とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十三話




 異世界ミッドチルダの結界魔法は、大別すると二種類に分かれる。封時結界と封鎖魔法、聖王のゆりかごが眠る聖王廟はこの二種類の魔法を結界魔導師が多重に張り巡らせている。

封時結界とは通常空間から特定の空間を切り取り、時空間を任意的に隔絶する魔法。周囲に影響を与えたり、あるいは周囲から固定の空間を目撃されたりしないように使用される。

この結界は術者が許可した者や結界内へ進入する承認を持つ者以外には、結界内で起こっている事の認識や進入が行えない。封じる事に長けた、結界魔法である。

封鎖魔法とは空間の一部を切り取って、特殊な性質を付与する魔法。結界として空間を切り取る際、術者が選択した条件に見合う対象のみ内部に残す機能を有している。

封時結界は特定の空間を丸ごと封じるのに対し、封鎖魔法は特定の対象を封じる。つまり聖王教会は聖王のゆりかごを封鎖し、聖王廟を封時しているのである。高度な結界である。


二種類の魔法の長所を最大限に生かした、結界魔法――ゆえに、短所は多重の長所の中から生まれてしまう。本来ならば、問題がない筈の短所を。



結界内部でどんな問題が発生しても、結界の外からでは何も分からないのである。










 山間部の戦場から遠ざかるにつれて、逆に戦闘音が激化していく一方。山に蒼い稲妻が降り注ぎ、木々を切り裂く銃声が響き渡る。激しい攻防戦が繰り広げられている事が肌に伝わってくる。

アンチマギリンクフィールドの影響下では、魔導師の持ち味が殺される。逆に、傭兵達の銃火器が最大限生かされる。味方が不利となり、敵が有利となる、山間の壮絶なサバイバル。

その有利が敵の立場を殺す。有利な戦術であるがゆえに、長期的な戦略が行えない。魔導師とはいえ年端もいかない少女一人に、傭兵達が使用禁止の銃火器を向けて殺す。大義名分は破壊された。

ここまでの戦乱となれば、宗教権力者も隠蔽出来ない。あらゆるメディア戦術を駆使しても、庇い立てしようがない。傭兵も猟兵も大いにイメージを損ない、発言力は低下するだろう。


ただ、やはり――


「……レヴィちゃん、大丈夫でしょうか?」

「たく、心配症だな……あのガキなら何があっても大丈夫だよ」

「そ、そうですよね。リョウスケの娘さんですもんね!」

「――あいつの娘だと思うと、心配になってきた」

「おい、コラ」


 白旗は多くの勢力に狙われる危険な勢力であり、聖女の護衛には相応しくない。そういったイメージの低下を狙おうと、この状況下では武勇伝へと鞍替えしてしまうだけだ。

レヴィ・ザ・スラッシャーが勝利すれば、あの子は聖女を守った英雄となるだろう。見目麗しい少女だ、気品ある聖女の護衛にも釣り合う。メディアは大いに飾り立ててくれる。

ミヤは心配しているようだが、アギトの言う通りレヴィなら一人でも大丈夫。捜査官のルーテシアと魔導師のユーノが残ってくれている。後方にはレオーネ氏達もいる、最早連中に退路はない。


あのレヴィの決断のおかげで誰もが胸を熱く震わせ、己の使命を果たそうとしている――苦難の山間部を突破して、俺達は聖王廟に到着した。


「マイア、運転お疲れ様。帰りもよろしく頼む」

「はい、分かりました。ノエルさん、バスの点検をしますのでお願いします」

「畏まりました、マイア様――ファリン、ローゼ。旦那様と忍お嬢様を頼みましたよ」

「はい、ノエルお姉様!」

「いざとなれば主の足を折って運ぶので、お任せを」

「お前を留守番させたいわ!」


 聖王教会騎士団が警備する聖王廟にまで襲撃を仕掛けるとは思えないが、何事にも例外はない。観光バスで待つマイアとこの場所の護衛に、自動人形のノエルを残しておいた。

本当ならローゼかファリンを残したいのだが、臨機応変な対応にあまり期待できず、個人の意志で好き勝手やりそうなので、配慮が行えるノエルにお願いするしかなかったのだ。

ローゼが強化改造した観光バスに被害は出ていないが山間部の襲撃を強行突破したのだ、点検は必要である。帰り道も考慮して、二人には万全を期しておいてもらいたい。


さて、ひとまず現地まで聖女様を無事にお連れしたのだが――


「管理外世界出身ゆえの感想で恐縮ですが、結界魔法とは凄いものですね。現地にまで訪れても、聖王のゆりかごは姿形も見渡せない」

「聖王教会“は”優秀な結界魔導師に所属して頂いております。聖王のゆりかごは聖王教会の最秘奥、世俗の目が届かないように万全の配慮がなされております」

「……シャマルの奴でも、この結界を破るのは一苦労だろうな。もし破れたとしても、術者には完璧にバレちまう」

「索敵や探知魔法にもかからぬように、細部に至るまで考慮されている。外的要因の一切を排除した、見事な技だ」


 かつて古代ベルカ時代に栄えた町の跡、半ば深い土に被われた廃墟の跡が見られるだけの大地。雑草一つ生えない赤焦げた地は、退廃の雰囲気を濃厚に醸し出している。

隠しているという様子も一切見られない。空間的に閉ざされている以上、仮にこの地を走り回っても何処にも何も激突しないだろう。馬鹿丸出しなので、絶対にしないけど。

一応念の為に、巫女装束で今日という日の準備をしてきた神咲那美に耳打ちする。


「今のところ、どうだ?」

「霊障の現場で感じた、同質の霊気が感じられます。今のところ人的被害に及ぶ密度ではありませんが、楽観は出来ません。
十分な理解に及んでいませんが、その――結界魔法という手段で空間全体が閉ざされているのであれば、恐らくある程度の霊気は遮断されているのでしょう」

「結界が霊気まで封じてしまっているのか。不幸中の幸いといえるが、それでも」

「ええ、閉ざされていても聖地全体に影響が出ているのです。この結界の内部は、恐らく――」

「――騎士団とも連携したかったんだが、こっちの話は聞く耳持たなかったからな」


 聖王のゆりかご内部の玉座の間の怪現象、玉座の間を調査した人達が謎の失調に苦しめられている。この怪現象は玉座の間だけが取り上げられているが、那美は懐疑的に見ている。

幽霊は現世に干渉出来ないが、祟り霊クラスであれば自然現象まで引き起こせる。それほどの規模の霊魂が玉座の間に降臨していれば、ゆりかご全体も相当危うい状況に陥っているかもしれない。

霊障にまで及んでいないのは即効性がないだけで、結界内部に入った時点で蝕まれ始めるかもしれない。遅延性の毒は少しずつ体を蝕み、死に至らしめる。即座に影響がないから安全ではない。

聖王教会側にも伝えたのだが真面目に聞いてくれたのは聖女様のみで、騎士団は取り合ってくれなかった。俺でもアリサに会うまで、幽霊なんて鼻で笑っていたのだ。彼らに非はない。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、さりとて虎がいると分かっていて素手で飛び込む程馬鹿ではない。那美から聞いた話を皆に説明した上で、御札を取り出した。


「那美が作ってくれた、封気の札だ。邪気や霊気から人体を守ってくれる。ゆりかごの調査を行う上で、肌身離さず持っていてくれ」

「先生、オデコに貼ればいいのですか!」

「ケツにまで貼っとけ――真面目に取り合わないで下さい、聖女様!?」


 忍の茶化した冗談にいつも通り答えると、肝心の聖女様は顔を赤くしてシャッハさんにお願いしていたので慌てて止める。どうもこの人、俺の言うことを聞き過ぎるので困る。

護衛側としては対象が護衛の申し出を聞いてくれるのは防衛上ありがたいのだが、あくまで主は聖女様なのだ。むしろ俺に命令くらいして欲しいのだが、主導権の一切を渡すので取り扱いに悩む。

さて準備も終えたところでいよいよ聖王廟の内部、結界内へ突入する。閉ざされた空間に進入するには術者以外に、承認を受けた者のみ許される。


聖女様は全権委託されているのだが、俺達はどうすればいいのか尋ねると――


「私が結界進入の承認手続きを行いますので、私の手を取って下さい」

「――聖女様の?」

「はい。リョウスケ様はなるべく、私の手をギュッと握って下さいね。決して離さないように」

「俺だけ念入りに注意された!?」

「良介。事前に打ち合わせた通り、あたしを背負いなさい」

「あー、あー!」

「駄目よ、ナハト。ちゃんと勝負して白黒つけたでしょう。勝負の世界は非情なのよ、親子の情は関係ないわ!」

「あうー」

「……お前、教育ママになりそうだな」


 ユーリやシュテル、あのディアーチェまで、アリサには一目置いている。俺の娘だと紹介を受けたからには、宮本家の一員として厳しく接している。メイドは旦那を敬うが、旦那の子には厳しい。

ナハトもしょぼくれているが、拗ねてはおらずコンビを組んだファリンの背に乗る。白黒つけたとか言ったが、縄張り争いでもしたのだろうか。縄張り意識はなかなか深い。俺の背中だけど。

退魔師の那美も今日は気合を入れて、久遠を胸に抱いている。魔導師達もバリアジャケットを着装、騎士達も騎士甲冑を装備、ミゼット女史もローゼを連れている。

聖女様は引き続き、シャッハとヴェロッサが護衛。セッテも大きなブーメランをヨロヨロしながら手にして、お供役。万全な体制だった。


結界の前で、聖女様が手を掲げて魔法陣を展開。視野を埋め尽くす光が辺りを覆い尽くして――世界を、展開。



惨劇が、待ち構えていた。



「! こ、こいつら、聖王教会騎士団――全滅している!?」


 聖王教会特製の重甲冑を装備した騎士達が例外なく、全員倒れ伏している。血臭も何もなく、鎧も肌も一切傷一つなく、呻き声一つ立てずに、地に伏せていた。

慌てて駆け寄って一人一人に声をかけるが、返答はない。肌に触れてみるが、体温が感じられない。脈も調べたいのだが、甲冑が邪魔で調べるのに苦労させられた。

状態こそ分からないが、死んではいない。ただし命があるというだけで、状態は極めて異常かつ困難だ。死体だと言われても納得させられる、肌の冷たさだった。


「嘘だろ……騎士団長、あんたまで!?」


 聖王教会より直々に栄光ある長の座を授かった、騎士団最強の男が倒れている。他の団員と同じく触れてみると、冷たい。体温というより、生命力そのものを失っているようだった。

修道女を超える神格の持ち主まで、為す術もなく倒れている。神への祈りも、神の騎士たる強さも、何一つ通じない。強者も、弱者も等しくもがき苦しむ地獄そのものだった。


何が起きている、何がどうなっている、敵襲じゃないとすると、やはり霊障が――


「――すけ、良介ってば!!」

「アリサ!?」

「ちょっとは落ち着いて周りを確認しなさいよ、馬鹿。ナハト達が危ないわ!」

「何っ!?」


 立ち上がって後ろを振り返り、愕然とする。立っているのは那美と久遠、忍達とローゼ達自動人形のみ――守護騎士達やユーリ達は膝をつき、ルーラーや聖女達は倒れてしまっている。

退魔師と夜の一族、ミヤ達デバイスや自動人形は無事。守護騎士達やユーリ達は半死半生、他の人間は全員死の淵にいる。この時点で考えられるのは、一つしかなかった。自分の胸元を見やる。


封気の札が、灰になっている――破れたり、燃えたりもしていない。結界内部に突入したその瞬間に、崩れ落ちたのだ。尋常な霊気ではなかった。


一瞬にして失調させられる霊障の規模、プログラムである守護騎士達でさえも弱らせる霊的災害。俺には全く何の問題もないのは、背中でアリサが守ってくれたからか。

玉座の間どころじゃない、結界内部全体が既に怪現象に狂わされている。ゆりかご調査の日である今日に限って、どうしてこれほどの霊的災害が起きているのか、全く分からない。

ともあれ、安穏としていられる状況じゃない。アリサを背負ったまま、俺はユーリ達の元へ駆け寄った。


「大丈夫か、ユーリ、シュテル、ディアーチェ。くそ、どうしてこいつらまで!?」

「く、くそ、じ、人的要素を含むプログラムにまで汚染を――ぐっ」

「のろうさ!?」


 どうやらユーリ達は肉体よりも、精神的な苦痛を受けているようだ。霊障事故は体調面にばかり目に行きがちだが、呪いはむしろ悪夢のような精神的なダメージも誘発する。

プログラムされた身体だってデータ媒体そのものではない、傷付けば血を流す生身に等しい肉体なのだ。精神が苦痛を受ければ、信号で肉体的苦痛も与えられる。

ユーリ達は生まれたばかりなので、特に耐性がない。気絶するほどの重症ではないが、口も満足にきけないほど疲労困憊している。まずいぞ、これは。


皮肉な話である。戦場に置き去りにしたレヴィ一人が戦えて、彼女を置いてきた俺達が全員倒されてしまった。このままでは、あの子に合わせる顔がない。


「忍、妹さん。お前らは大丈夫なのか?」

「うう、苦しい……侍君の血があれば、元気いっぱいになるのに」

「なるほど、大丈夫そうだな――と言いたいが、本当に苦しそうなので血くらいやる。その代わり、何とかこいつらを外に運び出せ」

「えっ、侍君!?」

「主、いけません。この地で起きている事態は異常です、一刻も早く全員退避するべきです」


「お前にしてはまともな意見だが、そうもいかない。どうやら俺達を、安穏と逃すつもりはないらしい」


 聖王のゆりかご――古代ベルカの遺産の一つ、戦乱に荒れた世界を治めたとされる強大な質量兵器。全長数kmの飛行戦艦が、俺達の目の前に鎮座している。

アースラという前例を見ていなければ、圧倒されて声も出なかっただろう。宇宙戦艦、アニメや映画でしかありえない巨大な聖王の居城がそびえ立っていた。

剣士だとか、退魔師だとか、一切関係ない。人間としての本能で感じられる強烈な敵意、俺個人ではなくこの場にいる人間全てを殺せる殺意が渦巻いている。

霊的災害にして、人的災害。幽霊が放つ特有の害意は、過去のアリサに通じるものがある。だからこそ、真っ先に俺が感じ取れたのだろう。


「聖王のゆりかご内部の玉座の間、こんな真似しやがった幽霊は間違いなくそこにいる。そいつを何とか押さえない限り、全員無事に逃がせる保証もない。
今日の俺達の目的は聖女の護衛と、ゆりかごの調査だ。二つの目的を果たす為には聖女様達を逃し、元凶を取り押さえなければならない」

「でしたら、主。私も同行いたします。私は自動人形、霊的災害には無縁です」

「忘れるなよ、ローゼ。今の目的はさっき言った二つだが、俺達の最終目標はお前の自由だ。お前に今必要なのは敵を倒す強さじゃない、人を助ける優しさだ。
だったら敵を倒すのではなく、今この場で苦しんでいる人達を助ける努力をしろ。ここにいる全員を、お前が救助するんだ」

「主……」

「極めて不謹慎な言い方だが、敢えて言ってやる。これはお前にとってチャンスだ、最大限に生かせ。積極的に助けて、積極的にアピールしろ。
聖女様に騎士団、聖騎士に修道女。聖王教会の重要人物が、全員揃っているんだ。俺じゃない、お前が全員を助けるんだ。
俺はお前を、人間だなんて言うつもりはない。危険なロストロギであっても他人を助けられるのだと、お前自身が証明するんだ。

自分が何者なのか、お前自身が行動して示せ――分かったな、ローゼ」

「畏まりました、主。今こそ主の、そして皆様のお役に立ってみせます」

「それでいい。ユーリ達や守護騎士達は外に出して休ませればまだ動ける。忍にファリン、お前らも救命活動を手伝ってやってくれ」

「剣士さん、私も同行します!」

「ありがとう、妹さん。ならば、那美を助けてやってくれ」

「……ごめんなさい、良介さん……こんな事態になるなんて」

「まだ全員生きている、俺が何とかするさ――空間を閉ざしている結界が、今回の場合仇となったな」


 現地にまで来たのに霊災に気付けなかった最大の原因が、周囲を覆う結界だった。もっともこの結界のお陰でまだ聖王廟以外に霊障が広まっていない分、救われているとも言えるのだが。

いずれにしても、夜の一族や自動人形を連れて来たのには大いに救われた。人を失調に至らしめたのが人外であれば、人を救うのもまた人外。何が良くて悪いのか、人には判断出来ない。

人間に出来るのは、状況を小賢しく利用する事だけだ。先程ローゼに言ったのは説得する為でもあるが、本音でもある。教会関係者をローゼが救う意味は、非常に大きい。

何より聖女様本人を救うことが出来れば護衛だけではなく、後見人として頼み込む事も不可能では決してない。聖女様本人の人柄も考慮すれば、十分にありえる。此処が、正念場だ。


その為には、この状況を解決しなければならない。


「リョウスケ、ミヤも一緒に行きます!」

「駄目だ、お前はここに残って皆を回復させろ。アタシは救助とか苦手だから、こいつの面倒を見てやるよ」

「アギトちゃん、うう……どうか、リョウスケをお願いします!」

「ローゼ、ミヤだけじゃなく外にいるノエル達とも協力して人命救助にあたれ。俺がいいと言うまで、誰も結界の中に入れるなよ。ユーリ達がどれほど頼み込んで、絶対に止めろ」

「承知いたしました。主も、お気をつけて」


「悪さをしている幽霊を一人、こらしめるだけだ。行ってくる」


 神咲那美が久遠が加護し、妹さんが護衛と補佐。俺はアリサが守ってくれている。戦う人数は限られてしまったが、欠かせない人員は揃っている。俺達は、ゆりかご内部へ突入した。

巨大戦艦の内部は忍が喜びそうな複雑怪奇な構造、以前アースラで迷った時と同じく案内が無ければ目的地へ辿りつけない。その点、今回の調査では道標があった。


警察犬は匂いで犯人を追うが、幽霊や退魔師は霊気で幽霊を突き止める。霊気が強い方角を追っていけば、玉座の間へ辿り着ける。


忍や教会関係者と違って、俺達管理外世界の一般人は宇宙戦艦の内部にさほどの興味はない。遺跡発掘はある種男のロマンではあるが、緊急事態では広い構造は鬱陶しいだけである。

ただ、圧倒はさせられる。どこもかしこも整備されており、古代の異物とはとても思えない完成度を誇っている。近代社会を生きている俺達も、これほど大きな船に乗った事がない。

これほど巨大な戦艦が本格的に起動して空でも飛べば、世界規模の事件へ発展してしまうだろう。どうして破棄されてしまったのか、犯人の意図は分からなかった。

幸いにも内部にまで被害者はない。聖女のゆりかご調査に備えて、余計な人員を一切排除したのだろう。セキュリティシステムも一切停止しているのも、正直ありがたかった。

考えてみれば、騎士団が襲撃に駆けつけなかったのは霊的災害に遭っていたからかもしれない。彼らは彼らなりに、仕事をしてくれていたのだ。疑いをかけて申し訳なかった。


彼らの仕事のおかけで――俺達は無事に、辿りつけたのだから。


「な、何なんだ、この寒気……ア、アタシが、震わされてる!?」

「し、信じられない……まさか、本当に」

「――あちゃ……同行を申し出て、本当によかったわ。良介、今すぐ逃げなさい!」





 玉座の間――制御中枢である玉座に、"最後のゆりかごの聖王"が降臨していた。





『……再び、この地で戦乱が起きている……戦争は、今もまだ終わっていない……』


「戦乱……? 古代ベルカで起きた戦争の事か」

「耳を貸しちゃ駄目よ、良介。幽霊の言うことなんて、大抵は世迷い言なんだから」

「お前が言うのか、と心の底から思うのだが」


 軽口を叩いているのではない。口しか動かないのである。霊的要素でも何でもない、ただ単純に、純粋なまでに――圧倒されてしまっていた。


祟り霊。神の御業とまでされる自然災害を引き起こす、祖霊の顕現。退魔師の那美が恐怖に震えているのもよく分かる。素人の俺の目で見えるほど、現世に実体化までされてしまっている。

右目が緑、左目が赤のオッドアイの女性。騎士甲冑であろう戦闘衣装を着用し、肘の上まであるガントレットの部分甲冑まで装備。頑強でありながら、繊細な表情を宿した美姫。

玉座に着座する女王は若き身の上でありながら、老婦が如き深い悲しみに沈んでいる。絶望にさえ至れない、深海の寂寥――対峙する俺達の心にまで、禍々しく染みこんでくる。

相手は神であり、自然現象さえ操る祟り霊。月村忍が表現していたラスボスだとすれば、俺達のLVは2〜5程度。比喩表現でも何でもなく、恐竜と蟻以上の存在差があった。



『せめて、少しでも戦乱が早く終わるように――人々の悲しみがやわらぐように、私はゆりかごの聖王となった。なのに、どうして――

人々は、争っているのか。

大地は、沈んでいるのか。

空は、陰っているのか。

どうして世界は――これほど、荒れてしまっているのか』



 悪寒が、突き抜けた。時代も、世界も、世代も、価値観も、何一つ違うはずなのに、この幽霊の言う事に不気味な共感を感じてしまった。身に覚えがあった。

異世界へ来て聖地を訪れたあの時に感じた、俺の諦観。何処の世界であろうと、人は変わらない。聖地と呼ばれるこの地であっても、人々が欲望に狂っている。


この女は見たのだ、今の聖地を――聖王教会が起こしてしまった、欲望に渦巻くあの世界を。この聖王のゆりかごから、見渡してしまったのだ。


幼稚かつ狭窄な見解である。何しろ俺のような世間知らずの小僧と同様の見解なのだ。別に世界が均一でもないし、人間にだって善悪くらいある。諍いなんぞいつの時代でも起きる。

ただこの女は聖王であっても、幽霊だ。生命を失いながら、未練だけを引きずっている怨霊だ。自分の思いでしか動けない、自分の気持ちでしか物事を見れない。

本当に、悲しい女性なのだ。


『ならば、私の犠牲は何だったのか――"リッド"や"クラウス"に託した思いは何だったのか、私の大切なあの人達に背を向けてまで――この戦争を、終わらせたかっただけなのに』


 彼女は、俺達に話しかけていない。俺達を見ながら、俺達を見ていない。これは死者の遺言、死者の未練、そして死者の嘆きでしかない。誰にも届かず、誰にも聞こえない。

幽霊にとって悲劇なのは、本当に伝えたい人達が既にいない事だ。たとえ恨み事であっても、怨敵が居なければ果たされない。仮に呪い殺したとしても、怨念は消えない。


そして――行き所を失った、未練は。



『この世界は、間違っていた。人間は、間違っていた――私は、間違えていた。

戦乱とは止めるのではなく、全てを壊すまで続けなければならないものだった!』



 憎悪へと代わり、燃え盛って広まっていく。敵が居ないのであれば、敵を求める。怨敵が居ないのであれば、怨敵を定める。呪い、恨み、祟って――人は、祟り霊へと変貌する。

俺は竹刀袋より剣を取り出し、那美はお札と以前俺に貸してくれた小刀を取り出す。久遠は変化し、妹さんは大人モードへと移行。アギトは飛び出して、炎弾を装填している。


一つだけ、分かったことがある――今日霊災が起きてしまった原因は、あの山間での襲撃だ。


聖王廟に近いあの場所で銃撃戦を繰り広げるような真似をすれば、ゆりかご内にいるこの女性にだって届く。銃声を聞いた彼女が、戦乱だと勘違いしたのだ。

死者に正しい判断なんて出来ない。生前がどれほど善人であっても、悲劇的な結末を迎えれば誰だって狂う。優しいアリサだって、誘拐犯を恨んで殺したのだから。


「――那美、正直に答えてくれ。この霊を放置していたらどうなる?」

「れ、霊は、死地に強く囚われます。特にこの聖王のゆりかごには強い因縁を持っている上、代々の家系であればより強い執着を持った地縛霊となるんです。
今はまだ縛られたままですが、既に負の念は祟りにまで変容しています。このままでは執着より憎悪が強くなり、やがて――解き放たれるでしょう。

そうなれば被害はこの聖地に留まりません。この方の霊気は想像を絶する程に強い。古来の歴史で起きた霊的災害が、世界規模で発生してしまいます」


 かつて戦乱で砕かれた世界を平和にした聖王が、世界を再び戦乱で砕こうとしている。霊災が世界規模で起これば法が機能しなくなり、世界も人も荒廃してしまうだろう。

背中で、アリサは震えていた。時代も世界も違うというのに、共感してしまっている。世界を砕く力があるかないか、結局のところアリサと聖王の違いはその差でしかない。

気持ちは何となく分かる。自分が命を懸けてまで世界を守ったのに、その世界は――あくまでも聖地だが――乱れてしまっている。欲望に狂い、力に酔い、支配が歴然と行われているのだから。

聖地を平和にしようとした俺は、法により逮捕されてしまった。正しい事が出来ない、この世界。自分のしたことが無意味だと分かれば、霊でなくても狂ってしまう。話し合う余地はないだろう



でも、三役や仲間達と約束したのだ――この人の無念を、祓うのだと。



「あんたは、間違えてはいないよ」

『……』

「世界は今も乱されているけど、荒れてはいない。人間もまだまだ間違えてばかりだけど、正そうと努力だってしている。その機会を与えてくれたのは、あんただ。
あんたは、正しい――けれどこれから先、あんたがしようとしている事は、絶対に間違えている」


 高町美由希、リスティ・槇原。優しかったあの人達を狂わせてしまったのは、俺だった。それが分かっていながら、俺は力ずくでも彼女達を止めようとした。

俺は何度も間違えた、だからこそ正しい人達には間違えて欲しくはなかったのだ。自業自得であったとしても、優しい人達が狂うのは耐え切れなかった。

この人は今、怨念に動かされている。だけど自分の命を懸けてまで世界を平和にしたこの人が、世界を再び壊して喜ぶ筈がない。


「今を生きている人間として、未来を生きる人達を守る為に――過去に生きたあんたを、俺が止める」

『!? 止める、私を止める――ああ、クラウス……ああ、あああああああああああああああああ!!!』


 ――自然災害の一つ、地震。大地に鎮座する聖王のゆりかごに激震が走り、艦内が鳴動する。起動さえしていないのに、この巨大な戦艦を震わせる程の力があるのか!?

立つことさえ出来ない大地震、遠く離れた聖地でも恐らく余震が伝わっているだろう。蹲りたい衝動に駆られるが、少しでも屈めば屈服させられてしまう。

霊障なんてものじゃない。退魔師や魔導師の才能がない俺でも感じる、力の波動。大いなる玉座より、聖王に相応しき女性の霊が降り立った。



"待ち人、来たる"――最後のゆりかごの聖王が、今ここに降臨。大魔導師プレシア・テスタロッサが霞んで見える、古代ベルカの戦乱を平定した王。



「那美、俺がこの女を押さえる。お前は何とかして、彼女の魂を浄化してくれ」

「くっ……こ、これほどの祟りを沈めるには、"鎮魂術"しか――で、でも、今の私にはとても……!」

「くぅん!?」


「剣士さん、下がって下さい!? "ギア2"――JETウィップ!」


 尋常ではないステップで俺に拳打を繰り出す聖王を、飛び込んで来た妹さんが脚で払う。強力な拳打を、迅速な足払いで何とか無力化した。

互角に見えるが、払った妹さんの脚が威力に震えている。大人モードへ移行して尚、攻撃の重さで負けている。技量の違いが、明白だった。


だが驚愕なのは、その点ではない――姿形だけではなく、あの祟り霊は物理的攻撃が行える!?


「この野郎、ブレネン・クリューガー!!」

「――」

「何だよ、あの滅茶苦茶な体捌き!?」


 アギトが発生させた火炎を撃ち出す攻撃魔法は、いとも容易く回避される。着弾時に高温で燃え上がる性質があっても、直撃しなければ何の効果も発揮しない。

めげずに何度も火球を放つが、かすりもしない。微動だにしない。隙も作らない。豪快な攻撃と軽やかな回避、完全なる矛盾が等価で成立している。見事な王の体技であった。

聖王の霊は攻撃を受けた妹さんやアギトには一瞥もくれず、一直線に俺へと向かっている。殺意と敵意と害意が入り混じった怨念に、背筋が震え上がる。

痛む脚を鞭打って、妹さんが急加速で間合いに飛び込んでいった!


「ストライクアーツ――JETライフル!!」

『攻撃は速いですが重みが全く足りていませんよ、"クラウス"』

「がはっ!?」


 夜の王女が聖王に、大地に叩き付けられた。ガントレットのような武具を装着した一撃、ゆりかごの強固な床が陥没して妹さんが血塗れで転がっている。

怒りが湧き上がるより早く、アギトが燃え上がって轟炎を叩き付ける。が、強腕に豪炎は一払いされてしまい、そのまま拳打。壁にめり込んで、アギトが崩れ落ちた。


古代ベルカの融合騎と夜の一族の純血種を、秒殺――これが武技において最強を誇った、聖王!?


『どうしました。私を止めるのでしょう、"クラウス"?』

「クラウスって、お前区別がついて――」

「耳を貸しちゃ駄目だといったでしょう、良介!?」


 妹さんにも、俺にもクラウスと呼びかける聖王。本当にこいつは俺達が認識できていない、そんなどうでもいい思考をアリサの警告が払うが、その一瞬が致命的だった。

気が付いた瞬間、拳が目の前に来ている。竹刀は振り上げるどころか、力なく手にぶら下がったまま。抵抗出来ない、太刀打ち出来ない、俺の方こそ敵影すら認識出来ていない。


やられ――ると思いきや、視界を切り裂く三日月の刃。聖王の眼前に突き刺さっているのは――ブーメラン!?


「I.S発動、スローター……アーム、ズ」

「セッテ!?」


 大規模霊障の根源、しかも祟り霊クラスの聖王の霊が降臨している場所まで生身で来れた!? 凄まじい精神力なのか、本人の気質なのか、何にしても小さな身体を引き摺って俺を救ってくれた。

代償は大きく、そのまま倒れてセッテはピクリとも動かない。一刻も早く救い出したいが、ここで助け出すほど俺は愚かじゃない。セッテが命懸けで作ってくれた時間を、あの子に使ってどうする。

俺だけじゃない、俺の相棒もまた理解してくれていた――稲光。聖王の霊が初めて辛そうに目を背けた。


「リョウスケ、今!」

「助かったぜ、久遠。ガラじゃねえが、世界を救わせてもら――なっ!?」


 全身全霊、渾身の勢いで叩き付けた竹刀に、カウンターで聖王の拳が入る。目は閉じられまま、隙を突いたはずなのに対応しただと!?

驚愕はそれだけに留まらない――竹刀を固定する紐が飛び散り、刃を構成していた竹が解かれ、柄が脆く砕けていく。最強の一撃に、竹刀が根本から破壊されようとしていた。


懸念していた問題、強者を相手に弱者の武器では太刀打ち出来ない。分かっていたはずなのにどうにも出来ず、そしてどうにもならず砕かれる。


魔力を込めようとするが、間に合わない。指にはめたクラールヴィントが補佐してくれるが、間に合わない。嫌な音を立てて、竹刀は崩壊していく。

竹刀を引いたら、聖王の拳で俺が砕かれる。竹刀を押せば、聖王の拳で竹刀が砕かれる。このまま拮抗すれば、俺も竹刀も砕かれる。為す術がなかった。

強い、強すぎる。どうにもならない。だけど、逃げない――背にはアリサが居る、後ろには那美がいる、後方には仲間達が居る。ここで逃げれば、何もかもが滅ぶ。


世界も、他人も、本当にどうでもよかった――あの頃。


「そんな自分に戻ってたまるか――あんたを、そんな風にしてたまるか!!」















「そうだ。そんなお前だからこそ――私が待ち焦がれていた奇跡を、起こせたんだ」















 ――砕かれて飛び散っていた竹刀に、真っ白な頁が張り付いた。先革、中結、弦、鍔、柄――竹刀を構成する各部に、魔導書の頁が張り付いて同化していった。

同時に、聖王の全身を魔力の紐が拘束。一瞬動きを止めるが、聖王は果敢に紐を引き千切ろうと力を込めて――


「JETスタンプ!」

『ぐっ!?』


 横合いから飛び込んできた妹さんの蹴打が今度こそ直撃して、聖王が壁際にまで追い詰められた。攻勢に出ようとするが、血煙を立ち上らせたまま妹さんは俺の前に立つ。


「大丈夫なのか、妹さん!?」

「……っ、問題、ありません」


 問題無い筈がない、そう言いかけて思い留まる。"自分"に問題がないのではない、"俺を守る"事に問題がないと言っている。負傷を度外視して、護る為に戦っている。

馬鹿な意地だと、無謀な意志だと、誰が言えるだろう。護衛は、守らなければならない。最上は護衛対象者、自分はそれ以下にすぎない。護衛対象の俺はやめろとはいえなかった。

既に正気を失っている聖王の霊でさえも、己が自慢の拳を振るって倒れない夜の王女に呆然と問いかける。


『何故ですか、"クラウス"――どうしてそうまでして』

「私には護りたい人がいる。人を護ることをやめた貴女に、私は倒せない』

『!?』


「私のこの拳は、大切な人を護る為に在る――ストライクアーツ、JETガトリング!」


 どれほど堅固な壁でも、どれほど迅速な足でも、隙間なく打ち込まれた拳の弾幕だとどうしようもない。傷は付けられないが、足を止めて守り続けるしかない。

まだまだ予断を許さないが、状況が転換しつつある。再構成された、自分の竹刀を見やる。この白い頁は、もしかして!?


背後を振り返ると妹さんが稼いでくれた貴重な時間を使って、魔導書を持った銀髪の女性が那美の肩に手をやっている。


「急いては事を仕損じる。君の国の言葉だろう、巫女よ。あれほどの祟りをすぐに鎮めるのは、今の君には無理だ。まずは一瞬でも、彼女を正気に戻さなければならない。
力こそないが私にも鎮魂の心得はある。私も力を貸すから、まず聖王の意識を取り戻すんだ」

「し、しかし、正気を取り戻したところで――」

「祟りはすぐに暴走するだろう。だが彼女とて心優しき偉大なる王だ、正気を取り戻せば話し合える。なに、そこの男は実力も何もないが、他人を言い負かす事には長けている。
剣には期待せず、この男の悪口にせいぜい期待するとしよう」

「と、突然現れてその言い草か――夜天の人!?」


 夜天の魔導書の管制を務める女性、夜天の人と呼んでいる古代の意志。現地で合流すると約束していたが、まさかこのタイミングで応援にきてくれるとは思わなかった。

夜天の人の救援により、場は一気に好転する。なんにしても心強い援軍だ。久遠も雷の火花を散らし、妹さんは攻撃し続け、気絶していたアギトも起き上がる。

魔導書が補修してくれた竹刀を、構えた。


「行くぞ、巫女よ」

「はい――祟りに穢れた魂よ、彼方の想いに馳せて、真なる初念に目覚めよ!」


 眩い浄化の光に押されながらも、聖王の魂は決して止まらない。自分自身で止められないのなら、俺が止めてやる。俺達が、あんたを止めてみせる!

アギトが炎の壁を作って視界を遮り、妹さんが拳を飛ばして勢いを殺し、久遠が雷で聖王の目を覚ました。ふらつく王の頭蓋に、一兵士の刃が振り上げられる。


夜天の魔導書と神咲の巫女、二人のユニゾンが発唱する!


「"鎮魂"」

「魔力、全開!!」


 聖なる光を浴びて浄化されていく聖王、後はこの一撃を持って彼女を止める!!

その時初めて――彼女と、目が合った。





「虹色の魔力光――まさか貴方は、私の子供!?」

「――は?」





 あっ、しまった、剣を止めてしまった!? これ以上ない唯一の隙だったのに、彼女の言葉に一瞬頭が真っ白になって剣の勢いが殺されてしまう。

迂闊に思ったが、既に手遅れだった。聖王は俺の剣を掴み、そして俺の顔を撫でて――ハラハラと、涙を零した。


「この私に、世継ぎがいたのですね!? 坊や、私です。貴方の母のオリヴィエですよ」

「知らねえよ!?」

「ああ、何ということでしょう……世継ぎが出来ないこの身体で、子供が生まれていたなんて!」

「もう答えが出ているじゃねえか!? 子供じゃないんだよ、俺は!」


 ぬおおおおおお、竹刀から手を離せこいつ! 幽霊の分際でガッチリと顔と剣を掴まれて、全く身動きがとれない。護衛の妹さんは息も絶え絶えに、座り込んでいる。ノー、さっきのが限界か!

アリサに助けを求めようとするが、世迷い言が始まったと溜息を吐いている。ちくしょう、こいつの言う通り話しかけなければよかった!

オリヴィエと自分から自白した祟り霊が、歓喜の涙を零している。


「さあ、その顔を見せて――よく見れば何と凛々しい顔、私にそっくりじゃありませんか!」

「嘘つけよ!? 何世代交代したって、アンタと俺は遺伝子の欠片も繋がらねえよ!」

「母を迎えに来てくれたのですね。ごめんなさい、寂しい思いをさせて。もう大丈夫ですよ、忌わしき古き世界を破壊して母はこれから貴方に優しい世界を作ります」

「その目標はあくまで実行するつもりかよ!? やめろ、思い止まれ! 聖地は必ず俺が救ってみせるから!」

「あっ、馬鹿!? 祟り霊相手に"約束"を持ちかけたら駄目よ、良介!」


「貴方が世界を――なんと立派な志なのでしょう……分かりました。母がしばらく、貴方の偉業を見届けましょう。これを"契約"といたします」

「今なんて言った!?」


「良介さん、竹刀から手を離して下さい!」

「剣を離せ! 祟り霊は、お前の剣を契約の媒体として取り憑こうとしているぞ!?」

「な、何だって!?」


 一瞬だった、息をつく暇もない。祟り霊とまで恐れられた聖王の魂は、俺の竹刀に吸収されて消えていく――ように見えるが、実態はこの女から剣に封じられた形だ。

次の瞬間ボロボロだった刀身が七色に輝いて、光の刃に変換される。聖王の魂を取り込んだ竹刀が俺の血に感化され、聖王の触媒となって変容してしまったのだ。

呆然と、自分の剣を掲げる。


「この勘違い女、無理やり引きずり出してやる!」

「よせ!? 聖王の霊はゆりかごから、お前の剣に拠り所を変えている。剣から無理やり出せば、縛りが無くなって全世界に開放されてしまうぞ!」

「じゃ、じゃあ、このままにしておくとどうなるんだ!?」


「良介さん次第ですが――世界を破壊する魔剣か、世界を照らし出す霊剣となるか、どちらかになるかと」


 ――俺が約束通り聖地を平和にしないと異世界ミッドチルダは大規模霊障で崩壊、聖王の霊を浄化しないとこの剣は祟り霊が固定化して魔剣に変貌。
最低条件でも聖女の護衛になる事は必須、最高条件は聖王のゆりかごと聖王の霊の大浄化。つまり――

この俺が今の聖地の問題を全部解決しないといけなくなりました、失敗すれば異世界は魑魅魍魎の地獄になります。


更に俺のメイドが、俺を地獄の底に叩き落とす。



「それに今回の件、今頃聖地では大騒ぎでしょうね。今日中にはミッドチルダ全土に噂が広まるわよ――聖王のゆりかごが"起動"したと」


「起動……? 船は動いていないだろう」

「関係者はあたし達以外全員意識不明なのよ、遠目から見れば『この船が起動して』『地震が起きた』としか思えないわよ。震源地はこの聖王のゆりかごなんだから」

「せ、聖王の霊が居たんだから、起動するのは当然なんじゃ――」

「怪現象が起きたのは今日だけじゃないでしょう。今日に限って起動したのは、誰かさんが船に入った後」


「ど――どうすればいいの?」


 ――いつも俺の疑問に答えてくれるのは、この子だった。



「だから幽霊には、関わるなといったのよ」










<続く>








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