とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十八話




 集中治療中の経過については結局、後から振り返っても殆ど思い出せなかった。束の間の覚醒と長期の昏睡を繰り返し、博士や戦闘機人達が軒並み過労でぶっ倒れてようやく怪我人にまで回復した。

流浪の旅では体調が悪くても野宿による自然回復だったのだが、今の俺には放置など断じて許されず搬送。人体の修理屋を後にして、人間の治療所へと移されたのである。人間扱いなのか微妙だ。

救急医療用の医療機器等を装備したドクターヘリに丁重に乗せられて、聖王教会総本山が管理運営する国際医療研究センターへと護衛のヘリ付きで搬送。ここまで来ると搬送というより、護送である。


龍姫プレセアに魔龍バハムートの討伐、猟兵団及び傭兵団の半壊に異教の神であるガルダの撃破。聖地を脅かす戦乱の火種を消し止めたとされる俺を守るため、聖王教会はあらゆる外敵の排除を行った。


この国際医療研究センターは最新の医療機器及び最高峰の医療スタッフが揃えられている事は最低条件であり、鉄壁のセキュリティーシステムが搭載された医療要塞であった。

最上階のエグゼクティブスイートルームは150平方メートルの広さを誇り、病院機能が付属した高級ホテルのスイートルームといった内装。身体に異変が起きても安心で、プライバシーと快適さが徹底。

各種センサーを通じて俺の容態を感知し、何かあればすぐに医療及び護衛メンバーが駆けつけるというシステム。完璧な秘匿性を有しており、外部には絶対に漏れないプライベート空間。

最上階16階に1室のみ存在する徹底さで会議室等も備えており、有事の際は仕事にも使える病室となっている。防弾ガラスを設置した部屋は医療面よりセキュリティ面を重視された要人用であった。


病棟の前には専門の警備チームに加えてうちの騎士団が常駐し、セキュリティーシステムにはローゼがあらゆる技術を惜しまず導入して蟻の入る隙間もない堅牢な体制を整えている。


「妹さん一人で十分なのに」

「恐縮です」


 病室にはユニットバスやキッチン、空間モニターやクローゼット等が備え付けられており設備的にも快適そのものである。入院している実感は正直全く無かった。

徹底したセキュリティだが関係者一同を呼ぶ事は認められており、息苦しさは感じない。ミッドチルダを中心した主要世界の放送の視聴も可能であり、外部との隔絶もない。

正直寝込んでいる間に神棚にでも乗せられる覚悟をしていたのだが、少なくとも聖王教会は俺を単なるお飾りにするつもりはないらしい。日本人なら、神輿扱いでも余り抵抗はないけれど。


仕事部屋にはアリサが詰めており、聖地では三役の方々が陣頭指揮を取っておられるそうだ。現場には監視も兼ねてリーゼアリアが派遣されているので、指揮系統に混乱は見られない。


「このまま自然にフェードアウトして、俺と妹さんとアリサの三人でこっそり日本へ帰ろうぜ」

「ベルカ自治領を平和にした神様は人々に惜しまれながらも天へと帰りましたとさ、めでたしめでたし」


 幽霊の分際でコーヒーを啜るアリサに茶化されてしまった。畜生、半ば本気だったのに。指揮系統に影響が出ていないのであれば、剣士である俺はもう不要じゃないか。

夜の一族の世界会議ではカーミラに押し付けて悠々と帰国したが、ディアーナ達が全面協力してくれたからこそ出来たことである。今回ばかりは、そう簡単には行かないだろう。


「お見舞い状にお見舞い花、お見舞い金にお見舞いの品。一つ一つ選別しているけど、総動員させてもキリがなく毎日届けられているのよ。聖地の人々だけではなく、他の地域の人達に至るまで。
良介を思って、信徒の方々は毎日欠かさずお祈りを捧げている。礼と心理をもって礼拝する事で、良介へ祈りが届くのだと信じている」


 関係者を除いて医療施設への立ち入りは禁じられているのだが、人々はどういう訳か俺の居る方角に向かって祈りを捧げているらしい。毎日山のように、彼らの気持ちが届けられている。

聖女の護衛にはローゼを押し付ける気満々だが、"聖王"陛下を身内に押し付けるのは不可能に近い。俺も俺で全くの誤解なのだが、今さら聖王ではないという事を証明するのは難しいのだ。

一応俺より相応しい聖王が居ることには居るのだが、俺がどれほど悪逆非道な剣士であってもこいつを後釜に据える度胸はない。


「おい、ちょっと出て来い」

『ようやくこの母に身体の世話を頼む勇気が出たのですね。恥に思う必要はありません、親と子で遠慮は無用です。さあ、汗を拭きますから服を脱いで下さい』

「祟り霊に、肌を任せる勇気なんぞないわ」


 目覚めてからミッドチルダを中心した主要世界の放送を眺めているのだが、戦乱を収めた"聖王"陛下は現在『療養』中であるとの報道がなされていた。何とも言い難い措置である。

単純に重傷だと伝えれば聖地の不安を煽り、教会の威信を問う結果に繋がりかねない。健在であると誇張すれば当然姿を見せなければならず、天への帰還は信徒達の希望を奪う事になりかねない。

折衷案が、療養。待ち人という解釈を上手く利用した喧伝であり、どうとでも受け取れる事実であった。後は白旗が活動していれば、健在を存分にアピール出来る。


加えて救世主とまで絶賛されたローゼが戦地に赴いて陛下を支え、傷付いた戦士達を敵味方問わず救助した美談。一応真実ではあるので、ローゼは俺と並ぶ人々の希望となっている。


「つまり、お前の馬鹿馬鹿しい復讐は最早果たされないのだ。お前の憎しみの根源である火種は消えて、戦乱を終えた聖地は平和へと導かれつつある。そろそろ諦めろ」

『貴方は本当に私にとても良く似た、優しく気高い王ですね。だからこそ誇らしく、そしてとても嘆かわしい。
たとえ王自ら剣を取って戦争を終わらせたとしても、人々が生きて世界が存在する限り、再び戦争は起きる。滅ぼさないかぎり、歴史は繰り返されるのです』

「そんな事言い出したらキリがないし、過去の人であるお前が憂う必要性はこれっぽっちもない」

『多くの犠牲を出して、私が戦争を終わらせたのです。私には、その責任があります』

「退位した時点で王の責任は、次なる世代へ受け継がれるんだよ。王政を根底から否定するな」

『はい、私には貴方という素晴らしい世継ぎに恵まれました。私は貴方に人間の愚かさを伝え、世界の崩壊と再生を促さなければなりません』

「過去の戦乱の終焉と共に旧暦が終わったのだから、世界が一度滅んで再生したと言えるぞ」

『貴方が自ら剣を取り、敵を討って戦争を終わらせた偉業ですね。母は、貴方を誇りに思いますよ』


「アリサ、金属バットを持って来い」

「ドタマぶっ飛ばしたいのなら、腕のリハビリを終えてからにしてね」


 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、幽霊であっても本物の聖王がいるのだから、こいつを後釜にすればいい。人々が望む聖女の予言が成就し、人々は喝采を上げるだろう。文句なしの人選である。

だからこそ入院中暇に任せて歴史の教育と道徳の勉強を行っているのだが、埒が明かない。過去と現実と未来を都合よく繋げるせいで、話がちっとも進まないのだ。

過去名を馳せた武王だけあって、戦場では剣士として二心同体が行える。身も心も一体化出来るのに、何で価値観の話になるとこうまですれ違ってしまうのか。


おかげで中途半端に竹刀に収まった状態が継続されていて、魔剣及び神剣への進化が見られない。剣士が剣を持て余している限り、本領が発揮できないのだ。


「結局、この人はどうするの? この分だと延々あんたに取り憑くわよ」

「話が通じるようで通じないのが一番、性質が悪いんだよな。うちの子達には無条件で優しいから、ほのぼの家族になっていやがるしよ。
那美とも相談して、日本へ帰ったら退魔師関係を当たってみるつもりだ。うちの妖怪軍団も面倒見ないといけないし、那美も鎮魂術の修業を本格的に始める決意を固めている。

いずれは、九州にあるという那美の実家へ行く事にもなるだろうな」

「……九州と聞くと近いと感じられる、この狂った距離感をあたしも直したいわ」


 最終目標は、"聖王"の後釜に聖王に据える事である。聖王教会の教義上本物の神様である事に間違いはないので、申し分のない先達者かつ後継者であった。こいつなら後腐れなく押し付けられる。

問題は魂まで捻れ狂った価値観だが、魂そのものを浄化するか、魂を説き伏せるか、いずれにしても腰を据えて取り掛からなければならない。だからこそまずは、選択肢を増やす。

天狗一族との戦争、人々に寄り添う妖怪達の面倒、久遠に関わる問題、神に目をつけられているナハトヴァール。この辺りの問題を解決する鍵は、退魔にある。


急いては事を仕損じる。長年積み重なった恨み辛みが簡単に解消されるとは、俺も思っていない。話し合えるだけでも、僥倖と思っておこう。


「神様といえば、俺が成敗してやったガルダは今結界に幽閉しているんだよな」

「今もベットから顔も上げられないあんたと違って、あの神様は徐々に力を取り戻しているそうよ。ただ消耗は回復出来ても、あんたに斬られた傷は深いみたいね」

「ふふ、俺自ら剣を取って斬ってやったからな」

「あんたが持ってた剣の力よ。祟り霊が憑いた剣で斬られると、壮絶に呪われて傷が穢れるらしいの。悪さしようとしたら、ナハトも頭からガジガジするからロクに動けないみたいね。
異教の神と言うだけあって教会でも意見が分かれているそうだけど、あんたとしてはどうするつもりなのよ」


「ノアが日増しにヒートアップしているので、そろそろ妥協してやるつもりだ」

「あんたの交流関係は、あたしを持ってしても謎だわ」


 許して欲しい→頭を下げる→土下座する→頭を丸める→ズボンを下ろす→パンツを脱ぐ→胸を見せる→お尻を見せる→キスをする→おっぱいを……→おいやめろ、と今日までの交渉記録である。


ノアの奴は徹底して猟兵の立場を貫いたので、お咎めは無し。猟兵団、ではなくプロの猟兵としての行動。思えばあの時、私情に駆られず行動していたのはあいつ一人だったかもしれない。

ただ立場としてプロに徹したのであって、個人的にはこうして団長への嘆願を求めている。敵対したのは事実だが、実のところ俺はガルダに対して恨みはなかった。

剣士である以上敵対すれば斬るだけだが、あいつが戦場に降臨したのは魔女の暴走を止める為。俺と敵対したのは、俺が久遠達を庇った為。その全ては、世界の安寧に向けられている。


世界平和という視点で見れば、あいつの行動は間違えていない。オリヴィエなんて明確に世界の破壊を宣言しているのだ、情状酌量の余地なんぞない。


俺が勝者となり、あいつが敗者となった。戦場ではそれが全てであり、俺と白旗が勝者として認められている以上、ガルダが神であったとしても異教で罰せられる。必ずしも正義が認められる世界ではない。

俺にも、あいつにも、遺恨はない。だが同時に、手を結べる関係にもなれない。両者の主張は平行線であり、交差することはあり得ない。


「戦いで決着が着いた以上、両者に命があるのならば和平交渉するしかないな」

「不毛な戦争を続ければ、傷つくのは民だもんね」


 勝者も、そして敗者も、生き残ってしまえば面倒ばかりである。戦争とはそんなものだ。物語の英雄譚には記載されない、地味で面白くもない事務処理が待っている。

ガルダの脅威論が正しい以上、あいつを滅ぼせないのならこちらが折れてやるしかない。戦場とは違う所で斬り殺せば、ノアは猟兵ではなく私人として俺を殺すだろう。立場は安全弁なのである。

解決方法は、先と繋がっている。オリヴィエをどうにかして、久遠の問題を解決するしかない。それまでは交渉で出来る限り、場を繋ぐしかなかった。


まあお互い、深い傷を負っている。戦えないのならば、茶でも飲みながら話すくらいの時間があってもいいだろう。


「ただ敵大将に敗れた以上は、潔く首を差し出すそうよ。戦争に関する全ての責任を自分が取って、猟兵団の長の座を降りると明言しているわ」

「半壊した猟兵団はどうするつもりなんだ、副団長が継ぐのか」

「あくまであたしの予測だけど、多分形を変えるでしょうね」

「形……?」

「あんたの剣が言ってたでしょう、人がいる限り戦争は途切れない。特に今回勃発した戦争では、魔女という悪しき前例が妖魔という新しい脅威を人々にもたらしてしまった。
時空管理局や聖王教会が介入しづらい、対妖魔。神の一族ともされるあの人達は贖罪と称して人員を派遣し、騎士団の業務を代行したりして、聖地の人々に貢献していく――

ま、一種の民間軍事会社みたいになっていくと思うわ。最初は教会の丁稚奉公で贖罪に追われるんだろうけど、元々彼らは権力に取り入るのは上手いものね」

「くそっ、便利な狗扱いで教会が取り込みやがったのか。飼い犬に手を噛まれてもしらねえぞ、全く……」


 魔龍に代表される多種多様な生き物が跋扈する次元世界でも、妖魔という存在は特殊であるらしい。事実、聖地では霊障における対策は俺達が来るまで一切打てていなかった。

ガルダの子達であるとされる彼らは夜の一族と同様人外に対する戦い方にも長けており、事情聴取を通じて副団長のエテルナがあれこれ売り込んでいるらしい。

白旗や聖王教会騎士団という立派な治安維持組織とは別に、宗教権力者達は保身から私兵を求めてしまう。妖魔という脅威に怯える彼らは、いずれ再び彼らを必要とするのだろう。


直接戦闘を行う猟兵団ではなく、対人及び対魔に関する軍事教育や兵站などの軍事的サービスを行う企業に化けていくのだと、アリサは予測していた。


肝心の魔女については――俺としても名言は避けていた。死んだと聞いても感慨はないし、死んでいないとしても意外だとは感じない。俺にとっての剣であり、あいつにとっての杖は折れてしまった。

俺は自分の剣を捨てられたが、あいつは今のままでは捨てられないだろう。敗北を思い知らされれば、"俺"という個は成り立たない。俺は他人に救われたが、あいつには誰もいないのだ。

なあ、"俺"よ。生きているのか死んでるのか知らねえし、お前なんてどうでもいいけどよ……いい加減もう、"自分"なんて捨ててしまえ。

才能があろうとなかろうと、俺達にはそんなもの最初からなかったんだ。剣士だの魔女だの、単なるお伽噺の存在でしかなかった。夢物語だったんだよ、もう観念してつまらない人間になれ。



メガーヌ・アルピーノは傷付いた体を引き摺ってまで、今もお前を探しているらしいぞ――高町なのはのように、"俺"に救いの手を差し伸べるために。



「猟兵団は分かったけど、傭兵のお姉さんはどうなったんだ?」

「時空管理局に引き抜かれたわよ」

「は……? 戦争を起こした側にいたんだぞ、あの女!?」

「聖地周辺で大規模な戦争が起きたものだから、管理局地上本部からお偉いさんが直々に乗り込んできたのよ。その時に彼女と会って、面会及び面談をしたみたいね。
現地に派遣されていた管理局の人達、隊長さんも含めて全員本部に栄転しちゃったの。代わりに、現場を任されたのがあの人。
凄いわよ、あの人。キャリア試験を民間枠で満点合格していて、現場指揮能力を高く評価されているわ」


 待て待て待て、人型兵器マリアージュを率いていた女なんだぞ。誰が来たのか知らないけれど、本部のお偉いさんは戦闘機人のような兵器を使った女にオッケー出すのかよ!?

やばいぞ、どういう事かあの女は俺を嫌っている。折角白旗・聖王教会・時空管理局で連携出来ていたのに、エテルナは教会の狗になり、オルティナは管理局の手先になるのかよ!


一体何なんだよ、あの女共の世渡りの上手さは!? この先また管理局や聖王教会との協力関係がややこしくなりそうで、頭を抱えた。










<続く>








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