とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十七話




 ――それから先は、覚えていない。情けない話、そのまま気絶してしまった。眠気を感じる余裕もなく、ブレーカーが落ちたように意識が途絶えてしまったのだ。

魔龍プレセアとの決戦より日を置かず、聖王教会騎士団との決闘。同日に魔龍を発端とした戦争が起きてしまい、猟兵ノアに追い回された挙句、猟兵団団長のガルダとの死闘。限界だった。

戦争の最中に意識を失うのは自殺行為、残心の余地のない戦いぶりに御神美沙斗師匠やリニス先生にさぞ叱られそうだが、どうか許して貰いたい。俺としてはよく戦ったと、後ろ向きに自分を褒めてやりたい。

気絶した事を覚えていないのだから、目が覚めた時の場面転換に意識がついていけない。戦場の空が平坦な天井へと急に変われば、誰だって動揺すると思う。


「……っ」


 まず第一に、瞼が重い。第二に、鼻が利かない。第三として、口が動かない。身体中痛みどころか感覚がなく、一ミリも動かせなかった。重さも、軽さも、感じられない。

夢なのか現実なのか、それだけはハッキリとしている。何しろ脇の椅子に座って、日本から持ち込んできた携帯ゲームをガッツリやり込んでいる馬鹿女がいたからだ。こんなの、夢じゃない。

人が寝込んでいる横で、平然とゲームを楽しめる無神経な女なんて異世界中探してもいない。月村忍という女は、俺以上に罰当たりで礼儀知らずな人間なのだ。もう諦めている。


しかも人が目覚めたというのに、十分以上気付かずにゲームするという悪行。一息ついた時、ようやく俺の視線に気付いて歓声を上げた。


「侍君、目が覚めたんだ!? よかった、心配したんだよ!」

(嘘つけ、この野郎)


 この世に本当に神がいるのであれば何故俺という剣士を寝床に縛り付け、忍というアホ女を無駄な美人に仕上げたのか。外面はいいので、安堵の表情でも麗しく見える。くそったれ。

何が起きたのかよく分からんが、この馬鹿が呑気にゲームしているということは今平和である証拠だった。ともあれ、戦争は終わったのだろう。どうしてこの女に、日常を感じなければならないのか。

ガルダを倒せたことは覚えている。ただボスを倒したからといって世界が平和になるのは、それこそゲームの中だけだ。大将の首を取れば勝てる戦争は、戦国時代に終わってしまっている。


忍はそれとなく携帯ゲーム機を脇の机に置いて、俺の顔を覗き込んだ。


「声が出ないでしょう。実に残念ですが、侍君は力尽きてしまいました。おお侍よ、死んでしまうとは何事じゃ」

(とりあえず、峠は超えられたのか)


 忍が馬鹿な事を言っているという事は、命は助かったということだ。でなければ、生死の境を彷徨う状態でこんな馬鹿女を一人でつけたりしない。呑気な顔でゲームなんてしていない。

逆に付きっきりで心配されたり、悲しげな顔をされたりする方が余計に困る。こいつもその辺りを分かっていて、いつも通りの態度で接している。他の人間ならここまで徹底できない。


やはり腹は立つが、この女が一番俺のことをよく分かっている。こいつが一人付いているのもきっと、他の人間を下がらせてくれたからだ。気遣いなく、俺を休ませる為に。


護衛役である妹さんについては、特に心配していない。俺が部屋の中にいる時は常に、あの子は部屋の外で待機してくれている。ドアの向こうで、あの子は今日も立っているだろう。

とはいえ、正直な話生命を拾ったというのは我ながら信じられなかった。全身をなます切りにされたのだ、血管が千切れて盛大に血が噴き出していたのはよく覚えている。


見舞い客として最低限の義理は心得ているのか、忍はまず俺の容体について語り出した。


「此処は病院に見えるけど、聖地ではなくてジェイル・スカリエッティ博士の医療施設だよ。侍君、出血多量で死に掛けていたから、治療よりまず蘇生が必要だったの。
あの人、医療や生命に関する分野にも精通していて、最新技術で製造された蘇生ポットに侍君を頭から漬け込んだの。まさかゲームやSFの蘇生現場に立ち会えるとは思わなかったわ、本当に。

私も連絡を聞いて慌てて駆け付けたんだけど、凄まじかったよ侍君の容態。顔から足まで切り刻まれていて、正視に堪えないスクラップ状態だったよ。愛する私も、見て吐いちゃったもん。

那美は泡吹いてその場で気絶しちゃったし、久遠は泣いちゃうし、ノエルやファリンは感情が大暴走するし、竹刀が狂ったように暴れ回る怪奇現象が起きるし、ちょっとした惨劇だったよ。
よくよく見れば腕まで千切れちゃっているしさ、どうして命があるのか信じ難かったよ。侍君の精神力には、惚れ直しましたねー」


 ……自覚しているとはいえ、赤の他人から自分の容態を聞かされてるのは実に嫌なものだった。痛みなんて吹っ飛んでしまっていたのに、今になってぶり返しそうだった。

自分一人では到底歯が立たない、ガルダ神との死闘。全員の力を合わせて、何とか食い下がることが出来た。五体満足で勝利できるなんて夢にも思っていない。生き残れただけで僥倖だろう。

治療よりも蘇生という自分の怪我の状態には、苦笑いしか浮かばない。あいにくと顔面の筋肉が動かせないので、苦笑さえ満足に出来ないのだが。辛い戦いだった。


自分でもそう思っているので責めるつもりはないのだが、よくもまあスクラップにされた男を見て千年の恋が冷めないものだ。夜の一族の女ならば割といそうなので、余計に怖いが。


「まず生命を繋げる為蘇生液に漬けて丸一日、生命を何とか維持出来たので医療ポットに切り替えて丸一日、骨と肉は組み立てられたからこの時点で皆して涙の大歓声。
皆の拍手に送られる形で、手術台に運んで丸一日かけて修理作業。千切れまくった血管を繋いで、バラけた神経を接続して、ボロ布になった皮膚を再生して、やっと腕の接合に漕ぎ着けられたの。

凄いよ、侍君。君の千切れた手、竹刀を握りしめたまま離さなかったの。剣士としての矜持であり、陛下のご威光であると、聖騎士さんとか侍君のシンパが感激してたわ」


 傍らに置かれている竹刀を見る。祟り霊の顕現は解除されているが、凄まじい焦燥が伝わってくるような気がする。どこかで感じた事のある強い感情、すぐに思い出せた。

保存されていたアリシアを前にした、プレシア・テスタロッサ。彼女が発していたあの時の感情と似ている。愛する子を失う母は、悲しくも強い感情を吐き散らす。世界を、破壊するほどに。


導火線に火がついた、火薬庫。吹き飛んでしまえばどうなってしまうのか、想像もつかない――実に愚かな魍魎の思い込みだが、口もきけない今の俺は笑えなかった。


「正直腕そのものが無くなっちゃうとやばかったんだけど、手が残っているのであれば私の出番。夜の一族ならば、血さえあれば腕くらいは繋げられるからね。
食い千切られていたから繋げるのに結構な血を使っちゃったけど、侍君は夜の一族のお姫様達の血を飲んでいるから回復力は桁違い。まあだからこそ、今回助かったんだろうけど。

加えて博士の卓越した医療技術で神経まで綺麗に繋げられているから、ちゃんと腕は接合出来ているよ。剣を振るのは、ちょいと時間と練習が必要になるけどさ」


 う、腕が竹刀にぶら下がったままだったのか……とんだ悪趣味なアクセサリーである。そりゃあ那美も泡吹いて気絶するってもんだ。何ともブラックな光景である。

それにしても腕が無事繋がったのだと聞いても、不思議な事にさほど安堵はしなかった。繋がるという確信があった訳ではない。そもそも戦う上で、腕を失うことに後悔はなかった。

事故などで腕を失えば泣くに泣けないが、剣士として全力で戦った結果である。ガルダは強かった、何をどう転んでもきっと腕はやられていただろう。損失だと思っていなかったのだ。

しばらく剣は振れないが、身体自体がボロボロなのでどのみち同じである。もう戦えないと半ば諦めていたところへ、戦争勃発による連戦である。これ以上は、鼻血も出ない。


「手術が無事成功して、再び医療ポットで集中治療。多分この時に寝たり起きたりしてたと思うけど、侍君は覚えていないだろうね。疲労もピークだったから。
この時点で博士とウーノさんが連日連夜の治療の疲れでぶっ倒れて、クアットロさんが引き継いで治療。セッテちゃんがずっと後ろで睨みきかせていたから、あの人休憩も出来なくて泣きながら治してたよ。

それでようやく人間らしく仕上げられたので、通常区画の医療カプセルに移されたの。今、ココだよ」


 ……ベットと思っていたのだが、カプセルなんぞに寝かされていたのか。瞼が重くて目がハッキリしていないので、周りの状況さえよく分かっていない。

ジェイルはともかく、ウーノまでそこまで献身的に尽くしてくれるとは思えないので、よほどセッテの睨みが恐ろしかったのだろう。ブーメランブレード片手に仁王立ち、容易く想像出来る。

よく聞いてみると、どうやらクアットロも医療カプセル送りとなったらしい。俺の治療に目処が付いた途端倒れて、過労死寸前で魘されているようだ。お給金を上げておくことを検討しよう。


それにしても治療ではなく蘇生、それに修理とまで来たか。とんだ工作だが、それほどまでに俺が原型を留めていなかったということだ。カマイタチのような風で切り刻まれたからな。


何の前触れもなく気絶したのは、結果的には良かったかもしれない。戦いが終わったのだと弛緩していたら、激痛の余り狂い死にしていたかもしれないのだ。人間ってのはよく出来ている。

敵を斬り、剣士としてのあり方は全うできた。自分の今までの生き方そのものは反省点も多いが、剣を取った事だけは正しかったと思える。魔導師であれば、人間であれば、戦えなかった。


才能なんてなくても、俺は剣を振ることだけは出来たのだ。娘の為に捨ててしまったが、剣士としてはまだ生きられそうだった。


「容態が改善されれば、聖地にある聖王教会の医療施設に移される事になってる。不思議そうな顔してるけど、侍君は今もまだ集中治療中だよ。
医療施設とはいえ聖王教会管理となれば、どうしても関係者の前に姿を晒す事になる。人に見せれない状態だと付け入る隙を与えかねないから、ここで"普通の重傷者"にまで回復してもらうの。


この説明も次に目覚めた時はきっと半分も覚えていないだろうね、それはちょっと残念かな」


 人に見せられない状態という定義でさえも、最早一般人とは異なるのだと忍は寂しそうに微笑んでいる。人外ならではの感覚なのだろうか、"聖王陛下"ならば共感出来るかもしれない。

王である以上に、聖王教会にとって聖王とは神そのもの。神様と呼ばれている人が敵にボコられて意識不明の重体とあれば、権威が失墜してしまう。その点を考慮した対応なのだろう。

無論教会も、信徒達も、俺が本当の神様だとまでは思い込んではいないだろう。聖女の予言と虹色の魔力光の効果が合わさって、神の如き威光を感じているだけだ。


金のメッキにしか過ぎないのだが、剥がれてしまえば金ではないとバレてしまう。希望を失うことは、戦乱に巻き込まれた人達にはさぞ辛いだろう。


「侍君が心配している人達についても、説明しておくね。まず白旗の人達は全員無事、怪我人はいたけど全員その日の内に魔法とかで回復。傷の酷さはぶっちぎりで、侍君が優勝。
うちの妹ちゃんも結構な傷だったんだけど、あの子は純血だから余裕で回復。侍君につきっきりで、護衛しているよ。容態に変化があればすぐに駆けつけてくる、頼もしき妹。

  侍君の家族は、交代で毎日お見舞いに来てる。あのデッカイ龍はあの後聖王のゆりかごというラスダンのある場所に移送されて、ユーリちゃん直々が結界を張って隔離。

  侍君をフルボッコにした神様とかいうのは、扱いが難しくて教会や管理局が魔龍と合わせて手を焼いているの。ひとまず魔龍と一緒に結界に監禁、アリアさんとナハトちゃんが一緒に監視してる。
戦争に参加していた傭兵や猟兵は軒並み拘束、背後関係含めて余罪を追求中。流石にあそこまで大暴れしたら支援者も離れちゃって、騎士団も堂々と縛り上げられるってものよ。


あ、団長さん。侍君との決闘後、現地派遣の管理局の人達や白旗との無条件での連携協力を約束してくれたよ。"聖王陛下"こそ、この聖地を照らす希望だとか言っちゃって」


 ――安心した。今頃きっと、俺の不在を完璧に埋めてくれているだろう。実績を求めるのではなく、結果を求めて今縄張り意識を持たずに駆け回ってくれている。

戦争の原因となった魔龍は本来であれば討伐するべきなのだが、同日同時刻で起きた決闘裁判が判断を曖昧にしている。世界中で見届けられた決闘の結果を、おいそれと覆せないのだ。

戦争が起きた原因そのものは魔女であり、魔女が召喚した妖魔達にある。名目上とはいえ、猟兵団と傭兵団は聖地の治安維持の為に出動したのだから、責任の所在は分散している。

とはいえ戦後処理ともなれば、勝者と敗者を平等には扱えない。犠牲が出ている以上は、敗者を厳しく罰せなければならない。敗者は決して、正義を名乗れないのだ。


「まあ侍君が元気になってくれれば白旗も正式に活動再開、教会や管理局とも連携して動けるようになるから事態も動くでしょうね」


 ……? 妙な物言いだった。事態はすでに動いている、戦争に敗北した者達は戦争犯罪者として厳しく罰せられている。魔龍も神様も封じられて、処分を待つのみとなっている。

ノアやエテルナ、オルティアも無傷ではいられない。恐らく逮捕されたのだろうが、彼女達は今どういう処遇になっているのか。猟兵団や傭兵団は最早壊滅を待つのみなのか。


それら全ての疑念をかっ飛ばす、衝撃的な言葉が一連の説明を締めくくった。


「首謀者である魔女は、神様の炎で焼かれて遺体も残っていない。捜索したけれど焦土になってしまって、妖魔達ごと滅せられていて死亡扱いになってる。

それと……



人型兵器、"マリアージュ"だったかな――あの場に一機もなかったの。自爆した機体も部品ごと全部回収されて、影も形もなくなっていたそうだよ。
博士が大笑いしてた。行動不能になると自爆するしか能のない兵器が、侍君の奇跡により覚醒してしまったとさ。やっちゃったねー、侍君」



 !? しまった、ガルダ神の威光は"生物"にしか通じない。全員が震え上がって動けない中、人型兵器マリアージュであれば動けるんだ!

あいつらにとって神は冥王であり、奇跡を起こすのは"聖王"である俺なのだ。ガルダの威光なんて、そよ風ほどにも感じない。それほどまでに、俺の奇跡に魅せられてしまっている。

しかもよりにもよって、俺が神を成敗してしまったからあいつの馬鹿な思い込みを確信に変えちまった。聖地からはもう逃走してしまったと思うが、今後は喜々として狙ってくるだろう。


厄介なのを覚醒させてしまった。おのれ、次に会ったら完膚なきまでに破壊してやる。










<続く>








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