とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十二話




 救われたのだという感覚は、実のところあまりなかった。戦場においての生存は、戦争の再開に他ならない。死ねば安寧であり、生きていれば戦い続けなければならない地獄である。

そうした意味とは違って、この戦場は文字通りの地獄であった。百鬼夜行の再来、魔女が使役した妖魔や幽霊は群を成しており、地の底から溢れ出ている。恐るべき魔力と執念であった。負の念に取り憑かれている。

そうした意味とは違って、俺は文字通り負の念に取り憑かれていた。大魔導師の母に縛られていた地縛霊が解放されたからといっても、浮遊霊にしかならない。この世に遺されているのは、法術による願いでしかない。


魑魅魍魎が跋扈する魔界で平然と笑っていられるこの娘は、まさしくあの世からの使いであろう。


「久し振りだねー、ダーリン。リニスからの連絡で武勇伝をいっぱい聞いているよ。花嫁さんであるあたしも、鼻が高いわ」

「ど、どうして聖地へ来ているんだ!? 管理局の法外とはいえ連中の目には届くんだぞ、此処は!」


 ――アリシア・テスタロッサ、ジュエルシード事件の起因となった過去の被害者。愛する我が子を蘇らせる為に、プレシア・テスタロッサはジュエルシードを使って願いを叶えようと暴走してしまった。


幸いにもロストロギア使用は未然に防ぎ、プレシアへの説得は成功して、彼女は管理局へ自首した。その際彼女が保存していたアリシアの遺体は、クロノやリンディの厚意により共同墓地へ埋葬されたのである。

法術使いの俺はプレシア・テスタロッサの願いは叶えず、俺を救ってくれたアリシアの魂を遺す形で恩返しとした。加害者と被害者は共に手を引いて事件は幕となったのに、発見されれば騒ぎになってしまう。

当時の事件関係者が知れば、どう見たって俺が法術を使用したと推測するだろう。結晶体となったアリサの処置でも散々揉めたのに、幽霊のアリシアまで出てくれば収拾がつかなくなる。


アリサは負の念が結晶化されたので害はないが、アリシアはあくまで幽霊である。魔物や幽霊の類は、異世界ミッドチルダでも神経を尖らせる存在。まして戦乱が起きている聖地では、目の敵になりかねない。


「最初はママと静かで平和な暮らしをしていたんだけど、ママとしてもあたしがこのままでいる事を不安に思っていたみたいなの。ダーリンに万が一の事があったら、あたしも成仏しちゃうでしょう。
あたしとしてはダーリンと添い遂げられるから文句はないんだけど、やっぱりママの事も心配。それでママがリニスを使って、色々調べてくれたの」


 リニスから、プレシア・テスタロッサの裁判の判決が出たとは聞いていた。色々起きた事件だったが、広大な次元世界を管理する管理局から見れば管理外世界での一事件に過ぎない。

ジュエルシードが地球にばら撒かれたのはあくまで事故であり、そのジュエルシードも第三者が回収しただけでプレシア本人は未使用。ジェエルシード自体は暴走してしまったが、本人が起こしたのではない。

プレシア本人も回収後"自首"しており、司法取引を受けてその後に続く一連の事件の捜査にも多大に貢献。本人も深い反省を見せており、優秀な執務官であるクロノが担当ともなれば、裁判も早い。


重病であるプレシアは魔力封印が施された上で、隔離世界へ移送されて静養と贖罪の生活を送っている。本人は動けない分、リニスを使って幽霊について調べさせたらしい。


「その結果、どうして俺の所へ来たんだ。これ以上法術を頼られても困るぞ、お前はもう願いを叶えたんだからな」

「理由その一は正に、此処にはダーリンがいるからだよ。ママが家族以外で信用しているのは管理局じゃなくて、ダーリンだもん」


 ……俺が死なないか不安で仕方がないくせに、あの女もよく信用なんぞと言えたものである。ま、まあ、アリシアがこうして守ってくれなければ死んでいたかもしれないんだけどね。

俺個人の人間性は信用していても、大事な愛娘の運命を託せるほどの信頼はない。プレシアの心境は、実のところ俺にもよく分かる。俺もアリサと離れていたら、どうしても不安になってしまうからな。

プレシアの場合一度本当に失っているのだ、心穏やかでいられないのも分かる。アリシアがいる今の生活が幸せだからこそ、今度こそこの幸福を失いたくないと不安になるのだろう。


今のアリシアはアリサと違って実体の無い浮遊霊なのだ、何の拍子で消えてしまうか知れたものではない。実際こうして抱き締められていても、幽霊特有の寒々しさしか感じられなかった。


「俺がいるから安心だと、プレシアは大切なお前をわざわざリスクを犯してまで送り出したのか?」

「リスクがあるからこそ此処へやって来たんだよ、あたしは――来たよ!」


 妖魔や幽霊は聖王オリヴィエが直々に討伐に出向いている。同じ幽霊でも、あの女は荒御魂。格の違いは明白であり、為す術もなく妖魔達は屠られている。剣捌きならぬ拳捌きは見事の一言だった。

だが、魔女は次から次へと妖魔達を召喚して使役している。具現化した妖魔達は倒せても、今新しく呼びだされた連中まで急には対応出来ない。距離があれば尚の事だった。

アリシアの一声に顔を上げると、地の底から再び怨嗟の声が湧き出てくるのが窺える。地獄から呼び出された者達、足元から湧き上がる負の念は膨大で逃げようがなかった。


目の前が真っ暗になった瞬間、アリシアが快活に叫んだ。



「セットアップ――"Force-Style"」



 ――旋風。剣を手放した腕に篭手が装着されて、優しい草原の色をした魔力を放出。一刃のつむじ風が吹き上がって、湧き上がってきた怨霊達を吹き散らしてしまった。


俺のバリアジャケット、テスタロッサの篭手。アリシアを象徴した、風神の篭手。彼女の願いが宿った篭手に彼女の魂が入り込んだ時、このバリアジャケットの真価が発揮された。

驚くのはまだ早い。吹き散らされた怨霊達はそのまま霧となり、風となって、篭手へと吸収されていく。彼女の優しき風により怨嗟が吹き飛び、霊の念が取り込まれたのだ。


浮遊霊である彼女の姿は消えてしまったが、むしろ存在感が増している。


「"陰陽雑記に云ふ。器物百年を経て、化して精霊を得る"」

「――アリシア?」


「ママは当時、ダーリンの事を身辺に至るまで徹底的に調べた。アリサちゃんという幽霊の存在から希望を得たママはダーリンの身元を調べ、身辺を調べ、アリサちゃん復活の儀式に参加した関係者も洗い出した。
その後リニスが調査を継続して、神咲那美さんという退魔師の存在を知ったの。『付喪神絵巻』、デバイスに通ずる付喪の理念だよ」


「リニスの奴……那美や久遠とこっそり情報連携していたのか!?」

「怒らないであげてね。一方的な調査じゃないの、お互いの問題を解決する為に連携したのだから」


 那美や久遠が聖地へ来た目的、俺と共に異世界へ来た理由。確かにあの子も聖地で調べたい事があると言っていた、聖女の護衛となれば幅広い調査が行えると協力してくれていたのだ。

久遠の事だろうと予測はしていたが、あの子なりに独自で下調べを行っていたのか。久遠という妖魔、アリシアという浮遊霊。不安定な家族を抱えた者達は、お互いに手を組んだ。情報を連携した。

なるほど、リニスと一緒ではなく、このタイミングでやって来た事も頷ける。希望的観測ではなく、入念な下調べと念密な調査をリニスが行ってから、アリシアがやって来たのだろう。


となると、これは――


「付喪の理念、物に宿る魂。確かに普通のバリアジャケットとは違い、俺の装備はお前達の願いにより形作られている」

「霊魂を宿すには長い年月が必要、だから近世には衰退した概念。でも、運命の赤い糸で結ばれているダーリンとあたしは例外なの!」

「法術による繋がりを付喪の理念で結びつけるとは、大魔導師様らしい強引な手法だな。どこが更生したってんだ」

「あはは、ママにとっても一か八かだったの。ともあれ、あたしの目的は――」


 退魔には、幾つか種類がある。神咲那美のように術を用いて霊魂を癒す方法、あるいは御霊そのものへ直接干渉する"鎮魂"と呼ばれる方法がある。前者には才能が、後者には手段が必要とされる。

鎮魂は霊魂に直接干渉を行う為、当たり前だが霊に近しい存在でなければならない。肉体のある人間では霊を知覚することも難しく、退魔の能力がある那美でも何の道具も無しに霊魂へ直接関与は出来ない。

霊を祓う事自体は出来るのだが、鎮魂ともなると霊の本質にまで干渉する必要が生じる。そこまで行うのであれば、肉体がむしろ邪魔となってしまう。同体でなければ、変質させる事までは叶わない。


だが、同じ幽霊同士であれば話は別。まして理性も手段も在るのであればどちらが格上か、比べるまでもない。



「稀代の依代、精霊である"付喪"への昇華。魑魅悪鬼の相ではなく、"男女老少の姿"と成りて精霊へと生まれ変わる。その為に、悪い子である君達を昇華してあげる」



 魑魅悪鬼の相とは鬼のかたちとした魂、すなわち荒御魂。自然災害とまで成り果てた怨霊もまた、神の一種。聖王オリヴィエは悪なる形と成りて、この世に災いをもたらすべく降臨した。

アリシアが望む形は男女老少の姿、ひとの形。物質を媒体とする意味では神剣と似ているが、アリシアはバリアジャケットである篭手。俺自身の魔力と同調して力を発揮する言わば協働型である。

思わず、笑ってしまいそうになった。大したものだと、心から思う。精霊となる決意に感嘆したのではない。花嫁となる覚悟に納得したのではない。剣士としてただ、感心させられた。


そうだ、此処は戦場なのだ。剣士の花嫁を名乗るのであれば、なすべき事は自ずと決まっている。


「アリシア、お前は俺を助けに来たんじゃないんだな」

「とーぜん、あたしはダーリンの花嫁だもん。剣士の嫁であれば、己が剣を持って共に死地へ挑むものでしょう」


 俺やイレイン達それぞれに敵がいたように――アリシア・テスタロッサもまた、聖地を脅かす『妖魔』との戦いに出向いたのだ。


本当に、俺という男はつくづく女に恵まれている。自分の剣を放り出して呆れ果てていた自分を鼓舞するかのように、花嫁は自ら剣を取って己が敵を倒すべく乗り込んできたのだ。

自分の嫁さんにここまでされて、俺は戦うのをやめてしまうのか。馬鹿な、ありえない。剣を捨てたとしても、剣士ではなくなったとしても、俺という人間はまだ戦える。剣だけで戦ってきたのではない。

装着された篭手に触れる。剣はなくとも、剣を取る腕がある。腕を守る篭手がある。武器はなくても、防具がある。剣の理念は失っても、心の信念まで捨てた覚えはない。

ディアーチェが今魔女の抑制に努めているが、仲間達にワクチンを打たなければならないので制圧に乗り出せない。動けるメンバーは妖魔達の討伐に精一杯。現時点で戦えるのは俺だけだ。


アリシアを守るのではない、アリシアと共に戦うのだ――花嫁が怨霊の霊格を取り込んでいき、俺は地を蹴って戦場へと飛び込んで行った。



今度こそ、"俺"という存在に引導を渡すために。



「何のつもりかしら、"あたし"。剣を捨ててしまったのなら、"あたし"という存在には価値はない」

「なるほど、ごもっともだ。ならば、"俺"にも価値はないな」

「――どういう意味かしら」


「『何のつもり』はこっちの台詞だ、魔女――お前はもう、ロード・ディアーチェに敗北している」


 剣士にとって剣が命であるように、魔導師にとってデバイスは決して切り離せない。そしてお伽噺の魔女に不可欠なのは"杖"――ディアーチェのツバメ返しで切り飛ばされた杖の先端が、不意に彼女の手から滑り落ちた。

信じられないといった顔で呆然と、折れた自分の杖を見つめている。他人の話を聞こうとしないからそうなる。さっきディアーチェが言っていただろう、悪足掻きだと。

これこそが、"俺"の限界だ。自分が敗北していることに、気付けない。通り魔に斬られ、なのはを悲しませ、はやてを置き去りにして、フェイトを傷つけ、アルフに殴られ――アリサを失うまで、気付かない。


強い弱いなんて、関係ない。"俺"という人間である限り――他人を否定する限り、いつか必ず負けるのだ。俺は過去に敗北して、お前は今敗北した。それだけだ。


「あ、ああ……」

「俺は一人じゃなかったから、壊れなかった。が――」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


「独りぼっちでは、耐えられないだろうな」


 他人が相手では受け容れなかった敗北を、"自分"より突きつけられて――血反吐を吐いて藻掻き苦しんだかつての俺のように、魔女と呼ばれた存在は壊れていった。


剣士に相応しき力量を持とうと、剣を捨ててしまえば剣士ではない。どれほど優れた魔法の使い手であろうと、魔法の杖がなければ魔女ではない。それが剣士、それが魔女。物語の中にしか居ない架空の偶像。

戦慄の魔女、独りぼっちの魔法使い。才能があろうと、孤独な敗北には耐えられない。自分が絶対であるからこそ、敗北すれば自分自身を保てなくなる。俺という人間は、そうして死ぬのだ。

同情なんて微塵もしない。自分を憐れむ趣味など無い。俺という人間がどれほど無価値だったのか、俺自身がよく知っている。"俺"にはお似合いの末路だった。


じゃあな、"ミヤモトリョウスケ"と名のいう魔女よ――ゴミ捨て場に捨てられた、人間よ。



独りよがりな人間は、孤独に死ぬのがお似合いだ。










<続く>








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