とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十話
古代ベルカの融合騎アギトとの取引は、どうにか無事に済ませられた。信頼も信用も全く得られなかったが、話の分かる奴だったのは救いだった。意固地にならず、交渉に乗ってくれた。
話をしてみると人間だけを特別に嫌っているのではなく、現代そのものに不審を抱いている節がある。昔に思い出がないと、今も不安定に感じられるのだろう。未来なんて、見えもしない。
あいつにあるのは、何処かの違法研究所での実験の日々のみ。実験材料にされて、物のように扱われ、誰も信じられなくなっている。自由に、なりたがっている。
クロノ達やゼスト隊は恐らく彼女に深く同情し、優しく労ったのだろう。心は開けられなかったが、耳を傾けるようにはなった。だからこそ、俺の話を聞いてくれた。
ゼスト達はアギトから了承を得られた俺を高く評価してくれたが、俺としては複雑だった。彼らが尽力してくれなければ、話も聞いてくれなかっただろうから。
何にしても、ここから先が勝負だ。アギトもローゼも俺に命運を託した以上、俺がちゃんと応えてやらなければならない。失敗すれば二人共封印されてしまい、今度こそ信頼を踏み躙ってしまう。
困難どころの話ではない。時空管理局の正しい決定を、覆さなければならないのだ。大義は、向こうにある。彼らこそ正義、ならば立ち向かう俺は悪だというのか。
いっそ開き直って、テロリズムにでも染まって反旗を翻してやろうか――そう考えていた、矢先に。
八神はやての家が、テロリストに襲われていた。
「――さらし、粉……?」
「一種の漂白粉よ。食品漂白剤とかで使われている、食品の色を白くする為に使われる薬剤。化学分析してみないと分からないけど、精製度が悪いからカルキに近いかも」
「何か、この匂いは嗅いだことがある気がするな」
「石灰のようなものといえば分かりやすいかしら――家族全員で買い物に出かけていて、帰って来たら見ての通り家中に撒かれていたの。ご丁寧に、足跡までくっきり残っているわ。
ひょっとすると、この足跡を残すためにさらし粉を撒いたのかもしれない」
日が沈む頃家に帰ってみると、八神家がさらし粉に埋もれていた。ドアも窓もちゃんと閉められていたのに、濃厚に刻まれた白い足跡が家中を蹂躙していたのである。
痕跡そのものは小さく、家の主であるはやてと同じ子供の足跡。その痕跡がところかまわず残されており、一階も二階も全て足跡まみれになっていた。
それだけならば、子供のタチの悪い悪戯と考えていたかもしれない。この状況を深刻に受け止めているのは、俺やアリサではない。
この家を完璧に守っている、騎士達であった。
「一体お前は何をしていた、シャマル!」
「結界は完璧に張っていたわ!? この家に許可無く侵入すれば、ちゃんと機能していたはずよ!」
「でも実際、入られているじゃねえか! 平和な世界だからって油断するんじゃねえよ!」
「私だけじゃないわ、ザフィーラとも協力して結界を張ったのよ。もし破られたとしたら、今結界が機能しているのが異常よ」
「――シャマルの言う事は確かなのか……?」
「お前が今確認した通りだ、闇の書。結界は今も、機能している。破られた形跡もない。だからこそ、不可解だ」
「あ、あのあの、喧嘩するのはやめましょう。誰が悪いとかじゃなくて、これからどうするのか――」
子供らしいから無害、とは誰も考えていない。当たり前だ、この家は単なる一戸建てではない。魔導書と歴戦の騎士達が守っている、鉄壁の城なのだ。ネズミ一匹、無断で入れない。
確かに誰これかまわず拒んでいたら、新聞配達や宅急便も近寄れなくなってしまう。ご近所の皆さんも、おちおち挨拶にも来れないだろう。その辺の融通はちゃんときく。
ただ少なくとも、家の中に入ることは誰にも出来ない。敷地内に入るだけで結界は反応して、術者も知らせるのである。この侵入者は騎士達にすら気付かれず、家を踏み荒らしたのだ。
古代ベルカの魔法も通じない、奇怪な侵入者。守護騎士達の認識すら上回る、存在――彼女達は、危機を感じていた。
「お前はどう思う、アリサ。あいつらは、夜天の書の主である八神はやてへのテロリズムと断定しているようだけど」
「あんたこそ、どう思っているのよ。まずは、聞かせてみて」
「――子供の悪戯にしては、度が過ぎているな。トイレや風呂、押入れの中にまでさらし粉を撒いているんだぜ」
魔法が通じない相手に、若干の心当たりがある。夜の一族、人外の存在。人を超える感覚と、人智を超えた能力を持っている。結界を超える術もあるかもしれない。
カレン達を疑っているのではない。月村安次郎のように、マフィアやテロリスト達に協力する一族もいるかもしれない。金や権力に溺れるのは、人間だけではない。
世界会議の一件でテロ組織はほぼ壊滅状態、ロシアンマフィアも強力なボスを失って機能不全している。彼らは俺に甚大な恨みを持っており、何が何でも殺すつもりでいる。
その警告と考えれば、テロリストと認識するのもあながち間違えてはいないかもしれない。俺を狙っているのは、間違いないのだ。
俺の推察を、俺の頭脳担当が一言で否定した。
「違うわ、良介。逆よ。これは――度の過ぎた、子供の悪戯なのよ」
「子供が出来ないだろう、こんな事」
「子供しかやらないでしょう、こんな真似。テロリストやマフィアの"警告"が、この程度な筈がない」
アリサ・ローウェルは、目の前の異常に振り回されなかった。俺や騎士達の懸念を杞憂だと切り捨てて、あろうことかこの異常を楽観的に見ている。
この見解には流石に疑問を感じたのか、普段アリサを目上のように扱う騎士達が口々に反論を述べる。
「しかしアリサ殿、この輩は我らの警戒網を突破している。童に出来る所業ではありません」
「無邪気な子供だから、結界に引っかからなかったんじゃないかしら」
「家の中にまで入ってきているのよ、アリサちゃん。子供であっても、無断で家に入ればわたしには分かります!」
「結界について詳しく知らないけれど何か穴があるのよ、きっと」
「無断で入られているのが問題なんだよ。どうにかしなきゃ駄目だろう、アリサ!」
「勿論、対策は練らないとダメよ。あたしが言いたいのはこの犯人は子供か、子供に近しい精神の存在というだけ」
「子供のテロリストということですか、アリサ?」
「テロリストから離れなさい、闇の書」
「アリサ殿、ご見解は分かりますが、犯人が子供であろうと主を傷付けるのであれば相応の対応は必要となるでしょう」
「子供相手に、報復なんて駄目よ」
「ふえええ、どうすればいいですか、アリサ様ー!」
……? 変だな、どうしてあいつはあそこまで子供にこだわるんだ。もっと色々な可能性を考慮してしかるべきだろうに、断定しているっぽいぞ。
アリサがあそこまで言うので、改めて家の隅々を見てみる。子供の悪戯、そう思って調べると確かにそう見える。踏み荒らして、楽しんでいる素振りも感じられた。
もう少し、家の中を確認――うん?
「おい、お前ら。何か、聞こえないか?」
「うん……何が?」
「何か、こう――回転するような音、が」
家の外から、何かが回っているような音が聞こえてくる。耳を澄ませてみないと聞こえづらいが、誰かが何かを回している。そこまで気付いて、ゾッとした。
騎士達が一様に、首を傾げている。何も反応していない。音の方角ではなく、音が聞こえている俺に対して怪訝な視線をぶつけてくる。
彼女達が反応しない音――結界が反応しなかった――犯人!?
俺は彼女達を置いて、家の外へ飛び出した。が、
「――誰もいないじゃないか。お前の気のせいだろう、子分」
「な、何言ってるんだよ、ヴィータ!? 聞こえないのか、この音!」
「何にも聞こえねえよ。な?」
ヴィータも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、夜天の人やミヤまで頷いている。はやてだけが手をポンと打って、アリサに何か耳打ちしている。
どうなっているんだ、一体。回す音が、相変わらず聞こえてくる。確実に聞こえているのに、距離や方角がはっきりしない。聞こえるのだが、何処から聞こえるのか分からない。
ヴィータは誰もいないという、その通りだ。でも、何故か納得出来ない。何なんだ、どうなっている。何が起きているんだ!?
難しい事を考えるのは、うちのメイドの役目だ。というのに、こいつは実に嬉しそうに笑っている。
「ねえ、良介。あたしって、かわいい?」
「は……? 突然、何を聞きやがる」
「あたしの事、大事に思ってる?」
「?? だから何なんだよ、その質問は!」
「ふふふ、本当に分かっていないんだ。なるほど、なるほど、そんなにあたしが好きなのね。いやー、可愛いってのは罪ね」
「頼むから、ちゃんと頭を回転させて下さい。お前まで、不思議ワールドに嵌らないでくれ」
「ドツボにはまっとるのは、良介やよ。わたしはもう、この悪戯の犯人が分かったわ。みんな、集合ー!」
車椅子の八神はやてが手を鳴らすと、騎士達が畏まった様子で馳せ参じる。夜天の書やミヤまで輪に加わって、何やらごにょごにょ話していた。
俺も聞こうとすると、アリサが両手を伸ばして邪魔をする。何でだよ。意味が分からねえよ。というか、今も音が聞こえてくるのに何故ここまでのんきにかまえてられるんだ。
はやては一体、何に気付いたんだ……?
「へえ、そうなんだ。この国って、そういう奴がいるんだ」
「アリサ殿の例もあります。主の見解は正しいかと」
「でもそうなると、今後の防衛にはそうした者達への配慮も必要となるわね」
「月村殿のご提案、受け入れるべきかも知れぬな」
「奴の護衛を務める月村すずかという少女なら、かの存在であろうと探知出来るかもしれない」
「まったく人騒がせですね、リョウスケは」
えっ、俺なの!? 俺の責任なの、これ!? じゃあどうして俺には犯人を教えないんだよ、コラ!
混乱しまくる俺に、アリサは無駄に真面目な顔で肩に手をおいた。
「あたしと出会う前のあんたならすぐ分かったと思うわ。検討くらいは、ついたでしょうね」
「えええええっ、お前と出会う前!? 何の因縁なんだ!」
「仕方がないから、ヒントを出してあげる。今あんただけが聞こえているその音、"糸車を回している音"よ。
それとあんた、今日多分寝れないだろうから頑張ってね」
俺以外の全員が何故か納得して、家の掃除に取り掛かる。アリサは何故かご機嫌、はやてと騎士達はまるで事件が解決したかのような顔で後処理をしている。
いやあのお前ら、テロリスト云々の話はどうなったの? 俺から相談したい事ももう山程あるのに、予想外の事件が起きてそれどころではなくなってしまった。
一体今、何が起きている? この犯人の目的が俺にあるのなら、俺個人への嫌がらせということになる。
つまり、俺を恨んでいる子供――はやてやアリサに心当たりがあり、騎士達に探知されない存在。訳が分からなさ過ぎて、脳みそがパンクしそうだった。
八神家を襲った犯人は、誰だろう?
<続く>
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