とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十二話
 『リライズ』とは、進化。二体のユニゾンデバイスが融合されて、新しいユニゾンデバイスが生み出される。発想こそ多々あれど失敗例ばかりで、ミッドチルダの歴史上実現されていない融合。
 
 その際たる理由として、ユニゾンデバイス同士という特殊性がある。そもそも主とデバイスとのユニゾン例さえも少なく、融合事故が多くてユニゾンは時空管理局でも推奨されていない。
 
 デバイスは主に沿ったメンテナンスが必要であり、主に特化された調整が行われる。全く同じタイプのユニゾンデバイスを二体用意しても、個性的な人工知能同士ではユニゾンは実現出来ない。
 
 まして全く別系統のユニゾンデバイスとなれば、成功する可能性はゼロに等しい。仮に実現出来ても素体となったデバイスに融合デバイスが溶け込んでしまい、二度と分離は行えないだろう。
 
 
 法術により誕生した夜天の魔導書のユニゾンデバイスであるミヤと、製作者不明な古代ベルカの融合騎アギ。この二体が特殊ユニゾン、"リライズ・アップ"を行えば――
 
 
 "ミヤが、素体となる予定だった"
 
 「……」
 
 "アイツには正当な主が居て、アタシには居ない。アイツは滅茶苦茶反対したけど、アタシがいいとゴリ押ししたんだ。魔龍バハムート――古代ベルカの災厄。
 プレセアは必ずお前の敵となる。だからその時アタシがお前の力となって打倒出来れば、アタシは報われる。それで、よかったんだ!
 
 
 なのに……あの馬鹿。最後の最後てめえのデータだけ残して、逝きやがった"
 
 
 アギトを素体としてミヤのデータが融合化、デバイス同士の特殊ユニゾンであるリライズにより新しく誕生した新型の融合騎。ミヤを生贄に誕生したアギトと、俺がユニゾン。
 
 魔龍バハムートが放った大火炎は、ダブルユニゾンの魔力波により消滅。夜天より驚愕の眼差しで見下ろすプレセアとバハムートを前に、俺は奮然と見上げる。
 
 
 "烈火の右大袖"、"百夜の左大袖"――ダブルユニゾンにより誕生したバリアジャケット、"福音の大羽織"を着用して。
 
 
 "お前とのユニゾンに相応しいのは、あいつだった。すまねえ、本当にすまねえ……アイツを犠牲にして、アタシは生き恥を晒しちまった"
 
 「残っているミヤのデータの、再構築は――」
 
 "――不可能だ。守護騎士達や私は夜天の魔導書に素体データがあるので、どれほど破壊されても主により再構築が可能。
 だが、ミヤは違う。ミヤはお前の法術により誕生した、イレギュラーな存在。法術の頁も焼かれて、残存しているのは粉々になった残存データのみ。
 
 これほど破壊されてしまったデータとなると再構築するには、人体練成に匹敵する復元が必要となる。私はおろか、主であろうと――"
 
 「……聖王」
 
 "……ごめんなさい。ゆりかごの技術力を用いたとしても――同じ奇跡は、もう……"
 
 「そうか」
 
 
 人が死ねば、二度と生き返らない。法術は、同じ奇跡を起こせない。技術では、データの復元は行えない。壊れたデバイスは――直せない。
 
 
 俺とユニゾンしたアギトは、悔し泣きしている。俺を補佐している夜天の人は、泣き崩れている。俺を支えている聖王は、慙愧に愧じている。俺は、何とも思っていなかった。
 
 当たり前の話だ。人が生き返るのであれば、剣士家業が成り立たない。死ぬからこそ、敵を斬る努力をする。二度はないからこそ、死合は成り立つ。奇跡なんて起こせないから、戦国が起きた。
 
 
 地面に散らばっている灰を、見つめる。データの残骸、ミヤの遺体――あいつはもう、この世にはいない。
 
 
 「嬉しいぞ、宮本良介。我が魔龍バハムートの息吹に、王の甲冑『カイゼル・ファルベ』で応えてくれたか。
 なんと美しき姿よ、古龍の牙と鱗で造られた我が龍甲冑に勝るとも劣らない一品ではないか!」
 
 
 魔龍の息吹で空は紅の炎に染め上げられ、福音の大羽織により大地は虹の鱗粉が輝かしく舞っている。空に煽られて人々の熱気は高まり、照らされた鱗粉にマスメディアの機器が反射している。
 
 聖王教会の聖なる鐘が、美しく鳴っている。信徒達の敬虔な祈りが、厳かに唱えられている。民の大いなる気鋭が、高らかに響き渡っている。ミヤの死を悼み、アギトの生を昂ぶらせるように。
 
 崩れ落ちた聖王堂に突き立てられたのは、大いなる白き旗――聖騎士により掲げられた白旗が聖地に羽ばたいて、世界の人々を決して戦場には近付けない。
 
 
 「頼んだぞ」
 
 「お任せ下さい、陛下」
 
 
 背を向ける。人々を、省みない。仲間や家族を、顧みない――ミヤには、目を向けない。剣士に出来るのは殺すことであり、生かすことではないのだから。
 
 全てはもう終わった事、どんな言葉や祈りを向けられても流れていくだけ。この命が尽き果てるまであの龍と戦い、斬り殺すだけだ。人を救わない神など、ミヤを救わない奇跡など不要だ。
 
 地を蹴って、空を駆け上がる。空を舞う白き翼は失われたが、大地を蹴る赤き脚は残されている。
 
 
 「魔龍バハムートよ、プレセア・レヴェントンが命じる。我が宿敵であり聖なる王者、宮本良介を焼き払え!」
 
 「瞬天火炎刃」
 
 
 地獄をも焼き尽くす壮絶な獄炎を、烈火の刃で切り払う。虹に輝く聖者の剣は火炎を纏って、魔龍の息吹を断ち切った。獄炎は両断されて、大地へと降り注ぐ。
 
 人々の悲鳴は無く、魔龍の恐怖さえ退ける歓喜で埋め尽くされた。振り返らずとも想像出来る――聖騎士が白旗が振るって、獄炎を消し飛ばしたのだと。
 
 烈火の刃は獄炎を切り裂いたが、龍姫の槍で弾き返される。眼前に立ち塞がるのは、空を覆う大龍の顎。如何なる空想上の生物をも凌駕する、伝説の魔龍。
 
 
 喰らいつかんとする魔龍の口内に恐れず飛び込み、大舌に刃を突き立てる。刀と共に振り払われて宙を舞うが、逆に宙を蹴って真横に剣を振るった。
 
 
 横合いから滑空する俺に、プレセアは黒槍を存分に振るう。ソフト・アンド・ウェットを展開して防ぎ、更に飛び上がって上空から振り下ろした。
 
 二段構えの剣術でも付け焼き刃、突き立てられた鋭い槍で遮られる。ユニゾンしようと技量差は埋められず、数合で傷つけられる結果と終わる。皮膚を破り、血管に穴が開いた。
 
 漏れ出る血をものともせず剣を振って、白刃で黒槍を切り払う。すかさず魔龍が舞って落とされるが、アギトの力による滑空で上下が入れ替わって対峙。
 
 
 そのまま突き崩さんと宙を蹴ったその瞬間――巨象よりも大きい尻尾が、真横から飛び込んでくる。走り出した脚は止まらず、勢いはもう止められない。
 
 
 
 「"神速"」
 
 
 
 神咲那美による魂の共有による脳の同調に加えて、月村忍の血の共感による神経強化。人体共鳴を可能としていたミヤが破壊されたが、アギトとのユニゾンにより同調は可能。
 
 人外に匹敵する筋力はリニスによる拘束リストバンドの鍛錬、常人を超える集中力を忍達による強化で補う事で、超高速移動を可能とする神速を発動。
 
 色彩がモノクロになった。色の情報を意図的に欠落させる事で、情報処理にあたる部分を他の知覚に振り分ける。この知覚作用で、周囲の動きが止まっているように見えるのだ。
 
 体感時間の停滞により、与えられた猶予。負担を意に介さず、無理やり宙の足場を蹴り飛ばして勢いを殺す。けれど、まだ足りない。
 
 
 「人魔一体」
 
 『ネフィリムフィスト!』
 
 
 一秒経過。
 
 
 自分の魔力の源である生命エネルギーによって創り出された力。生命エネルギーによって作り出すヴィジョン、完全武装した聖王オリヴィエの魂が重なった。
 
 無双の覇者である聖王の技は弱者の俺には通常耐えられないが、リニスによる鍛錬の成果と夜の一族の強化、魂の共感とダブルユニゾンが肉体を支えてくれる。
 
 最上位である魔龍の尻尾を――聖王オリヴィエは、蹴り飛ばした。
 
 
 二秒経過。
 
 
 跳ね上がった魔龍の尻尾を掴んで、一回転。魔炎に燃え上がる夜空は王者の回転によって払われ、見惚れるような虹の軌跡を美しく描き出す。
 
 憑依した聖王の腕力は巨大な魔龍ですら持ち上げて、人々を脅かしていたベルカの災厄を上空へと投げ飛ばした。
 
 
 三秒経過。
 
 
 魔龍が跳ね上げられて宙を舞った龍姫が、振り落とされる。空より落ちれば人は落下するが、龍は翼を持って舞い上がる。その瞬間、憑依した聖王の拳が顔面に直撃。
 
 世界を構成する物理の法則には逆らえず、魔龍が上空へと飛ばされ、魔姫は中空へと飛ばされてしまう。
 
 
 四秒経過。
 
 
 ユニゾンしたアギトが咆哮、リライズアップにより進化した融合機が俺の肉体を通してブレイブバーストを撃ち上げる。立ち昇った火炎の円柱が、上空の魔龍に突き刺さる。
 
 勢い良く飛び出したアギトの魔法と逆方向に魔力をブーストして加速して加速、流れ星のように憑依した聖王が美しく滑り落ちていく。
 
 
 五秒経過。
 
 
 上空から飛び込んだ聖王の蹴打が、龍姫の胴体に直撃。トライデント・スマッシャーが直撃した胸部に打ち込まれ、龍甲冑がひび割れる。
 
 ネフィリムフィストの操作限界は、五秒。攻撃を終えた聖王の魂は消え去り、俺の魂が回帰。血反吐を吐くプレセアの放つ槍が肩を砕き、俺の白刃が喉を切った。
 
 
 喉を切ったが、裂いていない。殺していないのであれば、斬ったとは言えない。人の心を捨てた人間こそ剣士、如何なる道徳をも聞き入れずに剣を振り上げた。
 
 
 強者の殺意は、弱者の臆病に殺される。身体中に走った寒気を優先して、宙を蹴る。噴煙を上げる魔龍が飛び込み、主を拾って更に舞い上がった。
 
 舌打ちする、殺せていた。魔龍に燃やされようと、俺の刃は龍姫を斬り殺せていた。弱者が死のうと、強者も死ねば、相打ちという名の勝利であった。
 
 自分の命を省みる余裕など、弱者にはない。自分の命を惜しむ仲間達を省みる余裕など、剣士にはない。強くとも、弱くとも、剣士は人を斬らなければならない。
 
 
 ミヤを死なせた分際で、自分の命を惜しむ真似が許されてたまるものか。
 
 
 「我が身を捨てた剣戟、この身が歓びに震えておるわ。それほどまでに、弱者を守りたいか。かようなまでに、信徒に応えたいか!」
 
 「俺は剣士だと言ったはずだぞ、プレセア・レヴェントン!」
 
 「我が身に変えてでもこの聖地を守らんとするのか、宮本良介よ!」
 
 
 狂喜に震わせて魔龍が雄叫びを上げ、歓喜に震わせて龍姫が咆哮する。烈火の融合機が猛怒に叫び、蒼天の魔導書が極噴に裂け上がった。
 
 熱風が宙を焦がし、裂波が大気を逆流させる。烈火の魔法が魔龍の獄炎と激突し、龍姫の黒槍が剣士の聖剣と衝突。魔力の火花が世界を壊し、剣槍の火花が聖地を切り裂いた。
 
 片目を失った龍姫の死角を切り、血肉を失った剣士の隙を突く。消耗されるのは生命、増大するのは疲労。双方共に何も顧みず、何も求めない。殺せれば、満足だった。
 
 
 黒槍の先がこめかみにぶつかり、態勢が崩れる。次の瞬間、魔龍が口を開けて噛み付いた――剣を持っていた、腕を。
 
 
 装備していたアリシアの籠手が豪風を走らせて、龍の口上が真空の刃に切り裂かれる。されど忠義高き勇猛なる魔龍、捨て身の覚悟で噛み砕いていく。
 
 アリシアの籠手がひび割れて、片腕に亀裂が走って行くのを感じる。身動きが取れない俺に対し、勝利を確信したプレセアが黒槍を構えた。
 
 
 それでも、俺は――俺達は、剣士で在り続けた。
 
 
 「後は任せろ」
 
 "おうよ"
 
 
 即座に分離――ユニゾンを解いたアギトが噛まれた腕から飛び出して、閉じられた魔龍の口内を突っ込む。喉奥へと抜けて、胃を貫通して――爆発した。
 
 百花繚乱、自分自身を燃やし尽くす大爆破。烈火の融合機が燃え上がり、魔龍のあらゆる臓器を飲み込んで、喰らい尽くす。隅々まで焦がして、飲み込んでいった。
 
 血が蒸発し、肉が炭化し、臓器が焦炎し、魔龍はそのまま崩れ落ちた。噴煙を上げる魔龍は聖地の外まで流れるように落下して、大炎上して果てる。
 
 
 俺達もそのまま落下――聖王教会の本堂、聖地の中心に降り立って対峙する。
 
 
 「き、貴様……自分の片腕を――自分の武器を、自ら犠牲にしたのか!?」
 
 「お前如きに、アギトの無念は永遠に分かるまい」
 
 
 あいつは烈火の剣精、ユニゾンデバイスの剣士。剣士は生き恥を晒したままで、生きてはいけない。ミヤを犠牲にしておいて、どの面下げて自由を満喫できる。
 
 別れの言葉は、何一つかけなかった。あいつも、望まなかった。取引は、成立している。俺もあいつも自由なのだ、何をどうしようが他人にとやかく言われる筋合いはない。
 
 アギトを失ったが、魔龍は殺せた。ダブルユニゾンは解かれたが――まだ俺には、剣がある。
 
 
 「我が龍バハムートの命、貴様の生命で贖ってもらうぞ!」
 
 
 ――それは決して言ってはならない、言葉だった。混じえてはならない、感情だった。
 
 
 怒りを漲らせて突っ込んできた龍姫の槍はこれ以上ないほど強く、鋭く、苛烈で、壮絶で、鮮烈で、熾烈で、激烈で――呆れるほどに雑な、一撃だった。
 
 幾千幾万にも及ぶ攻防の果てに待っていた、奇跡のような隙。剣士で在り続けた俺にとって、戦士で在る事を止めた『女』の攻撃こそが、
 
 
 
 唯一とも言える、勝機だった。
 
 
 
 「ゴ、フッ……」
 
 
 切り捌いた槍の穂先が宙を舞い――剣の切っ先が、龍姫を切り裂いた。
 
 この刃は、竹刀ではない。人を殺せる、断罪の剣。切り裂いた生命の感触に、罪悪感など微塵もなかった。聖なる光が消えて、魔龍の返り血に竹刀が染め上がる。
 
 "龍姫の血に染まった"刃、己の竹刀を見つめても感慨はない。達成感もない。これは復讐ではない、裁きではない、聖戦では決して無い。
 
 一人の剣士が、一人の女を斬り殺したというだけだ。
 
 
 「ふ、ふ……愚かな、ものよ……我が心にまだ、斯様な"弱さ"があったとは……」
 
 「――それが、情というものだ」
 
 「そし、て、貴様は、強く……いや――"剣士"で、在り続けたか……み、ごとだ……」
 
 
 袈裟斬りに切り裂かれたプレセアが、大地を血に染めて転がっている。絶命に等しい致命傷であっても、龍の生命力で何とか持ちこたえているようだ。とはいえ、もう動けない。
 
 命乞いもせず、捨て鉢にもならない。気高き龍姫が最後に口にしたのは、相手に対する賞賛だった。魔龍を殺された恨みもなく、魔龍を惜しんだ我が身を唯一悔やむのみ。
 
 さしたる思いもなく、剣も振り上げた。心臓を穿けば、死ぬだろう。それでも死なないのなら、脳を切り裂けばいいだけだ。何の感想も、何の思いもなかった。ミヤが死んで、こいつも死ぬだけだ。
 
 
 刃を展開し、突き刺した。
 
 
 
 『おとーさん』
 
 
 
 ――突き刺した刃が、止まった。
 
 
 
 『あーん』
 
 
 
 心臓まで、到達していない。
 
 
 
 『もぐもぐ』
 
 
 
 俺は、剣士だ。
 
 
 
 『にゅっ』
 
 
 
 剣士で、在るべきなんだ。
 
 
 
 『ふえっ……? あっ!?』
 
 
 
 剣士で――
 
 
 
 『な、何をしているですか、リョウスケ!? 人を傷つけるのはダメだとあれほど――』
 
 
 ――顔を、上げる。
 
 目の前に展開されている空間モニター、大聖堂前を映し出している大画面。その画面には――
 
 
 口の周りを灰だらけにしているナハトヴァールと、我が子の掌に乗っかったミヤが猛然と画面に詰め寄っている光景が映し出されていた。
 
 
 "ナハトヴァールの自動防衛プログラム機能、無限再生機構の復元能力か!? 馬鹿な、あれほどの再生力が健在だというのか!"
 
 
 夜天の人が珍しく取り乱して、叫んでいる。狂気に侵されている聖王の霊でさえも、目の前で起きた完璧な復元に言葉を失っていた。なになに、何が起きているの!?
 
 その瞬間、全身を駆け巡る猛烈な激痛に我知らず悲鳴を上げる。痛いなんてものじゃない。剣を握ることさえも出来ず、そのまま手放してしまった。
 
 自分を見下ろすと――うわっ、血と泥と傷でズタボロじゃねえか。よくこんな重傷で戦えたもんだ。我ながら、感心してしまう。
 
 アリシアの籠手に至っては、無惨な有り様だった。魔龍の牙で砕かれている。バリアジャケットとはいえ、元通りになるのかどうか自信がない。アリシアへの影響も――
 
 
 
 傷だらけの自分、無傷のミヤ、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
 
 
 『父上』
 
 「シュテル……? シュテル!?」
 
 『はい、貴方の愛する娘です。久しぶりの我が娘を前に感激する父上の深き愛情が、画面越しに伝わってきます』
 
 「うるさいよ。それよりも、その――全身ボロボロの状態は何なんだ、入院患者!?」
 
 
 『父上が華麗に撃退した魔龍に飛び込みまして、父上の愛機を救い出しました。大層な熱量でしたが、聖地を見事救った父の勇姿に再燃する私の愛には到底及びません。
 いざという時の為にこうして控えていたこの私こそが貴方の最愛の娘、シュテルなのです。さあ、褒めて下さってかまいませんよ』
 
 
 『ちくしょう、アタシの捨て身の特攻を台無しにしやがって……バカの娘は、やっぱりバカなのか!』
 
 『――アギト……』
 
 
 バリアジャケットがボロボロのシュテルと、全身黒焦げのアギトが、町外れの大地と燃え上がる魔龍を背景に別の通信画面で映し出されている。あの灼熱に飛び込んで、救出したのか!?
 
 聖地は、聖騎士達が救った。民は、妹さん達が守った。世界は、仲間達が守った。仲間達は――家族が、救ってくれた。
 
 泣きたくなった。笑いたくなった。剣士は一人でも、剣士に関わる人達は一人ではない。自分の想いを切り裂いたところで、他人の想いは伝わり続ける。
 
 
 自分が出来ない事も、他人なら出来る――だから、俺はこんなにも弱いのだろう。一人では、奇跡を起こせないのだから。
 
 
 「ぐっ……どうした、何故殺さない!?」
 
 「面倒臭い」
 
 「めんどっ――き、貴様!? 生き恥をかかせるつもりか!」
 
 「お前はもう、戦士じゃない。それは惨めに敗北したお前自身が、一番よく分かっているはずだ」
 
 「戦士であることをやめたこの我に、どう生きろというのだ!?」
 
 「外見だけが取り柄の吸血女だって、のんきに生きてる。面はいいんだから、女にでもなればいいんじゃねえか」
 
 
 気休めにもならない言葉を吐き捨てて、その場に座り込んだ。今まで戦えていたのが不思議なほど身体が重く、疲れている。あらゆる力を酷使した反動で、目眩がしてきた。
 
 そのまま意識さえも落ちそうだったが――
 
 
 耳を打つ、可憐な女性の宣言により目が冴えた。
 
 
 『皆様、我々は今奇跡を目の当たりに致しました。偉大なる聖女様の予言が成就したその瞬間を今、この目に焼き付けたのです。
 今宵この時、この一瞬を目撃された皆様こそが、歴史の生き証人。名誉ある目撃者であり、何よりの栄誉を与えられた幸運の持ち主なのです。
 
 
 喜びましょう、この時を。
 
 歓びましょう、この瞬間を。
 
 悦びましょう、この一時を。
 
 
 慶びましょう――この美しき世界が守られた、今を』
 
 
 ナハトとミヤが何やらじゃれあっている通信画面の背景に、カリーナ・カレイドウルフが映しだされている。傍に控えるのは、護衛を頼んだノア。
 
 通信画面を埋め尽くす勢いで、集った民達がこちらを見つめている。向こうの大画面に映し出されているであろう、この俺を。
 
 何なんだ、一体?
 
 
 
 
 
 『カリーナ・カレイドウルフが、宣言いたします――聖王様が、復活されました!』
 
 
 
 
 
 ――耳朶を叩き付ける、大歓声。鼓膜が破れそうな大ボリュームの声援が大画面越しに飛び込んで来て、思わず耳をふさいでしまう。
 
 しかも最悪なことに、戦闘中あれほど静かだったマスメディアが一斉に生中継画面を展開しやがるから、俺の周囲が歓喜と感激の声に埋め尽くされる。
 
 
 何を考えているんだ、カリーナの奴。ミヤの抗議を打破できなかったのに、どうして復活祭の宣言をしやがるんだ。段取りが無茶苦茶になるだろう。
 
 
 見ろ、この世界中から届く喜びの声を。聖地で大暴れしたこんな時に宣言してしまったら、聖王様を直接だなさいといけない羽目になってしまうじゃねえか。
 
 もうちょっとひっそりと宣言して、ゆりかごの起動を聖王復活の理由にするつもりだったのだ。ヒーローショーも真っ青な立ち回りをやった後では、引っ込みがつかなくなる。
 
 どうやって証明すればいいのか――頭を抱えていると、シュテルが口添えする。
 
 
 『父上。お気付きかと思いますが、一応の助言を』
 
 「何だよ、この非常事態に」
 
 
 『父上の美しき虹色の魔力光が今、世界中に絶賛生中継されておりますよ』
 
 「――あ」
 
 
 剣士でなくなった俺は、"省みる"――
 
 神の復活を告げる祭で、虹色の魔力光を全開にしている自分を。
 
 
 「ちょ、ちょっと待て、お前ら!? これはだな、あくまで偶然で――」
 
 『画面越しに大変失礼致します、陛下』
 
 
 慌てて立ち上がって誤解を解消しようとする俺を前に、白旗を掲げたルーラーが通信の向こうで跪き――仮面を、置いた。
 
 世界中に映し出されているのは、麗しき騎士――聖地を守り抜いた、美貌の聖騎士。背後では、人々が平伏している。
 
 
 『陛下より直々に与えられた任務、完了致しました。
 
 我が名は、アナスタシヤ。聖王教会の守護者であり、信仰を司る聖騎士、"アナスタシヤ・イグナティオス"でございます。
 我が神名に賭し、我が身命の全てを捧げ、貴方様にお仕えする事をお許し頂きたい』
 
 
 だから、誤解なんだよぉぉぉぉぉーーーーーーー!!
 
 騎士団長に捧げる身であるから、恐らく忸怩たる思いで宣誓した騎士様の忠誠を聞き、消え失せていた罪悪感で今度こそひっくり返った。
 
 どういう誤解をすれば俺が聖王に見えると言うんだ、こいつらは。
 
 
 俺が守ったとかぬかしやがるこの異世界は、イカれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 <続く>
 
 | 
 
 
 
 
 
 小説を読んでいただいてありがとうございました。
 感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
 メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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