とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十二話





 海鳴町へ初めて来た頃、道場破りをした事を思い出す。剣一本で道場の師範に挑むといえば聞こえはいいが、暴力を強制していただけだ。勝者にも敗者にも、益はない。

強くなりたい、という自覚すら無かった。自分は強いのだと勝手に自惚れて、弱者と見下ろしていた者達を斬りたかっただけだ。自分の強さを、証明するべく。

自分が正しいと信じていたから出来たこと、自分の想いこそ正義なのだと思い込んで、他人を叩きのめした。その行為に、何の後ろめたさもなかった。


こうして一方的にやられてみて、改めて過去の自分の愚かさを思い知った。


「……あんたな、何で毎度毎度顔を合わす度に怪我してるんよ」

「俺だって、たまには元気な顔を見せたいわ」


 海鳴大学病院には、二つの用事があった。一つはフィリス・矢沢のお見舞い、リスティとの一件は当初の予定には入れていなかった。病院に来れば会う、そのつもりでしかなかった。

そしてもう一つは、心臓発作を起こして再入院している鳳蓮飛の見舞いである。どの部屋に入院しているのか分からなかったので、妹さんに問い合わせをお願いしておいた。

リスティと顔を合わせれば修羅場になるのは分かっていたので、敢えて護衛である妹さんに事情を説明して遠ざけた。妹さんは不本意そうではあったが、最後には承諾してくれた。

案の定ズタボロにされて冷静沈着な妹さんも狼狽していたが、院長先生を呼んでもらって事なきを得た。怪我の治療をしてもらった上で、休憩室での騒ぎを表沙汰にしないようにお願いした。


そして、ようやくの対面――鳳蓮飛は、二ヶ月ぶりだというのに笑顔一つ見せずに悪態をついた。


「テレビや新聞ではカッコつけた顔見せとるくせに、実態はこれやもんな。成長せん奴やわ」

「元気いっぱいじゃねえか、てめえ。見舞いに来て損したぜ」


 鳳蓮飛、この子は重い心臓病を抱えていた。心臓発作を起こせば死ぬ危険性もあり、早期の手術を求められる病。その心臓手術も成功率は高いが、絶対ではなく死の危険性も孕んでいた。

レンは当時手術を受けることを恐れて、薬を飲んで発作を抑える無茶を繰り返していた。薬では決して治らないというのに、手術で死ぬ危険から目を背けて逃げ回っていたのだ。

そんな彼女を説得したのが親友の城島晶であり、俺でもある。もっとも俺の場合、レンをジュエルシード事件に巻き込んでしまっただけなので、状況による流れでしかないのだが。


プレシアより救い出されたレンは心臓手術を受けて、無事成功――今に至る。


「見舞いに来るのが遅すぎるわ。あれから何ヶ月経ってるんよ」

「先月なんぞ海外へ行っていたんだぞ。会いになんぞ行けるか」

「こっちは連日連夜、テレビとかであんたの顔を見ていたけどな。たく、海外に行っても全然大人しくせんのやな。

でもまあ、ほんま――無事でよかったわ」

「――お前こそ、手術が成功してよかったな」


 生きていてくれてよかった、この町の住民にそう言われて傷の痛みが和らいだ気がする。誰も彼もが絶望し、俺との出会いで不幸になった。帰りを待つ人間なんて、限られていた。

特に高町の人間はほぼ全員がどん底に陥っており、救いようのない状況にある。俺を恨んでも仕方ないというのに、レンはそれでも俺の無事を喜んでくれた。

だというのに、どうしても俺は懐疑的になってしまう。


「お前は、あの……色々、事情とか聞いているのか?」

「何や、その妙なはぐらかし。はっきり言いや、気持ち悪い」


 レンは今、一般病棟に移されている。病室へと訪れた俺を早々に連れ出して、中庭にあるベンチを二人して陣取っている。彼女はぶつくさ言いながら、空を仰ぎ見る。

広く大きな空を見るレンの目はどこか曇っているように見えた。きっと果てを見据えているのではなく、彼女の目は輝いていた昔を映しているのだろう。

心臓手術を行って病を治したというのに、心臓発作を起こしてしまったレン。多分桃子達は詳しくは言っていないのだろうが、本人なりに察している。


発作を起こした原因もきっと――親友を、家族を心配してのことだ。


「大丈夫だ」

「何が……?」

「お前が退院する頃には、何もかも良くなっている。お前の家族がきっと、明るく迎え入れてくれるよ」


 レンは目を剥いた。何を言われたのか分からないと、その目は訴えかけている。下手をすれば怒りだしてしまうほどに、疑問に満ち溢れていた。

俺はその目をちゃんと見つめ返した。一切、嘘偽りを向けずに。


「何だよ、その目は。お前がハッキリ言えといったくせに」

「ハッキリ言い過ぎや! 根拠もないことを、病人に言うたらあかんやんか」

「根拠はちゃんとあるさ。先月の俺の行動が、何より結果を見せているだろう」

「いつからそんなに自信満々になったんや。以前も大言壮語は吐いていたけど、希望は絶対言わんかったのに」


「希望を――口に、しなかった? 俺が……?」


「あー、やっぱり気付いてなかったんか。あんたな、遠い将来というか絵空事は平気で言うけど、ものすごく近い期待は決して相手に与えんかったんよ。
結果が駄目になって、馬鹿にされたくなかったんやろうな。自信家に見えて、実のところ不安から逃げてばかりの男やった。


正直言うと、つまらん奴やとずっと思ってた」


 剣で出世する、天下を取る。そう言いながらも、道筋は決して示そうとしない。そんな俺を、レンは吐き捨てるように物語る。

家族だとは認めてくれてはいたのだろう。どんなに駄目な男でも、家族ならば受け入れてくれる。単なる甘えでしかないのだが、俺はそれを友好だと勘違いしていた。


期待なんて、されていなかった――だからこれほど脆く潰れたのだと、ようやく悟った。


「……晶の奴が見舞いにこんようになった。実家に帰ったと言うてたけど、あのアホ飛び出したんやろう。
あんたが死んだと聞かされて、うちもショックやった」

「……」

「あんたとは色々あったけど感謝はしてるし、命を救ってくれた恩人やと思ってる。普段はどうしようもない奴やけど、心底駄目な奴じゃないのも分かっとった。
病気を治して退院したら、うちが性根を叩き直してやろうと決めてたんよ。剣が好きなのはほんまみたいやし、真面目に練習させればまともな人間になると確信はしてた。
だから――ニュースを聞いた時はほんまに、神様を呪ったわ。なんでうちが生きて、うちを助けてくれたあんたが死んだんや。


晶もきっと理不尽に耐え切れなくなって、行動に出たんやと思う」


 泣くことはなかったが声を湿らせて、レンは鼻を啜った。自分で抱え込んでいたのだろう、順序だっていない言葉が次から次へと溢れ出る。

家族の誰にも言えなかったのだと、話を聞いて分かった。皆悲しみに溺れて、絶望して、内向きに引き篭ってしまった。だから縋れない、甘えられない。


俺が自信を見せたから――この少女はようやく、俺を頼ってくれたのだ。


「なあ……さっきの言葉、ほんまなんか? あんたがうちの家族を、元通りにしてくれるんか?」

「元通りにはならないし、してはいけないと思う。お前の言う通り、俺がどうしようもない奴だったから家族ごっこを強いてしまったんだ。
同じ事を繰り返したら、絶対にいけない。


だから、約束するよ。今度は俺が、あいつらと家族になってみせる」


 家族にしてもらうのではない、家族になるんだ。血どころか何も繋がっていないけれど、それは今まで俺が深く関わろうとしなかったからだ。

皆が信頼してくれるのを、俺はただ口を開けて待っていた。与えられたものだけを美味しく食べて、喜んでいただけだ。家畜同然だった。


たとえ嫌われようと、傷付けられようと――殺されたって、俺は踏み込んでみせる。


「晶についても俺に任せろ。海外に行って、マンガやテレビドラマの中でしかありえないような権力者達と知り合いになったんだ。コネだぞ、コネ。
今そいつらに頼んで、城島晶の捜索をお願いしている。日本政府に口出しできるような連中だ、きっとすぐに見つかるよ。

指名手配犯を探すより、ずっと簡単だからな」


 嘘ではないが、事実を語ってはいない。一市民の捜索なんぞに、権力者は動かせない。カレン達に頼んだらきっと叶えてくれるだろうが、貸しになってしまう。

カレン達は血の繋がった家族ではあるが、母親ではない。甘えてばかりいたら、きっと俺に失望するだろう。俺を支援してくれるのはあくまで、俺が対等だからだ。

彼女達は俺に期待してくれているから、支援してくれる。俺はちゃんと、その期待に応えなければならない。自分にできることは、自分でしなければ。


「はー、なるほどな。自信たっぷりに見えたのは、ようするに偉そうになっただけか。悪化しとるやんか」

「そこはせめて、偉くなったと言えよ!」

「二ヶ月経ってもまだ怪我をしとる奴に、成長は期待できんわ」


 ついさっきまで弱音を吐いていたのに、今は元気に毒舌を吐く。何が元心臓病患者なのか、この元気ならば、しばらくは安心だろう。俺が期待を裏切らない限りは。

こうしてレンと会ってみて、分かった。心臓発作の原因は、やはり不安だ。人間は急には成長しない。手術を恐れていたあの頃のように、こいつは家に帰るのに怯えている。

今のままでは退院日が迫る度に、心臓発作を起こしてしまうだろう。不安を取り除かなければならない。


今度は俺がこいつを助けて、心の支えとなろう――ベンチから、立ち上がった。


「良介」

「何だ」

「期待して、ええんやね?」

「今度、晶も連れて来てやるよ」


 おお〜っ、とレンは大袈裟に拍手する。その笑顔は、とても安心しきっているようだった。俺にも事情があることくらい、顔の怪我を見て分かっているだろうに。

簡単な話では、決してない。フィアッセの声を取り戻すには、フィリスとリスティを何とかしなければならない。その二人も、絶望的だ。

ただ絶望的だからといって、目を背けたりしないだけだ。身体にも、心にも、怪我は沢山こしらえている。誰に傷付けられようと、めげるものか。


リスティ、俺を甘く見たな。お前に何をされようと、何を言われようと、俺はお前との関係だって諦めたりはしないぞ。


「あ、ちょっと待って。あんたがもし見舞いに来てくれた時、頼もうと思ってたんよ。
この手紙、渡してくれる?」

「手紙……一体、誰に?」



「クロノ・ハラオウンさん」



 ――思いがけない名前が飛び出してきた。
















<続く>








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