とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十八話
どえらい事になってしまった。一ヶ月以内に、次元世界を管理する組織の決定を覆さなければならない。法の守護者たる組織の決断、並大抵で崩せるものではない。
裁判での判決に対する不服申立てがあれば、控訴が行える。被告に対する正当な権利だ、思う存分行使して戦えばいい。しかし世界規模に等しい組織の決断なら、民間人がどう楯突けばいいのか。
時空管理局の判断が間違えているのなら、まだ救いはあった。問題なのは、彼らの判断自体は間違いではないという事だ。大局的にわざわざ見なくても、判断の正しさは理解出来てしまう。
ローゼは違法な技術で製造された人型兵器であり、動力源は法で禁じられているロストロギア。何の力もない一民間人に黙って委ねるなんて、出来やしない。当然であった。
「繰り返し言っておくぞ、ミヤモト。君に与えたのは、期限でも猶予でもない。我々の判断を本局及び地上本部が承認した時点で、封印処置は施行される。
その決断を出来うる限り、先延ばしにするだけだ。彼女は現時点をもって、危険物として扱われる」
「……分かってるよ。それで、アースラに預けておけとでも言うのか?」
「可能であれば、そうしてもらいたい。が、君が現実的なプランを提示できるのであれば一考しよう。今日一日は、彼女の検査ということで予定を立てている。
明日の朝一番に提出してくれ。考慮に値する管理方法であれば、ローゼは一時的に君に預ける。実現不可能であれば、彼女はこのままアースラで管理させてもらう。
少なくとも今日は、君には預けられない。明日提示できないのであれば、彼女の事は諦めるんだ」
正義の味方面したクロノの顔を殴ってやれば、どれほどすっきりするだろうか。何もかも正しく構築された、正論という言葉は弱者をむやみに追い詰めるだけだというのに。
つまりは、俺自身がやましさを感じているということだ。正当な意見があるのなら、正面から主張すればいい。暴力で訴えるのは、暴力でしか対抗できないのだと認めているのと同じだ。
拳を握りしめて頷くと、クロノは何も言わずに席を立った。温情なんて、欠片も見せない。当たり前だった――こいつが正しいのだから。
間違えているのは、俺なのだから。
「待てよ」
「……言っておくが、僕は任務に私情を決して――」
「違うよ、馬鹿。これ、預かり物だ」
海鳴大学病院に入院している、レンから預かったクロノへの手紙。大切なメッセージを俺を信頼して預けてくれた彼女に、今こそ応えなければならない。
クロノは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに鉄面皮をつけた。改めて思ったが、こいつは絶対に悪役は似合わない。こいつの正しさを、断じて歪めてはいけない。
レンからの手紙を丁重に受け取り、彼は一言だけ礼を言う。
「ありがとう。今日中に返事を書くので、すまないが明日君に預けてもかまわないか」
「俺は郵便局員か、こら。明日次第で、手紙を破くかもしれないぞ」
「どんな理由があろうと、君はそんな事はしない」
手紙を受け取って、クロノは会議室を退出する。どんな理由があろうと――レンとの関係がどうなろうと、あいつは任務に徹する。その覚悟を、クロノは口にした。
リンディ・ハラオウンやエイミィも続いて退出、俺には一瞥も向けなかった。俺は彼女達の決定に逆らったのだ、当然の態度だ。仲良しこよしなんてとんでもない。
言葉もかけない彼女達の態度が、少しだけ胸に詰まった。悲しいのではない、一切情けをかけない姿勢が嬉しかった。私情を挟む必要はないと、思っている。
時空管理局の決断に真っ向から背いた俺を一人の人間として、扱ってくれているのだ。子供のように甘やかされるより、よほど引き締まる。
「随分とまた、無理難題を押し付けられちまったな」
「本当なら今日中に、引き渡される予定だったんだ。成果だけ見れば御の字だよ」
「聞いていいか、坊主。お前にとって、ローゼという子はどんな存在なんだ」
「どんな……?」
「聞けば、先月知り合ったばかりなんだろう。しかも相手は機械兵器だ、人間じゃねえ。兵器利用するならともかく、お前はそんなつもりもねえと来た。
だったら、お前はどうしてそこまで粘ろうとする?」
ゲンヤ・ナカジマの問いかけは、そのままゼスト隊の疑問でもあったのだろう。一騎当千の捜査官達が一様に、鋭い視線を向けてきている。
ローゼに対する言い方は、意図して人間扱いしていない。貶めているのではなく、本質を追求した問いなのだ。人の心があれど、人の体を持っていない。管理局は、その点を問題にしている。
考えてみれば、あいつとはたかだか半月程度の付き合いだ。惚れた腫れたなんて論外、スクラップにするべきと何度考えたか分からない。見た目は可愛らしいが、可愛げなんぞない。
俺を慕う理由もあのジュエルシードが絡んでいるのなら、本心かどうかも怪しいもんだ。真っ向から聞かれると、悩んでしまう。
「真剣に聞くようなことでもないと思うんだがな」
「その場の気分で、あそこまで食い下がらねえだろう」
「そうじゃねえよ。ジュエルシードに自動人形、全部あいつの身体にあるが、あいつ自身の責任じゃないだろう。なのに、あいつの心まで閉じ込めるのは間違っていると言っているんだ。
何度も言うけど、あいつが危険だという判断自体は正しいと思っている。監視するのも、危険視するのも、仕方ないと割り切ってる。
でもそれは、あいつ自身のせいじゃない。障害者が自身の権利をかけて戦うのは、至極当然だろう。俺はあいつの保護者として、戦うだけだ」
綺麗事でも偽善でも何でもない。俺は別に、障害者への差別そのものに憤ってはいないのだ。完全に他人であれば、こうまで戦おうとはしない。
流石というべきか、その点をきちんと見抜いて捜査官は指摘する。
「つまり、ローゼちゃんの為なんでしょう。ゲンヤさんは、その理由を聞いているんだけど?」
「俺の知り合いが差別されているんだ。戦うのは当然だろう。何がおかしいんだ」
「おかしいなんて、一言も言っていないわよ。初めからそう言えばいいでしょう、素直じゃないんだから」
ルーテシアに意地悪く微笑まれて、赤面する。普通にローゼの為に戦うと、ハッキリ言ってしまった。自分でも気付かない本心を、他人に指摘されるのは恥ずかしすぎる。
くそっ、何であんなアホを預かってしまったんだ。ドゥーエ達が引き取ってくれれば、こんな面倒なことをしなくても済んだのに。連絡の取りようがない。
俺の本心が聞けたのか、自称俺の両親候補は満足気だった。
「やれやれ、クイントもとんだバカ息子を連れて来たもんだ。こういう馬鹿は死ぬまで面倒かけさせられるぞ、おい」
「手のかかる子ほど、可愛いものよ。どうかしら?」
「男がやると言ってるんだ、後には引けねえだろう。親になると決めたからには、手伝ってやるしかねえだろうよ」
「お、おい……お前ら、同じ局員だろう。私情を挟むのは――」
「いいこと、リョウスケ。親なら、私情を大いに挟んでもいいの」
「親のコネを息子が使うのは当然だわな」
――ダメくさい親だった。笑って、任務なんぞより子供が大事とかぬかしやがる。捜査官のクイントもそうだが、このおっさんだってそれなりの階級なのだろう。大丈夫なのだろうか?
そこを追求するのは、それこそ野暮ってもんだろう。その辺の処世術も身に付けているから、相応の階級につける。組織としては駄目だが、今はありがたかった。
異世界の組織を打倒するには、異世界での味方が必要なのだ。一人でも、多く。
「ゼスト隊長、ルーテシア。あんた達に、頼みがある」
「私情は、挟まないぞ」
「隊長に、同じく」
血も涙もない宣告だった。というより、クイントとゲンヤの親馬鹿ぶりに呆れているに違いない。何だか疲れた顔をしているしな、その気持は痛いほど分かる。
だがあいにくと、俺も温情を頼むのではない。
「俺はローゼ、異端視される技術で製作された兵器の人権をかけて戦うと決めた。時空管理局という巨大組織であろうと、対立をする。
これだけの大いくさだ、旗印は一人じゃなくてもいいんだぜ」
「――! あ、あなた、まさか……!?」
「古代ベルカの融合機、表には出せない代物なんじゃないのか? 特にその子の場合、本人にも問題があるんだろう。
もしも俺に依頼してくれるのならば、責任をもって預かる。どうせ明日には、プランを出さないといけないんだ。その子の分も一緒に作るよ」
「君は……君は、これ以上背負おうというのか!?」
「人間に、天井なんてないさ。一人にこだわらなければ、他人を通じて無限大に可能性は広められる。俺に、その子と会わせてくれ。
明日完璧なプランを提示できたのなら、俺に依頼をして欲しい。俺という人間を、見定めて欲しい。その子とも関係を作って、一緒に戦う。
俺にかける価値があると、判断したのなら――ゼスト隊も、俺に力を貸して欲しい。人ならざる者達の、生きる権利を勝ち取るために」
一人で戦うのはやめると、決めた。今の俺は弱いと、認めることが出来た。だったら、戦い方は沢山ある。諦めない限り、どこまでも戦える。
出来る、出来ないの問題じゃない。どれほど絶望的であろうと、戦うのを止めないだけだ。
剣士なのだから、それが当たり前なのだ。
<続く>
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