とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第九十二話
すったもんだあったけれど、脱落者も出ずにここまでやって来れた事を嬉しく思う。白い旗を掲げた当初は幸福の証だと嗤われたのだが、今では聖地の平和な空で真っ白に輝いている。
身内の集まりでしかなかった集団も聖地全体を守る治安維持組織へと発展して、ベルカ自治領全体に大きな影響力を与えている。戦乱も何とか収まって、心の平和へ辿り着こうとしていた。
人間関係に完璧はないが、進展は起こり得る。組織の立ち上げから今日まで支えてくれた人達を集め、感謝の礼と共に彼らへの信頼に応えるべく今こそ分かり合おうと思う。
特段、気負うべき事ではない。重大発表でも何でもなく、自分自身について彼らに語っただけである。常に誰かに助けられて生きていた、自分の物語について。
組織を纏める長である以上、私的感情による告白は不要である。今まで彼らと共有していた情報も含めて、自分の道程を語ったのだ。剣士であるのならば、客観的に見るのは難しくない。
他人を斬る以上、自分も着られる覚悟を常日頃持たなければならない。自分自身を主観としていては、この家業は務まらない。必ず我が身可愛さに、他人を斬れなくなってしまうからだ。
話してみて分かったが、俺は自分が思っていたよりもずっと彼らに心を開いていたようだ。目新しい事は対してなく、彼らからも驚きは少なかった。興味ではなく、真摯に話を聞いてくれた。
他人の事情に関わる事は話せなかったが、彼らも聞き出そうとはしなかった。自分などよりずっと多くの人間と関係を持っている彼らだ、その点は重々承知の上なのだろう。
語り終えた時には自分も他人もなく、白旗という組織が情報を起点に一つとなっていた。隠し事が失くなったのであれば、今こそ一致団結できる。
「話を聞いてみて改めて思ったのだが」
「はい、何でしょう」
「組織全体の問題は概ね解決に向かっているが、君個人の問題は殆ど何も解決していないじゃないか」
「そ、それはその、忙しいのもありましたので」
「組織の為に尽くすのは長として立派ではあるが、自分を疎かにしているようではまだまだだ。とはいえ勘違いしないでくれ、君自身を責め立てるつもりはない。
私が指摘しているのは君個人の問題を、白旗の問題として結び付けていない事だよ」
重々しく指摘するレオーネ氏は俺が入院中一度もお見舞いには来なかったが、情のない人では決してない。倒れていた俺に変わってどれほど注力してくれていたのか、この現状が語ってくれている。
長身の体躯の御老体、厳しい風体ではあるが頑固に凝り固まっていない。深く積み重ねてきた経験が皺と共に刻まれてこそ、重厚な人間味を生み出している。人の強さを体現する方だった。
今もこうして厳しく叱責するが、的を射た指摘は痛みを通じて心に深く浸透する。至らぬ点を意見として述べることで、年長者の立場から若輩者を育ててくれているのだ。
単に耳を澄ますのではなく、きちんと座して耳を傾ける。
「長である君が問題を抱えたままでは、組織の運営にも支障をきたしてしまう。それだけならば我々で何とでもなるが、延々と後回しにされるのでは困る。悪癖となってしまうからね。
君個人の問題で済めばいいが、君本人が今やこのミッドチルダに強い影響を与える存在だ。自分自身の為に行動する事もまた、白旗への貢献に繋がる事も覚えておいてくれたまえ」
「俺個人の問題解決が組織改善に繋がるという考え方は……確かに、ありませんでしたね」
「自己分析が足りない証拠だ。自分自身を見つめ、そして他者の意見に耳を傾ける。当たり前の事を続けていくといい」
当然の事を当然のようにまだ出来ていないのだと、レオーネ氏は指摘する。確かに難しい事に取り込む事ばかり考えて、簡単な事は普通に出来るのだと楽観視していた。
簡単だからいずれ何とかなる、その考え方は甘えであり、今の現状に繋がっているのだと指摘してくれたのだ。一瞬怪訝に思ったのだが、問題山積みな現実が見事に証明してくれている。
我が身優先で行動して来たつもりだったが、自分を顧みずに行動していたのか。いや、自分の事にまで精を出す余裕がなかったのだ。その姿勢を、レオーネ氏は叱っている。
空いた時間が出来るのを待つのではなく、自分から時間を作って動かなければならない。そこまでやってこそ、組織の長なのだろう。
「お主自身を取り巻く状況も、大きく変化しておる。ましてお主は管理外世界から来た人間、困惑するのも無理はなかろう。引き続き、儂らを頼ってくれればいい」
「一蓮托生でここまで来たんだもの、今更手を引く真似はしないよ。ユーリちゃん達の事もある、まとめて面倒みようじゃないか」
「心強いお言葉です、ありがたく頂戴しておきます」
好々爺であるラルゴ老や穏やかで優しいミゼット女史の支援に、俺は頭を下げて感謝を述べた。白旗の組織をド素人である自分が運営出来たのは、彼らの後見があってこそだ。
甘えてばかりでは当然駄目だが、熱り立って突っ走る愚行を犯してはならない。治安維持組織となった以上、人々の模範とならなければならないのだ。模範である彼らに誠心誠意教えを請おう。
戦乱も終えて、敵勢力のほぼ全てが壊滅した以上、残された問題は外ではなく内にある。直結しているのは間違いなく自分だ、欠陥であるからこそ組織の弱点になっている。
自虐しているのではない、彼らに指摘を受けたように自分に注力することで改善していく。
「思いがけず戦争が勃発してしまいましたが、当初予定していた聖王教会騎士団との決闘自体は滞り無く行われました。我々の勝利であると同時に、騎士団の実力も知らしめられた。
先の戦争でも混乱していた信徒の方々を落ち着かせ、現場を取り纏めてくれたと伺っています」
「剣士殿が聖地へ参られる以前は、聖王教会騎士団がベルカ自治領の治安を担っていたのは事実です。此度の一件で二転三転いたしましたが、民の方々からの信頼はあります」
「それでも騎士団長様が上手く僕達と連携出来たのは、やはり剣士との決闘によるものが大きいよ。
男同士、剣による決闘で信念をぶつけあう――何ともファンタジックなやり方ではあるけれど、君の提案は実を結んだようだね」
二つの治安維持組織の実力をお披露目する御前試合だったのだが、その後の戦争における行動で治安維持活動そのものへの評価も高かったようだ。
実力を見せつける事で治安維持を行う証明とするだけではなく、実際に治安維持活動を行う事で成果を強調した形だ。戦争賛美ではないが、実践に勝る成果はないということだろう。
聖王教会騎士団は今後も白旗との連携を強調する上で、彼らこそが新しい聖地の力そのものであるとまで語ってくれた。聖地の治安を守る、新しき剣であるのだと。
治安維持の主権譲渡に等しき宣言であるのだが、聖地に生きる人達の心には清く正しき騎士達の姿が焼き付いている。騎士達への信頼がある限り、彼らの剣が錆び付く事はない。
今後は今まで俺達白旗がやってきたことと同じく、民に寄り添う形で人々の平和を守っていくのだろう。あの団長殿であれば、俺よりよほど立派に地域貢献活動を行っていける。
「聖王教会騎士団より宣言を頂いたのであれば、尚の事心強い。戦乱が起きた後とあっては、より一層聖女様の護衛も必要となってくるだろうよ」
「今まで事の経過を見守っていた教会も、重い腰を上げて動き出しております。魔龍に魔女、挙げ句の果てに異教の神まで乗り出してくる始末、彼らも戦々恐々ですわ。
今はまだベルカ自治領内で事は済んでおりますが、陛下がいらっしゃらなければミッドチルダ全土へ飛び火していたでしょう。
その全てを剣で切り払って下さった陛下こそ、かつて武で戦乱を収めた聖王陛下そのものであると公言されておりますのよ」
司祭殿の代理で出席しているドゥーエは、聖王教会内の事情を端的かつ雄弁に物語ってくれる。艶めかしい彼女から語られる事情は、人間の生々しさが見え隠れしていた。
壮大な宗教組織であれど、運営するのはあくまで人。清貧では、組織を運営出来ない。美しき平和を支えているのは、醜い権力による主柱なのだ。何処にでもある話なので、今更嫌悪もない。
魔の存在のみならず、聖なる絶対者まで現れたとあっては、混乱をきたして当然である。彼らにとって神は唯一であり、絶対でなければならない。信仰の届かない神など不要なのだ。
このまま放置していれば単なる人より、神の威信が高まりかねない。そうなる前に、早く絶対者を祭りあげなければならない。その席こそ、聖女の護衛の椅子であった。
「話の流れとしては悪くないけど、そのままスライドさせる訳にはいないな」
「君の目的はあくまで彼女、ローゼ君を聖女の護衛として立場を確保する事にあるからね。こちらもその点は承知して進めているよ」
「ただ、やはりローゼちゃんの動力源がロストロギアだと言う点は気掛かりじゃな。強硬な封印処置については儂らも反対じゃが、さりとて安穏と構えておるわけにもいかん。
彼女の立場を確立させられたとしても、課題として残されたままとなるじゃろう」
「私の見解では、彼の法術によって結晶体へと変化したものだと考えている。ジュエルシードの無限ともいうべきエネルギーを宿した鉱物。
性質そのものが変質している以上、ジュエルシードのような暴走も今後起きる事はあるまい――法術の効果が消失すれば、どうなるか分からないがね」
「だからこそ、ご主人様には"聖典"が必要なのですね。願いを叶える力を制御するために!」
「神様になるつもりはないと断言しておくぞ――で、ローゼが聖女の護衛となった場合、三役の方々のご懸念もありますし、ジュエルシードの件と合わせてサポートが必要となりそうですね」
「博士や私の全面的なバックアップにより、彼女は問題なく聖地の救世主として活動を続けられております。ドゥーエや我々からの教会への働きかけもあって、意向は認められつつあります。
覇業を成し遂げた陛下のご活躍が功を奏しましたね。単なる神輿であればそのまま聖女の護衛に据えられていたでしょうが、今や陛下はまぎれもない聖王教会の神。
聖女の下に収めるのではなく、神の座に君臨して頂く事が聖王教会の未来を照らしだすものであると――我々が、吹聴しております」
「最期の最期に、悪意が感じられる!?」
聖王のゆりかご事件における騎士団の救出、魔龍が起こした騒乱における信徒達の救助、魔女が起こした戦乱における人々への救援。人命救助に尽くしたローゼは、救世主そのものであった。
戦乱が収まった後も災害に苦しむ人達の下へ訪問して、慰め励まし、被災者の人々に大きな勇気を与えた。不眠不休で行った慰問は、人々の記憶に救世主として刻まれただろう。
剣士は所詮一瞬の武功しか誇れないが、救世主は地道で長い救援活動により多くの人々を救える。一瞬たりとも休まない彼女にむしろ人々の方が身を案じ、心を痛め、感謝の涙を流した。
実際はジュエルシードを動力源に半永久的に活動出来るだけであって、博士達のバックアップもあって本人は悠々とやってのけている。
「聖王教会の動きは概ね分かった。時空管理局としてはどうだろうか?」
「魔龍に魔女、そして異教の神。不安の種は多くあるけれど、何よりもやはり聖王のゆりかごというロストロギアの存在が大きいわ。
聖王教会との関係を重視する意見が組織の大半なんだけど、上層部が強硬姿勢を強めつつある」
「……上層部といえば」
「そう、君が指示して全資金を強奪させた一件よ。ジェイル・スカリエッティの全面協力で黒幕の尻尾を掴み、君の戦略によって黒幕を支援する連中までほぼ捕まえられた。
彼らは今丸裸状態、頼れるのは手元に残った実権のみ。時空管理局という組織そのものを動かして、事を起こすつもりでしょうね」
「いい加減捕まえてくれよ、鬱陶しい」
「それほどの大物ということよ、勿論逃がすつもりはないわ。資金も人材も失った彼らは今、早急に動いている。
近々大きな"人事改革"が行われるという話だし、スポンサーを求めて"大企業"との癒着を図っているみたいなの。これほど大胆に動けば、必ず証拠も掴めるわ」
人事の改革と、大企業との連携――ジェイル・スカリエッティ達の離反と、支援企業及び支援者達の処分。爪と牙の両方を奪われた怪物は、新しい武器を求めて動き始めた。
黒幕が管理局の大物となれば、巨大司法組織である時空管理局内から優秀な駒を探し出すのは容易い。権力を行使すれば、巨大なスポンサーも求められるだろう。その動きを、追っている。
実権を奪っていたグレアムもそのお飾りの地位を利用して、管理局と教会の関係にメスを入れている。地上本部の"お偉いさん"も、戦乱が起きた聖地や教会の動きに神経を尖らせているらしい。
それに"企業"――民間軍事会社の類であれば、十分危うい。魔法の世界で兵器開発を行う連中だっているだろうからな。
「時空管理局はこの通り、今は嵐の前の静けさ。彼らの事は私達に任せて、貴方も今の内に立場を確立させたほうがいいわね。次は、貴方自身の問題に取り掛かる為にも」
「分かった、ありがとう。アンタの言う通りだな」
聖王教会も、時空管理局も、大きな時代の変化に対応するべく動き出そうとしている。両組織が一斉に動き出せば、同じ戦場にいる俺も間違いなく巻き込まれる。
今のように曖昧な立場のままだと、また再び流されて右往左往させられるだろう。それでまた一ヶ月、二ヶ月と平気で過ぎていって、自分の問題が置き去りになってしまう。
情報も共有して、各それぞれの状況も掴めた。戦争も終わって、戦乱も収まった。敵もいなくなり、組織も硬直している今が、最大にして最後のチャンスだった。
自分を今こそ、確立させなければならない。
「状況は理解した。となると残る問題は、聖女様だな」
「えっ! な、なな、何か問題がありますか!?」
「狼狽えるな、馬鹿。お前自身は問題ありまくりだが、別に聖女様ご本人の悪口を言っているんじゃない」
わざわざ椅子から立ち上がってまで、追求してくる娼婦。こいつは聖王教会の事情に何やら詳しいからな、自分が聞いていない事に戸惑ってしまうのも無理はない。
俺がなだめてやると娼婦本人より、むしろ同席していたアナスタシヤが苦笑して取りなしていた。すまないな、こいつが馬鹿なせいで気遣わせてしまって。
ちょうどいい、この人から話を聞くことにしよう。
「聖王教会も認めてくれているのであれば、後は聖女様の意向次第だと思うんだ。アンタとしてはどう思う?」
「陛下のご希望であれば、聖女様も喜んで応じて下さると思います。私からも働きかけましょうか」
「うーむ、その辺が微妙なんだよな……情勢は決しているとはいえ、こちらから露骨に働きかけるというのも後々の問題になりかねないからな。
せめて、聖女様のご意思を聞かせていただければ、こちらからも推参出来るんだけど。
そんな上手い話は、都合良く起こらないか」
「――!」
次の日、聖女様ご本人から正式な発表があった。
自分の耳を疑うニュースを目の当たりにして、アリサ達から盛大に笑われた。何だよ、これは!
<続く>
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