とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十六話





 クリステラ夫妻による支援を取り付けて、何の気兼ねもなく戦える態勢が整えられた――のはいいのだが、肝心要の支持では氷室やアンジェラに軍配が上がりつつあった。

アンジェラ・ルーズヴェルトの代理で参席したアリサは抜群の存在感を発揮、列強諸国との間に強力な人脈を構築して圧倒的な支持を得ていた。

若き天才は単に頭が良いというだけではなく、人間の欲望すら手綱に握れる術を持つ。怨霊であったアリサは負の感情に敏感で、人の心の闇につけ込むのも容易い。

幽霊は死の気配を感じ取れるらしく、この先成功する人間――そして、失敗する人間を選別して接触。冷静冷酷に人を切り分けて、成功者に取り行って立身出世していく。


"アリサ・バニングス"は見事社交界デビューを果たして、アンジェラ・ルーズヴェルトの後継者として世界に認められる事となった。



――というのが、表向きの話。



『各国のマスメディア対策をお願いしておいたわ。これで大手を振って日本に帰れるわよ』

『……お前、本当にイギリスに行く気が全然ないんだな。もう立派に経営者として成功できる道があるのに』

『お生憎様。あたしは、あんたの面倒を見るのに忙しいの。人生遊んで暮らせるお金は稼いであげたから、これから先も剣に専念して生きていけるわよ。

頑張って強くなってね。その……テロリスト達相手に皆を守って戦っている姿、け、結構……カッコよかったしさ』


 世界各国に支持基盤を固めたのも、俺が世界で活動できる場を作り上げる為。アリサは後方支援として、この支持パーティで精力的に活動してくれていた。

自分のメイドにあそこまで頑張られていたとあっては、主として何としても成功しなければなるまい。今度ばかりは、独力にこだわるのはやめた。人間関係の構築は、一人では出来ない。

人と人が出逢って、輪を作り上げていく――子供が信じ、大人が馬鹿にするその方法こそ、真理であった事を俺は思い知る。


「リョウスケ、紹介するわ。私をクリステラソングスクールに誘って下さった、『エレン・コナーズ』さん。ハリウッド映画でもご活躍されている俳優よ」

「君が、ヴァイオラを説得してくれた人? えらい、よくやった!」

「……」

「――おや? もしかして女の子に握手されるの、苦手な人だったり?」

「まさか。帰国しようとする私を空港までわざわざ迎えに来て、強引に連れ戻した人よ」

「聞いた、聞いた。日本のサムライって映画並に情熱的な行動を取る人なんだね、あはは」


「エッ――エレン・コナーズゥ!?」


「あれれ、どこかで会った事があったかな?」

「吸血鬼と人間の恋愛映画で、あんたの歌を聞かせてもらったんだ」


 芸能人やアーティストなんて全く何の興味もない俺だが、『エレン・コナーズ』だけは別である。俺にとって彼女は、おかしな表現だが憧れのヒーローそのものであった。

忘れもしない、六月のあの日。妹さん達と映画を見に行ってファリンがヒーロー映画で正義に目覚め、俺は恋愛映画で彼女の名と歌を知った。

男としては実に情けない限りだが、エレン・コナーズの歌を聞いて心を震わされてみっともなく泣いてしまったのである。歌で感動させられるなんて、思いもしなかった。

俺はあの時音楽の無限の可能性に気付き、自分の剣道に取り入れたのである。自分の拙い才能には頼らず音楽を道標に、歌に動きを合わせて剣を振る。

海外に来たというだけで、本人に会えると思うほど子供ではない。だからこそ、本物のヒーローに出逢えたような感動的な衝撃に襲われている。


「わたしの歌、聞いてくれたんだ。ドイツの英雄さんに聞かれるなんて、何だか照れ臭いな」

「多くの人達に助けられて、何とかやり遂げられた事だ。あんたのように、自分一人の力じゃないよ」

「それこそ、応援してくれるファンあってのわたしだよ。だからこそ、舞台の上では胸を張らなくちゃ駄目」


 男らしくない謙虚さだと叱られてしまったが、気持ちの良い言葉遣いだった。綺麗な人だが、ハリウッド映画俳優だけあってハンサムという表現も似合っている。

ヴァイオラとの出会いはイギリスの首都ロンドン、路上ライブではないがヴァイオラがその日の気分で歌っていた声に惚れ込んで知り合ったらしい。

エレン・コナーズはクリステラソングスクールの卒業生らしく、ヴァイオラを入校させるべく熱心に誘っていたとの事。当然入学試験はあるが、彼女の歌なら問題ないと太鼓判を押したそうだ。

ただヴァイオラにも夜の一族としての事情があり、今まで断っていたらしい。それでも断固として諦めなかったのだから、大したものだ。


「それでそれで、どうやってこの娘を口説き落としたの? ちょっと聞かせてみなさい」

「あ、あんた、好奇心旺盛だな……意外と」

「意外とは失礼な。好奇心無くして、女の子なんてやってられないよ」

「理屈がまるで分からん」

「こんな調子で、会う度に誘われていたの」


 人間関係とは、本当に奥が深い。ヴァイオラとの出会いがあったから、エレン・コナーズと知り合えてこうしてお喋りに花を咲かせている。

心を震わせる美声を持つエレン・コナーズは気さくな女性だったが、プロ意識も人一倍高く自分の仕事に自信と誇りを持っている。異性であっても男らしく、凛々しい人だった。

ヴァイオラと二人並べば美男美女、貴公子や淑女が揃うパーティ会場でも一際輝くカップルになっている。俺がそう口にすると、君は野獣だと爽やかに笑われてしまった。嫌味さえ、心地良い。


ただパーティ会場で目立つと、当然多くの人の目を引く。支持率アップに躍起になる、ドイツの次期当主にも。


「ヴァイオラ・ルーズヴェルト様、エレン・コナーズ様、ご機嫌麗しく」

「あー、どうも」

「……」


 エレンは慇懃無礼に、ヴァイオラは会釈のみ。単純な仕草一つでも絵になる女性二人に、氷室遊は目を細める。初対面とは思えない態度、既に挨拶は済ませていたのだろう。

その後の歓談でも礼儀正しく、女性の気を引く滑らかな話し方で氷室は二人を楽しませる。俺が置き去りにされているが、ここまで紳士ぶりを見せられると隙も伺えない。


横槍入れられて正直腹が立つが、襟首掴めば相手の思う壺だろう。取り巻きどころか、他のパーティ客も孤立した俺を見て嘲笑している。


田舎者とは、田舎に住む人間だけを意味していない。都会者のようにカッコつけて失敗する人間も指している。正に、今の俺がそうなのだろう。

カレンやカミーユが見咎めて割って入ろうとするが、視線で制する。ここで助けられるようでは、この先の世界会議でも絶対に勝てない。パーティでも、会議でも、剣は通じないのだ。

笑われようとこの場を離れずに、自分が斬り込んでいける機会を狙う。辛抱強さもまた、異国の地で培ったものだ。


「貴方が主題歌を歌う映画、見させて頂きました。映画の内容も素晴らしかったですが、あの映画は貴女の歌あっての大ヒットでしょう」

「ありがとうございます。私の歌、いかがでしたか?」

「吸血鬼である女性の悲恋を、見事に歌われておりました。私ともあろうものが耳にして、感動の余り涙を流してしまいましたよ」

「……、あはは、大袈裟ですよー!」


「――えっ、そうなんだ? あの歌、二人の恋を馬鹿にしていたように聞こえたんだけど」


 そう呟いた瞬間、愛想良く微笑んでいたエレンが一転して俺を睨みつける。迫力のある、怖い顔。厳しい眼差しを俺にぶつけ、迫力ある視線を投げかける。

彼女の態度に合わせるように、氷室遊も不愉快げに顔を歪める。ゴミでも見るかのように、侮蔑しきった目を向けて。


「申し訳ありません、コナーズ様。この男、私と同じ日本人ではありますが失礼極まりない野生児でして。代わって、私がお詫びいたします」

「お前はいつから、俺の代理になった」

「黙れ。お前の度し難い音楽への感性が、コナーズ様の素晴らしい歌を侮辱したのだぞ。英雄だの何だのといい気になっているようだが、所詮お前は場違いな田舎者だ。
これ以上パーティの招待客に失礼な言動を取るのならば、退席してもらうぞ」


 この支持パーティは氷室遊が主催ではないのだが、まるで主催者であるかのように振舞って俺を叱責する。一連の動作によどみはなく、本当に俺に非があるかのように。

演出もこれほど効果的に働ければ、芝居も真実に変えられてしまう。実際、パーティ客の俺を見る目は厳しくなる一方。皆が、注目していた。

俺が斬りこむ隙を伺っていたように、この男も陥れる隙を狙っていたのだ。でなければ、こうも見事に会場の空気は変えられない。嵌められたことに、唇を噛んだ。

こうなれば、カレンやカミーユの援護を止めたこともマイナスに働いてしまう。彼らは迂闊に手を出せず、地団駄を踏んでいた。くそ、ここまで来て!


「チャンスを、やろう。今すぐ前言を撤回して、この場で正式に彼女に謝罪しろ」

「……!」


 ――当人でもないのに頭に乗りすぎ、なのに何故かエレン・コナーズは咎めようとしない。俺の返答を待つように、腕を組んで見つめる。

そして被害者でもないのに、ヴァイオラは美貌を嫌悪に染めてエレンを問い質そうとする。世俗に無関心だった彼女が俺の事で怒ってくれるのは本当に嬉しかったが、制する。

会場の騒ぎを察したのか忍やさくら、アリサまで秘書を連れてやって来る。面白いのは、どいつもこいつも決して口出ししようとはしない事。


大人になるべきだ。俺一人だけの問題じゃない、ここでの無礼は俺を推薦してくれた全ての人達の顔に泥を塗る。詫びればいいだけの、簡単な話。


氷室遊も、本当に彼女の為を思って俺の謝罪を望んでいる訳ではない。俺を思う存分恥をかかせた上で、自分の非を認めさせて失墜させる腹積もりなのだろう。事実、そうなりつつある。

こいつにとって誤算なのは、こいつが思うほどカレン達の支持層は薄くはない事だ。もう一定の支持は、既に得られている。クリステラ夫妻にも、援助は取り付けている。

となれば、俺を支援してくれる人達に恥をかかせるべきではない。何も無い俺に出来るのは、ただ頭を下げることだけだ。それ以外に、出来る事はない。



自分一人、であるのならば。



「あの歌は」

「うん……?」

「あの歌は、恋の終わりを嘆いていない。恋が終わった事を憐れみ、そして怒っている。想いを貫けなかった二人を、罵倒している」

「貴様、まだ言うか! おい、この失礼な男をつまみ出せ!!」

「吸血鬼が思うほど、人間の感情は単純じゃない。あの歌はな、悲しみとか怒りとか――あの映画にこめられた想い全てを、表現しているんだ。
だからこそ、あの映画を見た多くの人達の心を震わせる。感動した、なんて薄っぺらな言葉で彼女の歌を語るな」


 俺に音楽を教えてくれたのは、フィアッセ・クリステラ。そして、エレン・コナーズは彼女の親が設立した音楽学校の卒業生。クリステラの理念を、受け継いでいる。

ここで自分の気持ちを偽って頭を下げるのは、歌を教えてくれたフィアッセに嘘をつくのと同じだ。それだけは、絶対に出来ない。


そしてこの想いが、自分勝手な思いであることも承知している。氷室遊を突き飛ばして、エレンに頭を下げた。


「衆目の前で恥をかかせてしまって、すいませんでした。その事は、謝ります」

「私の歌に関しては?」

「撤回しません」


 頭を下げながらも、自分の想いは偽らない。矛盾にも程があるが、俺としては譲れない妥協点だった。歌ではなく、彼女本人に謝罪する。

主催者ではないが、彼女が出て行けと言えばパーティから退席するつもりだった。彼女には、本当に悪いことをしたと思っているから。

どんな罵声を浴びせられようと、甘んじて受け入れるつもりだった。


「……わたしさ」

「はい」

「君のファンに、なってあげる」

「は……?」


 俺が顔を上げるよりも先に、手をギュッと握りしめられる。エレンは興奮した顔で、俺をとびきりの笑顔を見せる。


「フィアッセからワイルドとは聞いていたけど、日本人男性の高潔さにグッと来た。いいよ、君、すごくいい!」

「どこがどう高潔なんだ!? お、俺はあんたの歌を――」

「まさか各メディアも分からなかったあの歌のメッセージを、遠い日本の男性が気付くなんて思わなかったよ。もしかして私の歌って、東洋向けなのかな?」

「いや、俺に聞かれても!?」

「ふふふ、実はティオレ先生からもう君の事は聞いていたの。メアド、交換したでしょう? わたしにも、教えて。
おーい、"リーファ"。いい人、紹介してあげる!」

「おい、やめろ!?」


 ――ということで、夜の一族主催の支援パーティは散々な形で締め括られた。険悪だった空気が晴れたのはいいのだが、俺は会場の皆さんから熱い拍手と歓声を受けてしまった。

盛大な拍手は支援の証、温かい声援は支持の証。政治的な意味を多大に含んでいた欲望渦巻くパーティは最後、何の裏表もない人々の祝福に満たされて終わった。

パーティ後は賑やかな立食会、美味しい食事と酒がふんだんに振舞われて、俺は権力者達を馬鹿騒ぎをした。麗しき歌姫達が陽気に歌い、華やかな宴となった。

身分も、国籍も、貧富も、何も関係なく、皆で笑い合い――本音で、語り合えたと思う。



本当に、楽しかった。















「――支持パーティに、無礼講なんて風習はございませんのよ」

「すんません、ほんとすいません。会議では、真面目にしますので」

「当たり前です!」


 山のように届けられた支援と支持の手紙を尻目に、俺はカレンに土下座した。
















<続く>








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