とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十八話
猟兵団と傭兵団が起こした、二つの誘拐事件。敵対勢力が互いに連携していないと判断して、俺は両勢力の潰し合いをさせるべく画策。猟兵団に接触して、傭兵団を襲うように取引を持ちかけた。
猟兵団を動かしている間に、リーゼアリアが編成した傭兵団偽装部隊を猟兵団に差し向けて、もう一方の人質を救出する。タイミングが重要となるが、リーゼアリアならば上手く工作してくれる。
この潰し合い作戦の鍵となる存在が、妹さん。犯人達の所在に加えて、両組織の同行まで完璧に追跡出来る彼女は、今回護衛の任を外れて連絡係となっている。万物の"声"を聞ける彼女こそ最強だ。
ただこうした情報の有用性においては、猟兵団も熟知している。諸事情あれど、一方的な取引を飲まされた猟兵団は余程腹に据えかねたのか、作戦決行前に"協力"を持ちかけて来た。
「この子の事は以前紹介したわね。まだ子供だけれど、うちの業界では名の知れた実力者よ。本作戦にあたって、貴方の護衛につけてあげる」
「……護衛? 監視の間違いじゃないのか」
「人聞きが悪いわね。貴方が何も悪巧みしていなければ、この子は必ず貴方の役に立つわ。ここだけの話、この子たっての希望なのよ」
「よろしく」
妹さんを連絡係として、護衛の任から外した結果。作戦上やむを得なかった事とは言え、その弊害が早くも形となった。舌打ちしたくなるのを何とか堪える。
赤いジャケットを羽織った。切り揃えられたショートの銀髪の女の子。媚びを含まぬ純粋で透明な美しさのある、怜悧な目で俺を見つめている。名は、ノア・コンチェルトだったか。
共同作戦を実施する以上自由な行動は行えないと覚悟していたが、一般団員ではなく名の知れた団員を付けられるとは思わなかった。余程、警戒されているらしい。
慎重になるのは無理もないが、この配慮は正直的外れである。潰し合い作戦の要は戦力派遣の取引を成立させる事であって、取引が完了した後は最早どうにもならない。精々嫌そうな顔をしておけばいい。
「人質が囚われている場所と敵の配置及及び監視体制、見取り図を含めた貴方のデータを戦力分析させて貰ったわ。戦力を投入する手前、作戦の指揮はアタシが取らせてもらうわ」
「あんたらに頼んだのは、あくまでも戦力だった筈だぞ」
「かのお嬢様の救出部隊を構成する戦力の大部分はうちが貸し出した猟兵達よ、誘拐事件を公にしないようにも配慮しているわ。この点は、絶対に譲れない。
リスクはうちだけ背負い、手柄だけ横取りしようなんて図々しいわよ」
「……分かった。ただしカレイドウルフの秘書を呼び、救出する際は立ち合わせてもらうぞ。白旗や他の人間は絶対呼ばないことは約束しよう」
「それで結構。ノア、この人は今日の仕事のスポンサーよ。丁重に取り扱いなさい」
「ラジャ」
抜け目のない女だ。カリーナ・カレイドウルフ救出は別件の誘拐事件を成立させる過程だと言うのに、ここぞとばかりにカレイドウルフ大商会へ手柄をアピールする算段らしい。
カレイドウルフ大商会としても、カリーナ・カレイドウルフ誘拐は確実に表沙汰に出来ないスキャンダルだ。大商会相手に脅迫は出来なくても、救出及び隠蔽工作に注力したとあれば手柄は大きい。
白旗の戦力不足を考慮した末の潰し合い作戦だが、この戦力不足故に隠蔽工作が出来ない事が悔やまれる。俺達白旗に貸しを作れないと見切り、大商会相手に貸しを作る抜け目の無さは流石と言える。
こんな女相手にこれからも戦わなければならないと思うと、暗鬱とした気分にさせられる。何としても今晩中に潰し合いさせて、戦力を大幅に削ってやる。
手柄を奪われる事は痛いが、想定内ではある。俺の想定ではなく、リーゼアリアの想定だけど。相談した際、この程度の事も読めないのかと馬鹿にされた。あの女の寝顔を、今晩撮影してくれる。
何もかもこちらの思い通りだと逆に不安になるので、手柄くらいはくれてやろう。何でもかんでも欲しがると、禄な事にならない。お嬢様とマイアの無事を確保出来ればいい。
手柄を渡す事を条件に、セレナさんの立会いを引き出せた点は大きい。交渉力は俺なんぞ比較にならないほど、並外れている。救出後の手柄争いは、あの人に任せよう。
作戦決行となり、俺はセレナさんに連絡して呼び出しを――あん?
「何だよ、じっと見て。セレナさんへの通信は、おたくのボスに許可を貰っているぞ」
「セレナというと、あのお嬢様のメイド?」
「そうだよ、カリーナお嬢様の秘書としての役目も負っている」
「個人的な連絡先を知っているんだ」
「社長と秘書の関係だからな」
「エロいね」
「邪推するな」
咎められては居ないようなので、黙って連絡をかける。事前に打ち合わせしたので、ワンコールで音声オンリーで受信。緊急時とあって余計な会話はせず、承りましたとの返答のみ。
取引材料は竹刀だと猟兵団に嘘を付いているが、本来の取引相手はカレイドウルフ大商会。傭兵団もカレイドウルフと白旗の動きには最大限警戒しているだろう。注意しなければならない。
立会人をセレナさんとしたのは彼女が秘書役なのもあるが、何より監視体制を解かれているのはあの人だけだからだ。別の人間は出せないので、猟兵団が受け入れてくれてホッとしている。
一応呼び出したが傭兵団に察知されないように動くので、合流に時間はかかるだろう。こちらはこちらで動くしかない。
「その通信、貴方個人の連絡先?」
「それがどうした」
「教えて」
「何で?」
「連絡する」
「だから、何で?」
「暇」
「暇なのか、毎日!?」
本人の希望とか言っていたが、もしかして暇だから名乗り出たのだろうか。自分達も誘拐事件を起こしているくせに、呑気な顔をしているのが腹立つ。
こいつは猟兵団でも古参の実力者だと、先ほどエテルナが明言していた。以前連れて歩いていた事といい、妹さんと同じく優れた才覚を持つ少女なのだろう。天才が多くて目眩がする。
俺を注視しているという事は、他に注意が向いていない証拠だ。エテルナは本作戦の指揮官、ノアは俺の監視に付いている。名うての猟兵であっても、白旗選りすぐりの救出部隊には叶うまい。
俺の役目は作戦を成功へ導く事と、こいつの注意を俺に向ける事だ。その為ならヴィクターお嬢様を攫った敵であれど、会話くらいはしてやろう。
「現地へ向かう、この車に乗って」
「凄いな、運転免許を持っているのか」
「持っていない」
「ないのかよ!? さすが何でもありの猟兵だな、免許はなくても車の運転技術には長けているのか」
「歩くのは好き」
「降りろ、ボケ」
猟兵団が用意した車の運転席に乗ったノアを、引き摺り降ろす。キョトンとした顔をしているのが、ますます腹が立つ。多分運転すれば出来るようになるのだろうが、怖すぎる。
ローゼのように単純なアホではなく、こいつの場合天才ゆえのマイペースぶりを発揮している。何でも出来て当然という感性が、二流以下の人間を全く寄せ付けない。
妹さんも世界最高峰の天才だが、あの子は才能の全てを俺に傾けてくれているので献身として成立している。ノアは自分の事のみに才覚を発揮しているので、始末が悪い。
猟兵の世界は実力が第一、結果を出せれば個人が破綻していようと関係ない。だから、これほど孤立した人間が出来上がってしまった。
フェイトのように孤独を感じているわけではないので、このまま育てば孤高の存在として確立されるだろう。孤高の化物――ある種、俺が目指していた存在である。仕方ないので、俺が運転席に乗った。
「運転が荒いね」
「女性には気を使うタイプだ」
「わたし、女の子」
「女性だと言っただろう」
「差別発言」
「大人と子供の区別をつける、いい男なんだ」
「妖怪と、人間の区別も?」
車の運転免許は祖国でも持っていないが、車の運転技術そのものは教え込まれている。緊急時に必要だと、俺の教育係を務める連中が仕込んでくれた。緊急時戦うのではなく、逃げる為に。
真夜中ではあるが、復活祭の開催とファリンのヒーローショーで聖地は明るく賑わっている。流れるように進む車窓の景色は色華やかだが、車内は作戦前で湿っぽい空気に満たされている。
俺は前を向いたまま、フロントガラスに映るノアの顔を見つめる。彼女も前を向いて、フロントガラス越しに俺を見ていた。透明な眼差しに、さしたる興味は出ていない。
突然の物言いは探る意味ではなく、単純に本心を滑り出しただけなのだろう。天才は凡人に配慮なんてしない、知的好奇心を満たすだけだ。
「当然だ、妖怪と人間だぞ。種族すら違う」
「だけど、貴方の組織に所属させている」
「実力があれば、種族を問わない。お前達猟兵団だって、同じじゃねえか」
「違う」
フロントガラスを見る、首も振っていない。淡々と否定の言葉を口にしただけ。ネコのように気まぐれな少女、人間のゴキゲンなんて知った事ではない。
鼻歌を口ずさむように、少女は事実を物語る――見上げる夜空に浮かぶのは、決して寄り添わない二つの月。
「人間と、妖怪は違う。だから私達は、居場所を求める」
「人ではなく、妖怪の生きる地か。だったらお前達は」
「想像に任せる」
――天狗一族を、思い出す。奴らの目的は百鬼夜行、人の支配する歴史を終わらせて、世界を妖怪の住処とする。人は全て死に絶えて、妖魔がこの世を支配する。
紅鴉猟兵団は、聖地に支配領域を拡大させている。傭兵団のように権力構造に根付くのではなく、武力により権力者達を実質支配している。権力に必要不可欠な存在となり、人の上に立つ。
天狗一族の宣言を、紅鴉猟兵団は実行に移している。考えてみればこいつらは傭兵団とは違い、権力を求めるのではなく動かしている。実効支配が、こいつらの狙いだったのか。
息を吐いた。異世界に来てまで、どうして人外の事情に関わらなければならないのか。魔法だけで精一杯だというのに、これ以上俺の常識を壊さないでもらいたい。
しかし、そうなるとまずい。こいつらは人間なんて歯牙にもかけない。ならば、人質の命も考慮しない。必ず潰しあわせて、人質を救出しなければならない。
エテルナ同様、なんとしてもこの天才の注意を俺に引きつけなければ悟られてしまう。会話を、続けなければならない。
「人と妖怪は同じ世界に生きられない、と考えるのは早計じゃないのか」
「人間同士でも、差別は起きている」
「妖怪同士でも、差別はあるだろう」
「まるで知っているかのように言うね」
「うちにも妖怪はいるからな」
「――どうして、妖怪を受け入れている? 差別しているくせに」
取っ掛かりを、感じた。初めて向けられた俺への質問、会話の流れ上起きた質問ではない。他人に興味を持たなければ気づかなかっただろう、あまりありがたさを感じないが。
他人と会話をするというのは、こういう事なのか。他人を知るだけではなく、他人に知って貰うべく話をする。他人を知りたいと思うだけでは、結局自己満足でしかないのだ。
他人との交流というのは、存外に奥が深い。異世界で成り立たせているというのは、苦笑いがこみ上げる。日本人同士だと、家族であっても殺し合いになったというのに。
今俺という人間の隣に居るのは、ノアという人外であった。
「区別だと言っただろう」
「同じ」
「違う。同じだと思うのは、お前が他人を認識していないからだ」
「意味が分からない」
「他人に興味が無いから、区別と差別の違いが分からないんだ。興味がなければ、どちらでも同じ事だからな」
「だったら何が違うのか、言ってみて」
「人間に近い外見をしていても、俺はお前の言う妖怪を人間だと思った事は一度もない。だけど妖怪だから、人間より下だと思った事もない。
自分と違う存在だと受け入れて、区別する。けれど差別はせずに、互いに交流して相手を知る。それが関係ってもんだ」
「……」
「お前は多分誰とも関係を持った事がないんだな、だからその違いが分からない。違いが分からないから、何もかも一緒くたにしようとする。
断言して言える。妖怪だけの世界を作ったところで――
その違いが分からない限り、お前に関係なんて作れないよ」
フロントガラスに映っているのは自分だった、ノアの顔はもう見ていない。これは会話の延長であり、説教や教育なんぞするつもりは毛頭ない。
こいつと同じく、俺もまた事実を言っただけだ。自分を大事にして、他人を受け付けない。自分本位になれば、自然と他人を見下ろしてしまう。そういう人間は差別と区別の違いが分からない。
他人を意識し始めた途端、俺は本当の自分を知った。だけど今でもそれが本当にいいことだったのか、確信は持てずにいる。弱い自分を知れば、卑屈になりかねないから。
強い少女は、決してブレたりしない。弱者に感心を寄せず、自分の目で前を見ている。
「区別できるから、貴方は妖怪と共存しているの?」
「俺だって、何でもかんでもいいって訳じゃないからな。ゴキブリ怪人が現れて僕も仲間に入れて下さいと言ったら、どんな理想があってもキモいの一言で蹴り飛ばすぞ」
「実に、よく分かった」
「だろう?」
「妖怪は可愛い女の子ばかりだもんね、"キミ"のところ」
「男に恵まれないことが、うちの組織の悩みどころだ」
俺だって博愛主義者じゃない。大層なことを言っているが、本当に自由平等な視点を持ててはいない。こいつも言っていたが、同じ人間でも好き嫌いはあるからな。
先ほど例を挙げたが、ゴキブリとかアメーバーみたいな外見をしていたら容赦なく差別していたかもしれない。人を喰う妖怪もきっと居るだろうからな、実際の共存は難しいとは思っている。
そういう意味では差別しないのではなく、出来ないといった方がいいのかもしれない。人間や妖怪に限らず、弱者はどの種族でも下っ端なのだ。平等なんてのは、下の存在が叫ぶ理想でしかない。
そうして馬鹿な事を言い合っている間に、現地へ到着。頃合いを見計らって――人質救出作戦は、実行された。
作戦の指揮権を委ねた以上、作戦司令本部への介入は許されていない。俺は素人に過ぎない、プロの作戦行動に口を出す事は人質の生存率を下げるだけだ。
妹さんが調べてくれた人質の居場所は、意外にも聖地の中に在った。下手に遠ざけるよりも、自分の支配領域に置く方が有効だと判断したのだろう。傭兵団の自信が窺える。
相手の誤算は、同じプロを敵に回された事。まさか猟兵団が突入してくるとは想定していなかったのか、犯人達も浮き足立っているらしい。次々とやられて、捕縛されている。
本作戦において、殺しは基本的に厳禁だ。この犯人達はカレイドウルフ大商会を脅かした憎き敵、断罪は彼らによって下される。猟兵団にとって、犯人達は言わば"実績"でしかなかった。
「正に、電光石火だな」
「傭兵団は無関係というスタンス、主力は置かない」
「傭兵団と直接繋がりそうな主力は置かないか、なるほどな」
直接誘拐を実行した連中と誘拐した人質を管理する連中は別だと、ノアは言い切る。カレイドウルフ大商会の裏をかける連中こそ主力、奪って隔離すれば後は交渉のみ。
人質管理の連中も決して無能ではないが、プロの猟兵と戦える実力まではない。エテルナもそれを確信しているからこそ、その後の手柄話にまで持ち込んだのだ。油断のならない連中だ。
作戦成功は猟兵団にとって大手柄であるだろうが、俺にとっても二重の意味で朗報だ。人質の救出と、今から行われる人質の救出作戦への関心はますます薄れる。
俺はこうしてノアを張り付かせ――エテルナの注意は今から、この人へと向けてくれる。
「お待たせ致しました、旦那様。今宵はお力添えを頂きまして、心から感謝を申し上げます」
「人質の無事を確認した後で、その言葉を彼らに向けてやって下さい」
「交渉はエテルナとやって。うちの者に、後で作戦司令部まで丁重に案内させる――ところで」
「何だよ」
「この人、旦那様と言った」
「それが何だよ」
「エロいね」
「ふふ、旦那様の御命令ですから」
「さり気なく嘘をつかないで下さい!?」
天才と才女のマイペースは化学反応を起こすと、とんでもない事になる。作戦が成功したのなら、さっさと人質救出へ向かうとしよう。鐘の鳴る時刻が、迫っている。
制圧されたアジトに突入。火花はまだ飛び散っているが、怯む人間はこの場に一人もいない。犯人達は地面に転がされて、悲痛な呻き声を上げている。
凄まじい惨状に顔をしかめていると、走っていた通路の先よりこちらへ逃げ出して来た傭兵が来る。竹刀袋に手をかけるより早く、ナイフを投擲――行動が、早い!?
「よっ」
指先で飛んできたナイフを摘み、ノアがそのまま投げ返す――傭兵の足に刺さって、転倒。優雅に接近したセレナさんが、ヒールを喉に突き刺す。えええっ!?
続いて走ってきた、もう一人の傭兵。曲がり角を抜けてこちらへ顔を出した瞬間、ノアの膝が傭兵の顎を砕く。血飛沫を上げた口元から、血と歯が飛び散った。
苦痛に呻く傭兵だが驚愕の戦意で持ち直してナイフを取り出したが、その手に――果物ナイフが突き刺さった。セレナさんが一礼すると、傭兵が声もなく倒れ伏す。
一連の行動を、俺はただ見ているだけだった。
「行くよ」
「参りましょう、旦那様」
「……俺が行く必要が全くない気がしてきた」
ボク、そのレベルの傭兵一人に死に物狂いで戦っても全く勝てなかったんですけどね。殺されずに済んでよかったとホッとしていた自分と、こいつらの差が酷すぎる。
飛んでいたナイフを指で掴むなんて、映画の中でしかありえないと思っていた。メイドが戦う世界があるなんて、どうやって想像出来るというのか。
自分の存在価値について悩む暇もなく、現場の猟兵達の元へ到着。ノアが作戦状況を聞いて、人質が幽閉されている場所までのルートを確保出来たとの事。急いで、向かう。
現場へ向かったその矢先――言い争う声が聞こえてくる。
「いいから大人しくついて来い、殺されたいのか!?」
「わ、私を連れて行けばいいじゃないですか、人質は私一人で十分な筈です!」
「お前は所詮オマケなんだよ、自惚れるな。俺達の目標は、そこのお嬢様だ!」
「お、お嬢様に触れるのは許しませんよ!」
「何が許さないだよ、ビクビク震えているじゃねえか!」
「マイア、もういいわ。危ない真似はやめなさいですの!」
「おべっかなんて使う必要はねえよ、何事も命あってこそだろう」
「カリーナお嬢様は、私を引き立てて下さいました。この方は、私の恩人なんです!」
「……マイア、貴女……」
「そ、それに怖くなんてないです。絶対に、お客様が助けに来てくださいますから!」
「お客様? 何馬鹿なことを言っているんだ。こっちが急いでいるんだ、どかねえと殺すぞ!」
「いっ……嫌です……お嬢様は、わたしません!」
「だったら死――ガッ!?」
「――どいつもこいつも、俺をヒーローにするのはやめてくれないかな」
一度奇襲に失敗した経験を生かし、脳天ではなく後頭部を背後から竹刀で直下に叩き落とす。今度という今度こそ、傭兵を一撃で気絶させることができた。やれやれ、ようやく一人倒せた。
ノアが素早く近付いて、傭兵を捕縛。薄暗い部屋の中俺が姿を見せた途端、まるで登る朝陽を見たように、マイアが目を潤ませて表情を明るくする。汚れているが、とりあえず怪我は無さそうだ。
セレナさんは即座に駆け寄るような無礼をせず、己が主人――カリーナ・カレイドウルフのご機嫌を、伺った。
「セレナ、車と運転手を手配。この子を、病院へ運びなさい」
「お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、病院に縁のある生活を日々過ごしております」
「うちの勤務が過酷だと当て擦っておりますの!? いいから、早く連れて行きなさい」
「か、カリーナお嬢様、私はいいですからまずお嬢様を――」
「カリーナにはやるべき事がありますの。そうですわね、リョウスケ」
「――どんな状況でも、カリーナは変わらないな」
「当然ですわ、卑劣な脅迫に屈するカレイドウルフではありませんの。それに――カリーナには信頼出来る"友"と、心優しい"お友達"がおりますから」
「お嬢様……」
「マイア、お前はこのカリーナに命を救うという大きな貸しを作りました。お前にしか出来ないことですの、胸を張りなさい。
今後、その素晴らしき価値のある命をドブに捨てる真似は許しません。自分の城を築き上げるその日まで、命を大切にしなさい。いいですわね!」
「グスっ……はい! わたし、がんばります!」
……勘弁してくれ、本当に。どいつもこいつも、どうしてこんなに立派な人間ばかりなんだ。雇用主の為に命を張る運転手と、一介の運転手を立派に讃える主人。眩しくて、目が眩む。
溜息を吐いていると、カリーナ姫様が手を差し出してくる。恭しく触れると、か細くはあるが――手先の震えが、伝わってきた。見返してみても、お嬢様は怪訝な顔をするばかり。自覚がない。
自分の命を脅かされた恐怖と、自分の命を庇って友人が殺されそうだった不安。信頼しているとは言ったが、どうしても断ち切れないものだ。
安心させようとして、頭を振った――庇ったマイアにも、マイアを諭したカリーナにも、無礼というものだ。
「カリーナ姫様、間もなく鐘の鳴る時刻です」
「よろしい、派手に知らしめてやりましょう。この聖地にカリーナあり――このベルカに、神の如き存在がいる事を」
神の如き存在――神ではなく? ふと疑問がわいたが、単なる言葉遊びだろう。表現の多少の違いをいちいち指摘するなんて、小姑ではないか。
この誘拐事件は片が付いたが、猟兵団やカレイドウルフにとってはむしろこれからが戦いだ。高度な交渉戦、手柄争いという誘拐よりも爛れた大人の交渉が始まる。
カレイドウルフとの交渉となれば、副団長のみならず、トップも介入してくるだろう。猟兵がこの事件の後始末に、上層部がカレイドウルフに取り掛かっている間に、ヴィクターお嬢様を救い出す。
こちらの動きは、妹さんがリアルタイムで察知している。既にリーゼアリアが救出部隊を動かしているだろう。猟兵団の主戦力はほぼ全て、ここに集っている。
カリーナ姫様を送るべく俺が同行すれば、当然ノアも付いてくる――これで、邪魔者はいない。事件は解決だ。
「これ」
「何だ、このメモ」
「わたしの連絡先」
「いや、貰ってどうしろと」
「交換」
「……俺の連絡先を、教えろと?」
「ん」
「何でプライベートの連絡先を――ああ、もう、分かった。これだよ」
書いてやるとノアは一瞥して、破り捨てる。思わず怒ろうとした途端、ノアは手先で俺の連絡先を入力――通信画面が、展開した。
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
「ノア」< やっほ |
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
| 直接話せよ >「良介」
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
「ノア」< 今、何してる? |
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
| 一緒じゃねえか!? >「良介」
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
「ノア」< メイドはエロいね |
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
| (゚ε゚(O三(>_<`)oシツコイヨ!>「良介」
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
「ノア」< キョニューダッタ>(゚ε゚(O |
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
| いいから行くぞ >「良介」
| |
ゝ___________,ノ
γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
「ノア」< おk |
| |
ゝ___________,ノ
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
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