とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第三十七話
デブの降参及び棄権により、三本試合は俺の勝利となった。何とも煮え切らない結果となってしまったが、個人的に気の進まない試合だったので着地点としては良かったかもしれない。
異種格闘技戦ではあったが常識的かつ安全なルールに基づいた試合だったので、敗北したデブはほぼ無傷。勝利した俺が怪我という結果が、どうにも納得がいかない。暗殺されかけたので無理も無いが。
出血こそ酷かったが、怪我自体はさほどでもなかった。一般人から見れば大怪我の部類なのだが、戦う度に怪我している俺からすれば負傷の度合いは軽度。関係者一同に混乱も起きなかった。
事情を話している仲間同士、異世界の魔法や科学に精通している者達が多いのも理由の一つだろう。魔導師達の回復魔法に戦闘機人の医療道具、そしてフィリスの治療とあれば心配する要素が見当たらない。
どちらかと言えば俺本人よりも、俺を中心とした此度の騒動の事後処理の方が大変だ。
「――連中の反応はどうだった、さくら」
「貴方の騎士団が捕縛した襲撃チーム全員を差し出すように、強い要請を受けたわ。新しく長となられたカーミラ様は激怒されて、天狗一族への宣戦を強く訴えている。
ディアーナ様とクリスチーナ様も非常にお怒りのご様子で、報復を望まれている。今や大陸全土に影響を及ぼすあの方々がその気になれば、一族郎党皆殺しも視野に入れるでしょうね。
被害者の貴方にこんな事をお願いするのは気がひけるけれど――」
「分かった、今晩にでも俺から話しておくよ。泣き寝入りする気は俺もないけど、だからといって不毛な報復合戦をするほど暇じゃない」
「ごめんなさいね、私からも引き続き陳情してみるわ」
命を狙われれば恐怖か怒りが出そうなものだが、俺の場合周囲が劇的に反応するので本人が置き去りになってしまう。俺の動向に一喜一憂し過ぎなんだよな、あいつら。
多分連中は何も自覚していないのだろうが、天狗一族が暗殺という強硬手段に出たのは、多分他ならぬカーミラ達が俺の敵となった天狗一族を徹底的に追い詰めたからだと睨んでいる。
俺が異世界に行ってローゼの安全保障に四苦八苦している間、あいつらは俺の留守を預かって敵対勢力を世界から排除しにかかった。その結果が、これだ。
単純に批判しているのではない。少なくとも一般人まで巻き込んだ武装テロ組織なんぞ滅ぼすべきだし、各国の要人を襲ったマフィア共なんぞとっ捕まって当然だと思っている。
人と妖怪の融和を掲げているとはいえ、俺も剣士だ。明らかに殺意の刃を向けてくる連中に対して、揉み手をしてにこやかに平和を訴えたりしない。断固として対処するべきだろう。
ただ血で血を洗うような真似は、俺の望むところではなかった。天狗なんぞ俺の知った事ではないが、天狗一族に肩入れする妖怪達だっているだろう。報復合戦はそうした連中にまで火の粉が跳ぶ。
カーミラ達ならそれらも含めて対処出来るのかもしれないが、復讐の連鎖を巻き起こすくらいなら最初から断ち切った方が話は早い。無関係な人間まで巻き込むと、面倒が増えるのは過去の経験から分かっている。
ただ、その匙加減が難しい。外交問題に日々悩んでいる政治家達の心境が、今の俺にはよく分かる。よく政治なんぞ行えるものだと、感心してしまう。
「お前もまた、面倒な問題に巻き込まれているようだな」
「……この試合も、あんたが放置していた子供同士の問題なんだけどな」
「私が一喝すれば済む話ではあったが、お前達はそれを望んでいたのか?」
「うーむ……」
正直に言おう、微妙である。自分の母を名乗る人間から指摘を受けて、俺も返答に窮してしまう。俺もデブも悪ガキで、大人の言う事なんぞ聞かなかった。
他人の言うことなんぞ聞かないくせに、トラブルを起こせば親に頼るというのは情けない話だ。子供なんてそんなものかもしれないが、いざ問い質されると恥ずかしくもなる。
その点を理解されているという事実も腹立たしくも、気恥ずかしくはあった。子供の頃から見透かされていたと邪推したかもしれないが、今は自分達を理解してくれていたのだと肯定的に受け止める。
ただ、聞いておきたい事はあった。
「この試合、あんたとしてはどちらに勝ってほしかった?」
「論じるまでもない。私は母として、子の戦いを見守るのみだ。優劣なぞありはしない」
「優劣を競う試合で言う台詞か」
「そうだな、敢えて言えば――今のお前に、あの子が勝てるとは思えなかったな」
人間としてではなく、剣士としての評価を語って母は離れた。無責任に帰ったのではなく、フィリス達と子供達の状態について語り合っている。大人の態度と責任であった。
これもまた同じだ。昔であれば剣士としての評価を望んでいた筈なのに、今では人間としての評価がなかった事に不満を感じている。原点が間違えていたのであれば、評価するまでもないという事だ。
剣に価値はなく、剣士は特別ではない。剣が好きだからという個人的な動機で、剣を自由に所有する事は許されない時代になっている。自分自身が否定されていない分、余計に悩みは付きそうにない。
いずれにしても大人達から見れば、子供同士の試合は評価ではなく義務で見定めるべきものなのだろう。
「ご報告に上がりました、陛下。会場を襲撃した賊を全員、捕縛しております」
「よくやってくれた。あの者達は身元不明の賊、人の世の外に生きる者達だ。警察――この国の治安維持組織に、安易に預ける訳にはいかない。
背後関係を含めて素性を洗った後、然るべき対応を取る。この地に派遣された時空管理局員と連携して、事にあたってくれ」
「承知いたしました。騎士団長殿がアルピーノ捜査官に連絡を取った際、陛下への謁見を求めておりました事を報告致します」
「メガーヌが? 分かった、後で確認する」
メガーヌ・アルピーノ、彼女は確か自分の娘となる子の元へ面会へと行っていた筈だ。俺に会いたがっているというのはつまりそういう事なんだろう、溜息を吐くしかなかった。
種族間の外交問題に加えて、人間関係の複雑怪奇な難題。例え剣を捨てたとしても、生きている以上問題や課題は積み重なっていく。剣士でなくなろうと、代わり映えはしないのだろう。
いずれにしても、隠居は出来なさそうだった。可愛い子供達との生活も考えたのだが、この分では他所様の子供達との問題にも悩まされそうだ。やれやれである。
聖騎士や騎士団との相談事を終えて――ようやく、懐かしき面々と向かい合えた。
「私の完敗です。幸い大した負傷はありませんので、近日中にお約束は果たします」
「高町美由希には、試合前に事情は伝えてある。俺が申し出た取引だ、試合を行う際は俺が間に立つからその点は安心してくれていい」
「気を使って頂いた事には感謝しますが、本当に足の負傷は問題ないのですか」
「気にしているのであれば、見舞いにでも行ってやってくれ」
「分かりました」
不気味だった、とは言わない。敗者は、己の矜持も含めて何もかも失う。かつて何度も惨敗した俺には、今の音遠の心境は痛いほどよく分かる。
惜敗であればともかく、自分から降伏した以上完敗だ。完敗までしてしまえば、どんな言い訳も通じない。喪失感は計り知れなく、自信も何もかも粉々になる。
唯々諾々と従う彼女の姿は滑稽であり、悲しかった。だからといって、勝者が敗者にかける言葉はない。奪い取った張本人から慰められても、惨めになるだけだ。
思えば俺も誰かに負けた時、思い遣りをかけられたことは一度もない。今にして思えば、それこそが思い遣りだったのだろう。
「貴方がこれほど強くなった事に、驚きを禁じえません。命を狙われていると伺いましたが、そうした日々が貴方を変えたのでしょうか」
肯定するのは簡単だが、物事はそれほど容易くはない。俺が肯定すれば、こいつは間違いなく戦場へ飛び込んでいくだろう。それでは元の木阿弥でしかない。
俺が試合をしてまで止めなければ、御堂音遠は破滅するまで突っ走っていただろう。千の言葉を向けるよりも、一太刀浴びせた方がいい。剣士として俺に出来る事であった。
目的は達成されて、音遠は敗北により足を止めた。しかしこのまま放置すれば、こいつは敗北に飲まれて一歩も動けないまま沈むだろう。だからといって、俺の経験も語れない。
俺が生きてこの人生を歩めているのは、多くの人達に恵まれたおかげだった。幸運に恵まれなければ、弱者は戦場で生き残れない。
せめて臆病者であれば慎重に生きていけたのかもしれないが、容姿も含めて恵まれてしまった事が逆にこいつの不運だったのかもしれない。
「もし俺が本当に変われたのであれば、その理由は間違いなく他人にあるだろうな。俺の中に求めても無駄だ」
「到底、信じられません。孤児だった貴方は常に、他人を拒絶していた」
「だからだよ」
「だから……?」
「もう気付いているだろう――だから今、俺は病気になっている」
試合中突然泣き出したことを思い出したのか、音遠は目を伏せた。心中を思ってくれているのではない、無理をしている俺の人生を哀れんでいるのだ。
俺達のような人間は本来、他人に関わって生きていい人間じゃない。自己否定や他者批判ではない。他人に合わせて生きていくのが困難なのだ。
俺達のような人間は特異だとばかり思っていたが、世間に出て見ると決して特別ではないらしい。つまり誰だって、ある程度は無理して他人と接している。
自分自身に折り合いを付けることで、少しずつでも変化を遂げていくのだろう。
「先程も言った通り、俺に求めるのは無駄だ。お前は俺じゃないし、お前だって俺のような人間じゃない」
「それは皮肉ですか? 私と貴方は所詮、似た者同士でしょう」
「いいや、違う。だってお前は、他人に合わせて生きていける人間だからだ」
「私が……?」
「今の自分こそ本当の自分、お前はそう言ったな。俺はまだ、そこまで言い切れない。孤児ではなくなったお前は一人の女性となったが、剣士ではなくなった俺はどうなるのか分からない。
だから、言っただろう。いちいち俺に関わろうとするな。お前はこの言葉をどう受け止めたのか知らないが――
お前はもう、理想の自分を手に入れた。他人から奪う必要なんてないんだ」
剣が振れないのであれば、せめて――言葉を、投げかけよう。
「綺麗になったな、本当に驚いた」
「!?」
音遠は目を見開いて、頬を赤く染める――勿論喜びではなく、大いなる怒りを込めて。
だったら最初からデブと呼ぶな、と頬を膨らませている。気持ちは分かるが、幼馴染相手に褒めちぎるほど俺は暇じゃない。男と女の関係なんぞ、拗らせるだけだ。
音遠は呆れたように溜息を吐いた。深く、そして長く、積もっていた恨みを吐き出すように。溜め込んでいた思いは多くあったのだろう。
重荷を捨てるように肩を下ろし、疲れたように座り込んだ。
「創愛、この人と付き合っていて疲れたりしないのですか?」
「貴方と同じ、付き合う価値はあると思っているわ」
「私はあくまでこの人を仇敵だと見なしているからです。貴方とは、違います」
「貴女は昔から勘違いしているわね」
「何がですか……?」
「この人と同じく、貴女もまた付き合う価値があると思っているわ。ナンセンスな条件をつけるのは、これきりにして」
「創愛!? そ、それでは貴女は昔から私の事を……!?」
違う違う、感激するんじゃない。ようするにガリは俺と同じく、お前を手がかかる子供だと思っているんだぞ。友人だからといって、褒めている訳じゃないんだ。
孤児院で一番厄介な敵は、実はこいつの方なのかもしれない。振り返ってみればガリは一度も誰かに勝ったことはないが、誰一人として負けた事はない。
戦う必要もない、人生――とても厄介で素敵な人生を、もう一人の幼馴染は歩んでいる。
そんな感慨に浸りながら、久しぶりに集まった三人は語り合った。
<続く>
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