とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十二話
依頼番号:128
依頼内容:聖女カリム・グラシアの護衛と聖王のゆりかごの調査
依頼人:聖王教会
ミッドチルダ北部ベルカ自治領の北西に、かつて古代ベルカ時代に栄えた町の跡があった。此処は戦乱によって破壊され、今は半ば深い土に被われた廃墟の跡が見られるだけである。
人を寄せず、そして人を寄せ付けない。広大な地でありながら、雑草一つ生えない赤焦げた地。この地が意味を成したのは、ゴミのように廃棄された聖墳によるものであった。
聖王のゆりかご――古代ベルカの聖王が所持していた超大型質量兵器、聖王陛下の居城が秘匿されているこの地は今では「聖王廟」と呼ばれている。
「聖王廟は騎士修道会の方々が常時結界を幾重にも張り巡らせているのですが、本調査を行うにあたって私には通行の承認を頂いております。
本日ご同行下さる方々については事前に教会側へ連絡して頂いておりますが、通行時聖王のゆりかごを警護する聖王教会騎士団の検問を受ける必要があるのです。申し訳ございません」
「いや、お気になさらずに。聖女様より正式に雇われた身であれど、我々は余所者です。鉄壁の結界があるとは言っても、必要な処置でしょう」
「リョウスケ様や皆様を疑うなど、信じられない話です。一刻も早くリョウスケ様を私の正式な護衛としてお雇いさせて頂き、神より正当なる地位を授かりましょう」
「あ、ありがとうございます、そこまで信頼して頂いて恐縮というか――ちょっと、お待ち下さい。
こら、お前ら。さっきから聞こえるクスクス笑いは何だ。聖女様の前だぞ、少しは気を使ったらどうなんだ!」
「普段のあんたに言いたいわ、その台詞」
「やめてください、父上。私のぷにぷに柔らかい腹筋をねじ切るおつもりですか」
「声は全く同じなのにどうして疑いもしないんだろうね、侍君は」
マイアの観光バスに乗せられて、聖女様を乗せた俺達白旗一行はゆりかごのある聖王廟へと向かっている。教会が馬車も用意してくれたのだが、忍以外全員反対して自家用車となった。
この観光バスはローゼ自慢の改造型で、ミサイルが直撃しても窓ガラスにヒビも入らないと豪語している護送車となっている。本当かどうか実験する気もないが、信用するしかない。
高嶺の花である聖女様に観光バスは無粋かと思ったのだが、迎えに行ったら当然のように乗り込んで来て逆にビックリさせられた。驚愕したのが俺一人だという事も、驚きだったが。
護衛対象の聖女様の左右には修道女シャッハと査察官候補ヴェロッサ、本人達たっての希望で聖女様の知己とも聞いているので承諾。何故か再会時に感動も何もなかったのが、不可解だったが。
聖女様を囲う形でユーリ達俺の娘が護衛につき、それぞれの窓際にはローゼ達自動人形が待機、後方座席には守護騎士達、前方座席には妹さんとルーラーが着席している。
運転席にはマイア、助手としてアリサとミゼット女史、ゆりかご調査員として忍と那美達。バスには直接乗り込んでいないが、護衛支援としてルーテシアとユーノが周囲警戒中。
肝心の俺はというと、護衛の邪魔だという全会一致のあるまじき理由により外され、観光バスガールのように聖女様の接待役となっている。こいつら、いつか絶対竹刀で殴り殺す。
「おとーさん!」
「……」
「ありがとう。お前達だけが、俺の癒やしだよ」
役割を与えられていないのは俺を除ければこの二人、愛娘のナハトヴァールと世話係のセッテ。臨機応変な対応の期待と言えば聞こえはいいが、本人希望で同行しているだけである。
ナハトはピクニック気分でウキウキ、セッテは本人なりにやる気があるらしく、背中にブーメランを背負っている。玩具かと思ったが、構造や材質は正直俺の竹刀より優れている。
"スローターアームズ"とかいう固有武装らしいのだが、本人の背丈と全く合っておらず、バスが揺れる度にフラフラしている。ブーメランブレードが大きくて、座れないのである。
ふらついてバス酔いでもしそうなのだが、本人は俺と聖女を守るのだと胸を張っている。妹さんと張り合う背伸びした職務意識が、微笑ましかった。
「聖王廟へのルート変更については、結局承認が降りなかったようだね」
「教会と騎士団が念入りに計画した護送ルートらしく、ラルゴ老にも同席して頂いて護衛チームとして一案したのですが結局棄却となりました」
「聖王教会の言い分も理解は出来るし、グラシア嬢ちゃんの安全を最大限考慮しているのも分かる。念を押した計画とあれば、護衛であれ余所者に引っくり返されたくはないだろうよ。
ただ教会側で計画した案であれば、極秘であれど宗教権力者には伝わってしまうだろうね。公式面談会で面子を潰されたんだ、聖女の護衛に白旗が雇われたとなれば躍起にもなる」
「だからこそのルート変更だったんですけどね、本来味方である筈の聖王教会騎士団も我々には良い顔をしていないようです」
「やれやれ、神の名の前には皆平等である筈なのに」
「ご同行して頂いたのは心強いのですが、恐らく荒事は避けられないでしょう。よろしいのですか?」
「ふふふ、お前さんに心配されるほど耄碌していないよ。このような荒事には慣れているさね」
猟兵団や傭兵団等の敵集団の襲撃が予想される中、ミゼット女史は抱き上げるナハトと同様にのんびりした顔だった。孫とのピクニックを楽しんでいる様子に、苦笑してしまう。
大任である聖女の護衛に落ち着かない俺とは違って、どっしりと構えている。権力闘争に戦力抗争、何が起きようと対応出来る自信。参謀役としての気構えが出来ていた。
自分一人であれば何が起きようとどうにかする自信はあっても、仲間を背負っているとなると別の覚悟が生じる。俺がこの先必要な強さは、間違いなくミゼット女史のこうした心構えだろう。
ただ同時に、個人の強さも求められている。聖女の護衛を任されつつも、個人の強さではこの中で最下位。持って来た竹刀も、通じる相手は恐らく殆どいないだろう。
武者震いはあるが、幸いにも焦りそのものはない。仲間達の強さは頼もしくこそあっても、嫉妬に駆られる部類ではない。聖女を守り、ゆりかごの怪現象を解決すればそれでいい。
「お客様。この草原を抜けて小高い丘を登れば、山間に入ります。距離はありますがその道を抜ければ、目的地です」
「分かった、妹さんは引き続き警戒を頼む。何かあればすぐに知らせてくれ」
「おまかせ下さい、剣士さん」
一面に牧草が広がる草原を抜けて小高い丘を登れば、ベルカ自治領の街並みを眺められるポイントまで上がれる。この地帯で何か起これば、街からも戦火が見えてしまう。この辺での襲撃はない。
聖女の公式面談会は各メディアを通じてミッドチルダの話題にも上がったが、ゆりかごの調査日時については機密となっている。ゆりかごの所在そのものが秘匿されているからだ。
ただあくまで公式上の機密というだけで、ミゼット女史の懸念通り宗教権力者には漏れているとほぼ確信している。権力者に雇われている、強者達にも。
彼らの最終目的は聖女の護衛という立場そのものであって、護衛任務ではない。自分達が護衛になれないのであれば、今護衛となっている勢力を容赦なく潰しにかかるだろう。
聖女の意向としては俺達を正式に雇い入れたいようだが、教会の意向はあくまで"待ち人"である神本人である。予言が成就するまでは決して、護衛は確定されない。
どうやらその点についても、この聖王のゆりかご調査で進展しそうな気配はあるらしい。聖女本人もそうだが、ルーラーも今回の任務には大いに乗り気だった。
「剣士殿、待ちに待ったこの日がようやく訪れましたね。ゆりかご調査を行う聖女様へのご同行で、玉座の間での怪現象も調べられるのでしょう」
「人員は限られてしまうが、怪現象を解決したいのは教会側の強い要望でもあるからな。解決出来る見込みさえ提示できれば、入室の許可も貰えたよ」
「ユーノ殿が調べられた伝承によると、聖王のゆりかごの起動には鍵となる聖王の存在が必要との事です。
もしもゆりかごに適合する聖王様の存在が玉座の間で明らかとなれば、予言の成就となるでしょう。本日は歴史上大いなる記念の日となるやも知れませんね」
「ああ、玉座の間を調査すれば聖王が居るかどうかも分かるからな。万が一ゆりかごが起動すれば、聖王の存在は確定だろう」
「自分自身の予言をかつて呪った事さえありましたが、こうしてこの日を迎えられると感慨深いものがあります。
リョウスケ様、改めて聖地へ訪れて下さってありがとうございました。予言を通じて貴方様とのご縁がありました事を、神に感謝いたします」
おかしいな、俺としては聖王の霊に危機感を持っているんだが、聖女も聖騎士も何故か心待ちにしているようだ。幽霊を怖いとか思う感覚は、神の信者にはないのだろうか?
どうやらゆりかごの起動まで想定しているようだが、俺としては可能性は薄いと思っている。怪現象が起きているのは今日だけではない、霊が降りた時点でゆりかごは起動している筈なのだ。
祟り霊規模の怨霊だと自然現象まで現実に引き起こすらしいが、本来幽霊は肉体を持っていないので現世には干渉出来ない。アリサだって当時壁抜けは出来ても、壁は叩けなかった。
ゆりかごは超大型質量兵器、起動には鍵が必要となれば恐らく指紋認証のようなシステムなのだろう。幽霊には指紋どころか遺伝子情報もない、本人であっても認証は行えないのだ。
那美の話を聞けば俺のような無教養の人間でもそう推察出来るのだが、二人は認証できると思い込んでいるようだ。うーむ、宗教家というのは思い込みが激しいのだな。
「ドキドキするね。聖王のゆりかごって超大型の空中戦艦なんでしょう、ラスダン並みの迷宮になっていそう」
「……一応、民間人は本来連れていけないんだぞ。お前、本当に幽霊関係には強いんだろうな」
「うちの家系はその手の怪現象は敏感だよ。それにいざとなれば、記憶操作だって必要でしょう」
月村忍の同行は本人の強い希望は勿論なのだが、本人なりに自分のスキルをPRしての採用である。夜の一族は世界の闇に潜む人外の集団、幽霊や退魔師等にも精通しているらしい。
実際今は諸事情により一旦現場関係者に任せているが、俺も天狗一族との抗争中だ。世界には人間以外の種族が居ることも理解はしているし、夜の一族は裏の覇権を握っているのも確かだ。
何より夜の一族は特殊能力があって、記憶の操作も行える。一族との契約を拒否した俺本人も、一度は夜の一族に関する記憶を消去された。完全な0だけではなく特定の記憶の消去も出来るようだ。
聖王の霊の存在は、非常にデリケートだ。特に幽霊の存在は、証明が出来ない分難しい。夜の一族の存在や力は明らかに出来ないので、あくまで最悪の場合を想定しての話だが。
「皆様、これより山間部に入ります。バスの揺れが予想されますので、ほんの少しの間ご辛抱の程よろしくお願い致します」
観光案内役も板についてきたな、マイアの奴。カリーナ姫やセレナさんのようなVIPにも気に入られる女将ぶりで、街の人々と俺達を繋ぐ架け橋となってくれる貴重な存在だった。
そもそも護衛という立場上、運転手役も重要な存在だ。本来民間人に任せるなどありえない。運転技術は勿論だが、十代半ばで自分の城を建てた若女将の精神力も買われている。
この先何が起きても、運転手を全うしてくれるだろう。仲間の身に何があっても、自分の役割を忘れない。そういった人間が今、必要なのだ。
そう――今のような状況に、こそ。
「山間に入ったのに、意外と日がさしているな」
「違います、剣士さん。敵が仕掛けてきました、これは――」
「アホか、陽の光じゃねえよ。やっぱり待ち伏せしてきやがったな」
俺ののんきな感想とは裏腹に、妹さん達は的確に行動する。マイアは敢えてバスを止めず走り続けたまま、観光バス内で各人員が対応に乗り出した。
窓から差す光は山の木々を貫く強い光量を放っており、窓から外を覗きこむと空さえ覆う光となっている。それでいて範囲は限定的、ユーリのような満天を覆う太陽ではない。
以前フェイトに襲撃された時と同じ種類の結界かと警戒したが、街から見えない山間部で人払いを行う意味合いは低い。むしろ、人を寄せ付けない類の警戒を感じさせる。
シュテル達は立ち上がるが、バリアジャケットを着装していない。いや、着装していないのではなく――
「我々の存在を看過していながら、それでも攻めて来るのであれば自ずと対策も限られてきますが――なかなか考えましたね」
「ふん、低俗かつ幼稚な戦術だ。指揮官の姑息さが見え透いておるわ」
「こいつらのせいで、ボクも揺れるバスに乗るしかなかったんだよね。バス酔い、苦手なのに」
「どういう事だ。この光、もしかして」
「"AMF"――アンチマギリンクフィールド(Anti Magi-link Field)、魔力結合を阻害して魔法の発動を封じる結界です。お父さん」
一般的にミッドチルダの魔法とはお伽話とは違い、作用を望む効果が得られるよう調節して魔力を組み合わせ、詠唱や集中等のトリガーにより起動される物理現象である。
言わば自然摂理や物理法則をプログラム化した上で任意に書き換え、更に書き加えたり消去したりする事で作用に変える技法なのだ。素養は勿論だが頭脳も必要で俺が魔法を使えない要因である。
こうした魔力の構築や結合が阻害されてしまうとプログラムが成立せず、魔法そのものが発動しなくなる。バリアジャケットでさえ魔法の一つ、使用不可となれば着装出来ない。
生粋の魔導師がこれをやられるのは、お伽噺の魔法使いが杖を奪われるのに等しい。剣士も、剣を取り上げられてしまったら戦えない。
「剣士さん、山上から人員を乗せた車が何台も走ってきます。恐らくは」
「街からも今頃、車が出ているだろうな。山から抜け出せば、多分魔法は使えるだろうが」
「敵もその点は考えて行動に出ているでしょう。タイミングからすると、山間部で足止めをした上で退路を断つ時間を稼いた上で」
「山上から来る戦力で一気に押し潰してくるわね。山上方面から来ているあたりに、見え見えの作為を感じるけど」
山間部、山上、街からの出撃。同時ではないが、一斉の行動。恐らく一組織ではなく、一連の組織が企てた行動によるものだろうと、アリサやシュテルは推測する。
連中の動きに聖王教会はともかく、ゆりかごを警備する騎士団が何も掴めていなかったのは妙だ。この辺りに作為を感じるが、推測以上の物証は何も出ない。
見て見ぬふりは、直接的な関与よりよほど害悪で厄介だ。野次馬的な干渉は目撃証言にこそなっても、民間協力の粋を出ない。万が一関わりがあっても、邪推の一言で済まされてしまう。
こうまで嫌われているのかと暗鬱となってしまうが、彼らとて正義の騎士団だ。自ら聖女を危機に晒す真似はしない。そして、襲撃を仕掛けてきたこの連中にとっても。
山間部より降りてきた黒装束の集団が、走るバスを強制的に止める。少数だが手に持っているのは銃器。魔法には一切関係のない、火薬の銃器だ。実に用意周到だった。
「我々の目的は聖女一人、引き渡せばお前達の命は保証しよう。そのまま逃げればいい」
――なるほど、だから時間差を置いての襲撃か。退路を断つ時間を設けたのは、この勧告で逃走すれば作戦終了する手筈なのだろう。指揮官が誰かは知らないが、頭が切れる。
黒装束の集団が、観光バスを即座に取り囲む。窓から見やると、黒装束は似ているようだが一貫性がない。多分猟兵団ではなく、傭兵団からの刺客だろう。
そのまま直接部下を送り込んだとは考えにくいので、切り捨て前提の襲撃者達と考えられる。だからといって油断は出来ない、今の御時世食い扶持に困っているのは素人だけではないのだから。
さて、どう出るべきか。
「申し訳ありません。何事も無く送り届けたかったのですが、襲撃を受けております」
「ご心配には及ばず。私は、何の不安も抱いておりません。リョウスケ様を、信頼しておりますから」
「なるほど、では信頼に応えるべく早速引き渡す交渉に移りますか」
「えっ、ご、ご主人様!?」
「うん、今何か聞き覚えのあるような――」
「何でもありません、聞き違いでしょう!」
「はっはっは、やだな。こういう状況での冗談はやめてくれよ、剣士!」
「聖女様に何しているの、あんたら!?」
事もあろうに聖女様の口をシャッハが押さえ、ヴェロッサが前に出て必死で取りなしている。まあ冗談を言った俺も悪いけど、取り乱し過ぎだろうこいつら。もっと冷静に構えてもらいたい。
ユーリ、シュテル、ディアーチェ、レヴィ。ミッドチルダの夜を白く照らした彼女達への対抗策に、魔法そのものを封じる手段を用いたのは見事といえる。
昼夜を覆す太陽の如き力があろうと所詮は魔力、魔法に変換出来なければ単なる威圧でしかない。正直科学万能の世界から来た俺としては、立場をわきまえなければ痛快とさえ言えた。
だが、こいつらは何も分かっていない。ある意味、弱者として自覚している俺よりも愚かである。俺が心の底から恐れ、そして敬意を払う強者という存在を分かっていない。
AMF――そういうこざかしい事と無関係の所に、強者という存在は君臨している。
「ルーラー、頼む」
「はっ!」
聖王教会騎士団の重甲冑ではなく、騎士甲冑を装備した聖騎士が止めたバスより降りる。単身で堂々と降りてきた騎士の存在に、襲撃者側がむしろ畏怖していた。
冷酷な勧告に対しての無慈悲な対応、ルーラーは剣を抜いた。ただそれだけの意思表示で彼らも悟ったのか、銃を突きつけた。最終勧告のつもりなのだろうが、甘いの一言だった。
剣と同じく銃は突きつけるだけで脅しであり、明確な意思表示だ。ルーラーは一閃して銃を斬り、勧告したリーダー的人間を制圧する。それこそが、本当の引き金となった。
あるいは脅しの道具でしかなかったのかもしれないが、彼らは次々と発砲――人を殺す弾丸がルーラーに襲いかかるが、何もかも手遅れだった。
銃弾は音より早いが、聖騎士よりは遅い。きらめく剣戟は稲妻より早く、銃器を斬り、戦意を斬り、襲撃者の心を切り裂いた。全ての動きが、技として成立している。
恐らく敵の誰もが勘違いしていた、事実。確かに聖王教会騎士団は魔法を主とした騎士達、シグナム達守護騎士と同じくデバイスの武装を用いた魔導師だ。
だが唯一、彼女は違う。歴史上唯一人聖王教会が讃えた誉れ高き"聖騎士"とは――
魔導師ではなく、生粋の剣士なのだ。
「制圧いたしました、剣士殿」
「あ、ありがとう……助かったよ」
銃火器を持ったプロの集団が全滅――剣一本で、瞬く間に制圧されてしまった。聖王教会騎士団の中でも指折りの強さ、聖騎士の称号を与えられた気高き女性。
この目で見ても信じられない。俺の国では時代遅れとなって廃れた剣が、近代兵器を圧倒するこの現実。鎧に傷一つ負わず、汗一つかかずに、プロの傭兵を斬った。銃弾はかすりもしていない。
ファリン達は歓声を上げ、ユーリ達は拍手喝采、守護騎士達でさえも感嘆の声を上げている。凛々しき剣士、その強さも美しい――騎士団長ほどの人間が欲するのも当然だった。
――ただこの人、何で俺の前で膝を折っているのだろう? 俺が制圧を頼んだのだから、むしろ俺が畏まるべきなのに。こういう姿勢は、主であるべき人間に示すものだろう。
「妹さん、山間部の襲撃者はこれで全員?」
「はい。ただし間もなく、応援部隊が到着します」
「それでもAMFが解除されないとなると、魔法ではなくて何らかの装置が用いられている可能性があるのか」
ここまで推論できるのは、悲しいが俺の頭脳による閃きじゃない。そもそもの話、AMFでさえもアリサやシュテルの脳では十分過ぎる想定内の話だった。
何でもレヴィ達の話では古代ベルカの過去にも詳しいらしく、アンチ・マギリング・フィールドは過去にも使用されていたらしい。概念が生まれたのは別に今に限った話ではない。
考えて見れば無理もない話だ。魔法主体なのは、古代から通じる文化そのもの。魔法が主体であれば、魔法を封じる手段を検討するのは当然の戦略。簡単に想定出来る。
想定出来れば、対案も練られる。会議の話で話題に出た時、もしこの状況下に置かれれば自分が出撃するとルーラーが申し出てくれたのだ。結構、やる気満々で。
「お下がり下さい、剣士殿。山上より応援部隊が来ます!」
「街から出てきた支援部隊も来ておりますね――手間が掛かりそうです」
そもそも効果範囲内の魔力結合を解いて魔法を無効化するAAAランクの高位防御魔法の効果範囲内では、攻撃魔法どころか移動系魔法も妨害される。つまり、逃げることも出来ない。
強化が成された物体に対しても充分な防御はできない。特に山の谷間で行われる襲撃戦、拡張工事も行われていない山道での死闘。護衛対象がいる俺達は、不自由な戦いを強いられる。
アンチマギリンクフィールドの支配下に置かれた戦場で、戦争屋が押し寄せてきている。まずいな、物量で攻めるつもりか。
負ける気は全くないが、不利な環境なのは間違いない。護衛の不手際というのは何も、聖女本人を傷付けるだけではない。俺達白旗が護衛だから、聖女を危機に晒したと批判も出来るのだ。
勝てる戦であっても、このまま聖女を脅かしたままの状況でいるのは――
「フルドライブバースト――雷刃封殺爆滅剣」
天地を覆うアンチマギリンクフィールドの光を切り裂いて、複数にも及ぶ雷の光球がいくつもの剣に変わって次々と応援及び支援部隊の車の前に突き刺さっていった。
強烈な足止めに、押し寄せていた戦力の大波が強制的に停止する。魔法が使用不可能な環境における、強力な攻撃魔法――現実を無視した悪夢の光景に、戦争屋が萎縮させられている。
上を見上げると、バスの上に降り立っている青い髪の少女――レヴィ・ザ・スラッシャーが、親指を立てる。
「ここはボクに任せて、パパ達は先に行って!」
「レヴィ、お前――会議の夜、考えがあるとか言ってたのは!?」
「えへへ、言ってみたかったんだこういうの」
よく見ると街から来た支援部隊は足止め程度だが、山上から来た応援部隊は雷の刃で戦力を分断されている。今強行突破すれば、マイアの運転技術であれば切り抜けられる。
ただし逃げれば当然敵が追ってくる、敵を止める役は必要だ。しかも単なる足止めではなく殿、敵の大きな戦力を止められる相応の戦力が必要となる。
レヴィ・ザ・スラッシャー、この子は多分複雑な戦況まで想定はしていなかったのだろう。ただAMFという苦しい状況で親である俺を助ける為にどうするか、考えて行動したに違いない。
一途に親孝行する、ただそれだけの為に。
「お前を置いていける訳ないだろう。こんな優しいことをしてくれる、自分の娘であれば尚更」
「だいじょーぶだよ、パパ。ボク達は闇から暁へと変わりゆく、紫色の天を織りなすもの――パパがいる限り、エグザミアは特定魔導力を無限に生み出し続けてくれる。
ボクは力のマテリアル、この空間内でも魔法を使って戦うことが出来るんだ」
「――レヴィ」
シュテル達もAMF環境内でも戦えると、事前に太鼓判を押していた。だが仮にそうであったとしても、相当激しい消耗を強いられる筈だ。普段通りに戦えないのだから。
本来、悩むべき問題じゃない。白旗は少数だが精鋭揃い。AMF環境下でも戦えるルーラーを筆頭に、自動人形であるローゼ達が揃っている。戦力を分散すればいいだけの話だ。
この苦境を突破できれば、聖王騎士団が警備する聖王廟まで到着できる。連中も騎士団相手に襲撃を仕掛けるほど馬鹿ではないだろうし、騎士団も目の前で襲撃されれば無視できない。
それでいて決断出来ないのは――自分の娘の、背伸びした決断を尊重してやりたいからだ。
父を助け、仲間を守りたいという決意。思えば自分の娘の中で、レヴィは一番この気持ちが強い娘だ。行動力にも長けており、海鳴で学んだ事の全てが全面に受け継がれている我が子。
一人でやると言っている、やれるのだと胸を張っている。その決意を、その決断を尊重してやらねば、娘の愛情を疑っていることになりはしないだろうか。
親子でこそないが、ルーラーや守護騎士達も口出しできずにいる。騎士として共感できる思いがあるからだ。ユーリ達にいたっては姉妹だ、むしろ自分こそという気持ちさえあるだろう。
即断できない俺の前にセッテが立ち、後ろからナハトが飛びついた。
「行こう、陛下」
「セッテ!?」
「おとーさん、ごー!」
「ナハト、お前まで……」
普段は小声のセッテがハッキリと意思表示し、ナハトが力強く声を投げかける。理性と本能の娘達、そのどちらも決断を促していた。これで意思表示ははっきりした。
子供達に言われるようではおしまいだが、子供の決意に子供達が応えるというのもまた胸を熱くさせる。大人だけではない、この異世界では子供達も俺に教えてくれる。
その大人もまた俺をバスへと促して、戦場下でありながら変わらずの表情でサポートしてくれた。
「時間はかかったけど、現地の管理局員にも通報しておいたよ。ルーテシア嬢ちゃんとユーノの坊ちゃんも後始末も含めて留まってくれる、あの娘達なら大丈夫さね。
あんな無粋な連中にレヴィ嬢ちゃんが負けたりするもんかね。とっ捕まえた後、向こうの二人が背後関係も含めてたっぷり絞ってやるさ。
お前さんは行くんだ、本当にやらなければいけないのはこの先だろう」
「分かりました、ありがとうございます」
この状況下で既に通報までしてくれていたルーテシア達に、感謝する。後方支援どころか、現状における対策まできちんとしてくれている。何て頼もしい人達なんだ。
自分の頬を叩く。しっかりしろ、俺の敵はこの前にいる。レヴィが頑張ると言っているんだ、親の俺が右往左往していてやらなくてどうするんだ。
言ってやれ、勇気ある我が子へ。
「レヴィ!」
「なーに?」
「足止めする必要はねえ――こいつら全員、叩きのめせ!!」
「あは、任せてよパパ。行くぞぉ、ずっきゅーん!!」
「マイア、車を走らせろ!」
「任せて下さい。わたしも、やるぞぉおおおおお!!」
「運転手が熱くなってどうするんだよ、たく……おい、ザフィーラ。死ぬ気で、このバスと乗員を守るぞ!」
「応っ!」
バスの上に降り立ったのろうさとザフィーラ、バス内でもユーリ達が援護に回る。一点突破するバスを目掛けて、襲撃者達が軒並み並べて銃火器で応戦してくる。
荒れ狂う戦場、波風荒れる海上であっても、誰一人大海原に怯えたりはしない。皆が熱く高揚して、自分の使命を果たすべくそれぞれの行動に出る。
護衛対象の聖女であろうと、同じ。誰よりも何よりも毅然とした態度を崩さず、眼前を見据えている――籠の鳥とは到底思えない、芯の強さだった。守り甲斐がある。
こうして俺達はレヴィを残し、聖王のゆりかごがある聖王廟へと向かった――
そこに待ち受けている悲劇を、何一つ知らずに。
<続く>
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