とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十六話
メンバー全員の紹介と俺自身の釈明、白旗の今後の方針。その他幾つかの諸問題が概ね論議されて閉会を持ちかけたのだが、首脳陣の三名及び幹部入りしたリニスより思いがけぬ提案が入った。
大袈裟な話ではない。退院したメンバーと新しく参入した面々、スポンサーやヴィクターお嬢様達支援者の面々も含めて、親睦会を行いたいとの事だった。この提案は正直、目から鱗であった。
社会人であり人の上に立つ立場であれば当然の企画であるのに、俺にはついぞ思い付かなかった発案。確かに考えてみれば毎日全力で休まず働き続けて、皆を慰安する暇もなかった。上司失格である。
現状を顧みれば、心苦しくはあるが休暇を与える余裕が無い。だからといって、延々と休ませない道理などない。紹介一つで全員仲良くさせようなんて、虫のいい話だった。
リーダーとしての自覚を持つべきだと常に戒めてはいるのだが、やはり俺にはまだまだ自覚も責任感も足りない。三役の方々やリニスを招き入れたのは、正解だった。本当に頼りになる。
「復活祭も滞りなく開催されて、ヴィクターお嬢様やカリーナ姫様も無事救出出来た。お祝いも兼ねて居酒屋でぱぁっと盛り上がろうか!」
「お酒が飲めない子の方が多いから却下。復活祭開催中で、治安を担当するあたし達が羽目を外す訳にはいかないでしょう」
「うちの"ホテル"、使って下さい。ごちそう、いっぱい作りますよ! えへへ、ホテルと言っちゃった」
盛り上がりに水を差すアリサとは違って、珍しく鼻息の荒いホテル・アグスタの女将。同時誘拐事件でカリーナを毅然と守り通した功績が讃えられ、マイアはホテルの総支配人に任命された。
元々自分の宿を持っていたのだが、単なる安宿の一女将と高級ホテルの総支配人ではまるで異なる。事実彼女はカレイドウルフ出資の一流ホテルで、実地を元にした徹底教育が行われる予定だ。
出逢った頃は元売春宿で細々と経営していたマイアが、今では高級ホテルの総支配人に内定。現代のシンデレラガールとも言うべき立身出世ぶりは、聖地で身を立てるため足掻いている俺では足元にも及ばない。
ガラスの靴を履く権利が与えられたのは、単純な幸運ではない。どれほど出世しようと何も変わらない、このお客様への献身ぶりだろう。
「カリーナお嬢様に御連絡致しましたところ、セレナ様も参られるそうです。ホテル側としては心苦しくもあるのですが、親睦会の御食事をご用意頂けると申し使っております」
「私も是非お手伝い致します。長期に渡る異世界での滞在で、皆様も和食を懐かしんでおられます。よろしいですか、旦那様?」
「でしたらわたしもお手伝いさせて下さい、お姉様! 日々聖地の平和に邁進する良介様に、正義の篭った料理を食べて頂きたいです!」
「正義のスパイスって不味そうだな、おい」
「ちょっと、月村家のメイドさん達。貴女達の主人は声もかけられず、こちらで寂しく佇んでおりますよー!」
「あたしも手伝いますよ、ノエルさん。最近ずっと秘書業ばかりだったから、本職のメイド業もこなさないと」
「主、お腹が空きました。主手作りのうどんを用意して下さい」
「執事見習いに出すぞ、てめえ!?」
戦闘機能と身体能力の高さが特筆される自動人形達だが、本職はあくまでもメイド業。久しぶりの本業に自ら乗り出して、眼を輝かせて準備を進めている。
パーティのセッティングや調理はホテル側の業務でお客側が手伝うことは厳禁なのだが、友人同士であれば心遣いとなる。親睦会は内輪のパーティ、関係者のみで準備する事が一番かもしれない。
復活祭の運営で日々忙しいカリーナやセレナさんも招待に応じて招かれ、賓客としてパーティ会場にご来場。親親睦会は全員出席の賛同を受けて、小規模ではあるが賑やかに開催された。
「カリーナ、乾杯の音頭を頼む」
「白旗の代表であるお前が音頭を取らなくてもいいんですの?」
「この場の中心人物はお嬢様ですよ」
「結構。大変気分が良いので、特別にこのカリーナが取ってあげるですの」
乾杯したくても深手を負った肩が上がらないので、社交パーティに詳しいカリーナお嬢様にお願いする。機嫌を良くしたカリーナへの俺の言を、セレナさんが微笑ましく見つめている。
カリーナとの関係は主従を超えつつあるが、スポンサーである以上線引はきちんと行わなければならない。公の場では敬意を忘れず、私的な場では平等な立場で価値観の違いを楽しむ。
誘拐事件という大いなる危機に晒された後でも、毅然とした態度を決して崩さない上流意識は尊敬に値する。常日頃の尊大な態度も、こうした自身への自信から来ているのだろう。
この復活祭においては、彼女もまた修羅場を乗り越えた勝者であるのだ。
「白き旗に集った戦士達の働きと、偉大なる"聖王"様の復活を祝して――乾杯!」
『乾杯!』
異世界の飲酒習慣は詳しく知らないが、カリーナは高級ワインを口にしている。お酒を飲んでいるのは上流階級の彼女と三役の方々、リーゼアリア達大人の女性陣であった。
大人を気取りたいディアーチェやチンク達は渋っていたが、本物の大人である者達から優しく諭されてソフトシャンパン。子供達は甘いジュースを堪能していた。
今日から仲間となった者達が早速、親睦を深め合っていた――
「"ギア3"を?」
「ジークからあなたさまのことをききました。ぜひ、わたくしにおしえていただきたいのです!」
「私は剣士さんの護衛の身。剣士さんの婚約者である貴女様に御教授出来る身分ではありません」
「あなたさまのあねぎみであられる、しのぶさま。あのおかたがあろうことか、わたくしのこんやくしゃのあいじんであるとうかがいましたの!」
「はい、その通りです」
「そのとおりなのですの!? そこはひていしていただきたかったのですが、あわわ……やはり、そうでしたのね――いえ、いいのです。
あのかたはこのせいちを――いえ、いずれはベルカにくんりんするせいおう。おうであればせいひのみにこだわるみぶんではございません。よつぎがひつようなのは、りかいしておりますの。
ただしのぶさまにくらべて、わたくしはみてのとおりのちいさきからだ。いっこくもはやくおとなになり、よつぎをさずからなければなりません」
「ギア3である大人モードは、あくまで身体能力の向上を目的とした変身魔法です。目的には沿いません」
「それだけではありません。ちいさきこのみでは、とうていあのおかたのちからにはなれません。"らいていのぎじゅつ"をいかすには、そうおうのにくたいがひつようなのです!」
「……お気持ちはお察ししますが、剣士さんには私が居りますので御安心下さい」
「そこをなんとか、おねがいいたします!」
「大切な世継ぎをお産みになるお身体、大切にされて下さい」
「――どうしても、だめですの?」
「はい」
「では、けっとうをもうしこみますわ!」
「!?」
「あ、そのつぎはうちもおねがいしますー!」
「エレミアさんも、何故?」
「こんごふっけばいんさんは、うちがまもります――というても、ことわるでしょう? うち、もう"いいこ"でいるのはやめたんです。そしたらなにもかも、すっきりしました。
うちはきょうから"わるもの"なんで、"おとなのひみつ"と"ごえいのざ"、ちからずくでうばいますねー♪」
「皆の者、よく聞け。陛下はこの度、この聖地で聖王を名乗られた。そこで今後の警護を強化すべく、騎士団の結成を提案したい!」
「……っ、……っ!」
「ふふふ、落ち着けセッテ。この私こそが最初に陛下に忠誠を誓ったという自負を持ってはいるが、此度の魔女襲撃で倒れた不甲斐なさも承知している。
騎士団長は我々が不在時において、陛下を影からお守りしていたお前こそが相応しい」
「――」
「機械的だったお前が随分と人間らしい表情を浮かべるようになったな、セッテ。陛下と知り合ったことで成長を遂げたのであれば、喜ばしいことだ。あの方には不思議な魅力がある。
騎士団結成は私としても異存はない。聖王である陛下が君臨されたとはいえ、猟兵団や傭兵団といった敵対勢力がまだ残されている。魔女の存在も不穏だ。
あの不甲斐なき聖王教会騎士団なんぞに、陛下の御身は到底お任せ出来まい。我々の手で聖女様を、そして何より陛下御自身をお守りしなければなるまい」
「その覚悟だ。私は陛下の近衛騎士隊長、トーレは引き続き親衛隊長を務めて貰いたい。現状は一箇聯隊ではあるが、今後は増員していきたいと考えている」
「おお、かっこいいじゃないっすか。わたしもさんかしたいっす!」
「断じてなりません、殿下。陛下が"聖王"となられた以上、殿下も立場ある身分となられます。私の独断で危険な真似はさせられません」
「だったら、わたしもパスしていい〜? セッテちゃんのお仕置きで、ちょっと身体が痛くて」
「私も出来れば陛下の愛人として、あのお方に日々蹂躙されたいわ」
「――」
「ひっ!? フ、フンドシ担ぎから頑張りますー!」
「一団員としてこき使って下さっていいのよ、セッテちゃん!」
「むぅー、つまんないっすよ。わたしだってなにかちからになりたいんす!」
「でしたら是非とも、我々に騎士団の設立を御命令下さい。その上で、栄えある騎士団の名を授けて頂ければ光栄に存じます」
「おお、いいっすねそういうの! だったらかっこいいのをつけてあげるっす!」
『まあ……まあまあまあ、なんて可愛らしい〜! 貴女達が、私のかわいい、かわいい孫なのですね!』
「はい、お祖母様。父上との結婚を前提としたお付き合いを認めて下さい。私達は真剣です」
「……狡猾に外堀を埋めていこうとするお前の策謀には毎回恐れ入るぞ、シュテルよ」
『これほど素敵な世継ぎに恵まれるなんて、なんて幸せなのかしら……あの子が後継者であれば、将来は安泰ね』
「安心して下さい、お祖母ちゃん。もしもお父さんに子供が生まれなくても、その……わたしが、がんばりますから!」
「……ユーリはユーリで無邪気なのだが、どうもこう父の事になると暴走しがちというか」
「お祖母ちゃんって、すっごく強いんだね! ボクもパパやお祖母ちゃんみたいにカッコよくなりたいな!」
『そ、そう? 私、カッコイイかしら……うふふふ』
「何故だろう……何の繋がりもないはずなのだが、祖母殿とレヴィには強烈な縁を感じる」
「おー、おばーちゃん」
『はい、おばあちゃんでちゅよ〜うふふ、あの子の遺伝かしら。目元なんて私にそっくりね。貴女が、あの子の世継ぎとなるのかしら』
「何を言われるのですか、祖母殿。父上の正統後継者はこのロード・ディアーチェ以外ありません!」
「……貴女も大概だと思いますよ、ディアーチェ」
「ベルカ自治領における教育制度について見直してみたのだけれど、幾つか問題点を見つけたから改善案を検討したの。資料を作成したから、後で目を通して意見を聞かせてちょうだい」
「ちょっと待ってよ、アリ――コホン、ちょっと待て、リーゼアリアよ。お前は自分の職務と任務を忘れていないか?」
「当然、忘れていないわよ。私にはナハトヴァールを一人前の大人に育成しなければならない義務があるわ」
「もう完璧に見失っているじゃないの――コホン、コホン。もう完璧に見失っているではないか、リーゼアリアよ!」
「貴女こそ最近何をサボっているのよ。あの子をきちんと護衛するようにお願いしておいたでしょう、"ロッテ"」
「本名を思いっきりバラさないで――コホン、コホン、コホン。わ、私の本名はそのような名前ではないぞ、リーゼアリアよ!」
「提督が工面して下さった支援金、聖王教会の日曜学校に寄付しようと思うの。手続きをするから、明日同行してね」
「あのお金は闇の書調査に必要な――コホン、コホン、コホン、コホン。あ、あのお金をそのような無駄な事に使ってはならぬぞ、リーゼアリアよ!」
「ナハトの教育が無駄とはどういうことよ!? 尻尾、引きぬくわよ!」
「うわーん、もうやだああああああああああー!
おのれ……アリアをここまでダメにするなんて、あの男許さないからぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
――仮面男が気持ち悪く女言葉で吠えているのを尻目に、俺は選り好みせずに料理や飲物を堪能していた。基本的に好き嫌いなんぞないのだが、お酒だけは別だった。
俺はアルコールには強いのだが、お酒そのものには好き嫌いがある。先日海外の地で同居していた時、カレン達から祖国の酒を色々勧められたのだが、酒は千差万別で人を選ぶ飲み物だ。
異世界の酒にも興味はあるが、せっかくノエル達が用意してくれた豪華料理を前に舌を馬鹿にしたくはない。祝杯はあくまで、カリーナお嬢様お一人のみ受け取る事にした。
「リョウスケ。お前の此度の働き、高く評価しております。光栄にもこのカリーナ直々に、祝杯を捧げますわ」
「復活祭の開催宣言には感謝しているけど、何とも絶妙なタイミングで正直今も困惑しているよ――カリーナ自身は、どう思っている?」
「お前が聖王だとは、最初から一貫して思っていないですの。その確信は今も覆りません」
カレイドウルフ大商会の代表、聖地を支配する財閥の筆頭が毅然と自分の宣言を否定した。控えるセレナさんにも動揺はなく、彼女の確信もまた揺るがなかった。
人々の熱狂や世界の情勢に左右されない姿勢は、経済状況を神の視点で見つめる経営者そのものであった。聖女の予言であろうと、王者たるカリーナを揺るがす事はないのだろう。
俺の虹色の魔力光であっても、彼女の真実は覆らない。この一貫した独善こそが、彼女を王者たらしめているのだろう。俺のような弱者とは真逆の、価値観。
高級ワインで唇を濡らして、カリーナは妖しく微笑する。
「お前の戦い、この目で見させて頂きました。優れた戦いではありましたが、王者に相応しき戦闘ではない。実にお前らしい、田舎者ぶりでした。
絶対なる強者に対して懸命にしがみつく弱者の未熟ぶり――何より敵の命を奪わなかったあの愚かさは、王にはありえない判断ですの」
奪えなかった、のではない。胸を刺しておきながら心臓を貫かなかった中途半端は、愚かしいの一言だった。守護騎士達が責め、リニスが叱りつけた選択であった。
あの時、プレセアを斬った後だからまだ何とかなった。もしも激戦の最中、ナハトが声をかけていたらどうなった? ミヤが生き返った事を知った後、あくまで剣士として戦い続けられたのか?
剣士でなければ、あの戦いは断じて生き残れなかった。ナハトが声をかけた瞬間、ミヤが生き返った瞬間であっても、敵を前に剣士であることをやめるなんて言語道断である。
強者ならまだいい、俺は弱者なのだ。殺せる時に殺さなければ、どうやって生き残るというのか。勝利の権利は、強者にしかないのに。
「だからこそ、このカリーナが宣言したのです」
「誤解を与えてしまったんじゃないか……?」
「分かっておりませんわね。このカリーナがお前を"聖王"だと宣言したのです。世界中の誰にも否定させませんし、本物の神であろうとねじ伏せてご覧に入れますの。
ですのでお前も恐縮せず、堂々と振る舞いなさい」
「このセレナもお傍に控えておりますわ、旦那様。あの時のように、堂々と御命令なさって下さいな」
細く美しい手でそっと、俺の無骨な手を包み込むセレナさん。田舎者の汚い手であっても彼女の白く穢れ無き手で包まれれば、優しい温かさに満たされる。
真実とは自分達が作り出すという、王者の姿勢。歴史とは刻まれるものではなく、自ら作り出す。それこそが王であり、世界に君臨する存在なのだと諭された。
カレイドウルフのお姫様らしい、強者の鼓舞。世にも美しき従者らしい、献身の祝福。桃子やフィリスのような優しさとは違った励ましに、上流社会の生き様を見せられた気がした。
民の反応に右往左往する俺とは、雲泥の差である。彼女達の支援に応えるには、仮初であろうと俺もまた"聖王"で在り続けなければならないのだろう。
明日、聖王教会騎士団に決闘を申し込む。聖王教会と時空管理局を立会人として、神の名の下に御前試合を行う。敢えて極端に例えるなら正義と正義、同じ信念のぶつかり合いとなる。
本来戦うべきではなく、協力しあう関係だ。だが聖女の護衛の座は、一つ。求められる座が一つであれば、譲る訳にはいかない。だからこそ、実に困難な試合となるだろう。
けれど、何としても――
「陛下」
「アナスタシアさん。親睦会、楽しまれていますか?」
「このようなお祝いの席で恐縮ですが、お話ししたい事がございます。少しの間、お時間をいただけないでしょうか?」
聖王教会騎士団に果たし状を送る、その前夜に――聖騎士からの、嘆願。
仮面に隠されていた素顔とその本心、お互いの理想について語り合う時間が訪れた。
<続く>
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