とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十四話
聖地で行われたヒーローショーは正義の心に目覚めたファリンにより、大歓声で幕を閉じた。英雄の復活を喜ぶ民衆の声は、猟兵団や傭兵団が作り出した不穏な空気を吹き飛ばしてくれた。
今宵は聖なる夜であり、聖王様の復活を記念する祝福の宴。日本の神である天照大神が閉ざした天岩戸の扉も、八百万の神の笑い声で開かれた。ファリンの明るい声が、人々を祭りに誘い出す。
ヒーローショーを観に来ていた大勢の観客は勿論、ファリンの呼び掛けに応じた民衆も家から出て、聖地の祭りを大いに囃し立てる。こうして、復活祭は始まりを告げた。
魔女の企みを打破して、敵勢力の姦計も叩き潰した。だからこその始まり、聖地を支配する敵は神すら恐れぬ地獄の鬼共である。
「いかがでしたか、良介様!?」
「鼻息荒くして詰め寄ってくるな、鬱陶しい――連絡してみたが、"十字行"は滞り無く行われているようだ。邪魔立てされずに、先導メンバーは神を迎える儀に参列したそうだ」
「マスターの思惑通り、教会組の汚名も返上されたんだね。神を迎える儀式は今宵初、聖地の歴史に名を残す偉業に加われたんだから」
「退院した聖女様もご挨拶に入り、ルーラーを筆頭としたシスター達の働きに感謝してくれたそうだ。公式の場での口添えは大きい、お立場ある身でよく言ってくれたものだと思うよ」
「マスターが参列するように進言したんだ、当然だよ」
「何を言っているんだ、俺は聖女様には進言していない。なのにあの人は俺の意向を察して、シャッハ達の立場を守ってくれたんだぞ」
「あの女は、マスターの娼婦じゃないか。マスターの為なら何だってやるさ」
「――『ローゼ』、アホな事を言っているイレインと交代」
「事実を言ったのに酷いぃぃぃぃぃ!?」
戦闘モードのイレインは断末魔を上げてモデルチェンジ、執事服を着たローゼに瞬時に切り替わった。正式に"起動"した以上イレインは主人格なのだが、俺の言う事は聞いて入れ替わった。
素直ではない一面もあるが、基本的に聞き分けはいい子。重宝してやりたいのだが、ローゼとは別次元のアホなのが玉に瑕。主人の俺のように、客観的な視点を持ってもらいたいものだ。
イレインと同じくローゼも内で見ていたのか、俺に事情を聞かなかった。無事に取り戻したファリンを見て、どこか得意げな顔をする。
「お役に立てたでしょう、主。ローゼが本気を出せば、このように万事滞り無く解決致します」
「ヒーローショーを振り返ってみると、結局俺が全て段取りした気がするんだが」
「段取りが成立する前提として、このローゼとイレインの存在があります。オプションの支配という安全策がなければ、あれほどの強攻策は難しいでしょう」
「指揮官型は戦略を分析出来る事が、何だかムカつく」
「イレインとは違い、ローゼは空気が読める良い子なのです。聖女様の正体は娼婦などと、主の前では決して口にはしませんよ。正直者は馬鹿を見る時代です」
「お前らの主導権争いって、俺を軸に起きているのか!?」
映画とかでは二重人格の人間は自分の主導権争いを行っているが、こいつらは自分よりも俺からの評価で争っているらしい。アホという時点で、評価はどちらも同一線上だというのに。
気にしていない素振りを見せているが、人々に元気に声をかけているファリンを見る目は優しかった。オプションだと言っているが、イレインも気にかけてくれた事は忘れない。
ローゼやイレインのおかげでファリンは取り戻せたが、これで確実にこちらの動きが魔女に伝わってしまった。残るはミヤとドゥーエとクアットロ、如何なる策略を仕掛けてくるのか。
問題は、他にも残されている――ローゼの変身を一部始終見ていた、このガキンチョだ。
「……いま、へんしんしましたよね?」
「主、聞かれておりますよ」
「指揮官型の分際で、自分の事を俺に回しやがった!?」
イレインからローゼにモデルチェンジした理由は、別にイレインのアホな言動によるものだけではない。ファリンが聖地のヒーローなら、ローゼは聖地の救世主なのだ。
聖王のゆりかご事件で聖女様や聖王教会騎士団を救ったのは、ローゼとされている。騎士団不在で起きた聖地の戦災でもローゼは積極的に働きかけて、多くの民を救ってきた。
メディア展開されたという意味では、ローゼの方が知名度は高い。ファリンの声掛けに合わせて、救世主のローゼが導けば、聖地の人々は確実に復活祭へ参加してくれるだろう。
そのローゼが自動人形だと知られる事は、あまりよろしくない。こんなガキンチョ一人に何を言われても影響は少ないだろうが、無視していいものではない。
「ファリンは見ての通り、正義のヒーローだ」
「はい」
「こいつは、変身ロボだ」
「なるほど!」
「何故か妹さんが納得している!?」
傍で聞いていた妹さんが深く頷いている。異世界に特撮があるのかどうかも分からんが、ガキンチョは実に冷めた目でローゼを見やっている。納得したというより、どうでもいいのかもしれない。
実に子供らしくないが、別に珍しくもなんともない。なのはやフェイト、はやて達といった子供達と関わっているので、子供に対する見方は奇異になってしまっている。
彼女達と異なる点は、荒んでいる事だろう。全身に至る暴行の痕に加えて、心も恐らく傷だらけになってしまっている。傷つけば誰でも痛いが、傷つき過ぎると痛みは麻痺してしまう。
世界に希望を持てない子供は、世界に興味を無くしてしまう――珍しくはないのだ、俺も似たようなものだったから。
「エレミアとか言ったな。お前、一人なのか」
「ひとりやったら、なんやいうんですか」
「一人なんだな。親とかはどうしたんだ」
「だから、なんやいうんですか。かんけーないでしょう」
「関係あるぞ」
「なにがですか?」
「こうして、出逢ったんだ。関係はあるじゃないか」
こいつにとっては何の価値もないのだろうが、俺にとっては意味合いが全く異なる。人生を普通に過ごしていれば、異世界で生きている子供となんて出逢える筈がないからだ。
人生、一期一会。自由に旅していた頃より、安住する今の方を大切にしている事に我ながら苦笑してしまう。何もかも素通りしていたあの頃、一体何が楽しかったのだろうか。
自分の弱さをハッキリ自覚した今となっては、子供とのこうした関係も価値はある。たとえすぐに無意味に別れるのだとしても、出逢った事実は決して取り消せない。
などと言っても、子供に分かる筈もないのだが。
「うちとかんけーをもってどうするつもりなんですか」
「どうするってお前、逆に聞くがどうすると思っているんだ」
「あぶないひとについていったらあかんと、ともだちにいわれてます」
「俺が危ない人間に見えるというのか」
「ひーろーと、へんしんろぼ」
「同類だと思われている!?」
心に傷がある子供は口が重くなるという都市伝説があるが、それは事実でもある。世界に興味が無い子供は、他人にも興味が無い。異常な警戒心は単純に自衛であって、他人にどう思われようと何とも思わない。
会話していても弾まず、実に鬱陶しそうにしている。汚れた顔は鬱屈しており、傷に荒れた手足は忙しない。この傷は、言うならハリネズミの針なのだろう。他人を、寄せ付けない。
ヒーローショーで大勢集まっていても、一人ぼっちのこの子に誰も声をかけていなかった。虐待だらけの少女は爆弾に等しく、関わりたくなかったのだろう。
俺も好んで関わっているわけではないのだが、ファリンとの繋がりがある以上無関係ではいられない。
「友達はいるんだな」
「かんけーないでしょう」
「なのに、一人という事は――見捨てられたな」
「!? まちあわせしてました!」
「なるほど、待ち合わせしているのか」
「っ……あっちいけ」
あっはっは、口を滑らせて怒っていやがる。指摘されて怒るところを見ると、どうやら既に待ち合わせ時間は過ぎているらしい。一人ではなく、一人になってしまったのか。
ファリンが誘いかけても、俺が積極的に話しかけても動こうとしないのは、此処が待ち合わせ場所だからだ。ふーむ、そうなると管理局や教会には預けられそうもないな。
無理やり引っ張ったら、誘拐になってしまう。この頑なさでは、どれほど説得しても無駄だろう。仕方がない、友達が来るまで一緒に待ってやるか。
どうせ"十字行"はルーラー達が頑張ってくれている。ファリンも無事取り戻せたので、俺の仕事自体は終わっている。魔女の企みは潰せたので、後は敵連中の動向を探って――
「良介様、御覧下さい! 皆様に呼び掛けまして、"徹夜祭"が開催されましたよ!」
「よくやったぞ、ファリン。後は"ミサ"だな、ローゼ」
「お任せ下さい、主。日々の救助活動の成果もございまして、聖王教会より直接ローゼにご依頼を受けております。行ってまいります」
「あっ……よみせが、でてる」
「徹夜祭だよ。ベルカの伝統的な食べ物を盛大に振る舞い、夜から明け方にかけて教徒達がこうして集って聖地全体で神の復活を祝うんだ。
聖王が復活した事を祝う鐘が鳴らされる"ミサ"という神聖な行事より、盛大な祭りが開催される。徹夜祭は言うなら前祝い、食事会みたいなものだ」
復活祭とは聖王が復活した事を記念する記念日で、聖王教会が祝日として制定。前菜からデザートに至るまで、沢山の料理が長く緩やかな時間をかけて無料で振る舞われる。
聖地には今各地より多くの人達が集まっていて、食文化もそれぞれ異なるのだが、聖なる夜である今夜のみベルカの伝統的な料理が味わえる。宗教の信仰と、商売の利権が複雑に絡み合った結果だ。
祝日の制定や貴重な食料の提供なんて、権力や財力無しで行える筈がない。カリーナ・カレイドウルフを筆頭とした大規模商会連盟と、宗教権力者達の支援同盟あっての復活祭だった。
聖王の復活は聖王教会の全盛を誇らしく喧伝し、復活祭の開催は聖地の威厳をミッドチルダ中に宣伝出来る。権力者や財力者の旨味が民にも滑りこんで、こうして大いに祝える。
権力構造を考えるとうんざりするが、俺としては聖地の安寧に繋がればどうでもいい事である。支配権争いやゆりかご事件で聖地も民も不安に揺れている、彼らを救えれば誰が潤おうと関係ない。
"十字行"で聖王教会が神を迎え、救世主であるローゼが始まりの鐘を鳴らす。その後カリーナ・カレイドウルフの祝辞により、人々は記念の日を迎えた事を実感するだろう。
祝福の日の祈願とも言うべき祝辞は通常司祭様が行うべきなのだが、宗教権力者達からすれば自身の権威を示せる絶好の機会。我先にと群がって、宗教権力闘争になりかけた。
馬鹿馬鹿しい争いを止めるべく、俺が妥協案として提示した顔役がカリーナ・カレイドウルフだった。権力者も、大商会の顔は立てなければならない。彼女であれば、誰もが納得するしかない。
この時ばかりは本気で、カリーナに感謝した。彼女の存在がなければ復活祭を巡って、また権力争いになっていただろう。戦争を止めるべく開催した祭りで、戦争が起きるなんてふざけている。
「よかったら、何か食べるか? 奢ってやるぞ」
「……そうやって、どこかにつれてくつもりですか」
「何でお前はまず第一に、誘拐を疑うのか」
「ドレスきてますから、かねもちやとおもってるんでしょう。おじょーじゃないですよ、うごきづらいからこんなふくきらいやし。それに……こんな、きたないしゃべりかたですし」
「汚い話し方? 別に普通だと思うけど」
「しらじらしい……へんなしゃべりかたやと、おもってるんでしょ。おじょーらしくないとか、よういわれる」
「何だ、それでさっきから変にたどたどしく敬語で話していたのか。つまらん事を気にしているんだな」
「つまらない?」
「お前だって、自分でつまらない事だと思っているんだろう。言っておくけどな、子供で納得出来ない事は大人になっても納得出来ないぞ。大人だからこそ、つまらん事に拘るもんだ。
お前はまだガキンチョなんだから、好きなようにやればいい。動きづらいのなら、そうだな……ジャージでも着ればいいんじゃないか」
「――ジャージなんて、おんなのこらしくない」
「女の子らしくても、自分らしくはないと思っているんだろう、そのドレス」
「……」
「話し方だって、別に変だと思わんぞ。俺の故郷では、お前みたいな話し方をするガキを最低二人は知っている。お前よりずっと女らしくない、生意気なガキ共だよ。
いいじゃないか、お前のやりたいようにやれよ。丁寧な話し方だって、自然に覚えるさ。お前がちゃんと、他人と話せるようになったら」
「そんなこと……いわれたこと、ないです」
「そうなのか? お前の周り、つまらん大人が多いんだな」
「ふっけばいんさんの周りには、いたんですか?」
「! 何故その名前を!?」
「けはいで」
「だからお前、俺を警戒して……まあいいや。俺の周りには、いなかった。"竹刀"振り回す凶暴な女が一人いて、俺の言葉遣いも生活態度も、何もかも悪くなった。端的にいうと、グレた」
「だめやないですか」
「あはは、そうだな。だからさっさと出て行って、旅に出たんだよ。色々あったけどこうして此処について、お前と話している」
「……たび、か……」
ガキンチョ相手に熱弁するような話ではない。残念ながら過去すら庶民的であり、偉人のような劇的な人生を送っていない。捨て子である事も今の世の中、珍しくも何ともない。
だがそれはきっと、このガキにだって言える事だ。子供だからこそ、自分の悲劇さえも特別に捉えてしまう。学校でイジメられたガキが自殺するように、自分の箱庭の中でしか物事が見れない。
俺は自分が正しいと思って、言っているわけではない。俺はたまたま巡り会った連中に恵まれていただけだ。だからあくまで、自分の体験談を話しているに過ぎない。
黙りこんでいるガキンチョのお腹が、不意に鳴った。
「腹減っているんじゃねえか。買ってやると言っているのに誘拐だの何だとの、たく……じゃあ、これをやるよ」
「これ――は、なんですか?」
「おにぎりだ。いいから、食べてみろ」
アリサが持たせてくれた夜食を渋々譲ってやり、俺は出始めた夜店でポップコーンを買ってきた。映画やヒーローショー等に出展するお店に、ポップコーン販売率が結構多いのは世界の謎だ。
がきんちょは警戒というより哀しげにおにぎりを見つめていたが、震える手で口に押し込み――
目を、丸くした。
「……おいしい」
「当たり前だ、アリサが握ってくれたおにぎりだぞ」
「なんで……"エレミア"のせいで、あじも、においも、いたみさえも――かんじなく、なってたのに……なんで……」
――幽霊だったアリサは生の感覚全てを失い、食事には羨望と思い入れがあった。そんなあいつが追求する料理とは、「幽霊でも美味しく食べられる」調理法らしい。
ガキンチョは涙も鼻水も垂れ流して、ガツガツ食べていた。乙女が流す涙は神聖だと言われているが、ガキンチョが泣いたら単に汚らしいだけである。やれやれだ。
人がくれてやったおにぎりを全くありがたみもなく平らげて、まだ泣き出す。お母さんの味でも思い出したのだろうか、難儀なガキンチョだった。
と、ガキは俺のポップコーンを見ている。おいおい……
「――それ、おいしいですか?」
「ジャンクフードが不味いってのは、致命的じゃねえか。覚えておけ、ガキンチョ。安くて美味いジャンクフードこそ、神だ」
「かみ」
「そうだ、ジャンクフードこそ神だ。高級料理なんぞ、クソ食らえだ」
貧乏時代を盛大に思い出して、俺は司祭様のように威厳のある宣言を述べる。拾い食いしていた放浪時代、100円単位で食べられるジャンクフード様を拝んで食べていた。
今は栄養ある手料理を食べられているが、貧乏時代の経験は忘れられない。異世界に来てからそれは顕著になっており、ジャンクフードが懐かしくなる。
……待てよ? 異世界で、日本のジャンクフードを販売するというのも――
「剣士さん」
「おっ、どうした妹さん」
「セレナさんの"声"が聞こえてきました。お一人で、この近くを探索されております」
「この近くで、何か探している? 妙だな――そろそろ鐘が鳴るというのに」
カリーナ・カレイドウルフの従者、セレナさん。彼女は今立場を離れて俺の秘書を務めてくれているが、大切な日である今日はカリーナに同行している筈だ。
復活祭を始めるにあたって、カリーナの祝辞は非常に重要だ。あの子が居なければ、宗教権力者達の統率が取れない。権力者達は支援を約束してくれているのだが、過剰な支援は干渉になる。
仕事には忠実な彼女が、大切な日に休暇を取るとは思えない。どうして単独行動なんてしているのか――嫌な予感がした。近くに居るなら、探してみよう。
俺と同じく、ガキンチョは俺がくれてやったポップコーンをモリモリ食べながら辺りを見渡している。
「おかしいな……なんで、けえへんのやろう――どこに、いったんかな」
<続く>
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