とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四十九話
至極冷静になって考えてみると、俺は人妖融和を掲げた交渉窓口なだけであって、人妖決戦の総司令官に祀り上げられている現状は絶対に間違っていると思う。もう今更過ぎて引き返せないけど。
白旗軍団はあらゆる人材が揃ったプロ集団である筈なのに、外交面も戦術面もド素人な俺を司令官とする事に異議を唱える人は誰も居ないのだろうか。セッテの粛清が怖いという話もよく聞くが。
戦争勃発にあたってそんな俺が拠り所としたのが、御神美沙斗師匠からの教えだった。剣の才能がない俺に対して、あの人は知識で補うべく知り得る限りの戦術や戦略を叩き込んでくれた。
自分が生き残る手段として教わったのだが、今では人妖の命運をかけた戦術として使用している。聡明なあの人はもしかすると、俺の行く末を見定めていたのかもしれない。
『聖王教会の中央幹部連盟及び使徒定員会からの最終承認が下りました。龍族の派兵及び采配については全て、陛下の思うままに』
『時空管理局との調節も完璧ですわ、陛下。管理外世界諸各国への情報統制及び情報管理は万事こちらにお任せくださいな。
魔法でも兵器でも何でも好きに使っちゃってくださいな。全部ちゃんと処理しますので、おほほほほ』
管理外世界で魔法を使用した戦争を行うとあれば当然、管理外世界である地球と異世界であるミッドチルダ両方の調節が必要となる。両方の世界に多大な影響を及ぼすからだ。
だからこそ双界の調節には非常に難儀させられたのだが、両世界に強力な支援団体が居たので助かった。ミッドチルダには白旗、管理外世界には夜の一族。俺が仲介に立って、双方の協力関係を築いた。
剣士のやることでは断じて無いと思うのだが、今は剣よりペンが強い時代である。魔法を使用した人妖決戦とあれば、びっくり箱を引っくり返す騒ぎに発展する。とにかく気を配った。
俺の暗殺に加えて抗議の使者監禁、和平交渉の一蹴。怒り心頭となった夜の一族はあらゆる権力を駆使して世界を表裏関係なく動かして、天狗一族への包囲網を作り上げた。
天狗一族と一言で言っても、一箇所に集まって生活しているのではない。人類排除を掲げる一族は共存に否定的な勢力を作り上げるべく、世界各国に渡って勢力を広げていたのである。
国境を越えてのテロ活動の厄介さは、被害者である俺が身に染みて実感している。カレン達が一丸となって守ってくれなければ、報復を誓ったマフィアやテロリスト達に俺は殺されていただろう。
実体験からの教訓を元に、俺は敢えてこちら側の動きを天狗一族へ伝わるように情報を流した。無論ありのままを流すのではなく、こちら側で管理された情報を自然な形で伝えたのである。
俺という人間は侮られているのだとしても、夜の一族という巨大な闇の種族は厄介極まりない。彼らが全面戦争を行うとあれば、天狗一族も一丸となって対応しなければならない。
危機感を煽られた一族は長を中心として集い、望むところとばかりに決起。夜の一族の新しい長であるカーミラの国ドイツへと乗り込んで、宣戦布告を行ったのである。
そう――宣戦布告を、天狗一族が行ったのである。
『向こうから言ってくれたのは俺の立場からすれば非常に助かるんだが、何でわざわざ先走ってくれたのだろうか』
『考えられる限り、理由は二つ。一つ目、天狗一族はあんたを夜の一族の神輿としか見ていない――つまりあんた個人ではなく、夜の一族との全面戦争を見定めての先手必勝。
二つ目は、神輿だったあんたの暗殺失敗による焦燥。理由一つ目の有効性を二つ目が潰してしまったので、布告による夜の一族の焦燥を煽った形。戦術面の失敗を、戦略で補う代案。
あんたが総大将でなければ、戦略面では通じる宣戦布告だったのよ。蓋を開ければ、とんだ見当違いだったんだけどね』
同情した顔で話してくれた宣戦布告の理由に俺は舌打ちするが、人妖融和を掲げる俺からすればありがたい見込み違いだったので怒りを収める。
こちらから戦争を仕掛けると、如何な理由でも侵略と取られかねないからだ。この天狗の動きは幸運に頼ったものではない。情報操作に長けたクアットロや謀略に長けたドゥーエが暗躍してくれた。
人妖戦争ほどの規模ですら敵から仕掛けてくるように調整できる、戦闘機人の恐ろしさを改めて見せつけられた。もしも彼女達が敵のままだったら、ミッドチルダに災厄がもたらされたに違いない。
現実はブーメランを手に命令するセッテ団長の恐怖体制の賜物だが、効果覿面だったので触れないでおく。勲章ものと賞賛したら、泣いて感激する面は子供らしい可愛さだと思う。
こうして宣戦布告を行った天狗一族に対して、夜の一族は世界を脅かす人妖全ての敵であると宣言。人妖の敵とあれば俺の出番、愚かな戦争の早期終結を行動で示すべく出撃した。
人類の排除を訴えてこそいるが、本当に彼らにその力があるのであれば実現している。歴史の影で着々と反人類勢力を広げていた今の彼らに、そのような戦力はない。
だからこそ今の国際社会を刺激しないように、ドイツの主要都市を巻き込んだ殲滅戦は行わない。こちらとしても望むところだったので、人妖戦争の舞台はニーダーザクセンとなった。
ニーダーザクセン州の北部にある、広大な荒地――リューネブルガーハイデの戦場に不快な太鼓のような轟音、天狗太鼓が響き渡っている。
「城島晶が攫われたあの時は俺一人、お前らの怪異に為す術もなかったが、今は違うぞ――シュテル」
「お任せ下さい、父上。父上に仇なす者達の雑音など、星光の殲滅者であるこの私が吹き飛ばしてみせましょう。
集え、明星全てを焼き消す炎となれ。轟熱滅砕――"真・ルシフェリオンブレイカー"」
「影落とす月、世界の影を翳り出す闇と化せ――"インフィニティア・ウォール"」
山中で天狗の怪異に遭った場合、鉄砲を三つ撃てば怪音が止むという伝承がある。天狗のこうした挑発は敵の精神状態を乱す効果があり、かの一がもたらす恐怖は現世にまで伝わっている。
人外による精神攻撃は極めて厄介であるが、人類も対抗する術を日々模索してきたのだ。さらに言えば真っ向から抵抗せずとも、精神的攻撃を物理的手段で上書きするという方法もある。
山中を揺さぶる程の怪異であれど、山中を焼き払う業火にはかなわない。されど双方の攻撃は一般人から見れば同レベルの怪異、自然現象の脅威であることに変わりはない。
聖王教会及び時空管理局、特にクロノからはくれぐれも世界を乱さないように厳命されたので――シュテルの攻撃と同時に、ユーリの結界で戦場を包み隠した。
ドイツのニーダーザクセン州全体を余裕で包み込む結界の巨大さに、双方揃ってビビらされた。肝心のウチの娘は自覚なく照れ笑いを浮かべて、やりましたよお父さんと、小さくガッツポーズしている。
「陛下、シュテル様のお力により天狗一族以外の反人類勢力の壊滅を確認。残存勢力も逃走を図っております」
「結界がなければ、リューネブルガーハイデが焦土と化していたからな……魔法には非殺傷設定があって助かるよ」
「逃走経路は、チンクが押さえてる。陛下の敵は、全員殺す」
「戦闘機人も非殺傷設定を導入してくれ!?」
戦闘機人は五感も優れており、戦場の観察及び分析には長けている。トーレの分析にセッテが補足、破壊工作のプロであるチンクを差し向けて逃走者達を全員捕縛したようだ。
天狗一族との決戦を望む上で、外部勢力の戦力は脅威だ。対人類の旗の元に集まった人外達は夜の一族がほぼ把握済みだが、人外には例外が多数存在する。分散されると非常に厄介だった。
そこで開幕当初に主砲を放って殲滅し、天狗の怪異を払うのと同時に外部勢力を狙い撃ち。向こうは魔法という要素を知らないので、未知の力にひたすら混乱するしかない。逃げるのは当然だった。
だからといって大人しく逃げすほど、俺はお人好しじゃない。この戦いで一気に決着を着けるべく、一人残らずひっ捕らえた。
「――此処は既に我ら天狗のすもう場、"狗賓の住処"よ。剣士風情が土足で上がり込める場所ではないわ」
「面と向かって話すのは久方ぶりだな、長よ。神楽太鼓の音が止んでいるぞ」
面と向かうと語ってこそいるが、互いの陣営の頂点に立つ両者は遠く隔てている。如何なる怪異か、結界の中で天狗の長の声が雷鳴のように響き渡っている。
何処からともなく笑い声が聞こえる天狗笑い、その怪異の類であろう。携帯電話もなかった昔であればともかく、念話さえ用いられる近未来技術を知る俺に恐怖はなかった。
人妖融和を震え声で唱えていた三ヶ月前、あの頃とは恐らく違うであろう俺に戸惑いの気配が感じられるのは気のせいか。
「貴様、本当に人間だというのか。たかが数カ月、心の臓を震わせる事しか出来ぬ一時の間に一体何をした」
「たかが十数年しか生きていない人間風情より一つ、当然の事を言っておいてやろう。人と妖は不平等ではあるが、時間は誰にとっても平等だ。
人より遥かに長く生きるお前にとって一時でしかなかろうと、人の理に生きる俺にとっては永遠に等しい充実の時間だった」
「ほざきおる。たとえ地獄の釜を返そうとも、天狗の羽は燃やせんぞ――"天狗の火"」
天狗が異能によってもたらす怪異現象の一つ、天狗の火。赤みを帯びた怪火が、天空を赤く染めて噴火の如く白旗の陣営に降り注いでくる。
この天狗火を浴びてしまうと、必ず病気となってしまうとされている。天狗火に遭遇した場合、人は即座に地面に平伏するしかない。頭を垂れて屈服せよと、威迫される。
本来この火は人に軽い火傷を負わす程度の威力でしか無いが、天狗の長が使用すれば戦場を染める業火と化す。シュテルに対する意趣返しは凄まじく、剣士の俺にはどうしようもない。
あくまで、俺個人に限った話でしかないが。
「この我に対して"天狗の漁撈"とは、なんという不敵。その忌々しき傲慢、焼き払ってくれようぞ――"ウゥルカーヌス"!」
噴火の如く数百個にも分裂して襲来する天狗火、その名を天狗の漁撈。神格者に匹敵する神火に対して、牙のように鋭い視線を向ける龍族の姫。
骨まで焦がす天狗の炎を一笑して、プレセア・レヴェントンは可憐な唇を開いて圧倒的熱量の業火を放った。ウゥルカーヌス、"火山"を語源とした天壌の劫火。
炎に対して炎という非常識な激突は宙を焼き、空を熱し、天を轟かせた。龍炎は天狗火を飲み込み、世界を喰らい尽くした。
人外に対するのは、人外。火炎に染まる世界の中で、龍の化身は壮絶に微笑んだ。
「龍族の長、プレセア・レヴェントン。"聖王"との義により、この戦に加勢する。我ら龍族との戦を、黄泉の宴の肴とするがよい」
「龍族だと……!? 馬鹿な、神世の時代に刻まれた幻がこの世に留まる筈がない!」
「絵のない絵本に懸想したか、物の怪め。この世に乱ある限り、我らの牙は世界に突き立っておると知れ」
「何処ぞと知れぬ山奥に篭っておればいいものを人の世に未練を残して舞い降りたか、龍の小娘」
「否定はせぬ、我は童女であり道化の女。勇ましき王の剣に屈服した、浅ましき戦士よ。
されど己が敗北を受け容れぬほど、耄碌してもおらん。敗者となりし我が一族、貴様の首を持って再び戦の道を歩まん!」
――山をも震わせる山神の恫喝に対して、天を恐れぬ龍神の咆哮が戦場を熱く焦がした。敗北を知った戦士、泥に塗れた惜敗を幼女のように高らかに笑っている。
一度は死すら願うほどの無念を抱いていたが、一族を率いる彼女は己が敗北を誇り高く語っている。人を超えた戦士の美意識に、龍族の精鋭達は背筋を震わせて高き称賛の声を上げた。
恐ろしく尊大で強く、気高い女性だった。自分の敗北を誇る事は、何度となく敗北を重ねた俺でも出来なかった。屈辱を抱えながら、必死で前を向く意地しか持てない。
一度でも敗北した者は、王ではない。ならば今の彼女は、如何なる存在であろうか――彼女は己自身を、この苛烈な戦場で吠えたのだ。
我こそ敗者――敗北した、"戦士"であるのだと。
「我が生きる影の領域、しかと堪能するがよい――"竈神"」
「オキツヒコ・オキツヒメの炎を体現するとは恐れ入ったぞ。貴様こそ龍の王者、ならば儂も憂流迦の光を見せてしんぜよう」
プレセア・レヴェントンの背にある黒き龍翼より放たれた、火炎の熱線。世界を分断する灼熱のレーザーが突き刺さる直前、天狗の陣営より一条の光が空へ突き刺さった。
日本書紀に、刻まれている。天皇が住まいし都の空を、巨大な星が雷のような轟音を立てて東から西へ流れた。その瞬間を、唐から帰国した学僧の旻が物語る。
――流星ではない、これは天狗である。天狗の吠える声が、雷に似ているだけだ。
「我こそ、天狗――天の化身なり」
その時、その瞬間、俺は一体何を思ったのか。気配を感じられない未熟、殺気を辿れない愚図、死を嗅ぎ取れない愚鈍。
自分は弱い――だからこそ、恐ろしい。怖いから、逃げる。逃げたいから、逃げる。助かりたいから、逃げる。
自分が助かりたいと思ったから、他人を助けられる。命の価値を、思い知っているから。
「人魔一体」
『ネフィリムフィスト!』
――天狗という語は、中国において凶事を知らせる流星。
一秒経過。竹刀を抜き放って、荒御魂オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを解放する。
――咆哮は天を駆け抜けて、大気圏を突破する。
二秒経過。風の霊精アリシア・テスタロッサを解放し、烈火の剣精アギトとユニゾンする。
――宇宙へと到達した咆哮は漂う岩石を破壊、燃え上がった火球は地表へと落下。
三秒経過。才能無き我が剣は拳聖の拳、才覚無き我が魔力は剣精の炎、才気無き我が肉体は霊体の風。
――巨大な星が、頭上より流れ落ちた。
「御神流、奥義ノ六」
四秒。
「薙旋」
――抜き打ちから放った、神速の四連撃。
炎を縦に割り、星を横に削り、雷を袈裟に絶ち、岩を逆袈裟に斬り裂いた。流星は灰燼と化して、何も残さずに斬られて消えた。
斬られてしまえば、何も残らない。死んでしまえば、生き返らない。
それこそが、剣士の業――決して捨てる事の出来ない、剣士の宿命。
"師匠。俺は一体どうすれば、強くなれるんだ"
"お前には無理だ、才能がない。だから――"
「"剣士"になるのはやめろ――そういう事だったのか、師匠」
剣を捨てて――剣への想いを捨て去ってこそ、極地へと至れる。
天を破壊する流星を目の前で叩き斬られて、魔龍の姫プレセア・レヴェントンは歓喜に頬を染めている。
空を破壊する隕石を目の前で叩き切られて、山神の化身天狗は絶望に声を失っている。
奥義之六――"薙旋"。御神という流派の奥義で、俺から最も遠い絶技だった。
<続く>
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