とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四十七話






 寵愛されていると聞いていたのだが、彼女は別室で待機させられていた。プライベートルームへの入室は、セレナ以外許されていないらしい。

俺の場合高貴なカリーナお嬢様への面会が許されたというより、時代劇のお役人様よろしく引っ立てられたという印象が強すぎる。聖地へ来るなり、強制連行されたからな。

別室は愛らしいぬいぐるみや玩具、アンティーク品等で満たされており、お嬢様のお気に入りが並べられている。女の子の理想とも言える愛らしい部屋も、戦士の休息には到底向かない。


ゆるキャラ効果によりお嬢様から快くご許可頂けて、魔龍の姫プレセア・レヴェントンとの面会が叶った。


「大事にされていると聞いていたんだが、心なしか痩せた印象があるな」

「生き恥を晒して飼い殺しにされている日々だ、痩せ衰えもする」


 聖地を舞台に、互いの生死をかけた一大決戦を行った相手。恐るべき魔龍の戦士プレセアは首輪に繋がれて、自らを売った相手に容赦なく牙を剥いた。

飼い殺しの日々に追いやった怨敵に逆上しないのは、曲がりなりにも戦士としての矜持があるからだろう。敗北を受け入れることこそ、敗者に与えられた唯一の誇りなのだと分かっている。

見境なく牙を向けるようでは、野良犬と変わらない。剣士が武士としての身分を与えられたのは、辻斬紛いの真似事をしなかったからだ。剣士は剣を振るうのであって、剣を振り回す者ではない。


並々ならぬ殺意を向けつつも、冷静に相対する彼女は紛れもなく龍の王者であった。


「戯れに我の元へ足を運んだのではあるまい。我が一族より使者が送られた事は、我の耳にも届いておる」

「……自身の進退には興味がなさそうだな」

「我は貴様に敗北した。敗者の我を勝者である貴様がどうしようと、我の関知する事ではない」


 使者が何を望もうと――龍の一族が何を願おうと、所詮は民の声に過ぎない。絶対王者として君臨していた姫は、己の矜持を第一とする。戦士の一族としての礼儀であった。

民主主義国家に生まれた俺からすれば理解し難き意思であるが、剣士としての生を歩む者からすれば共感出来る部分もあった。他人か自分か、俺は常に己に問いかけていた。

最近では他人を優先する事が多かった自分でも、常にこの選択肢は脳裏に浮かぶ。絶体絶命時に剣を捨ててまで我が子を助けた未熟者であろうとも、やはり自分はなかなか捨てられない。


栄光を掴んだ者からすれば一族を率いる立場であろうと、王としての矜持を優先するのだろう。その強さこそが、百鬼夜行の世界を生きる手段なのだから。


「龍姫プレセア・レヴェントンと、魔龍バハムート。聖地に乱を招いたお前達の罪は重く、聖地の民達も処刑を望む声が出ている」

「ふん、神の慈悲を唱える者達であろうと所詮は人間。恐怖は信仰では乗り越えられまいよ」


 プレセアは鼻で笑い飛ばし、俺は無言で肯定する。神を信じぬ者からすれば、神を信じる者達の崇高な念は理解出来ない。素手で生きる術を、俺達は知らない。

神の慈悲をどれほど訴えようと、いざ自分達の命が脅かされれば、刃による断罪を望む。彼らはその贖罪を天罰と呼び、俺達は処刑であると断ずる。

ミッドチルダにおける法は次元世界にまで広がる分、複雑であり怪奇でもある。重犯罪者を許す寛容さと、軽犯罪者を裁く無情さを、矛盾を孕んで法に刻んでいる。


聖王教会は今でも論議を続けているが、平行線を辿っている。分かりきった結論である。先延ばしにし続けたその先に――



"聖王"による、鶴の一言を待っている。



「龍の一族はお前の即時解放を要求し、応じなければ全面戦争も辞さないとまで言っている。随分と慕われているな」

「驕り高ぶるか、聖王よ。我らは、戦士の一族。我が仕掛けたこの戦、どちらかが滅びるまで終わることはあり得ぬ。我が民も覚悟の上だ」

「驕っているのはお前だろう、龍姫。敗者が勝利に未練を残し、傷を舐め合っているに過ぎん」


 平和な国で生きている俺からすれば、阿呆らしいの一言に尽きる。剣士であろうと同様だ。剣士が剣で敗北するということは、死以外にあり得ない。その先なぞありはしない。

復讐なんてのは結局、生き残っている人間に与えられる権利にすぎない。敗北した戦士は死んで終わりだ、どれほど怒り憎もうとも死ねば消えてしまう。

自分の敗北を認めて死を望みながらも、民の怨嗟は肯定して復讐を促す。一回の戦士ではなく王としての在り様、理解はしつつも納得なんぞ出来ようもない。


戦争すれば巻き込まれるのは、当事者だけではすまない。民だって容赦なく巻き込まれる。無関係な赤の他人の死を容認するなんぞ、孤独とはかけ離れた無責任だ。


「要求通り、お前を解放しよう」

「口先で何と言おうと結局我が一族に屈するという事か、聖王」

「挑発して処刑させようとしても無駄だ。あの戦いは俺が生きて勝ち、お前は生き残って負けた。その結果を覆すつもりはない」

「ぐっ……」


「ただし、魔龍バハムートは処刑する」


「我を生かし、我が龍を殺すつもりか!? ならば我の首も同じく晒し上げろ!」

「二度言わせるな。お前は要求通りに解放し、魔龍バハムートは処刑する」


 額面通りの要求は飲んだという、事後承認的な外交。外交のイロハを知らないのであれば悪質な嫌がらせ、知っているのであれば交渉要求という脅しとなる。

武力による脅迫外交で挑んでくるのであれば戦争か屈服、勝利か敗北以外の選択肢はない。古今東西、それで国家間争いが起きている。

ベルカ自治領は宗教国家なだけに、威信と保身の板挟みに立たされる。過激派と穏健派、どの国でも分かれる派閥なのだが、頂点に王が君臨していれば一刀両断出来る。


聖王という存在が絶対だからこそ出来る決断なのだが、"聖王"という与えられた身分だと心苦しさもある。政治や外交には詳しくないので、特に。


「お前は俺を標的としていたが、あの龍は聖地を焼き払おうとした。罪の重さが異なるのは当然だろう」

「詭弁を弄するな、聖王。我が命を下していたのは、我と相対していた貴様が一番よく知っている」

「残念だが外交問題となってしまった以上、お前の罪は神の手から離れてしまっている。自国の法で好きに裁いてもらえ」

「貴様……我をこれほどまでに侮辱するか!」


「分かっていないようだな、龍姫。俺とお前との因縁に外交問題を持ち込んだのは他でもない、お前の一族だ」


 首輪で繋がれていながらも牙を剥く王に、王に祀り上げられた剣士が睨み付けた。食い千切られても不思議ではない距離だが、牙は突き立てられずに終わる。

実のところ、賭けであった。プレセアが有能でなければ戦争に発展させていただろうし、戦士でなければこの場で俺を殺していただろう。王であり、戦士であるからこそ、この一手は有効となる。

俺個人王でもなければ、神でも何でもないが、剣士という特殊な存在である。決して特別ではないと最近悟ったが、それでも特異な生き方をしている事には違いない。


だからこそ、似たような生き方をしている者に詰め寄れる。


「……奴とて、敗者だ。敗北を喫した以上は、断罪される覚悟は出来ている」

「命乞いはしないというのだな」

「無論だ、貴様の武器は身命を賭して我が龍を討伐した。あの戦いを汚すことはまかりならん」


 なるほど、まさに穢れなき敗者である。敗者の弁であれど、覚悟を固めた者の言葉は潔く心地良い。恨み辛みを並べずに今、彼女は一族の責任を果たさんとしている。

一族が王の解放を嘆願した責任さえも、彼女は背負わんとしている。決闘とはあくまで当事者同士の問題であって、周囲がとやかく言うべき事では決してないからだ。

この問題は決闘を行った当人が、一族を率いる龍の姫であった事に起因している。その上一族が使者まで差し向けてきたから、聖王教会と龍族との外交問題にまで発展している。

だからこそ落とし所を、王同士が見極めなければならない。人と人外との価値観の違いもあり、危うい駆け引きではあったが、彼女から潔い言葉を聞けたので良しとしよう。


ようやく、本題に入れる。


「ならば、自分達の力で自由を勝ち取ってみるか」

「? どういう意味だ」

「"聖王"の誕生、国家的な慶事における王の仁慈による特典だ」

「悪政とされるものに対し、実質的に正す権利を与えるというのか」

「流石は一族を率いる龍の姫君だ、話が早い。司法権行使の効果を行政権により変動させる効果を持つ、自治領ならではの権限だ」

「しかし貴様は今、我らとの間には外交問題が起きているとまで言った。恩赦には、慎重な運用が求められているのではないか?」


 恩赦とはそもそも、国家の刑罰権を元に行政により刑罰の全部もしくは一部を軽減させる制度である。王政であれば王の決定で済むのだが、"聖王"となると話はややこしくなる。

宗教にとって神は絶対ではあるが、俺はあくまで『神とされている』人間である。帝王学どころか政治学も学んでいない素人に、行政権の全てを委ねる馬鹿はいない。

俺を祀り上げている聖王教会こそ、宗教国家を支える政治的基盤である。だからこそ罪の軽減には、恩赦と言った建前が必要とされるのだ。


まあ実際俺に全てを任せられるのは非常に困るので、こういう政治的配慮はありがたかったりする。宗教権力者なんてものは案外、現実主義者なのである。


「お前については先程述べた通り外交問題が絡んでいるので、特赦が与えられる。ただし、魔龍バハムートについては」

「明確な罪を犯した以上、法による恩赦が必要となる訳だな――話が見えてきたぞ」

「やはりお前と俺は、似た者同士だな。武で身を立てる者同士、常に己の剣を持って困難を切り開く」

「我ら龍族に善行の奨励など求めてはおるまい。常赦不免の罪を贖える武功を立ててみせようではないか!」


「いい覚悟だ、ならば俺と共に戦ってもらうぞ。人妖融和を阻む敵、聖王の理念である人民平等を脅かす者達を討伐する。異界に存在する、天狗だ」

「!? "金色の鷲"が貴様の敵か……くくく、我らにとっても仇敵よ。腕が鳴るわ」


 ――天狗はしばしば輝く鳥として表現され、旧来では魔縁とも呼ばれていた。中でも天狗の王は、金色の鷲という異名を持っている。

てっきり山岳の信仰でしかないと思っていたのだが、龍族と天狗一族は世界こそ異なれど因縁はあるらしい。


人であろうとなかろうと、因果は巡ってくるものなのか。













<続く>








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