りだと、パパのように法術による改竄は行われていないみたいだよ」
「過去のマスターに関する具体的な記述があったのか?」
「ううん、状況証拠からの推察。だってパパのように法術で改竄されたら、ページに記載された魔導の記述にまで影響が及ぶでしょう。
魔導書のプログラムにまで悪い改竄を加えたような人達が、魔導の記述を書き換えるなんてことはしないと思うよ」
……何故、俺は三歳児に言われないと分からなかったのだろうか。確かに魔導書のプログラムへの改竄はあったが、魔導書の頁に対しては何もされていなかった。
理由なんて分かりきっている、魔導師達は常に魔導の知識を貪欲に欲している。そんな彼らが、古代魔法の重要な知識を書き換えるなんて暴挙をする筈がない。
シャマル達にも、俺が法術による改竄を行って恐るべき威力を持つ攻撃魔法の数々が変化したことを以前批判された。魔導師からすればそれほどの暴挙なのだ、改竄なんてありえない。
俺がそう考えられなかったのは多分、俺が魔導師ではなく剣士だからなのだろう。ヴィヴィオはミッドチルダ生まれの価値観なので、すぐに気がついた。
「なるほど、話は分かった。闇の書から法術使いへ関する記録を見つけるのは困難だな。残念だ」
「? どうしてですか、パパにとってすごくいい話だと思うよ」
「何でだよ、俺は法術に関する情報を求めているんだぞ」
「だって闇の書は管理局のこわい人達に、狙われているんでしょう。過去のマスターが法術使いだと分かったら、同じ法術使いのパパだって危険だと思われるよ」
「あっ……!?」
うごごごごご、何故俺はこの危険性に気づかなかったのか。そして何でこんなガキンチョが、これほど当然のようにその可能性に至れるのか。何なんじゃ、この天才児は。
言われてみれば、その通りだ。ただでさえ今、俺は闇の書のマスターとして第一候補扱いされている。その上闇の書と法術が繋がってしまうと、法術使いがご禁制となってしまう。
他人の願いを叶える能力なんてただでさえ厄介な能力なのに、その上法術使いまで危険視されると俺自身が危うくなる。闇の書があれほど危険だと睨まれているのだ、法術使いと繋がるのはまずい。
そう考えると、この線を洗い出すのは非常に危険だったと言える。ヴィヴィオが丹念に調べてくれなければ、安心できなかっただろう。
「よく調べてくれた、飴をあげよう」
「わーい、ありがとうパパ――やわらかい……?」
「実はガムだ」
「どうしてそんな嘘ついたの!?」
元は健全だった魔導書が、悪意ある魔導師によって危険な闇の書へと変貌してしまった。ヴィヴィオの推察だと法術による改竄ではなく、古代魔法による改竄が行われたのではないかとの事だった。
法術が古代魔法と結び付くはどうかは別にして、かつてプレシア・テスタロッサが求めていたアルハザードや聖王家のゆりかごのような超魔導技術が絡んでいるのは間違いない。
俺がヴィヴィオより渡された闇の書に関する書物には古代魔法に関する危険性と関係性が明記されており、この書物を管理局へ提供すれば法術との繋がりは少なくとも絶たれると太鼓判を押してくれた。
つまり俺の安全性を確保するべく、無限書庫にこもって調べ回ってくれたのだ。
「自分のルーツを調べてもよかったんだぞ」
「"聖王"の事? わたしは、パパのむすめであればいいもん」
「DNA鑑定が必要だけどな」
「うたがってる、まだうたがわれてる!?」
ヴィヴィオの調査によるとマスターと一緒に旅をする機能が転生機能に、夜天の魔導書の復元機能が無限再生機能へと変貌してしまった。これが具体的な改竄内容であるようだ。
時空管理局が長年追い続けてまだ抹消出来ない最たる理由が、この改竄にある。転生機能と無限再生機能がある為に、闇の書本体が完全に破壊出来ないのだ。
この話を聞いて察せられないほど、俺も愚かではない。
「法術によって初期化された無限再生機能が、ナハトヴァールになったと言っていたな」
「ドクターから、話は聞いています」
「……その、あいつの事は」
「分かっています、わたしが姉ですよね!」
「お前にとって問題点はそこなのか!?」
ナハトヴァール本人の無限再生機能については、龍姫に完全破壊されたミヤの再生が証明している。一瞬で再生して、夜天の人ことリインフォースが驚愕していたのは記憶に新しい。
あれ程の再生能力が本体に備わっていたのであれば、確かに破壊は難しかっただろう。灰になってもすぐに再生可能なのだ、消滅させるのは不可能に近い。
俺にとっては難しい問題である。無限再生能力が切り離されているのであれば、今の夜天の魔導書は破壊可能という事になるのだ。破壊されると守護騎士達や、シュテル達が消滅してしまう。
そういう意味では誤解されていた方がいいのだが、そうなると闇の書への危険性が消えない。無限再生機能も危険視されている理由の一つだ、抱えたままでもまずいのだ。
幸いというかリインフォースの戦略により、夜天の魔導書は蒼天の書として聖王教会の管理下に置かれている。聖遺物だと認定された以上、ロストロギアとして抹消される事はない。
中身も完全に書き換わり、アリサの策略によって安全性を確保する作業が時空管理局と聖王教会共同で行われている。調査すればするほど、あの魔導書は安全だと保証されるのだ。
無限再生機能と転生機能、取り扱いの難しい問題だ。魔導書本体の問題はもう解決しているのだが、解決しているのだと証明するのは他人任せとなる。
時空管理局と聖王教会の共同作業が終わるまで、安全かつ迅速に結論が出るように祈るしかない。勿論神頼みなんぞではなく、努力した上で天命を待つのだ。
「そういった意味では、お前が見つけてくれたこの本は模範解答だな。俺達との関係が発覚しない形で、管理局が望んでいる回答が記載されている」
「答えが見つかれば、わざわざ本当の解答を探そうとはしないもんねー」
闇の書に関する記載そのものは真実であるだけに、望んでいた回答を得られた管理局は他の可能性を追求しなくなる。ひたすら闇の書だけを追ってくれれば、しめたものだ。
闇の書の危険性だけを訴えてくれれば、それらの機能がすでに切り離されている蒼天の書の安全が確保される。そうした誘導が、今後の俺達の主な活動となるだろう。
この本によると、闇の書はマスター以外によるシステムへのアクセスを認めない。その明記にもきちんとされている。無闇に外部から操作をすれば、マスターを呑み込んで転生してしまう。
この一言は、非常に大きい。現状管理局が疑っている最有力マスターは俺なのだ、管理局が強引な干渉を魔導書に行えば俺自身が死ぬ。
"聖王"が死ねば、今の聖王教会の繁栄は永遠に失われてしまう。自分自身を人質にした嫌なやり方だが、聖王教会がこの本を読めば何が何でも俺を守ろうとしてくれるだろう。
「時空管理局の最高評議会に目の敵にされているのもあるが、ロストロギア封印強硬派であるグレアムも侮れないからな。この情報が裏付けられれば、管理局からの無理な圧力もなくなる」
「でもパパが、盾にされちゃいますよね」
「他人にやられればムカつくけど、俺本人が交渉役となるからな。自分の命を賭けに戦うなんぞ、剣士には当たり前のことだ」
正直今の心境を思えば他人のために戦うよりも自分の命をかけて戦う方が、精神的には楽だ。余計な気苦労は背負わない方がいい、フィリスにも心配されずにすむ。
ちなみに転生してしまった直後は全頁が空白になっていて、記述を起こすには魔力の源が必要だとされている。魔導書だけあって、記述にも呪いめいた魔力があるようだ。怖いものである。
確かシグナム達も当初は頁の記述を起こすことを望んでいたが、はやてにも反対されて心変わりしている。今の生活が続けられるのであれば、魔法なんて必要ないとまで言っていた。
頁は既に改竄されている以上、魔法は消滅してしまっている。復活することはないのだが――
「法術でまた改竄されると、厄介なんだよな……結局、この力をなんとか制御しないと」
「わたしがきっと、見つけますよ!」
「うむ、期待しているぞ」
「ちなみに、どのくらい期待されているのでしょうかー!」
「天気予報くらいには」
「当たったら儲けもの程度にしかおもわれてない!?」
しかし、疑問もある。闇の書に関する記録が見つかり、時空管理局が求めていた情報はほぼ全て揃えられた。だが、シュテル達に関する情報が一切無かった。
闇の書についてはほぼ正確に危険性を見つけられたと言うのに、あいつらに関する情報が何もないのはどういう事なのだろうか。無限書庫を探させたが、発見できなかったようだ。
本当にないのか、抹消でもされてしまったのか。娘達のアラ探しなんぞしたくないが、何もなければそれはそれで気になる。あの子達の力は強大だからだ。
しかし、ここにもないとするとどうやって探すべきか――
「おねーちゃん達に聞けばいいと思います」
「あっ……」
こうして我が娘ヴィヴィオ提唱による、宮本家大会議の開催が決定となった。元は俺一人だったのに、どうしてこんな事になったのか――
ちなみに。
「おとう様、"セイン"がたいほされました」
「……誰?」
クロノに捕まって初めて、あの潜水娘の名前が発覚したとだけ言っておく。
<続く>
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