とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十一話





 アリサの警告通り、結局一睡も出来なかった。何だかんだあったのだが、いちいち悩んでいる暇はない。何しろ昨日に続き、今日も俺には大きな試練が待っている。

最新型自動人形と、古代ベルカの融合騎――未来と過去という隔たりがありながらも、この現代で危険視される二つの兵器が時空管理局により封印されてしまう。

審議中ではなく、既に決定事項。決まっていない未来ではなく、決まってしまった過去を変えなければならない。先月の世界会議よりも、困難であるかもしれない。


約束の時間、最終会議の日。クイント・ナカジマに連れられてアースラに乗船、会議室には関係者一同が出揃っていた――必要、以上に。


「よく来てくれたわね、良介さん。早速で申し訳ないけれど、昨日約束した貴方のプランを提示して頂けるかしら」

「……それはいいけど、そちらの方々は?」

「私は、本局運用部の者よ。人員や艦船の配置等を取り仕切る立場にいる、といえばお分かり頂けるかしら」


 人員の配置、つまり人事。組織における職員の処遇などの決定に関する業務に就いている、人間。どうして人事の責任者が、この会議に参席している?

俺の疑問は、次の紹介を受けて氷解した。


「この子は私の部下で、本局のメンテナンススタッフ。主に魔導師用の装備、デバイス等のメンテナンスを担当しているわ」

「よろしくお願いします」


 眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性と、白衣を着た可愛らしい女の子が揃って挨拶をする。この二人の登場は、考えられる限り最悪を意味していた。

個人の素性はどうでもいいし、誰であろうと今のところ興味はない。問題なのは、人事の責任者とデバイスのエンジニアがこの会議に参席している事実だ。


クロノやリンディは、ローゼの引き渡しを延期できなかった。ゼスト達は、アギトの移送を阻止できなかった。二つの最悪が、一気に向こうからやってきたのだ。


彼らとて、無能ではない。問答無用の処分であるのならば、こんな会議に参加せずさっさと引き渡せばいい。管理外世界の人間の意見なんぞ、どうでもいい。

なのに会議に参席しているということは、クロノ達やゼスト隊による必死の働きかけなのだろう。俺のプランを一応聞いてから、連れて行くつもりなのだ。

一応、である。本当にどうでもいいけど、一応聞いているという姿勢だけ。それを証拠に、彼女達は一切俺に名乗ろうともしない。聞く気もないからだ。


連れて行く準備が終わっているのに、今から説得なんて出来ない――泣きたくなった。もう終わりだ、どうしようもない。アギトもローゼも、今日連れて行かれる。


「そう固くならないで、この会議に口出しするつもりはないわ。貴方が提示するプランを検討するのは、あくまで彼らよ」

「傍観希望者ですので、どうぞお気になさらずに」


 ふざけてる。口出ししなくても、人事責任者やデバイス管理担当が居るだけでリンディ達にも圧力がかかる。大事な会議で、上司を意識しない部下がいるか。

クロノ達の温情は期待していなかったが、本当に期待できなくなるのはまた別の話だ。しかもこれでは、最初から結果が決まりきっている。


どうしてこんな事になるのか、俺の過去はそれほどまでに罪だというのか。天に唾を吐けば、必ず自分に降りかかる。


海鳴に来て自分勝手に毎日生きて、他人に迷惑をかけ続けた。その結果が、これだ。桃子達は一人残らず不幸になり、クロノ達時空管理局を敵に回す結果となった。

信用を築き、信頼に応えていれば、この八月は本当に幸せだっただろう。誰も不幸にせず、誰からも頼りにされて、俺はただ強くなるべく剣を振るっていたはずだ。

今の俺は剣も振るっていないのに、他人を傷つけている。誰かを助けようとすれば、危機に陥れてしまう。足掻けばあがくほど深みに嵌り、無力を悟る。


「会議の場ではありますが、彼らとは旧知の仲。普段通りの口調で説明させてもらいますが、よろしいですか?」

「……結構よ」


 及び腰にならなかった俺に、人事責任者は薄ら笑いを消した。同じく眼鏡を掛けたエンジニアさんも、のんびりした態度を引き締める。

今の俺の発言は心象を悪くするだけだが、同時に心象なんて気にしていないのだと宣言したのに等しい。つまり自分が作成したプランに自信を持っているのだと、伝えたのである。

俺への評価を改めたのではない。俺に対してようやく少しだけ警戒をした。状況は悪くなったように見えるが、元々今が最悪なのである。だったら、自分のペースでやらせてもらうだけだ。


プレッシャーを感じていないのではない。緊張するだけ無駄だと、開き直ったのである。


「紙ベースで申し訳ないが、作成した資料を今から配る」


 八神家の掃除をはやてや騎士達に任せて、俺とアリサ、そしてミヤと夜天の人と一晩熟議を重ねてプランを練り上げた。これが、ローゼやアギトを救う唯一の計画だ。

古代ベルカの融合騎にミヤが、ロストロギア関連兵器への恩赦に夜天の人が、それぞれ強い興味を示した。特に、夜天の人は率先して魔導知識を提供してくれた。

とはいえ、提供元をクロノ達に追求されるのも困る。あくまでジュエルシード事件で得た知識を元に、彼女がアリサが作成したプランを補強してくれたのである。


意外な支援だったが、さすがのアリサも魔導知識は持ち合わせていないので本当に助かった。協力してくれた彼女達に報いるためにも、頑張らなければ。


「自動人形最終機体にして最新型ガジェットドローン、ローゼ。古代ベルカの融合機、アギト。彼女達には人を殺せる強さと、世界を壊せる力を持っている。
ロストロギアであるジュエルシード、そして古代兵器とされるユニゾンデバイス。この二つの兵器に対して管理局は封印という処置を決定したが、今回俺はより良いプランを提示したい」

「プランを提示する理由は?」


 クロノ・ハラオウン執務官からの、問い。理由は当然、この場にいる全員が知っている。理由を知らなければ、そもそもこの会議自体開催されていない。

ここまでは言うならば単なる儀礼、会議が開催された理由を明快にするのみ。建前と本音を織り交ぜて、話す。


「兵器の封印は危険拡大を防ぐ為にあるが、今回の決定は二つの兵器が危険という前提に基づいて成立する。俺はここに異を唱える」

「ロストロギアが危険だという認識は、幾つもの前例の上に成立している。君の言う、前提にも」

「前例なんてない。ローゼとアギトには、他の誰でもない彼女達自身にのみ存在する心がある。この心こそが、兵器を制御するリミッターだ」


 クロノを始め、彼らは眉一つ動かさない。優しさという面は他者より多く持っているが、彼らは人の優しさを守る立場にいる。人情のみでは、法を制定出来ない。

時空管理局は法に則って、封印処置を決定した。厳密に言えばアギトは違うのだが、彼女は反抗的な態度を取り続けている。このプランが通らず取引不成立となれば、不審は確たるものとなる。

ローゼは引き渡され、アギトは二度と誰も信じなくなるだろう。行き着く先は永遠の孤独であり、本当に兵器と化してしまう。


「ローゼとアギトについては、管理局側でも心理分析はされている。分析結果を伺いたい」


 人事担当者が、表情を険しくする。やはり追求するつもりだったな、こいつ。"心"ほど曖昧なものはない、リミッターにはなりえない。その点を指摘されれば、勝負は決してしまう。

心は確かに水面のごとく揺れ動いてしまうものだが、善にも悪にもなれる可能性を秘めているという一面だってある。その心を育てる機会を、封印の名の下に奪われてたまるか。


さあ、言え。お前達時空管理局の口から、ローゼとアギトの心の是非を証明しろ。あいつらは悪い心は持っていないと、お前らの口から言わせてやる。


「昨日改めて二人と向かい合い、専門家も呼んで分析を行った。詳細は後で書面とするが、彼女達自身に問題はない」

「問題がないのなら、封印という処置は過剰ではないのか」

「過剰ではない。彼女達に問題がないと判断されたのは、君と接触した後の話だ。先程の話で言えば、君という前提があって安全性が成立する。
仮に君がローゼに破壊を命じれば、彼女は躊躇いもなく実行に移すだろう。アギトについても同様だ、君との交渉が不成立となれば、人々に牙を向くに違いない。

そしてその君自身が、彼女達の自由を望んでいる。三者が意思統一すれば、善にも悪にもなってしまう。それでは、不安定だ」


 融通の利かない奴だ、唾を吐きたくなった。強弁だと言いたいが、残念ながらローゼにもアギトにも前科がある。信用なんてされようがない。

ローゼのアホは俺に会う為に研究施設を破壊したし、アギトの馬鹿は俺と会う前は管理局員と散々揉めて怪我人まで出したらしい。そこを突かれると、痛い。

もっとも、この程度で承認を得ようとは思っていない。その為の、プランだ。


「彼女達が、人々に被害を出した事は知っている。封印そのものは反対しているが、危険だという認識まで拒絶するつもりはない。
その為に時空管理局の封印処置に代わる、管理プランを作成してきた。書類を見てくれ」


 よし、何とか管理プランを読ませるところまでは持って来た。たく、人事責任者とデバイス担当者なんぞ来たおかげで、苦労させられる羽目になった。

しかしながら、油断はできない。アリサと夜天の人に作成してもらったプランだが、クロノ達やゼスト隊もプロ中のプロだ。侮っていい相手ではない。

世界会議と同じく常に頭を働かせ、相手からの質疑応答を想定しながら説明に入る。


「まず彼女達には常に、俺と一緒に行動させる。俺はユニゾンデバイスであるミヤを同行させ、細心の注意を払って彼女達を監視する。
ローゼの動力源であるロストロギアは俺とミヤが封印したジュエルシードであるし、ローゼも俺個人の命令には忠実だ。アギトとの取引については、クロノ達本人にも確認してもらっている。

何より、このプランを提示したのは俺だ。俺自身が、責任を持つ」

「貴方には、危険物を取り扱う資格はないわ。ましてジュエルシードは危険なロストロギア、個人に管理はさせられない」


 リンディの指摘は、至極もっともだった。俺の世界だって、危険物取扱という立派な資格がある。資格もないのに危険物を管理させろなんて、無茶苦茶である。

その点は正直俺も悩んだのだが、どうしようもなかった。何しろ、今資格が無いのだ。今から取ります、では遅すぎる。


なので、白旗を上げた。


「俺自身に資格はないので、クイント・ナカジマ捜査官とゲンヤ・ナカジマに俺の保護責任をお願いするつもりでいる」

「! で、でも、それは名目上の扱いにしかならないわ!?」

「名目上であっても、責任は取れるだろう。提督、俺はかまわないぜ」

「主人に、従います」


 俺の希望に、快く応じてくれるゲンヤとクイント。事前に根回しする必要もなく、彼らは俺の意向を汲み取ってくれた。今だけは、心から感謝したい。

無論養子にもなっていないのに、好意に甘えるだけで終わらせるつもりはない。俺が失敗すれば彼らの責任になるのだ、これで一層失敗できなくなってしまった。

俺が失敗すればローゼとアギトは封印されて、クイントとゲンヤは職を追われてしまうのだから。


「口出しするつもりはなかったけど――人事責任者としては、気軽に容認は出来ないわね。お二人とも、自分の立場を理解しているのですか」

「分かっているさ。どんなに可愛くたって、ルール違反すれば俺はこいつをしょっぴく。問答無用でな」

「甘やかすつもりはありません。名目上であっても保護の責任を負う以上、彼を徹底的に監視します」


 ――こういう人間だと分かっているから、俺は二人に任せた。ローゼとアギトが暴走すれば、必ず俺ごと止めてくれるだろうから。

一か八かの賭けだったが、ゲンヤのおっさんとクイントが要職についてくれたのは助かった。とはいえ、俺の権力に縋ってばかりではいられない。

自分の負うべき責任の範囲を、きちんと言わなければ。


「二人に保護責任をお願いした上で、俺はローゼとアギトを書類で記してある場所で管理する。管理外世界にある、自動人形の専門家月村忍の屋敷。
山の上に建てられた屋敷で広い土地もあり、人里からも離れている。広大な山の所有権も持っていて余所者は気軽に入れず、何が起きても察知されない。理想的な、管理施設だ。

詳しい位置は、見取り図と航空写真で確認してくれ」


 昨晩八神はやての家で起きたさらし粉騒ぎは、思わぬ形で事態を動かす要素となった。引越しを渋っていた騎士達に、現状での危機感を与えたのである。

ジュエルシードの暴走に夜天の書の目覚めと騎士達の同居、そして昨晩の大騒ぎ。今の八神家はご近所でも不穏とされており、このまま生活を維持するのは難しいと判断した。

このまま住み続けることも出来る。だが、はやて達は海鳴での共存を望んでいる。ご近所との良好な関係を今後も維持したいのであれば、ある程度距離を取る必要があるのだ。

そうでなくても騎士達は年を取らないし、ミヤや夜天の人のような人外だっている。人と生きていくことは出来るが、生き続けていくには自分達を知られてはいけない宿命がある。


昨晩話し合った結果、かねての要望通り月村忍の家へ引っ越すことに決まった。


「月村博士の見識については、昨日の技術者交流を通じて伺ってはいる。自動人形の管理に問題はないだろうが、維持費用は必要となるのではないか?」

「管理外世界の貨幣基準で記載しているが、当初与えられる予定である監視期間内であれば十分な額を提示できる」


 ――アリサさん、お金を用意してくれてありがとうございます。貴女にはホント、頭が上がりません。今後、給料をあげるね。


ゼストのおっさんからの指摘については、額面を見せて応じる。金額の桁に目を剥いているが、俺も最初見せられた時は卒倒しかけました。

億単位の金を余裕で出せるメイドとか、可愛いけど怖すぎる。


「自動人形を維持する資材や施設も必要となるでしょう。あてはあるのかしら?」

「流通経路は商売柄明かせないが、然るべき取引先から資材や機器を確保できる。当面必要な分は勝手ながら既に注文しており、二日後には海外から届く予定だ。
業者は管理外世界の人間だが、必要であれば会わせよう。こちらから希望すれば、応じてくれる」


 ――夜の一族の皆さん、資材を用意してくれてありがとうございます。貴女達にはホント、頭が上がりません。今後、茶菓子持ってお礼に行きますね。


ルーテシアからの指摘については、購買リストを見せて応じる。数々と並ぶ最新機器類に仰天しているが、俺も最初見せられた時は腰を抜かしそうになりました。

一晩で世界最高の機器を揃えられるお嬢様方とか、可愛いけど嫌すぎる。


「君の知っての通り、あのロストロギアは狙われている。管理する場所そのものは理想的でも、警備の面で不安はないのか」

「保護責任者であるクイント・ナカジマ捜査官は現地にいて、常に連絡が取れる。またジュエルシード事件での貢献者である、高町なのはにも協力をお願いするつもりだ。
月村忍博士も自動人形の第一人者、かの技術を応用したセキュリティシステムを設定できる。プランが正式に認められたら、博士にシステムの内容を公開させる。

昨日も言ったけど一日に一度アースラに定時連絡を行い、行動予定を常に報告する。何かあれば即連絡できる体制を、書面通りに準備する。
彼女達の行動範囲は管理外世界にある海鳴町内とし、俺の仕事であるボランティア活動に参加させて地域貢献に尽くすつもりだ。無論、管理局が許可する範囲で。

この管理プランを成立させる最低条件として、彼女達の最大限の捜査協力。二人の現地での協力を得て、皆さんも事件捜査を進めてもらいたい」


 捜査協力についてはローゼは何の問題もないが、アギトは嫌な顔をするだろう。とはいえ話は分かる奴だ、自由になる見返りというのであれば渋々でも協力してくれるだろう。

その他クロノ達やゼスト隊から事細かく質問があったが、全てアリサや夜天の人の想定内。頭の中で用意した台本通りに答え、プランで準備した内容を滑らかに答えていく。

不安は確かにあったが、正直プランそのものの出来では彼らには勝てると思っている。そもそもの話、問題が起きるとは思っていない。ローゼやアギトなら、大丈夫だ。


プランは大丈夫。ローゼやアギトに問題はない――と、なると。


「そうなると、このプランを実施する貴方個人の信用にかかってくるわね。貴方個人に問題があれば、この管理プランは簡単に破局するわ。
昨日も、私は言ったわよね。貴方に、この二人を背負えるの? いえ、折角これほどのプランを用意したのだもの。質問を、変えましょう。

ローゼとアギト、貴方はこの二人をどうしたいの?」


 そう、結局はそこだ。俺に、信頼がない。クロノ達もゼスト隊も、クイントやゲンヤも、人事責任者やデバイス担当者も、俺個人は信用しても、決して評価はしていない。

何故か? 何の結果も出していないからだ。ジュエルシード事件やその後の事件で確かに協力はしたが、それだけだ。感謝はされても、実績には結びつかない。

資格も、責任も、金も、資材も、何もかもお膳立てされている。俺の人脈によるものなのは事実だが、その人脈を悪用すれば意味が無い。


俺という人間に、任せてよいのか――ルーテシア・アルピーノの問いかけに、皆が俺の解答を待っている。



「あいつらを自由にしてやりたい、と口では言っているし、書類にもそう書いているけど、実際のところは少し違う」



 考えた。必死で、考えた。一晩中考えに考えて、今この場に立っている。何がしたいのか、何をしてやりたいのか。その答えに、俺とこいつらに差があるのか。

違いは、腐るほどある。俺のような出来損ないと、真面目に生きてきたこいつらとは差がありすぎる。だからこそこいつらは大勢を守り、俺は大勢を不幸にしてしまった。


俺は、優しさを語ろうとは思わない。


「クロノ達に会う前の俺は、自由だった。勉強もやらず、働きもせず、自分の足で気ままに生きてきた。食べたい時に食べて、寝たい時に寝ていた。
誰にも文句を言われなかったし、誰からも文句を言わせなかった。天下を取るだの、剣で生きていくだの、大層なことを言っていたが、口だけだった。

数年だけどそんな生き方をしてきたから、今と比較して分かるんだ。自由なんて、思っているほどいいもんじゃない」


 レールに乗った生き方、縛られた人生、表現は色々あるが、そうした言葉は大抵負のイメージがある。逆に、自由が賛美されている。

自由というのは楽ちんだし、楽しくもあるんだけど、


生きているとは、言わないと思う。


「俺は今、あいつらに自由になってもらいたくはない。封印を反対する理由は束縛ではなくて、終わりを意味するからだ。
ローゼにアギト、あの二人には"始めてもらいたい"。どんな生き方を送るにせよ、自由気ままに飛び出して欲しくはないんだ。力を持っているのなら、尚更だ。

辛い事や悲しい事も沢山あるだろうけど、俺はあいつらにきちんと生きてもらいたい」


 今の俺には、やるべきことが沢山ある。明日も明後日も、一ヶ月後も、自由なんてありはしない。毎日苦しみ、傷つき、悩んで生きていくだろう。楽な日は多分、一日もない。

旅していた頃に比べれば、苦労ばかりしている。悩みたくもなかった、他人のことで苦しめられている。全部放り出せば、きっと楽になれるだろう。


でも、楽になれば――俺という人間は、死んでしまう。


「俺はこの管理プランで、あいつら二人を甘やかすつもりはない。優しくもしない。生き直す機会を、やるだけだ。てめえで責任を負わせ、てめえで生きてもらう。
俺も同じだ。この一ヶ月で、自分自身の価値を証明する。あの二人を管理するだけの価値が有る事を、結果で示す。

彼女達を、生かせてやりたい。機会を、与えてくれ」


 甘やかせるつもりはない。管理プランという名の通り、海鳴町の中に閉じ込めるだけだ。封印した方が、よっぽど手っ取り早くて楽だろう。

死ぬよりも、きっと生きている方が何倍も辛いのだ。そうした意味でも、俺は決して優しくはない。温情なんて与えるつもりはなかった。


絶望して、苦痛を味わっても――生きろと強制しているのだ、俺は。


「……話に聞いていたのと違うわね、リンディ。なかなかのエゴイストよ、この子」

「ちゃんと言ったわよ、"レティ"。私は、良介さんを甘やかせるつもりはなかったわ。こういう子だと、知っているもの」

「リンディ……レティ? あの、リンディ提督の上司じゃあ……?」

「違うわよ。私は彼女と同じ、提督。友人なの」


 会議机に、突っ伏しそうになった。一体何なんだ、この組織は!


「じゃあ何で、人事なんて嘘をついたんだ!?」

「嘘なんてついていないわよ、失礼ね。私はちゃんと、本局運用部に所属している局員よ」

「所属!? この一件の責任者じゃ――」


「そんな事私、一言でも言ったかしら? ねえ、"マリー"」

「最初から、"傍観希望者"だと言いましたよね」


 だったら、思わせぶりに肩書だけ言うんじゃねえよ! 意味深なことを言って深読みさせやがった、こいつら。

正真正銘、無関係じゃねえか! 力説した俺は、何だったんだ!?


「今日中に引き渡す、予定だったんじゃねえのか!?」

「……誰もそんな事は言っていない。勘ぐり過ぎだ」

「俺の目を見て言えよ、クロノ!? リンディ、てめえが息子に無理強いさせたな!」

「私は昨日たまたまレティと会って、貴方の事を話しただけよ」

「私は貴方のことを聞いて力になるべく、マリーを紹介しようと思っただけよ」

「あたしは、ルーテシアさんに耳打ちされただけですよ」


「結局、お前じゃねえかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「わ、私は隊長に――」

「――部下の不始末まで、責任を負う気はないぞ」


 疲れた、本当に疲れた。昨日一睡もしていないから、余計に。とっとと帰って、寝たい。何もかも忘れたい。

たく、こいつら……どいつも、こいつも。


俺のような奴に、優しすぎる。


「ミヤモト。一応言っておくが、君がもし提示するプランに少しでも手を抜いていたら、君がどう言おうと彼女達を引き渡すつもりだった」

「そして貴方が彼女達を無責任に自由にさせるだけのつもりなら、預けたりもしなかったわ」

「アギトがもし君との同行に応じなければ、君がどう言おうと託したりはしなかったよ」

「――そういう事よ。今日、最初に貴方の顔を見て皆わかったわ。昨日少しも休まず、彼女達の事だけを真剣に考えて、この会議に来たのだと。

一応言っておくけど、これは特例よ。貴方の指摘にもあった、内部犯。そして、上層部の不穏な動き。今彼女達を地上本部に渡し、封印させるのはむしろ危険かもしれない。
貴方自身に彼女達を預け、その貴方を私達が守った方が都合がいい。そういう結論に達したのよ。

その上で、貴方を見極める必要があった」


 その結果であると、ルーテシア・アルピーノがようやく微笑んだ。俺が少しでも手を抜いたなら、彼女達は組織の人間として行動したのだろう。

温情とは、努力する人間にこそ与えられるから価値がある。彼女達は、それを弁えていた。だからこそ場を設けて、俺を徹底的に試したのだ。

この人事の人も、デバイス担当者も、その意向を汲んで来てくれたのだ。本当に、なんて奴らだ。厳しすぎる。全く、甘やかしてはくれない。


優しさを、妥協しない。ゆえに、他人に信頼される――俺も、こんな人間になりたかった。



そして、ローゼやアギトにも立派に生きて欲しい。あいつらと一緒にこの一ヶ月、頑張って生きていこうと思う。
















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.