とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十三話
強さの定義は各個人で色々あるが、俺が主体とするのは剣である。ただ剣と一言で言っても剣の道は数知れず、剣の流派は底知れぬほど多い。武器の種類にしても、目が回る程存在する。
例えば守護騎士シグナムは烈火の将と名高い剣士ではあるが、彼女が手にしているのは西洋剣である。俺は竹の刀、同じ剣士といえど扱い方から異なる。
そういった意味でも、ヴィータの叱責は正しい。剣で強くなりたいからといって、剣に拘っていては駄目なのだ。まずは、俺個人の底力を高めなければならない。
矛盾した言い方であるが、自分の目指すべき強さというものを知るには――まずは、強くならなければならない。
だからこそ敢えて、魔法という要素を取り入れる。異世界の魔法はお伽噺のように何でも出来る力ではないが、効果的に強くなるには最適の要素なのである。
俺とて、別に焦っている訳ではない。敗北続きで嫌気が差してはいるが、努力もせずに短期間で強くなれるとは思っていない。長い時間、地道に積み重ねなければならない事も分かっている。
とはいえ才能もないのにコツコツと、延々やっていても天才には未来永劫届かないだろう。少しでも早く強くなれるのであれば、それに越したことはない。
俺の護衛を務める女の子も、同じ考えであった。
「妹さんも俺と一緒に、修業をするのか?」
「ご迷惑でなければ、是非」
「いや、俺は全然いいけど……」
「アタシらが許可したんだよ。お前よりもよっぽど見所があるぞ、そいつ」
月村すずかは、八神はやての友人である。以前図書館で知り合ったそうだが、俺をきっかけに再会し、今では同居生活を営んでいる。親密になるのは必然であった。
妹さんは基本的に物静かな少女で対人関係は受動的だが、はやても特段賑やかなタイプでもない。双方共に学校にも行けない訳あり同士、仲良くやれているようだ。
主である八神はやての友達とあって当初ヴィータ達も敬意を払って接していたのだが、妹さんが進んで修行を申し出た事もあって師弟関係として収まっている。
護衛と騎士――守るべき者が居るという共通点もあって、ヴィータ達は妹さんの思いには共感しているようだ。
「妹さんは徒手空拳だよな。確か、ストライクアーツだっけ?」
「打撃による、徒手格闘技術です。ナカジマ先生より基礎を学んでおります」
「近代格闘技にはさほど精通しちゃいねえけど、ベルカ時代にあった古流の武術ならある程度教えてやれるからな。ザフィーラも、相手を務めてくれる」
「よろしくお願い致します、先生」
「アタシの事は、親分と呼べ」
「はい、親分」
「……」
「……?」
「おら、子分。お前もだよ!」
「俺待ちだったのかよ!?」
意外と、というのは失礼かもしれないが、ヴィータの親分は礼儀に厳しかった。任侠映画を好んで見る変わった騎士様だ、逆らうと指導が来そうなので敬っておく。
近代格闘技と古流武術では異なる部分が多い様子だが、ヴィータの見込みでは妹さんの才なら取り入れていけるらしい。まあ血筋からして王女だからな、妹さんは。
それにしても驚かされたのは、妹さんにもなのはやフェイトのように魔導師の才能があるらしい。ヴィータ達だけではなく、そもそもクイントもその辺の才能も見出していたようだ。
ほんの三ヶ月前までは、守られる側だったとは到底信じがたい。嫉妬心が欠片も出ないのは、その強さの全てが俺を守るために在るからだろう。
「すずか、お前から相談を受けた例の話。一応は、可能だぞ」
「本当ですか!?」
「シャマルが後で、お前の身体検査をしたいそうだ。あいつはその分野の専門だからな、お前独自の術式で編み出してくれると思うぜ。
ただ公に使うんであれば、前もって管理局にいる先生にも話は通しておいた方がいい。この馬鹿みたいに、許可云々で揉めたくないだろう。
そういう魔法があるんだと指導を受けてから、自分で編み出した事にして伝えておきな。お前の才能なら、短期間で構築できても不思議じゃねえ」
「分かりました、ありがとうございます」
妹さんが珍しく意気揚々と、ヴィータに頭を下げて教えを請うている。自分自身の強さについて俺だけではなく、妹さんも考えていたようだ。
聞けば必ず答えてくれるのだろうが、やめておいた。聞くのは野暮というより、単なる好奇心を満たす為でしかないからだ。妹さんが考えて出した解答を、我が物顔で聞き出したくなかった。
聞き出す暇があるのなら、むしろ自分こそ考えるべきであろう。今のところヴィータ達に頼りきりで、何一つ自分で強くなる術を考え出していないのだから。
剣で強くなりたいという、曖昧にも程がある目標しか持っていない。
「これから修行を始めるにあたって、お前らに渡しておきたいものがある。こいつを、手にはめろ」
「青と緑の……腕輪か、これ? どこかで見たような気がする」
「そりゃそうだろう。シャマルのデバイスである、クラールヴィント――その複製だ」
どうりで、見たことがあると思った。何しろ先月、始終つけさせられていたんだからな。湖の騎士シャマルの、デバイス。指輪形態が腕輪となって、ヴィータよりそれぞれ手渡される。
青の腕輪を妹さんに、緑の腕輪を俺に手渡すヴィータ。複製だと言っているが、どちらかと言えば模造品であるらしい。クラールヴィントの欠片を元に、シャマル本人が製造したようだ。
受け取った腕輪を丹念にチェックしていると、ヴィータが呆れた顔をする。
「監視のために渡したんじゃねえよ。そんな目的なら、そもそもすずかには渡さないだろう」
「それもそうか」
どうも最近監視やら管理やらされているせいで、その手の道具に敏感になってしまっている。時空管理局の目もあるのだ、監視道具なんぞつけて持ち歩いていたら疑われるだろう。
――なるほど、だから複製品なのか。クラールヴィントそのものを持ち歩いていて、クイントやルーテシアに見咎められたら持ち主が疑われてしまう。だから、わざわざ複製品を作ってくれた。
思えば先月、クラールヴィントには随分助けられた。監視が主目的ではあったが、クラールヴィントの補助があって何とか命を繋げられたのだ。でなければテロに巻き込まれて、助かる筈もない。
修行する上で、また補佐してくれるようだ。ありがたく受け取って、早速腕につけてみる。
「おー、なかなか手に馴染――む、ぅぅぅぅぅ!?」
「剣士さん!?」
試しに腕輪を付けた腕を振り回した途端、急激な負荷が腕にかかって逆に身体そのものを振り回されてしまう。蚊トンボのように舞い上がって地面に転げ落ちた俺に、妹さんが駆け寄ってくる。
今の俺の奇行にヴィータだけではなく、修行を見守っていたアギトやミヤが大笑いする。管理対象のローゼにいたっては、松葉杖の分際で拍手なんぞしてやがる。あいつ、後で殺す。
にしても、何なんだこの腕輪!? 重い、というか……腕輪をつけている腕、そして腕に繋がる身体そのものが重苦しくなっている。
「すずか、お前も試しに付けて軽く体を動かしてみろ。どうだ?」
「……自分自身の一挙一動に強い負担が生じ、通常より体力が消耗しています」
「正確に言えば、体力じゃねえ。お前に備わっている『魔力』が消費しているんだ」
「魔力、ですか……?」
「その複製品は言わば、魔導師を養成するギプスのようなもんだ。普段の生活から魔力に多大な負荷をかけた状態にすることで、魔力そのものを鍛えあげる。
調べてみた感じミッドチルダではまだ既成化はされてねえみたいなんでな、それっぽいのをシャマルに作ってもらったんだ。
日頃からつけているだけで魔力の質が高まり、出力も向上していく。修行だけではなく、日常でもつけておけよ」
ギプスというのは、最近の俺にとって嫌な意味で馴染み深いものであった。通り魔事件から始まり今まで、骨折に至る怪我までして病院で固定させられていたのだ。
この腕輪は固定というより、補強の意味で製造された品。筋肉と同じく絶えず負担をかけることで、魔力もまた鍛えられるものらしい。そういった知識も同時に、学んでいくのだろう。
腕輪をつけた妹さんにも俺と同じ負荷がかかっているはずなのだが、俺はぶっ倒れて、妹さんは不自由こそあれど平然と体を動かせている。この差はいったい、何なんだ?
俺の疑問に、ヴィータは笑いを堪えつつ解答してくれた。
「負担と一口に言っても、並の魔導師では立ち上がるのも困難な程の負担だ。すずかはある程度平気で、お前は滅茶苦茶苦しい――後は言わずとも、分かるな?」
「ぬぐぐぐぐ……」
魔力そのものの質と、埋蔵量の差。妹さんの魔力は負担に耐えるほど強く、俺の魔力は簡単に折れるほど弱い。負担は同じでも、土台が違えばこの通りである。
スタートラインからもう、差が付けられている。歯軋りしていると、ヴィータが説明を付け加える。
「もっともお前の場合魔力負担に加えて、筋力も大幅に負荷を加えているからな。しばらく、筋肉痛やら何やらで地獄を見るだろうよ」
「ヴィ、ヴィータちゃん。あのあの……さすがに、リョウスケにちょっと意地悪すぎませんか?」
「身体そのものが弱っちいのに負担までかけたら壊れるぜ、こいつの身体。もうちょっと、手加減してやってくれよ。
オーバーワークにでもなっちまったら、目も当てられねえ」
基本的に根が優しいデバイス達が、意見を述べてくれる。魔力負担に筋力負担の二重補強、効果が出れば確かに飛躍的に強くなれるだろうが肝心の土台が弱いのだ。
支え続けられれば強くなれるだろうが、支える柱が脆ければ折れてしまうだけ。現時点で腕輪に振り回されている状態なのだ、修行するのも難しいだろう。
ヴィータ達に修行を頼む以上何を強いられようと頑張るつもりだが、無理なものは無理だ。ミヤはともかくアギトまでこう言うからには、本当に困難なのだろう。
二人のそれぞれの意見にも、ヴィータは頑として譲らなかった。倒れている俺を、冷静に見やる。
「確かに、こいつだけなら到底支えきれないだろうな。けど、こいつは一人じゃねえ」
「……何度も言うけど、アタシはこいつとユニゾンする気は――」
「そうじゃねえ。いや、出来ればお前も力はかしてやってほしいけど、そうじゃねえんだ。こいつはな、てめえ一人の身体じゃねえんだよ。
こいつは、多くの人達に支えられて生きている」
その、確かな事実に――己の中にあった、甘えが消し飛んでしまった。代わりに湧き上がるのは羞恥心、どうして忘れていたのかと頭を掻き毟りたくなる。
夜の一族の、血。忍、カーミラ、ディアーナ、クリスチーナ、カミーユ、ヴァイオラ、カイザー、カレン。彼女達の高潔なる血が壊れた腕を蘇生し、ボロボロになった身体を治してくれた。
神咲那美の、魂。半身とも言える魂の半分を分け与えてくれた事で感覚を共有して、傷付いた心まで癒してくれている。
彼女達だけじゃない。ミヤは自分自身にリミッターまでつけて、ユニゾンを申し出てくれた。アギトも取引に応じてくれて、力添えを約束してくれている。
俺は今、一人では生きてはいない。この体も、心も、他人に支えられている。奇跡のような出会いを経て、交流して繋がって、俺に可能性を与えてくれているのだ。
愕然としながら見上げると、ヴィータは力強く笑って頷いた。
「お前には、多くの仲間がついている。どれほど負担をかけたって、皆が支えてくれる。お前が頑張れば、ちゃんと応えてくれるんだよ。
アタシも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、一切お前を甘やかさない。身体がぶっ壊れようと、心が傷つこうと、鞭打って鍛えるぞ。
鬼と呼ばれようと――悪魔だと罵られようと、かまうもんか。お前がもう泣かなくて済むように、絶対に勝てるようになるまで強くしてやる。
お前が諦めない限り、オーバーワークなんてねえんだよ。限界を超えて、お前は絶対強くなれる」
才能なんて目じゃねえよ、とヴィータは肩を叩いて発破を掛けた。ただそれだけで、急激な負担がかかった身体が嘘のように軽くなった気がする。
俺が強くなるのを諦めない限り、彼女達もまた諦めない。期待して、応援してくれる。その繋がりこそが、真の力。俺が誇れる、可能性であった。
そうだ、それこそが――俺が目指すべき、"海鳴"の強さなんだ。
「基礎修行全般は、アタシが監督する。実戦の修行はシグナムが指導するけど、闇の書に蓄積されている仮想戦闘データを元にイメージファイトも積極的に行う。
ミヤ、それにアギト。闇の書がお前らにデータを送信するから、シュミレーションしてこいつの脳内で構築してやってくれ」
「了解です!」
「へいへい」
このイメージトレーニングについては、俺も初めてではない。ジュエルシード事件後、暇さえあればやっていたのだ。
2つ以上の思考を同時に進行させるマルチタスクにて、高度な戦略と高速な思考を用いて心の中で実戦を行う。仮想敵を相手に戦う、なのはや忍がやる格闘ゲームのような感覚だ。
ゲームと違うのは戦うのが己自身である事と、索敵・攻撃・防御を使用しての実戦さながらの戦闘である事。比喩でも何でもなく、実戦経験が積める。
しかし、そうなると――
「真っ先に、あいつを何とかしないといけないな」
「あいつ、ですか……?」
「今引き篭もっている、ガキンチョのこと。まずは、あいつを立ち直らせる」
高町なのは、そしてレイジングハート。海外へと旅立つ前に、この街の平和を託した者達。一ヶ月を経て今、辛い現実に打ちのめされて閉じ籠もっている。
イメージトレーニングを行うには、データの精度を少しでも上げた方がいいに決まっている。レイジングハートの計算力があれば、かなりの精度が見込めるだろう。
「今日の修行が終わったら、力をかしてくれないか。妹さんのサポートが、必要だ」
「お任せ下さい、剣士さん」
救うべき、理由もある。打算もある。そして、それ以上に――むかついても、いる。
一緒に強くなろうと言っただろう、なのは。
<続く>
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