とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十一話
――ミヤとの思い出は、あまり無い。付き合いが長いといえど数ヶ月、思い出を作るには半端な時間。相手は女の子でもデバイス、しかも他人の道具で愛着は持っていなかった。
度を過ぎるお節介で口煩く、他人の私生活に平気で干渉する人の良さ。自分勝手に生きる人間には煩わしいタイプで、日常では微笑ましさよりも苛立ちの方が多かった。
共に行動する機会には恵まれていたが、過ごした時間の長さと人間関係の親密さは比例しない。信頼と呼べる繋がりがあったのかどうか、振り返ってみても首を傾げざるを得ない。
だからこそ、急な別れとなっても感慨はなかった。目の前で殺されても、口煩い奴がいなくなったというだけ。あいつの居る人生よりも、あいつのいない人生の方が長かったのだから。
食器棚からお皿が落ちて壊れても、皿の紛失よりも自分の失敗を悔やむだろう。新しく買えばそれでいい、皿に対する未練など欠片もありはしない。
皿が割れて泣く人間なんていない。皿が壊れて後悔する人間なんていない。破片を箒で掃き取って、ゴミ箱に捨てて終わりだ。次の日には、新しいお皿を買いに行ってしまう。
けれど。
生憎と、俺は人間なんて上等な生き物ではない。あいつが最後まで信じていた優しさなんて、微塵も持ち合わせていない。本当に、最後の最後まであいつは愚か者だった。
どんな立場であろうと、関係ない。どんな状況であろうと、知ったことではない。どんな世界であろうと、痛くもかゆくもない。どんな相手であろうと、どうでもいい。
どんな理由であろうと、皿を壊されたのなら斬る――俺は所詮そんな人間だったんだよ、ミヤ。
「リニス直伝。第2楽章 、Allegretto――"トライデント・スマッシャー"!!!」
フェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ、ミヤとの総合魔力。三人との想いが”練り上げられた三叉の鉾が、眼前に立ち塞がる龍族の王姫を串刺しにした。
出会い頭の奇襲、完全な不意打ちであったが罪悪感の欠片もない。正面から差し向けた魔力の鉾を防御する余裕はなく、プレセアは錐揉み状態で吹き飛んでいった。
正面玄関を吹き飛ばし、柱をへし折り、正十字を粉々にし、聖王像を倒して、シャンデリアの壁を貫通――そのまま後方へと投げ出されていく。
俺は抜いた光刃を手にしたまま噴煙が上がる聖王堂を駆け抜け、貫通した壁を蹴って、中空へと舞い上がる。
「プレセアぁあああああああああああああああ!!」
三叉の鉾が消失、胸元から血を噴出する女に向けて、上段から剣を振り下ろす。首を狩る勢いで振り下ろしたが、跳ね上がった黒翼が剣先を弾き飛ばした。
そのまま中回転、噴出した血が霧となって空気に漂う。視界を赤煙に染められて逡巡、その瞬間刺し貫かれる黒槍を咄嗟に蹴打。威力は殺せなかったが、狙いは反らせた。
鋭い矛先を生身で蹴れば痛いどころではないが、リニス特性のリストバンドによる筋力負担で足は強化されている。足首さえ傷まずに、そのまま屋根に着地。
降り落ちて来る瓦礫から柔らかい盾を展開して身を守り、聖王堂前に集まっている民衆達へ向かわないように全て切り払った。後方の民達が見当違いな感謝を述べているので、無視する。
渾沌の夜、二つの赤き月に照らされる龍族の姫君――魔龍の名に相応しき龍の王者は、壮絶に微笑んでいる。
「今日この日――この一時を待ち侘びたぞ、真なる聖王よ。人の身で神に至りし王者の力、とくと堪能させてもらった」
「……」
「だが若干、気に入らぬな。もしやと思うが貴様、あのような小物を殺した程度で噴気しているとでもいうのか?
王たる貴様にあのような不敬、許されるものではなかろう。とく、瞬殺すべきであったろうに」
――挑発しているつもり、ではないのだろう。この龍こそまごうことなき強者、弱者を相手にかける情など一片も持ち合わせていない。
こいつにとってミヤは、路傍の石同然。目の前に転がっていたので蹴り飛ばした、その程度でしかない。邪魔だとさえ思っていない、本当に目の前にあったので蹴っただけなのだ。
挑発されたとも思っていない。何を言われても、何とも思わなかった。何の感慨もなく、何の思い出もない。
剣を、掲げた。
「何度も言わせるな」
「ほう?」
「俺は剣士――お前を、斬るだけだ」
魔力を全開。伸び上がった切っ先が襲いかかるが、意に介さず回避される。柄尻を傾けて剣を振り下ろすが、同じく宙に飛んで避けられる。振り下ろした剣は、近くの屋根に刺さる。
蒼天の書が展開して魔力を放出、突き刺さった剣が巨大化。剣は伸び上がっていき、柄を掴んだままの俺はそのまま中空へと駆け抜けていって、プレセアに肉薄。
俺の狙いに気付いたプレセアは目を丸くして槍を振るうが、フェイトの篭手でガード。感電して身を震わせるプレセアの顎を、肘で殴打する。
砕く勢いでぶつけてやったが、血反吐を吐くだけで歯も折れない。
「一体何時以来か――我に血を流させる、誉れ高き者と戦うのは」
硬い。単に鍛えているのではなく、鍛え磨かれている。弱者を容赦なく滅ぼしながらも、強者を相手に無双する王者。強気弱気も、この者には矜持の内なのか。
槍に拘らず振り抜かれた拳、脇腹狙いだと察して防御。アリシアの篭手は風を纏って拳を跳ね返すが、物理の反動まではどうにもならない。きりもみ状態で落下していく。
トライデント・スマッシャーで貫いても痛手にしかならない、名工による漆黒の鎧。鉄壁の鎧に包まれた美丈の戦士は、妖艶な唇から血を流しても笑みを絶やさず、急降下。
無防備に落下するだけの俺を目掛けて、天空から槍を投擲。突き刺されば、紙切れのように砕かれるだろう――ミヤのように。
「世界の破滅を願う、悪霊よ。捧げられた我らが魂を糧に具現化せよ――"人魔一体"!」
『"ネフィリムフィスト"』
ルーテシア・アルピーノより教わった魔力創生、ユーノ・スクライアより教わった聖王伝説――神咲那美より教わった、幽体の操作。
想いを重ねて生み出した退魔の術による、自分の魔力の源である生命エネルギーによって創り出された力。神咲那美と俺との魂の共感が、怨霊の魂を荒御魂とする。
二人の生命エネルギーが作り出すヴィジョン、完全武装した聖王オリヴィエの魂が重なって、未完成な俺の身体に取り憑いた。操作し、操作される、共感作用。
悪霊を自ら憑かせるなんて、正気の沙汰ではない――自分が母親だと誤認する、祟り霊でなければ。
あろうことか空を蹴って体勢を立て直し、急加速で迫り来る黒槍に飛び乗ってステップ、俺の身体を自由自在に操作してプレセアの顔面を拳打。不落の要塞をぐらつかせる。
黒翼を羽ばたかせて反撃に転じるが、更に中空を蹴って加速。拳を双手で弾き、足刀で耳から脳を撃ち抜く。完璧な動作と流れに基づいた、格闘技。
自分の狂喜と聖王の狂気が重なり、高らかに唸りを上げる。
『打ち砕けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
敵もさるもの、野放しになっていた黒槍を引き寄せ急回転。拳打と足打の嵐と槍の回転が火花を散らし、真っ暗な空を虹の光芒で美しく舞い散らせる。
虹色の光芒が、満天の夜空を輝かせて――教会の鐘が、鳴った。聖王の復活を告げる鐘、聖地が固唾を呑み、ベルカ自治領が静寂に身を震わせる。
その場にいた誰もが夜空を仰ぎ見て、その瞬間を見た誰もが中継を見て、その一時を誰もが目の当たりにした、その瞬間――
俺達は、互いしか見ていなかった。相手を殺す事しか、頭になかった。
五秒――世界が固唾を呑んだ瞬間であり、ネフィリムフィストの操作時間の限界。オリヴィエは俺から排出され、具現化していた荒御魂が消失する。
無双の拳王から凡庸の剣士になったその瞬間を見逃さず、プレセアは回転していた槍を変化させて突き上げる。その攻撃を"仮想体験"していた俺は、剣を掲げて防御。
龍の王気と人間の剣気では、話にならない。槍は防げても、龍の一撃は止められない。宙で弾き飛ばされた俺は落下して、繁華街の露店に急降下。
あらゆる五感を揺さぶられ、狂わされようとも、冷徹な殺意が恐怖に落ちるのを許さない。滑り落ち、転げ回り、ずり落ち、回転して、血を流しながらも、落下の衝撃を和らげた。
「剣士さん!」
「街の人達を避難させろ、妹さん!!」
手出しを許さないと命令を叩き付けて、剣を真下から真上に振り切った。魔龍によって槍は余興のお遊び、真なる武装とは龍の成体にこそ在る。すなわち――竜の爪と、牙。
祟り霊で構成された光の刃に竜の爪が叩き付けられ、刃先があらぬ方向へ舞い上がる。剣を弾かれてがら空きとなった首元に、魔龍が思う存分齧り付いた。
歓楽街で賑わっていた人々から、悲鳴が上がる。龍の顎は粉砕機、龍の牙は裁断機。首を傷つけるのではなく、血管を破り、骨を食い千切る。人外に、人の慈悲はない。
対する俺は剣士、人を斬る人でなし――自分の歯を強引に噛み砕き、歯片を血と共に吐き出して、相手の眼球に突き刺した。
眼球の激痛にふらついた龍に頭突き、拳を振り上げて豪快に殴り付けた。プレセアは側面の家屋の窓ガラスを割って、中で転げまわる。作った隙を利用して、千切れ首の血管を頁で塞いだ。
蒼天が転回して、夜天へと展開。姉と呼んでくれた妹が、死んだ。蒼天の日々は、終わりを告げた。蒼き髪の少女は死に、夜天の女は再び魔導書へと変貌した。
剣士は人の常識を捨てて、夜天は魔導の矜持を捨てた。家族と呼べる少女が死んだ、破棄する理由なんてそれでよかった。敵を斬るなんて、敵を焼き払う理由なんて、それだけで十分。
大勢の民衆の前で剣を振るう俺を目の当たりにして、何を勘違いしているのか救済と畏敬の声が飛んでくる。妹さんが頑張って避難させているが、民衆の熱気がどういう訳か高まる一方だった。
落ちてきた俺に駆け寄ろうとした群衆の前に、一台の車が横滑りして止まった。
「旦那様、ご乗車下さい。立て直しましょう!」
「民衆の避難を先導して下さい、セレナさん」
「あの者の狙いは旦那様です。まずは一旦退いて――」
「同じ命令を二度させるつもりか、セレナ!」
「!? も、申し訳ありません……!」
目を丸くして身を震わせる、メイド。彼女の交渉によるものなのか、次々と車が到着。頬を紅潮させて俺に一礼し、猟兵達を引き連れてセレナは民の護衛を行っていく。
自分は立ち上がり、敵が起き上がる――首から血を流す男と、眼から血を流す女。
「貴様は言ったな――我には貴様という人間は見えぬが、貴様には我という存在が見えているのだと」
「それがどうした」
「面白いものだ。我が眼を斯様に傷付けられているというのに、今宵は貴様という人間がよく見える。虹色の魔力光に照らされる王の威容が、何より眩く見える。
聖王などと称した我が身を許せ。凡俗な人間が用いる卑小な表現に踊らされるとは、我ともあろう者がなんと不甲斐ない」
「……」
「貴様こそが、"宮本良介"――この世で唯一人の、我が宿敵よ! さあ思う存分、殺し合おうぞ!!」
地を蹴る。叩き付けられるように向かってくる槍が、自分が今居た場所を貫いた。安堵する間もなくプレセアが黒翼を広げて飛翔、逃がさんとばかりに迫って来た。
出し惜しみせずに虹色の魔力を放出、ベルカ自治領の各地から押し寄せる群衆が驚嘆と歓喜の声を上げる。人々の背に押されるように、俺は両腕を突き出した。
自分のシールド、ソフト・アンド・ウェットを展開。柔軟さを追求した盾では槍は防げない、突き破られるのがオチだろう――正面から受け止めれば、の話だが。
展開された盾は槍を受け止めて威力をゴムのように反射――角度を調節した盾は、術者である俺を再び空へと弾き飛ばした。
普通の盾ではありえない使い方に目を見開くが、それでも敵は百戦錬磨の王者。追尾して槍を繰り出し、四方八方に槍技を繰り出していく。絶対強者の技は、美しいの一言に尽きる。
両手を広げて、ソフト・アンド・ウェットを四方に展開。空に作られた魔力の盾は足場となり、クッションとなり、トランポリンの如く跳ね上げる。
飛び乗り、飛び移り、飛び上がって、槍を回避して、剣を繰り出す。弱き竹刀では砕けるだけだが、今この時は聖王の刃。龍の槍にも引けをとらない、王の剣。
この時を持って敵はようやく、俺を正しく理解した。
「貴様……かつて、"我"と戦ったとでも言うのか!?」
「答える義務はない」
弱者の剣技と強者の槍技、技量の差は話にならない。平和な日本で振っていただけの剣が、戦場で暴れ回った槍を相手に、勝てる道理などありはしない。
技量の差を埋めるのは才能――もしくは、膨大かつ絶大な"経験"。敵はこれまで多くの"他人"と戦い、俺はこれまで多くの"プレセア"と戦った。
敵が浮気している間、俺はただ一心にプレセアと戦い続けた。いずれ必ず戦うのだと確信して、仮想の敵として延々と殺され続けた。何度も負けて、何度も地獄を味わった。
経験がもたらしたのは勝ち方ではなく、負けない方法――何度も戦い、何度も負けて、一度も勝てなかったという敗北の歴史が、殺されない技量を与えてくれた。
競り合わず、取り合わず、歯向かわない。槍が相手を殺そうと迫れば、剣が自分を活かすべく斬る。相手の生命を斬るのではなく、自分の生命を守るべく斬るのだ。
敵の槍技一つ一つに、死のパターンがあった。殺された我が身が、死を持って体験している。人間とは学ぶ生き物、馬鹿は死ななければ治らない。死んでしまえば、賢くなれる。
殺されない技量は、聖王の刃と蒼天の守りが支えてくれる。幾千幾万戦えど衰えないのは、他人に支えられている為。他人に育てられて、こうして戦える!
同じ技量を持った他の敵ならば、容赦なく殺されていただろう。一刃も防げず、この生命は貫かれていただろう。恐竜を相手に、蟻は踏み潰されるだけ。
俺が戦えるのは――この魔龍のみ、プレセア・レヴェントンとならば、戦える!!
「たとえ何度殺されようとも永遠に戦い続けて、貴様を滅ぼしてやる!」
「恐れいったぞ、宮本良介!」
斬り飛ばし、突き破り、斬られ、貫かれ、血を流し、血飛沫を上げ、傷付けて、抉られて、擦り切れて、擂り潰す。互角ではなく、誤解でもない。蹂躙され、噛み付いているだけ。
猫とネズミの戦いは一方的であり、同時に不毛でもある。食われさえしなければ、ネズミが齧りつくこともあり得る。敵が百の傷をつければ、こちらも一つの傷をつける。
捨て身ではあるが、拾う価値のある戦法。こんな戦い方が成立するのは、夜の一族の姫君と退魔師の存在。命尽きようとも、彼女達の血と魂が拾い上げてくれる。
ハラワタを槍で抉られて、乳房を剣で切り裂く――腹から腸液が溢れ出して落下する俺と、胸から臓液が溢れだして中空で呻く敵。自分が死ぬより先に、相手を殺すことしか頭にない。
「主、今すぐに治療を!」
「聖地を護ることがお前の使命だろう。民を救え、聖女を守れ――この大地を光へと導け!」
顔を上げる、転がっている場所は崩壊間近の聖王堂。上空で暴れ回っていて気付かなかったが、元の場所まで吹き飛んだらしい。顔の皮膚が焼き剥がれ、頬が削げていた。
駆け寄ろうとするローゼを押しとどめて、立ち上がる。死んでいないのなら、戦える。剣士が戦いを終えるのは敵を斬るか、剣が折れた時だ。人間ではなく、剣士で在り続ける。
俺の命を聞いて、頭を垂れて祈りを捧げる修道女、地に付して畏敬する信者達、尊厳を持って仰ぎ立てる信徒達。聖戦であると唱える民を指し示し、お前が守れとローゼに厳命した。
剣士が行うのは、敵を斬る事だけ。復讐ではなく、使命でもなく、剣を持つ者の義務。そうしなければ生きてはいけない、愚かな人間の末路でしかなかった。
ミヤが死んだことを、理由になんてしない。そんな無駄な邪念を抱えていては勝てない――剣士に必要なのは、敵を斬る一念だけだ。
「良い殺気だ。好い覚悟だ。佳い戦意だ――宵い夜だ。聖なる地の王者よ、宮本良介よ。我が名はプレセア・レヴェントン、魔龍の一族の王姫。
王族の誇りと戦士の気概を賭けて、今こそ全力全霊で貴様という王者に挑むとしよう!
来たれ、我が龍――"バハムート"」
――まるで夜の闇そのものが繰り抜かれたかのように、漆黒の魔龍が咆哮と共に出現。魔天の空を覆う大龍の背に飛び乗って、空の覇者が大地を見下ろす。
仮想とは本人の想像であり、当人のイメージによって創り出される。想定外はありえず、予想外には対処出来ない。空を覆い尽くす魔龍の存在など、人間の想像を超える魔物でしかなかった。
魔龍の存在そのものが、予想外なのではない。プレセア・レヴェントンが、魔龍の一族の王姫が、己という絶対の強者以外を頼った事そのものが予想外であった。
俺のような弱者を相手に、"挑戦"なんてありえない――それではまるで、俺が強者のようではないか。ミヤを目の前で死なせるような男だというのに。
「幾らでも、呼ぶといい。俺は、お前を斬るだけだ」
"平穏など、必要ない。私の妹を破壊した貴様は、必ず滅する"
"平和など、望まない。私の息子を傷つけた怨敵には、死を持って償わせましょう"
剣士は家族を捨てて、魔導書は日常を捨てて、祟り霊は世界を捨てた。必要なかった。どんな敵が相手であろうと、失ってしまった絶望には代えられはしない。
勝率なんて度外視している。弱者が強者を倒せるのは英雄譚だけだ。お伽話の妖精さえ守れなかった人間に、どんな物語が成立するというのか。何が相手であろうと、斬るだけだ。
睨み合う両者、聖地を舞台とした戦場――戦いの火蓋が来られようとしているこの時、飛び込めるのは当事者のみ。
「やはりテメエだったか……アタシの、"敵"は」
「――アギト」
「記憶なんて上等なものはねえけど、この匂いはよーく覚えている。鼻につく魔龍の炎、こいつの匂いってのは染み付いて取れねえもんさ」
古代ベルカの融合騎は、大いなる畏怖を持って君臨する魔龍を一睨み。そのまま馳せ参じずに、地面に散らばっている灰を見て嘆息する。
悲しみはなかった。付き合った期間は俺よりも短く、いつも喧嘩していた。ほぼ一方的な言い争いだったが、好きか嫌いかで分ければ間違いなく嫌いだったのだろう。
灰は焦げ付いて熱を持っているというのに、アギトはかまわずに手に取った。小さな手を焦がしているが、苦痛の色も見せずに握りしめている。
強く、強く――手を、震わせて。
「平和を望んだアイツは死んで、戦いの主を望んでいたアタシは生き残っている。何時の時代でも、世界ってのは理不尽なもんだな」
「どの時代でも同じだ。俺も、お前も――あの女も、戦うことしか能がない」
「そうだな、その通りだ……アタシには、こうしてやることしか出来ねえよ」
ミヤの亡骸である灰を手に、アギトは立ち上がった。何をするのか、問い質したりはしない。どんな事があっても見ていろと、こいつと約束したのだから。
アギトの気配を察したのか、魔龍が聖地全体を震わせる咆哮を上げる。大地が鳴動し、建物が揺れて、民が怯え、世界が恐怖に震え上がる。微動だにしないのは魔龍の主と、俺達のみ。
プレセアの駆る魔龍は大空へ飛び上がり、大地を焼き尽くす灼熱の火炎を放つ。
「悪いな、ミヤ。お前が居ないんだ、一緒に練習した歌や踊りは省略するぜ――アタシには、遺されたお前の"想い"一つで十分だ」
聖地が、炎に染まる――その時。
「ダブルユニゾン――"リライズ・アップ"!!」
<続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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