とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第九話




 第一の関門だった管理プランへの聖王教会承認は、ひとまず得られた。聖職位階である司祭の正式承認が降りて、この聖地で明日より正式に管理プランが施行される。

危険なロストロギアの民間管理は宗教団体である聖王教会を除き、公式上の前例はないと聞く。前代未聞の事態であるだけに黙認に近しいが、いずれにしても喜ばしい事だ。

時空管理局監視下においては名誉顧問職に就くグレアム提督がプラン反対の立場を堅持している以上、プラン遂行は絶望的だった。あの地点こそ最低であり、飛躍的な前進といえる。


管理プラン正式施行は明日。聖騎士は本日聖王教会騎士団を除隊し、管理プランの裁定者として加入。修道女と査察官候補を連れたチームを率いて、正式な管理体制が仕組まれる。


グレアム提督とドゥーエ修道女、リーゼアリア率いる監視チームと聖王教会が派遣する裁定チーム。強引な前向き思考で捉えれば、今の体制の方はまだ可能性はある。そう考えるしかない。

少なくともグレアムとリーゼアリアは考えを変えるつもりは一切ない。どれほどプランで成果を上げても、時空管理局監視下において権力を行使して成果をねじ曲げられてしまう。

その点、元聖騎士であるルーラーであれば公平な裁定を行ってくれるだろう。修道女と査察官候補は頭痛の種だが、リーゼアリアより話の分かる人間であることを祈るしかない。

今後管理プランの進捗会議は叙聖堂で行われ、司祭に提示報告。ドゥーエが連絡役を務めて聖王教会と橋渡し、ルーラーが管理プランに加わってローゼを裁定。明日から、本格的に勝負だ。


交渉を終えた俺達は、待ち合わせ場所へ向かう。ローゼ本人の科学分析や管理プラン交渉、承認を得られた後の体制作りも行っていたせいで、教会を出たら夕暮れとなっていた。


「おとーさん、おとーさん!」

「……こうして遠目から見てもあんたにそっくりよね、あの子。内面まで汚れないように、あたしがちゃんと教育してあげないと」

「俺がヨゴレだと言うのか!? 教育への悪影響を気にするなら、俺の愛人を名乗るあの女に肩車なんぞさせたら駄目だろう」


 聖王教会本部のある叙聖堂前の、噴水広場。広場の真ん中には聖王像が建てられた大きな噴水があり、写真撮影のスポットとしても親しまれているようだ。観光客も多く見える。

燃えるような赤い空はドラマチック、噴水前に並ぶユーリ達はドラマのワンシーンのように人目を惹いている。自分の娘達ではあるが、実に絵になる少女達であった。

忍が肩車しているナハトの満面の笑顔は夕陽に焼け付いていて、心に染み渡るような喜びを感じさせる。俺を見るなり元気よく手を振る我が子に、愛情を感じない筈がない。

喜色満面の我が子と較べて、月村忍は俺と待ち合わせるなりホッとした顔をする。誰がどう見ても、子育てに疲れた母の顔そのものだった。


「ねえ、侍君。率直に聞くけど、この子ってどういう生まれの子なの?」

「他人の素性を探るなんて、お前にしては珍しいな」

「私って一応ローゼの技術士という名目で来てるから、時空管理局より認可された器材や資材を持ち込んで来てるのよ。
侍君と別れた後落ち着ける場所を探して、ノエルや那美にも手伝って貰って器材類を整理してたんだけど――

この子、並べていた器材を端から齧って美味しそうにガリガリ食べちゃったの」

「何だと!? 言っただろう、こいつは見た目と違って赤ん坊みたいな精神年齢なんだよ。ちゃんと吐き出させたのか!?」

「吐いたというか、何というか――」

「何だよ、ハッキリ言え」


「ネジとか工具とか材料をモグモグ食べて、あっという間に手からニュッと出したの。これ、見て」


 忍が両手を広げて見せると、どこかで見た像が掌の上で立っていた。顔を上げる、広場のど真ん中に立っている聖王像。精巧緻密なおもちゃ作りで、見事に創り上げられていた。

確かユーリ達が俺達より早くベルカ自治領へ入り、聖地の様子を探っていた。特にナハトヴァールは昨日は単独行動を取って、街中を走り回っていたのだ。この像も見ていたのだろう。

まさか機材類を体内に取り入れて、このオモチャの像を製造したとでもいうのか? 疑問は尽きない、だが絶対にないとは言い切れない。

ナハトヴァールは、夜天の魔導書のシステムより産み出された存在。守護騎士という存在そのものを生み出せるのであれば、他の製造も可能なのかもしれない。

そもそも夜天の魔導書そのものをまだよく知っていないので、結果に基づいた推察でしかないのだが。


「とにかくお腹を壊すとかいう次元じゃなくて、何でも食べるの。どういう訳かネジとかすごく好きみたいで、機材類を取り扱う私にすごく懐いちゃって」

「それで肩車をさせられているのか……妙に面倒見が良いので、変だと思ったら」

「子供とかすごく苦手なんだけど、侍君に激似だから無碍に扱えなくてこの通りなのです。愛人の鑑でしょう」

「そこで母親だと言い出さないあたり、お前らしいとも言える」


 忍の綺麗な髪の毛の触り心地がお気に入りなのか、弄ってはキャッキャッと笑っている。実に微笑ましいが、聞いた話は実に難儀なものだった。

多分忍も最初は注意したりと頑張ってくれたのだろうが、美味そうにバリバリ無機物を食べられて諦めたのだろう。見た感じ、ナハトも消化器系に異常があるようには見えなかった。

しかし俺に聞かれても、よく分からない。ユーリ達が何か知っていると思うので、忍を連れて後で聞いてみるか。


「でもお前、よく気持ち悪がったりしなかったな。貴金属を、歯で噛み砕いているんだぞ」

「……我が家を騎士さんやら自動人形やら魔導書やらデバイスちゃんやらで埋め尽くされているとですね、夜の一族である私の常識さえも破壊されるんですよ」

「す、すまん、今度デートにでも付き合ってやるから」


 あらゆる方面に色んな未知なる秘密を抱えている俺だが、そのほぼ全てを熟知しているのはこの女くらいだろう。異世界事情を知るなのは達も、夜の一族については詳しく知らないのだから。

異世界にまで連れて来ている時点で今更だが、忍とは海鳴に来た当初からの付き合いだ。アリサのような身内でもなかったのに、全ての事件に関与している。救われたことも数知れない。

ナハトに髪の毛を弄られて困りつつも笑ってあやす忍を見ていると、感謝以上の気持ちがこみ上げてくる。気のせいの類なので、夕焼けに溶けて消えるだろう。


ナハトについてはひとまず置いておいて、仲間達全員とも合流する。


「父上。聖王教会との交渉は、いかがでしたか」

「うーむ、交渉自体はうまくいったかな」


 シュテルの問いかけに、微妙な返答をする俺。人の上に立つ者として、マイナスを全面に出すような真似をしてはならない。困っていても、ニッコリ笑顔で嘘を付く度量が必要である。

困ったことを分かち合うのが仲間というものだが、責任を押し付け合うのは怠慢でしかない。承認の代償に不利な条件を押し付けられたとしても、まず承認を得られた事を喜ぶべきだ。

頭の良い我が子は内情を薄々察していても、仲間達の前で追求するほど愚かではない。聡明なシュテルは父の内情を察して、場の空気を盛り上げるべく試みる。


「承認おめでとうございます、ローゼさん。この喜びを、誰に伝えたいですか」

「ローゼの名付け親である、我が主に伝えるつもりです」

「目の前にいるんだから、普通に言え」


 天才とアホは紙一重、日本の名言を実感しながら娘と従者の頭を叩いた。天才とアホがセットになると、嫌な化学反応が起きそうなので注意しよう。意外と気が合いそうで嫌だ。

馬鹿なことを言い合っていると、叙聖堂側から息を切らせて商売女が走ってくる。そうか、そういえばあいつも今日は聖王教会に用事があったんだったな。

観光地の一つである此処は多種多様な人間が居るので、大胆な服装をした商売女が居てもさほど目立たない。外部から大量に人が来ていて、聖地も不審者の溜まり場になっているからな。

息を切らせていても汗の一つも見せず、相変わらず白いローブを頭から羽織っている。


「お待たせして申し訳ありませんでした、御主人様。聖騎士様は、ご一緒ではないのですか」

「事情があって、あの人は今日限りで聖王教会騎士団を除隊することになった」

「そうですか、分かりました」


「……それだけ?」

「と、仰いますと?」


「聖王教会より聖騎士の称号を賜った騎士が、今日限りで聖王教会騎士団を除隊するんだぞ。大ニュースじゃねえか、何でそんな平然としているんだ」

「昨晩、聖騎士様御本人が仰っておられました。御主人様が始められる偉業をお手伝いいたします、と」

「手伝うって言っただけで、別に除隊するとかそういう話じゃ――」


「何言ってるんだ、この馬鹿。仮にも騎士を名乗る者が、兼任なんぞする訳がねえだろう」

「彼女は高潔な騎士だ。我から見ても聖騎士に相応しき女性が、二君を抱く筈があるまい」


 ヴィータとザフィーラが口を揃えると、ユーリ達も当然のように頷いている。えっ、あの人最初からそういうつもりだったのか!?

じゃあわざわざ重甲冑から騎士甲冑に装備を変えたのも単純な心境変化ではなく、生き方を定めた騎士の意思表明だったのか。だったら何故、裁定者となったんだ。

普通に手伝ってくれるだけで十分なのに、裁定側にわざわざ回る理由が分からん。いや……そうか。騎士は、二君を抱かない。騎士団長の騎士となる以上、俺への助力は出来ない。

仮にも一度手伝うといった以上反故にも出来ず、さりとて兼任も出来ない。ルーラーという階級は、言わば苦肉の策だったのか。何と、殊勝な人なのだろう。


「聖騎士ともあろう人が位を捨ててまで、裁定してくれるんだ。俺達も頑張らないとな」

「今の聖地を憂い、せ、せ、聖女……様、を気遣って下さる御主人様であれば、きっと成し遂げられますよ!」

「お前、聖女の事になるとどもるよな。よほど教会に後ろめたい悪さでもしたのか」

「えとえと、ご、御主人様の娼婦ですから!」

「俺との関係がそこまで後ろめたいのかよ! まあ健全とはいえないけど――で、その聖女様については調べたのか」

「はい」


「……はい?」

「はい、調べられました」


「本当に?」

「隅から隅まで、全てを丸裸にしてまいりました」

「こええな、おい!?」


 今まで挙動不審、常に萎縮しまくっていた娼婦が、ここへ来て見事な成果を上げてきた。一番難しい役割だったのに、一番の成果を出した自信に満ち溢れている。

娼婦なら可能とか何とかほざいていたが、どういうルートを通じて聖王教会の最秘奥を探り当てたのだろうか。遊郭街は聖職者も通っているらしいし、色気で誑かせたのかもしれない。

今晩詳細を聞くとして、人物像を探るのは得意技であればもしかしたら可能かもしれない。半ば茶化すように、聞いてみる。


「とりあえず、よくやった。聖女の事が分かれば、聖女も助けやすくなる」

「本当にありがとうございます、御主人様。御主人様のご助力、とても心強いです」

「……何でお前が熱烈に俺を見るのか、不気味で仕方ないのだが」

「あ、いや、その――せ、せ、聖女様もきっと、そう仰るであろうと!」

「はいはい、喜んでくれたらいいね」


「……本当に感謝しております、私の御主人様」


「あん?」

「お、お手伝い出来て光栄です!」

「そこまで聖女の事を調べられるのなら、修道女と査察官候補についても調べて貰いたいもんだ」

「修道女と、査察官候補――えっ、まさか!?」

「詳しい話は今晩話すけど、昨日説明した管理プランに教会側からチームが派遣される事になった。シャッハ・ヌエラとヴェロッサ・アコースとかいう、二人組だ。
司祭様といけ好かない修道女様がよこした、教会側の監視者といっていい。何とか味方に引き入れるべく説得するか、人となりを探って交渉するか、する必要が――」



「おまかせ下さい、御主人様!!」



「近い、見えないけど顔が近いからっ!?」

「本当の本当にありがとうございます、御主人様! 貴方は、私の救世主です! 貴方様こそ、私の神様に違いありません!」

「躁鬱なのか、お前は! テンションの上下についていけねえよ!?」

「どうぞ、私にお任せ下さい。その二人の人物情報を調べ上げてみせましょう。派遣された際は、必ず味方に引き込めるように説得してご覧に入れます!!」 

「だから何で、そこまで言い切れるんだよ!」


「そ、それは――私が、御主人様の娼婦だからです!」

「修道女と査察官まで、色気で誑かせるのか!? 娼婦を嫌がっていた昨日のお前は、何処にいったんだ!」


 特にシスターってのは女なのだが、引き込み工作は可能だと自信満々だった。娼婦で懐柔するなんて怒らせるだけだと思うのだが、仲間にする自信があるらしい。

この世で私にしか出来ません、もし失敗したら貞操を捧げますとまで言われたので、もう好きなようにさせる事にした。否認したら噴水広場で土下座しかねないもん、こいつ。

普通に考えれば修道女と査察官を怒らせるだけの愚行なのだが、この娼婦は遊郭街の被害者でもある。無礼千万、失敗確実なのだが、事情を話せば多分分かってくれるだろう。

引き込み工作は失敗確定として、もし今晩聞く聖女の情報が正しければ、修道女と査察官候補の情報探索はやらせてみよう。今後を考えて、人物像を探るのは重要だ。


何だかもう、今日は疲れた。全員集まったんだし、探してくれた宿へ行くとしよう。



「お見事です、カリーナお嬢様。ご推察通り、発見いたしましたわ」

「ふふん。昨日の今日で観光地をアホ面晒して見回るなんて、田舎者しかありえないですの」



 娼婦が来た叙聖堂側とは逆、ベルカ自治領市街地側から一組の主従が堂々と歩み寄ってくる。げっ、あいつらは昨日のお嬢様連中じゃねえか!?

疲労困憊な時に、金持ちの相手なんぞしたくない。アリサに対応を――あ、逃げやがった、あいつら!? 見事な撤退ぶりで、忍達が噴水広場から遠ざかっていくのが見える。

残されたのは護衛の妹さんと背中をよじ登るナハト、昨日の関係者であるミヤとアギトのみ。俺を除いたチームワークの見事さに、憎しみすら覚える。覚えていろよ、あいつら!


慌てて、田舎者の仮面をつける。こいつらはこいつらで、厄介な相手なのだ。油断は出来ない。


「ご機嫌麗しゅう、カリーナお嬢様。メイドさんも、今日もお綺麗でいらっしゃる」

「ありがとうございます。貴方様も、ご立派なお上りさんでいらっしゃいますよ」

「あっはっは。見事でありましょう、我が祖国自慢の衣服でございます」

「ふふふ。このメイド服も、お嬢様直々に仕立てて下さった逸品なのですわ」


「単なる挨拶でどうしてそこまで盛り上がるのか、理解できませんの!?」


「カリーナお嬢様、こんにちわ! ミヤに会いに来てくださったんですね、嬉しいです!」

「いやーん、やっぱり可愛いですのー! そっちの妖精――うーん、むしろ悪魔ちゃんかしら。貴方もキュートで、ラブリーですわ」

「悪魔ちゃん!? お姫ちんの分際で、生意気な!」

「お姫ちんって、カリーナのことですの!?」

「ですです、カリーナお嬢様はお姫様のように可愛いですよ!」

「お姫様、カリーナはお姫様……うふ、うふふふふふ、何て可愛らしいことを言うんですの! 絶対に今日、連れて帰りますの!」


 お前らだって、謎の会話で盛り上がっているじゃねえか! こういうのをテレビとかで見たスイーツ系とでも言うのだろうか、剣士には理解出来ない生き物だった。

キャッキャッウフフ、と盛り上がるこいつらを置き去りにして逃げ出したいが、容赦なく屋敷へ強制連行されてしまうだろう。危機感のないミヤとアギトに、げんなりする。


カリーナが一瞥すると、銀髪メイドのセレナが両手に持ったアタッシュケースを俺の前に大きな音を立てて置いた。


「カレイドウルフの名も知らぬ、田舎者。本来ならば無礼千万で手討ちにしてやりたいですが、この子達の可愛さに免じて許してあげますの。
その代わり、カリーナの事は今日からお姫様と呼びなさい」

「――カリーナお嬢様」

「おっと、話が逸れましたわね。田舎者、芋頭のお前にも分かりやすく大金を用意してあげましたの。このアタッシュケースに隙間なく、金を詰めております。
この二つは田舎者に金の価値を理解させる見せ金、二人を今すぐ引き渡すのであればアタッシュケースを好きなだけくれてやりますの」


 ――絶対に偶然だとは思うのだが、昨晩俺は全財産を失って路頭に迷っている身。金は喉から手が出るほど欲しい、今この瞬間必要としているものである。

だからこそだろう、ミヤとアギトが困った顔で俺を見ている。金を持っていた昨日であれば二人も要らないと突っぱねられた、今日この時だけ絶大な効果を発揮する取引であった。

二人の動揺を見抜いてか美貌のメイドが冷ややかに、そして艶然とした微笑を浮かべて交渉を詰めてくる。


「お疑いであれば、この場で確認して頂いても構いませんわ。本日発行されたお金を各方面より手配致しました、今すぐご利用いただけます。
両替が必要であればカレイドウルフ商会にお任せ頂ければ、融通させて頂きますわ。どのような課税であれ、対応は可能です」

「どれほど田舎者であっても、お金の魔力は知っているでしょう。新しいペットが欲しければ、このお金で買えばいいですの。さあ、カリーナにその二人を渡しなさい」


 内心、舌打ちする。両替に課税対応まで吟味しているのであれば、貨幣の価値を知らない振りをしても無駄だろう。田舎者だと思っているからこその、厄介な対応だった。

ミヤやアギトが困っているのは、取引されそうだからじゃない。いざ捕まっても逃げ出せる自信があるからこそ、なまじ出た選択肢に迷ってしまっているのだ。

この取引自体は人道面を除けば、破格の交渉である。お金が要らないなんて言える奴は成功者か、失敗が過ぎて人生を諦めてしまった者くらいだ。


あるいは――お金より大切なモノを知る、涙が出るほど出会いに恵まれた馬鹿な剣士か。


「お気持ちはありがたいのですが、旅行鞄は持っておりますのでご心配いりません」

「? 何を言っているんですの」

「アタッシュケースを贈って頂けるのでしょう」

「違いますの!? アタッシュケースに詰まった、お金をくれてやると言っているんですの!」

「なるほど、そのお金でアタッシュケースを買えばいいんですね。すいません、勘違いしておりました」

「肝心な勘違いが、解消されていないですの!?」


 金は確かに欲しい、それは事実だ。だけど俺にはアリサが居る、忍達も居る、有能な自分の娘達まで居る。金が無いのは困りものだが、金を稼げる面子は揃っているのだ。

大金を稼げる人間になるのも、俺の夢の一つ。まだ道半ばではあるが、カレンやディアーナ達に教わって学んでいる。天から降って来た金を、拾う気はなかった。


――苦笑する。自販機の下を探っていた昔の俺は、何処へ行ってしまったのだろう。いつの間にやら大金を蹴って仲間を庇う、本当の馬鹿になっちまった。


「あー、もういいですの。このお金でアタッシュケースでもなんでも買えばいいですの。とにかく金はあげるから、二人をよこしやがれですの」

「しかしそのお金で、それほどご立派なアタッシュケースが買えるのですか」

「当然ですの。どれほど金を詰めてきたと思っているんですの!?」

「幾つほど買えるのですか?」

「幾つ? 幾つと聞かれても――いっぱいですの!」

「芋何個分くらいでしょうか?」

「お金の単位じゃないですの!? えと、えと……セレナ!」


「お任せ下さい、カリーナお嬢様。このセレナ、芋勘定も得意としております。
『お芋の煮っころがし、腹いっぱい』ですわ」


「おお、素晴らしい! 貴方様は本当のお姫様なのですね、カリーナお嬢様!」

「田舎の芋貴族だと思われているですの、くきー!!」


 アタッシュケースを蹴飛ばしてはいけませんよ、お姫様。お金満載の重いケースを蹴った反動で、お姫様が足を抱えてのたうち回っている。駄目だ、まだ笑うな、堪えるんだ……!

お姫様は俺を田舎者だと信じている。もし真実がバレたら、無礼討ちにされてしまう。本当の事がばれてしまうのは、まずい。


「カリーナお嬢様。どうやらこの田舎者、お金の価値が正確に分からないようです」

「むうう、お金も知らないなんて一体何処の田舎育ちなんですの!」

「申し訳ありません。お金をお持ちになっているカリーナ姫ともなれば、毎日お芋の煮っころがしをお腹いっぱい食べているのでしょうね」

「そんな尊敬されたくないのですの!? もういい、お前に金なんてもったいないですの! 明日はもっと、もっ〜〜と、価値のある物を持ってくるから待ってやがれですの!
セレナ、そのアタッシュケースを持って帰るですの!」

「ご気分害されたようですね、カリーナお嬢様。今晩はお嬢様の大好物である、お芋の煮っころがしをお作りいたしますね」

「いつから好物になったんですの!?」


 怒り心頭で立ち去っていく、お姫様方。ふう、何とか難局を乗り越えられたか……やれやれ、難儀なお嬢様だ。さすがに、疲れた。

ミヤが何だか嬉しそうに、俺の汗を拭ってくれる。いや、別にお前を庇った訳じゃないんだぞ。これもまた恩返しの一つであって、他意はないんだ。

芋の話題が出たのか、背中のナハトがお腹を鳴らしている。話し合っている最中は、妹さんが背中のナハトをあやしてくれていた。俺の娘だということで、面倒を見てくれたようだ。

よしよし、ご褒美に皆で芋の煮っころがしを食いにでも行くか。聖地にあるのかどうか、知らないが。


アギトが俺の頭の上に、乗っかる。機嫌がいいと、この融合機は好んで俺に接してくれる。


「今回は何とか乗り切ったけど、あの調子だとまだ諦めそうにねえぞ」

「出会わないようにしたいもんだが放置するのもまずいしな、あの気性では」

「最初は親の名で取り上げるつもりだったのに、今度は金を用意してきやがった。あのお姫ちん、どんどんエスカレートしてくるんじゃねえか?」

「大丈夫、ああいうお嬢様は飽きっぽい。その内、諦めるさ」


 気軽に手を振って、この話題を打ち切る。この時俺達は、カリーナお姫様本人も含めて気付けなかった。


今日は一貫して二匹と言わず、アギトとミヤを"二人"と呼んでいたことに。










<続く>








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