とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第九十一話




「――それで、どうするつもりなの?」


「口封じするしかないな」

「お任せ下さい、剣士さん」

「すずかはとりあえず良介第一に考えるのはやめて」

「人とは変わらないものですね……昔からよくいましたよ、英雄となった王者を妬んで誹謗中傷する者が後を絶ちませんでした。愚か者は排除しましょう」

「お母様は黙っていて下さい。素直に事情を話せばいいじゃない」

「駄目だよ、アリサ。ふーぞくの女に秘密を喋る恐ろしさを知らないの?」

「何であんたが知ってるのよ、アリシア!? というか馴れ馴れしいのよ、アンタ!」

「アイゼンでドタマぶっ飛ばせば、記憶の一つや二つ消えるだろう」

「……下手をすると頭が壊れてしまうぞ、ヴィ――いや、のろうさよ」

「いえ、ザフィーラさん。多少手荒な行為に及ぶのもやむを得ません。父上の秘め事を知る人間は、私一人でいいのですから」

「馬鹿を言うな、シュテル。我が父の全てを受け継ぐのは我だと決まっておる」

「ぶー、ずるい。ボクだってパパの事をいっぱい知りたい!」

「は、話がそれていますよ皆。お父さんの事を知られたのですから、ひとまず隔離しておきましょう」

「おー!」

「ナハトちゃんが感心してしまっていますから、変なことを言うのはやめてあげてくださいです!?」

「だいたいこの馬鹿が迂闊にもベラベラ喋るから悪いんじゃねえか。口の軽さをまず責めろよ」

「ミヤちゃんも、アギトちゃんも落ち着いて!? 私がウッカリ聞いてしまったのが悪いのですから」

「……ごめん、なさい」

「まあまあ、那美も久遠もそんなに落ち込まないで。私が記憶を消せば問題解決でしょう」

「……忍お嬢様、あまり公の場で軽はずみな行為はいかがなものかと」

「うう、正義の味方としてこっそり逃がすべきか、良介様の正義を語って説得するべきか、悩みますね」

「記憶操作自体はさほど難しいことではないよ。今は重要な時期だ、この際徹底的な洗脳を行うのも手だ」

「博士がお望みであれば、一度中止としていた例の洗脳技術研究を再開いたしましょう」

「あら、面白いわね。文字通り、この子を陛下の淫らな"娼婦"ちゃんに仕上げてあげましょうか、うふふふふ」


「ただ今帰りま――女性を縛り上げて何をやっているのですか、あなた達!?」

「げっ、役人の手入れが入ったぞ!? 全員、撤収!」


「こら、待ちなさい!」

「む〜む〜む〜!!」


 猿轡かまして椅子に縛り上げた娼婦を置いて、密談していた俺達は我先に逃げ出す。多くの戦いを経て一致団結している俺達の逃走に、抜かりはなかった。

ガルダ神や魔龍等の事後処理より戻って来たリーゼアリアは目の色を変えて怒鳴り込んできたが、逃走した面々の中にナハトヴァールがいるのを見て脱力の余り突っ伏した。

条件反射で逃げてしまったアリサは後で顔を赤くして戻って行ったが、何の慰めにもならないだろう。ほとぼりが覚めた頃に再び、主立った面々が出揃う。


教育に悪いとナハトヴァールをマイアに預けた後に、改めて眉を吊り上げて問い掛けてきた。


「もう一度聞きます。どうしてこの方に無礼な行為を働いたのですか」

「前々から思っていたけど、アンタも含めて全員何故か娼婦を敬うよね」

「貴方と違って、女性に敬意を払っているだけです」

「ほぼ大半が女性じゃないか、うちの面々」


「そうですよ、ですから貴方一人の態度に問題があると言っているのです」

「……あれ?」


 そう考えると確かに何の問題もないぞ、変だな……首を傾げている俺を目の当たりにして、妹さん以外の全員が揃って噴き出した。何だよ、その馬鹿を見るような目は。

俺だって好き好んで、女を虐待なんぞしたくない。剣士とは、人を斬って達成感を得る人種だ。敵に男も女もなく、性別で快楽趣向を選んではならない。その点は徹底している。

大体、娼婦がいきなり取り乱すから俺も大人しくさせるしかなかったのだ。事情があったゆえの行為なのだが、その事情こそが肝心要の秘密であった。


目の前に君臨する時空管理局の手先に知られてはならない、類である。


「理由は単純だ」

「聞かせて下さい」

「こいつが娼婦だからだ」

「何を訳の分らない事を言っているのですか」


「訳の分らない事を言っているのはあんただぞ。日々娼婦が出入りしているから問題だと言っておるんだ、こっちは」

  「……あれ?」


 実際問題、白旗が拠点とする宿に毎日娼婦が出入りしていることは噂になっている。全身を隠しているが、明らかに同じ娼婦なので陛下のお気に入りとの定説まであるようだ。

問題にまで発展しないのは娼婦の分際でフレンドリーなこの女が、礼儀正しくご近所と接しており、主人の顔を立てる理想の使用人だとそれなりに評判が良いらしい。

何より入院中に聞かされたのだが、俺の評判を聞いて擦り寄ってくる他の娼婦や愛人希望の類をディアーチェが厳格な態度で追い払っている事が一番の理由のようだ。


巷で"王様"とまで呼ばれる人徳の高いロード・ディアーチェに認められた娼婦だと、半ば伝説化しているとの事だ。


「俺だって鬼じゃない。今まで面倒見てきた女を、周囲の噂に流されて追っ払う真似はしない。ただ今まで通りだと困るので、彼女を改善しようと話し合っていただけだ」

「なるほど、訳ありであろうと追い払うのであれば私も反対しましたが、そういう事であれば分からなくはありません。ただ縛り上げてまで強引に行うのはやめて下さい」

「分かった、俺達も少し強引にやり過ぎた。これから『娼婦改造計画』を話し合うが、アンタも参加するか?」

「私は他に仕事がありますので結構です、貴方達で勝手に頑張って下さい――ただし問題行動を起こせば、容赦しませんからね」


 娼婦については気にしているが、俺が提唱する計画そのものは遊び半分とでも受け止めたのか、馬鹿馬鹿しいと首を振って去っていった。ふっ、追求しないとは愚かなものめ。

まあ多分俺一人ならともかく、アリサが居るなら事が大きくならないと信頼しているのだろう。白旗の活動を通じて、アリサとリーゼアリアの関係は揺るぎないものになっている。

年齢差はどうだか見た目では分からないが、二人の知性は群を抜いていて常人には計り知れない世界で生きる者同士の共有感がある。天才には天才の世界があった。


さてリーゼアリアが宿へ帰って来た以上、手荒な行為には出られなくなってしまった。


「とりあえず、少しは落ち着いたか?」

「も、申し訳ありませんでした、ご主人様。取り乱してしまいまして」

「いきなり逃げ出すから何事かと思ったぞ、こっちは」

「……その後のご主人様と皆様のお話をお聞きする限り、逃げたのは正解だった気がすごくしています」


「なるほど、話の是非に関わらず危機を察して直感に任せて逃げたのね。あんたの事をよく分かっているじゃないの、この人」

「うるさいよ」


 秘密を知って逃げたのではなく、秘密を知ってしまったのはまずいと逃走したのか。感情的に逃げるのではなく、本能的に逃走するとは危機意識の高い奴である。

娼婦は聖地における"聖王"の立場と、白旗における"俺"の状況の両方を理解している。神としての振る舞いを求められ、人としての考え方に則って動いている事を分かっているのだ。

だからこそ人としての俺の事情に触れてしまうという事は、自分の中にある神との不一致に他ならない。心では理解しても、信仰が拒絶してしまうのは致し方無い。


人だと分かっていても、神様であると思いたいのは、敬虔な信徒としての宿命だろう。忠誠が高いほどに、理想と現実の違いを直視出来なくなる。


「こいつでさえこういう反応を示すとなると、アナスタシヤあたりでも取り乱すかもしれないな」

「だからさっきも言ったように、事情を説明するべきよ。どっちにしても、"聖女様"の協力が必要不可欠なんだから」

「聖典を拝めればそれでいいとはいかないか」

「"聖王"様であれば聖典の閲覧も認められるかもしれないけれど、こちらが望む記載が記されていた場合きちんとした事情を話さないといけなくなるもの」

「だからって、こいつに話す必要はないんじゃないか」

「この人に話せないと、聖女様にも話せないわよ」

「何でだよ」


「何でって……ああもう、面倒臭いわねアンタ達!」

「なぜか突然キレだした!?」


 俺の問いかけに困った顔をしたアリサが見やると、何やら大慌てで拝み倒す娼婦。俺には分からない懇願を察して、アリサは苛立ったように髪を掻き毟った。

俺の秘密よりも、女同士の秘密の方がよほど恐ろしいと思う。人間関係を構築する上で女心の勉強もしているが、まだまだ理解不能な部分が多く参っている。

言葉に窮するがやはりその辺りは天才なアリサ、すぐに思い直して理由を述べた。


「この前の面接でさえも事前練習が必要だったアンタが、予行演習もなしに重大な秘密を聖女様に納得して頂けるように説明出来るの?」

「そう言われると辛いけど、練習相手がこいつで大丈夫なのか」

「風俗に勤める女性は用心深く、男の秘密には気を尖らせているわ。この人の動揺ぶりを見たでしょう、お客様の秘密は知ってはならないのが業界のルールよ」

「何だお前、それでさっきは"自分"がどうとか訳の分らない事を言っていたのか」


   アリサの言葉を聞いて、表情こそ見えないが娼婦は明らかに顔を輝かせた様子で何度も頷いている。その場にいた全員が見事であると、アリサを尊敬の眼差しで見つめていた。

仕方ないか、どのみち聞かれてしまったのだ。秘密というのは秘匿性が高いから価値が有るのであって、流出の危険が少しでも生じれば早急に対応しなければならなくなる。

娼婦に聞かれた以上、娼婦を口封じ出来ないのであれば流出の可能性は高まる。たとえ娼婦本人にその気はなくても、少しでも漏れれば広がってしまうものだ。


だったらいっその事秘密を共有することで、組織の一体化を図ったほうがいい。


「分かった。戦乱による聖地の混乱も皆のおかげで収まってきているし、聖王教会からも聖王陛下への面会や正式な宣言を望む声も大きくなっている。
聖女様直々に護衛をお決めになる動きが出ているとの話も聞いている、俺達もそろそろ思い切った動きに出るべきだな」


 聖地へ来て人間関係が劇的に広がったことで、情報が入り乱れてきている。情報の共有度が人によってまちまちで、誰が何を知っているのか把握出来ていない状態だ。

今まで情報流出の問題が生じなかったのは、仲間達が情報に関する重要性を理解出来ていたからだ。模範的な大人達がそろっていたからこそ、組織としてまとまっていた。

だが今日になって、娼婦に秘密が漏れて問題となった。この秘密にしても、いつまでも秘密に出来るものではない。そもそもの話、色んな秘密を抱え込んでしまっているからな。


ジュエルシードの件とか、オリヴィエの件とか、久遠の件とか、影響の大きい火種も抱え込んでいる。以前に説明はしたけれど、法術だってそもそも制御できていない力だからな。


「よし、今晩会議を開こう。全員ではなく幹部クラスが集まって、情報の整理と今後の活動方針を決める」

「具体的に挙げると、三役の方々に博士とウーノさん、司祭様の代役としてドゥーエさんといったところかしら。教会の方々はどうする?」

「聖女様へのご説明が必要であれば、シスターや査察官には事前に言っておくべきだろうな。俺の騎士である事を望むのであれば、アナスタシヤにも話しておこう」


 ある程度の信頼はあるが、基本的にスポンサーであるカリーナやセレナは除外。一応俺の婚約者であるヴィクターお嬢様を筆頭とした子供達には、既にある程度話している。

リーゼアリアにも情報は連携済みで、今後の方針に直接口出しするつもりはないだろう。ナハトという緩衝材があっても、グレアムに繋がる糸がある以上自分の立場を彼女はわきまえている。

メガーヌについては、改めてもう一度自分の事を話しておこうと思う。自分自身の姿や本心を打ち明けてくれた彼女には、誠意を持って応えたい。


聖女様についてはお人柄しか知らないのだが――聖王教会を薦めてくれた、プレシア・テスタロッサに賭けてみようと思っている。


「"お母様"はどうするの?」

「今のところ改善した様子がなく、会議に参加させるとまた訳分からん事を言い出しそうなので欠席。妹さん、俺の剣を預かっていてくれ」

「幽霊であっても、花嫁さんには何でも話せるよね!」

「当然じゃないか、アリシア。君に話せない秘密なんてないよ」

「嬉しい……ありがとう、ダーリン!」


「法術の効果を証明する絶好の素材だもんね、侍君」

「馬鹿、言うな!」

「ダーリン、ひどい!?」


 ふっふっふ、俺は立身出世するためであれば自分の女も利用する男なのだよ。人を容赦なく切れる人間でなければ、剣士なんぞ務まらんわ。

秘密の全てを共有するのであれば、この際アリシアの事も話すべきだろう。あのままプレシアと隔離生活を過ごすのだと思っていたが、こうして世に出てしまっているしな。

俺の秘密と同じく、変に隠し立てするのはむしろ問題ではないかと思ったのだ。ローゼやアギトとセットで、幽霊の彼女にも権利を作ってあげたい。特に聖地は今、幽霊には過敏だからな。


俺と同じくアリシアについても細心の注意は必要だが、この世で生きていくのであれば打ち明けた上で立場ある人達に協力を得た方がいい。


「娼婦」

「は、はい!」


「今晩、俺のことを話してやる。ただし聞いた以上は、お前を単なる使用人として扱えなくなる。
何よりお前が今感じている危機――信仰を覆される危険は、大いにある。俺はお前が知る神ではなく、打算で生きている人間だからだ」


「……っ」

「秘密にするとこの場で約束するのであれば、俺はこれ以上追求はしない。今までどおりの関係を続けられるぞ」


「嫌です」


 俺なりに気を使った忠告だったのだが、娼婦にはむしろその言葉はキッカケとなってしまったようだ。明白な意思を持って、否定された。

耳を塞ぐという意味ではないことは、彼女の声の強さが物語っている。口をつぐんでいればよかったのに、娼婦は顔を隠しても自分の本心を隠そうとはしなかった。


椅子から、立ち上がった。


「"待ち人、来る"――聖女様の予言は、成就されました。私が望む方が、現れて下さったのです。でもそれは決して、理想を押し付けることではない」

「……綺麗なままではいられないということか。本当に俗物なんだな、お前は」


「はい、私はご主人様の"娼婦"なのですから」


 聖王教会の清廉な信徒ではなく、一人の男性に仕える娼婦なのだと言い切る。信仰の美しさをただ追い求めるのではなく、人の醜さを知ってでも愛そうとする。

なるほど、それは確かに娼婦としての生き方だ。信徒が下すべき決断ではない。神に祈る心は、人の汚れに染まってはならない。こいつは本当に、俗物だ。薄汚い女だ。


だというのに、どうしてか――



まるで聖なる乙女のように、美しく感じられた。










<続く>








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