とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十四話
カレン・ウィリアムズの恐るべき点は、豊富な資金力にある。月村安次郎のような守銭奴ではなく、金を野望の道具として惜しみなく注ぎ込める豪胆さ。
金を使うのと、金に使われるのとでは、意味合いがまるで違う。そして哀しいかな、金持ちの多くは金に目が眩んで、金に使われている事に気づいていない。
カレンは金を第一としながらも、金の魔力に心を惑わされず、金を使って覇道をつき進んでいる。敵ではあるが、彼女は俺の理想に近い。
大金を稼げる、人間――自分の理想との、戦いであった。
「王子様は先程から盛んに技術の危険性を主張しますけれど、人間達がこの技術を求めるのは価値があると認めているからでしょう」
「再三、論議しただろう。技術には致命的な欠陥がある」
「クローン技術、最新型自動人形の量産計画。どちらも既に欠陥は洗い出されており、改善されておりますわ」
「――俺は協力しないと、言ったはずだ」
「貴方が協力していただければ、欠陥は改善される。このような点を欠陥と断じてもよいのか、疑問ですわね」
"心"を与えれば欠陥は確かに改善されるが、その方法は俺にしか無いと皆が本気で思っている。ファリンにライダー映画を見せたり、ローゼに名前をあげただけなのに、それでいいのか!?
俺が協力する・しないの話は、平行線で終わってしまっている。言い換えれば平行線のまま止まっており、結論は出ていない。その点を浮き彫りにしやがったな、カレンめ。
結論が出ていないのなら、良し悪しを訴えても時間の無駄だろう。どうとでも言える。論戦に発展すれば、経済界で多くの企業と争っているカレン相手に勝ち目はなかった。
だったら、実際に出ている被害でリアルに攻めてくれる。
「欠陥に改善策があってもこの技術が実際に狙われて、今月だけで大規模なテロ事件が何度も起きている。夜の一族の隠匿性に亀裂が入っているんだぞ。
夜の一族の存在そのものが、明るみに出かねない。火種に火がついているのに、そのままにしておくのか」
「だったら尚の事、一刻も早く実用化するべきですわ。火種に火がついているのにそのままにしておくのですか、王子様」
うがー、そのまま言い返してきやがった! アリサが呆れたように溜息を吐き、氷室遊がブザマだと嘲笑している。うぐぐぐぐ、こいつら……!
相手は俺の追求に何ら臆すること無く、一呼吸も置かずに返答している。俺の指摘が何の効果も上げていない証拠だった。何でどいつもこいつも、こんなに頭がいいんだよ。
俺の頭の悪さを差し引いても、この余裕は気になる。そもそもカレンが提唱する技術は、俺が居なければ成立しない。平行線であるのならば、相手も決め手に欠けるはずなのだ。
アンジェラ・ルーズヴェルト、氷室遊の切り札は既に見抜いている。アンジェラは俺の同類、ゆえにどんな手で来るのか読めていた。カレンが、読めないのだ。
同居生活で分かったことは、カレンの人間性。彼女が主義主張を変える事はありえない。異世界の技術は彼女の切り札であり、他の手段で攻める事はない。剣士が、斧で戦うことがないように。
そもそも異世界の技術は危険であることを除けば、魅力的ではあるのだ。王の製造システムも、後継者問題に常に悩まされる夜の一族には魅力的。ゆえに、長も手を出してしまった。
決め手に欠けるだけ、ならばその決め手とは何なのか……? 俺は協力しないのは分かっている。だったら――駄目だ、分からん。やはり攻められる前に、攻めるしかない。
多少強引ではあるのだが、この論調で一気に切り崩してみよう。
「俺は夜の一族と、敵対している身だ。あんたがつけた火の始末まで請け負う義務なんて無い。それこそ、ウィリアムズ家が責任を取るべき事。
今回の場合、こちらにまで飛び火しているから追求しているんだ。断言して言える、この異端の技術は夜の一族では取り扱うのは不可能だ。
ロシアの一件のように、身内に裏切りが出て技術の奪い合いに発展してしまう。夜の一族の結束が、この技術のせいで揺らいでいるんだ」
ディアーナ、クリスチーナ、一族の長を槍玉にあげての発言。ロシアンマフィアをコケにした暴論、信頼なくしては絶対に出来ない攻撃方法。海鳴の、力。
指摘を受けた三人は涼しい顔、顔色一つ変えない。俺の発言が個人の中傷ではなく戦術であると、俺の人となりから見抜いている。信頼関係あってこそ、この攻撃は通じる。
見ろ、カレン。本人達が罪を認めているんだ、お前が否定する事なんて絶対にできない。異世界の技術は危険だと、さっさと認めろ。自分の出した提案を取り下げろ。
とぼけるなら"攻める"のではなく、"責めて"やる。女であろうと、容赦は――
嗤っている……?
「王子様。わたくしが提唱した『生命操作技術』の目的をお忘れですか?」
「目的だと……?」
「この技術は遺伝子調整による生命選択により、絶対の王を造り出すシステム。その名の通り世界の支配者が、この混沌とした世界に君臨するのです。
身内同士の醜い後継者争いなど、今世で終わりですわ。絶対者が世界を支配するのであれば、裏切りなど起こりませんもの」
「おいおいお前、俺を庶民だと舐めているだろう。歴史を顧みれば、王政が覆されたケースくらい古今東西何処にでもあるぞ」
「夜の一族は、"血"を重んじております。始祖の血を継いだ絶対者が号令をかければ、どんな家系であろうと例外なく従いますの。それが、夜の一族の絶対の真理」
何を馬鹿なことを――そう言いかけて、口をつぐむ。アリサのような例外を除いて、全員誰も疑問に感じていない。誰もが当たり前のように、カレンの言に賛同している。
思い知らされる、ここは"夜"なのだと。日が差さない世界、人が踏み込んではならない影の領域。禁断の闇の中、人間の常識は通じない。
考え方が根幹から間違えていた。こいつらに、人の罪悪を突きつけても無駄なのだ。純血、ただそれだけで正しい。王であるというだけで、許される。
王が誕生するのであれば、技術で創り出されたとしても祝福しなければならない。
「……つまり、今の混乱を収めるためにも王が必要であると?」
「そして、貴方の協力が不可欠なのです。貴方は自身が夜の一族の敵であると仰っておりますが、我々とのつながりは大切にして下さっております。
お互い話し合えばきっと理解し合えると思いますの、協力して下さいませんか? 人間と夜の一族、二つの種族の発展の為に」
「……」
う、嘘だろう――まさか、そんな、まさか……!
「お、お前はこの前の会議で、この技術を使えば、に、人間の世界だって支配出来ると言って――」
「いやですわ、王子様。わたくしはあくまで、可能性の話しかしておりませんわ。そして王子様はこのわたくしに、新しい可能性を見せて下さいました。
王子様の護衛として活躍おられる、"王女"月村すずか様。そして王子様の付き人として活動している、"ガジェットドローン"ローゼ。
"わたくしが提唱した"技術を用いて、王子様はこの一ヶ月間で世界の歴史に名を残すご活躍をされました。素晴らしい功績ですわ、皆がそれを認めております。
わたくしも貴方様の活躍を、我が事のように誇らしく思っているのです。自分が提唱した技術が貴方の御力に、ひいては世界の貢献に役立てたのですから。
ですので、わたくしも貴方が見せてくれた可能性を信じてみたくなりましたの。"貴方とつながる"ことで技術は平和的に活用されて、必ずや一族の更なる発展になるのだと。
王子様もそう思って下さっているから――技術を、使われたのでしょう?」
月村すずか、ファリン、ローゼ。彼女達の力を借りていた自分。そして――その光景を、見ていたカレン。
あの同居生活は、最初から利用されていた。前の会議で人間の支配なんて言っていたのは、嘘だった。俺一人を騙すために、一族全員を騙ったのだ。
悪役をあえて演じることで俺の反感を買い、技術の危険性を俺の口から訴えさせた。その事実が重要、そうすることで初めて生きる。カレンの言い分が、真実となってしまう。
俺が技術を使用していれば――妹さんを護衛にしていれば、ローゼを付き人にしていれば、何よりも技術の安全性を確立できる。
やられた……
「い、いや、でも、技術を狙われているのは確かであって――」
「そうですわね。早く後継者を決めて対策会議を行いましょう、王子様。勿論王子様は、わたくしに賛同して頂けますわよね?」
否定出来ない。否定すれば――妹さんを、ローゼを、拒絶することになる。自分の変化を否定してしまう。つながりを、"海鳴"そのものが無意味となってしまう。
守護騎士達。
神崎那美。
――裏切れない。もう、今の俺には……他人を、切り捨てられない。
膝をついた。
<続く>
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