とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十二話





 今の俺には、色々な目標が点在している。意味も価値も異なってしまったが、大いなる夢がある。果たさなければならない、目的もある。守りたい人間が多く居て、救うべき人達もいる。

自由気ままといえば聞こえはいいが、無駄の一言で片付けられる十七年の人生。苦労も努力もせずに生きてきた分、怠惰ばかりが蓄積されて俺自身をゴミクズのように硬化させてしまった。

自分自身を変えるのは、大変な難行だ。一年や二年では到底足りない。時間も、行動も、熟考も、日々休まず行わなければならない。自分に猶予はもう、残されていないのだ。


何よりも優先すべきことは――強くなることだ。


「修行を、始めるぞ」

「よろしく頼む」


 風紀面で大いに揉めてしまったが、管理プランの視察は何とかしのぐ事が出来た。その場で承諾は貰えなかったが、検討の価値有りとルーテシアより判子を貰えたのは大きい。

時空管理局に提唱した、ロストロギアの管理プラン。法の守護を得られた箱庭の中で、俺は剣道着を着て自分を鍛えてくれる人間と向かい合っている。

夜天の魔導書のプログラム、守護騎士ヴィータ。御近所のゲートボール仲間より貰ったユニフォームを何故か着て、グラーフアイゼンを片手にそびえ立っていた。


此処は月村の屋敷であり、同時に八神はやてが――苦笑交じりに――看板を建てた、八神道場の訓練場である。


「訓練の内容は大まかに分けて、二つだ。一つは剣の訓練、もう一つは魔法の訓練だ」

「素人の意見で恐縮だが、一つに集中した方がいいんじゃねえか?」

「才能もねえくせに最初から可能性を狭めるな、馬鹿」


 一刀両断された。叱られてしまったが、ヴィータの笑みが自分の未練を完全に見透かしている証だった。剣で成り上がりたい、という自分の未練に羞恥と屈辱を覚える。

剣で大成するのは無理なのだろう。才能がない上に、努力もしてこなかったのだ。どうやってももう、間に合わない。短期間で強くなれるのは、才能が不可欠なのだから。

自分では切り捨てられなかった些細な未練を、ヴィータが今壊してくれた。悔しさを感じるのもまた、未練。一刀両断してくれた師に、広い心で感謝するのは難しかった。

俺のそんな心境をも察してくれたのか、彼女は一言入れてくれる。


「それに、魔法の訓練をするのはお前だけじゃねえ。むしろ主体は、お前のサポートをするミヤだ」

「えっ、こいつも修行するの!?」

「当然です。リョウスケのお手伝いは、ミヤにしか務まりませんから!」


 今日から俺は管理プランのシステムに組み込まれ、あらゆる人間から干渉を受ける。俺は管理者であると同時に、管理される側にもなるのだ。

俺が管理するのはローゼとアギト、俺を管理するのはミヤと妹さんとなる。連絡窓口となるのはアリサで、管理プラン提唱の支援兼維持管理を務めるのがナカジマ親子という訳だ。

ミヤは八神はやてのユニゾンデバイスだが、はやてには守護騎士達がついている。無防備かつ無力な俺を放置するのは危険と判断されて、主より直々にミヤが派遣された形だ。

ジュエルシード事件に始まり、夜の一族の世界会議と、ミヤには随分力を貸してもらっている。本人も今更抵抗はないらしい。


これまた何故か体操服姿で訓練に参加するミヤに、別の観点からクレームが入った。


「ちょっと待てよ、何でお前にしか務まらねえんだよ。アタシにだって、こいつの手助けくらいは出来るぞ!」

「でもでも、リョウスケと融合するのは嫌なんですよね?」

「むっ、それはまあそうなんだけど……」


 ゴニョゴニョと、歯切れの悪いアギトさん。突っかかったのはいいが、明確な信念に基づいての意見ではなかったようだ。それを今の世では難癖と言うんだぞ、古代ベルカの融合騎。

素直な良い子ちゃんのミヤは人類みな兄弟を貫いている分、素直じゃない良い子ちゃんのアギトは好意を疎ましく思う傾向がある。俺はアギト寄りの思考なので、大いに同感できる。

問題なのは、その考え方は良い子だらけの海鳴町では異端となってしまう事。居心地悪そうにしながらも、負けん気の強いアギトは追及の手を緩めない。


「そもそも前々から言っているけど、お前は自分の主が居るくせにどうしてこいつとユニゾン出来るんだ?
力を貸すくらいならともかく、お前のは明らかに度が過ぎているだろう」

「リョウスケの力になるのは当然です。はやてちゃんの家族なんですから!」

「主の家族なら、誰でもユニゾンしていいのかよ。お前って、そんなに汎用性が高いのか。融合機ってのは、相性ってもんがあるんだぞ」

「家族なら相性だってバッチリですよ!」

「血が繋がってないと聞いてるぞ。それって、赤の他人じゃねえか!」

「違いますよ! 思いの力こそが人と人との絆を結び、そして理想的なユニゾンを実現するのであって――」


「……なあ、ヴィータ。俺にはアギトのほうが正論言っているように聞こえるんだが」

「……シグナム達を呼んでくる」


 理想論や綺麗事は今となってはさほど嫌悪も抵抗もないが、理屈が通っていなければ単なる暴論でしかない。さすがに擁護できず、ヴィータは呆れ返った顔で主と同僚達を集めた。

根性論で押し込もうとしているチビスケにアギトは迫力で押されていたが、割り込んで叩き落としてやった。正しければ何でも許されると思うなよ、こいつ。

程なくして、全員が集まった。視察に訪れた二人も既に帰っているので、本音で話せる。


ただ今挙がった議題をデバイス同士の会話を引用して、取り上げる。


「気軽に、容認など出来ん」

「どうしてですか、シグナム!? リョウスケに何かあったらどうするんですか!」

「あ、あのね、ミヤちゃん……私達もこの人の事はもう拒絶するつもりはないけれど、ユニゾンについては全く別の問題なのよ。
改竄の影響も考えれるし、そもそも主や私達以外とのユニゾンは魔導書にも大きな悪影響を及ぼすの。そうよね?」

「ああ、断じて認められん」


 騎士達のみならず、憧れのお姉様にまで反対されて、ミヤは露骨にガックリする。ようやくまともな認識の者達が来てくれたと、アギトも溜飲を下げる。

守護騎士達や夜天の人には先月の世界会議の功を認められたが、何でもかんでも許された訳ではない。きちんと一線を引いてこその、人間関係である。

心を閉ざされていると、嘆く気はない。友人や家族、仲間といえどそれぞれに事情というものがある。別け隔てなく何でも許される関係なんて、滅多にないのだ。

ユニゾンについても、その一つ。最初試した時と比べればスムーズに行えそうではあるが、魔導書への悪影響までは取り除けない。


「良介やったらわたしは別にええんやけど、それでもあかんの?」

「申し訳ありません、主。こればかりは主の御許可を得られようと、どうしようもないのです。
魔導書には防衛システムというものがございまして、主以外の人間がシステムに干渉しようとするとシステムが排除にかかるのです。

ペナルティを受けるのがこの男のみならばともかく、システムは主にも何らかの制限を加えるでしょう」


 制限と言い繕ってはいるが、はやては子供ながらに聡明だ。悪影響とはすなわち自分自身の命に関わるものである事は、悟っているだろう。俺も融合する前、説明は受けている。

この問題、棚上げにしていたのではない。守護騎士達が何度も議論しているし、夜天の人も加わって白熱している。ただ、具体的な改善点がないのだ。

一番の解決策はユニゾンの禁止だ。今まではそれでも良かったし、今後もそうするつもりでいた。ヴィータや俺が先程のアギト達の会話で気付いたのは、その解決策が通じなくなった事だ。


ローゼの動力源である、赤いジュエルシード。もしこのロストロギアが暴走した場合、俺がミヤとユニゾンして止めなければならない。


ジュエルシードの暴走そのものは騎士達でも止められるが、止められる人間がこの管理プランの場にいるのが発覚するのはまずい。守護騎士達の存在がばれてしまうからだ。

そもそも管理プランがかろうじて成立しているのは、ローゼの体内にあるジュエルシード暴走を止めたのが管理者である俺だからである。俺が暴走を止める抑止力だから、プランは成立する。

勿論、ジュエルシードを暴走させるつもりはない。だが、世の中に絶対はない。本当に暴走してしまったら、俺が止めなければこの管理プランが破綻してしまう。


となれば、いざという時の為にミヤとのユニゾンは許可して貰わなければならなくなる。


「どうする? 一度協力するといった手前、ここでやめちまうのははやての名誉も傷つけてしまうことになるぞ」

「視察が行われた後というのも、痛いですね。急に私達が協力を断って出て行ってしまうと、管理局に怪しまれてしまいかねません」

「危うい試みとはいえ、宮本が提唱するこの管理プランが認められれば、我々の今後にも貢献する可能性も出てくる。不都合が生じたからとすぐ投げ出してしまうのは、問題だ」

「しかし現時点で、主に関する懸念事項が出てしまっている。対策を講ずる必要はあるだろう」


 守護騎士達の話し合いは、俺にとっても他人事ではない。ただ、肝心要の他人の事情を知らずにいるのだ。せめて魔導書に関して詳しい内容が聞ければいいのだが、深入りも出来ない。

前々から思っていたが、やはり夜天の魔導書について何らかの調査が必要だろう。本人達には聞けないからといって、知らない顔をしてばかりいるのは単なる逃避でしかない。

時空管理局なら危険物について詳しいのだろうが、彼らには絶対に聞けない。危険物がここにあるので取り扱いを教えてください、と言うようなものだ。

ふーむ。


「やはり、今後に備えて異世界の協力者が必要だな。時空管理局員以外の、現地協力者を見つけないと」


 時空管理局の決定を覆す以上、時空管理局とはいずれ徹底的に戦わなければならない。クロノ達はおろか、俺に協力的なクイントやゲンヤのおっさんも局員だ。頼るわけにはいかなくなる。

旅行をするのにだって、案内人やパンフレッドがないと何処に何があるのか分からない。事情通がどうしても必要だ。聖王教会へも、いずれは出向く訳だしな。

時空管理局員以外の、異世界人――ユーノは、管理局に協力的なので微妙。ドゥーエ達は、行方不明。フェイト達は、裁判中。ぐぬぬぬ、現地で見つけるしかないのか。


「剣士さん」

「どうした、妹さん」


「今のお話――協力して下さる方に、心当たりがあります」


「えっ、本当に!?」

「はい」


 何と、俺の護衛である妹さんが申し出てくれた。意外にも程があるが、妹さんに現地協力者の当てがあるらしい。誰なのか、全く想像もつかない。

かろうじて考えられるのはクローン繋がりでドゥーエ達だが、彼女達はどちらかと言えば俺に興味を示している。妹さんは研究結果に過ぎず、直接的な交流を持つとは思えない。

だが、妹さんが俺に嘘をつくはずがない。本当に、異世界にいる誰かと繋がりがあるのだろう。後で、詳しく話を聞いてみることにしよう。


ユニゾンの問題を、まずは解決しなければ。


「あんた達の話は、よく分かった。お互い、妥協点を探っていこうじゃないか。
まず肝心のユニゾンの使用について――緊急時例えばロストロギアの暴走が起きた場合、悪いけど使わせてほしい」

「でも――」

「頼む。ここを妥協して貰わないと管理プランが成立せず、その上被害が出てしまうんだ」


 頭を下げる。主のはやてだけじゃない、騎士達にも。自分の都合で、はやてに悪影響を与えてしまう。分かってはいるが、現時点では本当にどうしようもないのだ。

何事も起こらないのでユニゾンはしないと、彼女達には到底言えなかった。何度も言うが、世の中には絶対はない。いざという時の備えをしなかったから、今の苦しい現状があるのだ。


自分の未来が明るいと根拠もなく信じこんで、今まで怠けて生きてきた。その結果が、今の駄目な自分だ。十七年も自分の人生を無駄にした、泣きたくなる。


根拠の無い未来に縋ることはもう、出来ない。今の俺は、大勢の他人に支えられて何とか成り立っている。他人に対して、責任があるのだ。

あらゆる万が一に、予め備えなければならない。今の積み重ねで、未来が生まれるのだから。

必死で頼み込むが、騎士達も夜天の人も難しい顔を崩さない。拒否されているのではない、承認が出来ないのだ。はやて本人も、騎士達の苦しい心境を思えば賛成も難しい。


硬直した交渉を目の当たりにして、アリサが提案してくれる。


「ルールを、作りましょう」

「ルール、ですか……?」

「今後ユニゾンする必要があるかどうかは、誰にも分からない。けれど、いざという時に使えるようにしておく必要はある。それは、ヴィータ達も分かるわよね?」

「う、うん。でも、どうすればいいんだ」


「此処は、ロストロギア管理の地よ。魔導書へのユニゾンについても、危険物と同じ制限を設ければいいのよ」


 ユニゾンについて、まずデバイスそのものであるミヤにリミッターを施しておく。魔力そのものの制限ではなく、干渉の制限。使用者である俺に、過度の干渉を制限する。

リミッターの解除には守護騎士達へ申請を行い、使用状況の判断を見極めてもらう。ユニゾンが必要と判断されれば承認した上で、上司である主とシステム担当の夜天の人に連絡。

彼女達二人の最終的合意を得られれば、はやてが承認を出して夜天の人がリミッターを解除。そこまでの手続きを得て、初めてユニゾンが可能となる。


「解除できる回数にも、制限を加えましょう。もちろん解除するには、その都度承認を取らなければならない。
それと解除する時間も騎士達が判断をして、主であるはやてに提言させる」

「おいおい、使用回数だけじゃなくて使用時間にも制限を入れるのかよ!?」

「当たり前でしょう。使えば使うほど、はやてに悪影響を与えるのよ。短いに越したことはないわ」

「そ、そりゃそうだけど……」


 ――鬼だった。別に自由に使えるようになるとは思ってはいなかったが、予想以上にガチガチに制限を加えられる羽目になってしまった。

あまりといえばあまりの徹底ぶりに、反対側だった騎士達も怯んでしまっている。何もそこまでしなくても、と夜天の人まで恐る恐る呟く始末。恐ろしいメイドであった。

ミヤなんてもう勘弁してください、と言わんばかりに半泣きになっている。何重にも縛り付けられるのだ、可哀想に。


「これで、決まりね。何か、反対意見はある?」

「「ありません」」


 ともあれ、これでユニゾンに関する問題も解決。のびのびと、修行を開始することが出来る。

さて――いい加減、強くなろう。
















<続く>








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