とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第六話




「オーソドックスなRPGかと思ってたら、主人公が娼婦を連れて帰って来た!? やばい、持参したエロ下着に着替えないと!」

「訳分からんこと言ってないで、お前のメイドをすぐに呼んで来い!」

「ここに控えております、旦那様」

「……最近ノエル、明らかに私より侍君を立てているよね」


 面倒臭い娼婦に時間を取られてしまい、宿に戻ると既に静まり返っていた。司祭との取り次ぎを終えた聖騎士も戻って来ており、夕食を揃えて全員待ち構えているらしい。

遊郭街から連れ出した商売女を、ひとまずノエルに預けて身奇麗にさせる。話し掛けても返事せず、身元を聞けば泣いて謝り、顔を覗き込めば発狂する。こんなの、何で助けたんだ俺。

メイドの鏡であるノエルであれば少しは落ち着くかと思ったが、やがて部屋から出て来ても様子は変わらないまま。暑苦しいローブも取らず、啜り泣いている。うげっ、ノエルでも駄目か。

蚊帳の外に置き去りしていた忍も、さすがに俺を睥睨する。


「――ねえ、侍君。率直に聞くけど、事後?」

「いい加減、そのゲーム脳を竹刀で叩き割るぞ」

「違う、違う。侍君本人じゃなくて、侍君が助けた時の事」

「ああ、そういう事――あっ、そういう事か!」


 おいおい、アホか俺。そうだ、この女さっき男に騙されてラブホテルに連れ込まれそうになったんだ。神様に裏切られたというのもあるが、危うく貞操の危機だったんだよな。

救われたから帳消しになんて、なる筈がない。危うかったのは事実なのだ。むしろ危機一髪で救い出されたからこそ、今になって恐怖が蘇ったのかもしれない。

だったらローブを脱がす行為を怖がるのは当然だ。同じ男の俺に根掘り葉掘り聞かれて、震え上がるのも無理は無い。金出した以上働かせる気満々だが、流石に今晩は気の毒かもしれない。

これから皆に大事な話がある、その間一人にして落ち着かせてもいいけど……この発狂具合だと、一人にすると自殺でもしそうだな。忍とノエルに、耳打ちする。


「風俗街で騙されそうになった女、と言えば分かるか」

「あー、分かる。ゲームでもよくあるんだ、そういう不幸設定」

「日本の映画でもよく拝見致しました。御安心下さい、私なりに理解はあります」

「忍はともかく、ノエルは意外だな……まあ、いいや。食事の時、二人で囲って世話してやってくれ」


 妹のファリンもライダー映画で正義に目覚めたし、自動人形は意外と映画好きなのだろうか。そういえば通り魔事件で車を強奪した時も、深夜映画の帰りだと言ってた気がする。

うわ言を繰り返す商売女の面倒を二人に頼んで、皆が集まっている食堂へと向かう。ベルカ自治領の宿屋はピンからキリまであるが、庶民的な宿は食堂や酒場を兼ねている所が多いらしい。

聖王教会御用達なだけあって、深夜の食事処は貸切状態。入国審査と同じく、聖騎士の威光があれば一般客であっても食堂は貸してくれるそうだ。ありがたい話だ。


「おう、やっと帰って来たか。すずかから全部事情は聞いたから、小言は言わないでおいてやる。早く座れ、腹減った。
お前があんまり遅いから、先にユーリ達への自己紹介とか全部済ませたぞ」

「ナハトヴァールが父上の武勇を目の当たりにしてご機嫌です。是非、我々にも後で聞かせて下さいね」

「見ろ。俺を茶化しにわざわざ玄関口に来たのは、お前だけだぞ」

「うう、那美も誘ったのに……恨んでやる」

「とばっちりですよ、忍さん!?」


 文句を言っているが、帰りの遅い俺を心配して忍が出迎えてくれた事くらい分かっている。聞きづらい娼婦の存在を敢えて茶化したのも、事情ありと察したからだ。お互い、承知の上の口論だ。

妹さんとナハトは一緒に帰って来たが、先に食堂へ行かせた。俺が突然娼婦を連れて帰って来たら、忍はともかく他はパニックになるのに決まっている。事情を聞く前にまず殴る連中だからな。

商売女もこの通り発狂している状態だ、騒ぎ立てれば絶叫してしまう。妹さんは俺贔屓が凄まじいが、起きた出来事は冷静に説明してくれる。場の取り成しを、お願いしておいたのだ。

ナハトはユーリ達と居れば大人しいものだし、俺と一緒に散歩出来て喜んでいる。遊郭街での痴情のもつれなんぞ、赤子に理解出来る筈がない。単純に、はしゃいでいるだけだ。

仲間達はそういった意思疎通が出来るのだが、今日初めて会った聖騎士様はそうもいかない。うぐぐ……潔癖かつ高潔な女騎士に、娼婦を買ったなんて言ったらどうなるか。


「剣士殿、司祭様とのご面談はお約束通り明日に決まり――あ、貴女は!?」

「へ……?」


「あああああっ!!」


 娼婦を見るなり聖騎士が立ち上がり、逆に娼婦は泣き叫んで座り込む。商売女と女騎士、これほどの拒絶反応が生まれるとは思わなかった。

まずい、風俗云々の罪で騎士に連行されたら全財産が無駄に消える。無償のボランティアになんぞしたくない。俺は打算でこの女を助けたんだ、善意の人助けでは断じてない。

忍とノエルに目配せして、椅子に座らせて落ち着かせるように促す。その隙に俺は、無礼千万にも聖騎士様を両手で押し留めて耳打ちする。


「あの錯乱した様子を見ただろう。事情があるんだ、今だけはそっとしておいてやってくれ」

「事情……? まさか! 剣士殿は、あの方の事を御存知なのですか!?」

「ああ、よく知っている。知った上で、此処へ連れて来たんだ。彼女はこの街の現状を知り、参ってしまっている」

「! なるほど、この街の事情を……でしたら、我々にも責任があります。分かりました、私もこの宿に滞在して一晩様子を見ましょう」


 へえ、お固い騎士様かと思っていたんだが、風俗の事情にも詳しいのか。商売女一人一人の事まで知っているとは実に意外である。今晩デビューの、ド素人なのに。

わざわざ滞在してまで風俗嬢を心配してくれるとは、心優しい女性である。聖地の民から慕われるのも頷ける。話の分かる人で、心から助かった。

騎士様は何とか理解をしてくれたが、娼婦はすっかり萎縮して怯えてしまっている。役人と娼婦、取り締まる側と取り締まられる側だ。そりゃ怯えるか。


このまま食事と行きたかったが――場の空気が悪くなってしまったな。仕方ない。場の空気を変える意味でも、少し早いが話すとしよう。


「皆、遅くなってすまなかったな。今日此処へ連れて帰って来た彼女の一件もあるんだが、何より今後の方針について考えていたんだ。
食事をしながらでも構わないので、俺の話を聞いてくれ」

「待って。食事の後でゆっくり聞いた方がいいんじゃないの?」


 アリサの提案の意味くらい、分かる。単純に腹が減ったのではなく、場を改めるべきだと進言しているのだ。食事の場には、聖騎士と娼婦が居るのだから。

最初は確かに関係者だけに、むしろアリサ一人に打ち明けて方針を固めてから話そうとも考えた。考えたそのままを話しても、我ながら呆れられるかもしれないと思ったからだ。

今早急に話そうとしているのは場を和ませる意味合いもあるが、何より自分の心に定めた方針をありのまま話したかった。考えを整理してしまうと、打算が入りそうで怖かったのだ。


それほど俺の方針はどうしようもなく庶民的で――ありきたりな、方針だったから。


「――その方がよろしいと思われます。食事の後、私はこの御方をお部屋へ案内いたしますから」

「気を使ってくれてありがとう、騎士さん。でも、いいんだ。あんたも、その娼婦も、無関係じゃない話だから」


 察してくれた騎士さんの心遣いをありがたくも遠慮して、俺は席に留めた。子供に扮したルーテシアも心配そうに見つめるが、やがて目で頷いて話を聞く体制に入る。

作戦会議、方針お披露目の儀式。途中から仲間の力を借りたことは多々あったが、こうして一から全員一丸となって取り組むのは初めてだ。リーダーとして、前に立つのも。

緊張はするが悪くはない、むしろ心地よい気の引き締まり方だった。カレンやディアーナ達もこういう高揚感を持って、企業やマフィアのトップに立っているのだろうか。

孤独では断じて出来ない、大仕事を始められるのだ。自分の方針も決まり、やる気が溢れ出てくる。


「この聖地における俺達の目標は、二つ。一つ目は例のプランの承認と達成、これは明日行われる予定の司祭様との面談の場で交渉する。
そして肝心の二つ目、聖女の護衛となる事だ」

「えっ!?」

「あ、あなた方も、聖女様の護衛に立候補するおつもりなのですか!?」


 聖騎士はともかく、何故か泣き事ばかり言っていた娼婦まで顔を上げる。驚いているのは態度と気配で分かるが、仮面にローブと、二人して顔を隠しているから笑える。

どちらかと言えば驚いているのは彼女達ではなく、自分の仲間達だった。あっさりと目標を聖王教会側にばらして、慌てふためいていた。

考えがあって打ち明けたので、彼女達の反応は予想通りだった。全員の驚愕を手でいなして、口火を切っていく。


「一つ目は先程言った通り、司祭様との面談の場で交渉を行う。リンディ提督やクロノ執務官、ゼスト隊長より面談相手の司祭様には事前説明はしてくれている。
面談を求めて来た司祭様の要望もあるだろうから単純な訴えではなく、本当の交渉になるだろう。明日プラン推進者のアリサと共に、ローゼやアギトを同行させて話し合う。
承認を得られたら、この聖地でのプランを開始。成功への道筋を立てていき、二つの目標を達成するべく行動に当たる。

二つの目標達成の為に、俺達は一切何をするべきか――俺の考えが、まとまった」


 聖王教会側である聖騎士や娼婦は露骨ではないにしろ、警戒している。友好的だった先程とは雲泥の際、敵とまでは言わないが険しさが伺える。

彼女達の警戒ぶりが、この地における余所者の横暴を示していた。強者達が聖地を踏み荒らし、利権を貪り、ベルカ自治領を支配しようとしている。

聖王教会は予言成就の為に強者の無法を許し、聖王教会騎士団は我こそ正義と剣を掲げている。怯えるのは弱者ばかり、神を望んだ信徒達は"待ち人"を望んで泣いて祈りを捧げる。

救いはどこにもない。誰が神となろうと、誰が王となろうと、椅子取りゲームの果てには悲劇が待っている。護衛となれるのは限られた者だけ、残りは容赦なく蹴落とされてしまう。

たとえ予言が成就しようと、"待ち人"が現れようと、戦争は止められないだろう。神を唯一とする時代は過ぎてしまった、今は人を世とする欲望の時代。神の宣告も、飢えた餓鬼には聞こえない。


そんな不毛の地で、俺達は何をするべきなのか――





「俺達は、聖女を護衛しよう!」





 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


「ねえ」

「何だね、アリサ君」


「この場にいる全員の疑問を代弁するわ。聖女の護衛となる為に何をするべきか聞いているのに、聖女を護衛するってどういうこと?」


 気持ち悪いほど全員、ウンウンと頷いている。聖騎士や商売女はともかくとして、自分の娘達にまで理解不能な目で見つめられて泣きそうになった。

ま、まあ、確かに、聖女の護衛となる為に聖女を護衛するというのは意味不明ではある。俺も考えに考えたけど、一言で説明するにはこう言うしかなかったんだよ!

このままでは生粋のアホだと娘にまで馬鹿にされてしまうので、親の威厳を保つ為に詳細を詳しく説明する。


「俺は今まで自分の事しか頭になくて、いつも痛い目に遭ってきた。他人を助けようとする気持ちだって、言い換えるならそうしたいという自分の我儘でしかない。
さっき外で頭を冷やして来て、気付いたんだよ。俺は聖女を"守ってやろう"という、人助けめいた押し付けをしようとしていると。助けて貰いたいのは、自分の方なのに。

だから相手の立場に立って、一から考え直してみたんだ。そこの商売女と出逢って、不覚にも気付かされた」


 一応言っておくと、今話している考え方だって十分独り善がりである。俺は聖女ではないのだ、会ったこともない人間の気持ちなんて分かりようがない。想像しか出来ない。

我ながら本当に情けないのだが、今まではその想像さえもしていなかった。フィアッセ達をあれほど苦しめたくせに、俺はまだ自分本位だったのだ。

何でこんなに反省しないのか、苛立たしささえ覚える。俺だってなれるなら神様にも、英雄にだってなりたかった。彼らはいつも、間違えないのだから。


「事の発端はそもそも、聖女の予言から始まった。神の降臨を告げる予言、彼女はきっと胸が震えただろう。神が本当に現れる、我らをお救い下さる。
大々的に発表したのも救世が叶う、喜びの気持ちがあったからだ。あくまでも善意。神に祈りを捧げる多くの信者達だけではなく、救いを求める弱者達の為に公開した。

その結果大いなる予言は悪欲を惹き寄せる蜜となり、世を乱す悪鬼達まで集めてしまった。欲望は聖地を汚し、悪徳は祈りを妨げてしまう。

それだけならまだしも聖王のゆりかごまで現れてしまい、聖王教会まで歯止めがきかなくなった。予言が成就しなければ、彼らの神に信はなくなるからだ。
暴走する教徒、暗躍する強者、混沌と化した聖地は今となっては戦場にまで成り果ててしまっている。間もなく、多くの血が流れるだろう。


誰のせいで、こうなったのか。始まりは、聖女の予言――つまり、自分にあると追い詰められる」


 ガンッ、と商売女がテーブルに突っ伏して耳を塞いでいる。震え上がる彼女を、両脇に居るノエルや忍が必死で落ち着かせている。聖騎士も俺の話を聞き、俯いて拳を震わせていた。

聖地に住んでいる彼女達にとっても耳の痛い話だろう、分かっていて聞いてもらっている。何度も言うがこれは俺の想像だ、想像を現実とするには当事者の共感が必要なのだ。

実際彼女達の話を聞いて、アリサ達は改めて聖地に置かれた聖女の心痛を察していた。心優しい自分の娘達も、彼女達の悲嘆に心を痛めている様子だった。

彼女達を苦しめるのは心苦しいが、この共感がなければ方針の真意が伝わらなかった。俺は今こそ、自分の真意を告げた。


「これはあくまで俺の想像だ。実際の本人は私利私欲の権化で、予言を告げたのも聖王教会の利益になると考えたからかもしれない。
暴利を貪っている今のこの街の有り様も、実は彼女の望み通りかもしれない。聖王教会の、真意なのかもしれない。

だが俺は敢えてその可能性はないと断じて、この方針を強行する」

「なんでわざわざ可能性まで否定するんだよ。本当に、欲深い人間かもしれねえだろう」

「だって本当にそんな奴だったら、俺達に勝ち目なんてないからな」


 俺達は既に出遅れてしまっている。殆どの面子がゴール直前にまで来ているのに、俺達は今からスタートするのだ。聖地はもうほぼ、強者達の支配下に置かれてしまっている。

我が物顔で歩いている連中が、その証拠だ。今日案内されたのはあくまで広大なベルカ自治領の一部でしかないのに、余所者が堂々とフル装備で歩いていたんだぞ。

今から権力闘争したって、勝ち目なんぞない。俺達には後ろ盾もなにもないのだ。人外は恐らく固有戦力を、猟兵団や傭兵達にも強力なスポンサーがついているだろう。無理である。

聖女や教会が私利私欲で動いているのなら、俺達のような弱小田舎チームが出張って勝てるはずがない。のろうさの指摘する可能性を、俺は苦渋の決断で切った。



「だけど、もし聖女が俺の想像通りの人物であったのなら――今こそ、"護衛"が必要なんじゃないのか?

単純に、身を守る"強者"じゃない。追い詰められた彼女の心細さを分かってやれる、お前達のような"人間"が必要なんだよ」



 自分を、数に入れなかった。俺のどこが、人間だ。フィアッセや美由希、リスティ達を追い詰めてしまった。聖女の気持ちを、聖地に来るまで想像もしなかった。

でも、アリサ達は違う。俺は、彼女達に救われた。身元や所在はそれぞれ違えど、シュテル達も含めて全員"海鳴"の優しさを持っている。


こいつらこそ今の聖女に必要なのだと、俺は確信したのだ。


「ち、父よ。まさかとは思うが……この地を、ベルカ自治領を"平定"するおつもりなのか!?」

「そうだ、ディアーチェ。俺達がこれから成すべきなのは、支配でも、鎮圧でもない。強者達の枠組みには加わらず、聖王教会にも加担しない。あくまでもこの地に生きる、民の為に尽くす。
強者達に悩み苦しむ弱者の力となり、権力に怯える信徒の支えとなり、大いなる変化に戸惑う住民の手助けをする。火種を巻くのではなく、火消しを行っていく。


人々を元気に、聖地を明るくして――ベルカ自治領を、俺達が住んでいたあの"海鳴"のように、平和で優しい世界にしよう!」


 こんなどうしようもない俺だって、あの町に救われたのだ。俺はこの不穏な地を、あの町のように変えてやる。そう、聖地を元通りにするのではない。

聖女は嘆き苦しんでいる街の変化も、全てが全て悪い訳ではない。風俗街は問題だとは男の俺でも思うけど、繁栄自体を悪というのは暴論だ。

そもそもこの聖地が短期間でここまで繁栄したのは、何も余所者達だけが望んだ変化ではないからだ。肝心の民だって繁栄を、利益を望んだはずなのだ。

欲望の全てを悪と言ってしまったら、人間なんて生きていけない。世の中はさぞ、退屈になるだろう。お坊さんだらけの世界なんて、それこそ想像したくもない。

ただ、今のこの繁栄は明らかに行き過ぎだ。宗教の町に風俗街まで作るなんて、幾ら何でも罰当たりすぎる。結果として人外まで呼び寄せてしまっているんだ、どうかしてる。


「俺達の後ろ盾は権力者でも、強者でもない――この聖地に住まう全ての人達を味方にして、聖女の護衛だと認めてもらおう。
聖王教会が認めなくても、強者達が抵抗しても、聖王教会騎士団が異議を申し立てても、この町の人々が俺達こそ相応しいと勧めてくれるさ」


 "日頃の行いを大切に"、これが俺の方針であり、助け合いの精神。聖女にローゼの後見人となってもらう代わりに、俺達が今苦しんでいるであろう彼女を守ってみせる。

戦略なんて言えやしない、ごく普通の方針。だからこそ、異変が起きているこの地では一番難関とも言える。不穏な世界に、平穏を持ち込もうというのだ。

弱肉強食を掲げる強者を相手とした、弱者の一般論。連中は馬鹿馬鹿しいと、鼻で笑うだろう。勝手に、俺を笑っていればいいさ。



「俺達でこの聖地を――聖女を、助けよう」



 俺達は、民が――聖女が笑ってくれれば、それでいい。


「……がとう」

「しょ、娼婦……?」



「……ありがとう、ございます……ありがとう、ございますぅっ……」



 謝罪の次は、お礼!? どういう心境の変化なんだよ、お前! 呆然とする俺の前で、娼婦はローブで隠した顔を手で覆って激しく泣きじゃくった。

聖女を助けるといったのに、何でお前が泣くんだよ!? お前は全然関係ねえじゃねえか! 呻き声よりはマシだけど、聖女ならともかく商売女に感激されても困る。

当たり前の事を言っただけのに当の聖女様ではなく、何故か商売女が泣いて感激している。おいおいこいつ、マジでヤバイんじゃないか……?

こうなったら聖騎士様に何とかなだめてもら――うわっ!?


「剣士殿。貴方は、素晴らしいお方だ!」

「い、いや、別にこんなの一般論――」

「聖女様のお気持ちをお察しになられただけではなく、傷付いた民の心まで労ってくださるなんて……貴方様のような御方と今日巡り会えた事、神に感謝いたします!
私も是非、あなた方のお力にならせて下さい。どうぞ、如何様にもご命令を!」

「いやいやいや!? 当たり前だから、感激するようなことじゃないから!」


 頭おかしいだろう、この人! 困っている人を助けようと、言っているだけだぞ!? 今時幼稚園児の絵本にも載っとるわ!

こうして堂々と方針を告げるだけでも赤面ものだったのに、感激なんてされたら羞恥で突っ伏したくなる。やめて、両手で握り締めるのはやめて!



「……ミヤはとても素晴らしい方針だと思うんですけどそんなに当たり前の事なんですか、アリサ様?」

「……そんな訳ないでしょう。此処は異世界、あたし達の知らない国。その世論を味方につけるって気軽に言ってるのよ、アイツ」

「……宗教国家で民主主義をやることの難しさを絶対分かってないよね、侍君」

「……信者の方々が安寧を求める対象は、神様――えっ、じゃあ良介さんは神様に!?」

「……主にその自覚は皆無でしょうね。困ったものです」

「……支配するよりずっと難しいってのに、あのバカ。アイツと組んでまだ一ヶ月だけど、アタシの頭がそろそろハゲそうだ」

「……スケールが大きいのか小さいのか、未だによく分からんからな、あいつって」



 外野も外野で、うるさかった――ええい、ともかく話を終わらせないと、恥ずかしくて死ぬ……!



「と、とにかく、明日からその方針で動くぞ! 俺やローゼ達はさっき話した面子で明日司祭様と会って、交渉してくる。
妹さん。明日は聖騎士がいるから俺は大丈夫だから、聖地を巡って困っている人達の"声"を聞いて回ってくれ。シュテルは交渉役、人助け前提だがあくまで依頼という形にするように。
無償で助け回ってばかりいると俺達も生活できないし、その手の生業から不要な反感を確実に買うからな。ファリンは、妹さん達の手助けだ」

「お任せ下さい、剣士さん。聖騎士様、剣士さんをよろしくお願い致します」
「分かりました、父上。今こそ、父上のお力となりましょう」
「町の人々を守るべく、わたしも頑張りますよ!」

「ディアーチェ達は請け負った依頼を整理、緊急性の高い要望があればその場で力となってやってくれ。
ただし、無理強いはするなよ。ユーリを筆頭に、お前達は聖地に顔を売っているんだからな。その知名度を、良い形で生かせ」

「無論だ。父の崇高なる宣言、いたく感じ入ったぞ。暴悪なる支配論を訴えていた我が、恥かしくなったわ。一刻も早く、父のような人間とならねば」
「パパの言い付けを守って、いっぱい人を助けてくるね!」
「お父さんも、頑張って下さいね。私も出来るかぎり、力となりますから!」

「忍は今俺が言った方針を、お前の言うゲーム流に企画としてまとめてくれ。ありきたりな方針だしな、似たような題材は幾らでもあるだろう」

「確かにあるけど、そんな謙遜しなくていいのに。任せて侍君、私が依頼請負型の立派な組織構想を作り上げてみせるから」

「……実に不安だからノエル、それに那美もサポート頼む。久遠、ナハト、こいつが馬鹿やったら齧っていいからな」

「かしこまりました、旦那様」
「あ、あはは、了解です」
「くぅん!」
「がるる」

「のろうさ達は、権力者や強者達の偵察を頼む。権力闘争や戦争に参加する気はねえが、いざ護衛を決めるとなると決闘とかありえるからな。
ご機嫌伺いするつもりはねえけど、味方は多いに越したことはない。組めそうな奴らが居れば話を持ちかけて関係を結ぶ。
聖王教会騎士団とは協力し合えると思うが、向こうさんはユーリ達を警戒しているだろうからな。それとなく、動向を確認しておいてくれ」

「へいへい。ま、あの龍女の事も気になるしな」
「ユーリ達の一件で、奴らも敏感になっているだろう。我も注意して、様子を伺ってみる」

「ルーテシアはある程度現地に詳しいからな。街中を見て回って、拠点の確保とか出来そうなら頼む。ミヤも手伝ってやれ」

「うん、頑張ってみるね。ミヤちゃんも、よろしく」
「はいです――えーと、そちらの方は……?」


 一人一人方針を言っていると、残されたのは娼婦一人。感激した余熱なのか、心にも熱が灯って、意志が戻って来ている。よ、ようやく落ち着いたのか、こいつ。

そういえば、妹さんに説明を任せっぱなしで、こいつの事をちゃんと皆に言ってなかったな。あれ、待てよ。


肝心なことを、言い忘れているような――


「あの皆さん、誠に申し訳ありません。取り乱してしまい、本当にご迷惑をお掛け致しました。改めて、自己紹介させて下さい。

実は、私は――



……


……っ


……えーと……あの……カ、カ……う……聖、せ、せ――うう……しょ……しょ、娼婦です! ご主人様より、身請けして頂きました!!

ご主人様より支払って頂いた大金は必ず働いて返します、すいません!!」


 なんで「カ」が「しょ」に変わったんだよ!? どういう言語能力してるんだ、お前は! あ、こら、言いっぱなしで出て行くな!?

当然、残されたのは俺一人。後は、事情を知らぬ者達ばかり。知っている妹さんやナハトは、場の空気というものを察してはくれない。


この後に起きた惨劇は、筆舌に尽くしがたいが――



翌日――この騒ぎにより、問答無用で宿から叩き出されたとだけ言っていこう。










<続く>








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