とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十三話
「最初はさくらさんの紹介で長に取り次いで頂いて、研修生として経済を学ぶ事になったの」
「何だ、いきなり抜擢された訳じゃなかったのか」
「当たり前よ。さくらさんに身元を保証してもらっているとはいえ、あたしは死人なのよ。経歴も何も無い人間を、雇い入れる筈がないわよ。
アンジェラ様にも御対面は願えなかったわ。夜の一族の長に取り次いで頂けたから、学ぶ場所を与えられたの」
夜の一族の支援パーティにて、アリサと再会。お互い今までゆっくり話す時間もなかったので、これ幸いにと近況を語り合っていた。
とは言っても、俺の事情はほぼ全て把握していたらしい。新聞やテレビを見て知っていると半眼で睨まれて、俺は黙らされてしまった。丸わかりだったらしい。
他人の苦労話を聞かされても萎えるだけだが、アリサの場合立身出世物語となっていてなかなか面白い。
「あんたには以前も話したと思うけど、あたしは生前特別教育プログラムを受けていたの」
「IQ200の天才児として持て囃されていた時期だったか」
「両親にも、同世代の娘達にも疎まれたけどね……とにかく、アンジェラ様の元で経済と学ぶ機会を与えられたんだけど、下地は既に出来ていたの。
日本でも再学習はしてきたし、あんたのおかげで生前の記憶も全て取り戻して現世に戻れた。一応幽霊だから睡眠を取る必要もないし、全ての時間を勉強に当てたわ。
それで先生にも積極的に質問して、経済の論議をして、自分なりの意見を言ったら――次から次へと辞められて、講師が変わる羽目になったの」
「何言ったんだよ、お前!?」
「生前と同じ――頭が良すぎてついていけないと、匙を投げられたわ。幽霊だとか言う以前に、怖がられたのよ」
悲壮的な物言いなのに、アリサは特に何でもないように話している。痩せ我慢している様子は全然なく、サバサバした表情でありのままを語ってくれている。
自分を産んでくれた親にも、同じ年頃の人間にも恐怖される天才少女。大人を凌駕する頭脳でさえも、恐怖の対象となる。それほどまでに、人間は未知を恐れる。
辛い生前をなぞるように、少女は第二の人生でも他人より怯えられてしまう。生前と同じ苦痛を味わっているのに、辛い経験を俺に語るアリサは自慢気であった。
その理由を、アリサは笑顔で言いのけた。
「別に、気にしていないわ。だってこの世の中には、幽霊をメイドにしようとする馬鹿が居るんだから」
自分が怖くはないのか、廃墟で出逢った時アリサは驚き混じりにそう問いかけてきた。俺はあの時何と言ったのか、よく覚えていない。優しい言葉をかけた記憶もない。
俺のそんな何気ない言葉が、アリサに勇気と希望を与えたらしい。辛い経験も、今のアリサには途中経過に過ぎなかった。
「で、最後の講師がアンジェラ様の秘書官だったの。あ、一応秘書官と言っているけど、あんたに分かりやすい単語で選んだだけだからね。
難しい役職名を言っても、どうせあんたに分からないだろうし」
「お、俺だって勉強しているっつうの。いいから、続けろ」
「はいはい。それでその人の出した課題――その時は知らなかったんだけど、採用試験だったの――に合格して、秘書官見習いになったの。
その時よ、アンジェラ様に正式にお目通りが叶ったのは。あの人はあたしの身元や経歴には一切こだわらず、年齢不相応な仕事をさせて実力を試した。
仕事のやり方を一から実地で学んで、死に物狂いで覚えていったの。それこそ、寝る暇もないくらいに」
「確かにあのばあさん、実力第一主義っぽいもんな。ワンマンというか、何というか」
「どっかの馬鹿が連日連夜世間を騒がしているのを見て、あたしも必死で頑張ったわ。金を稼げる男を目指すあんたのメイドとして、あたしは何としてもお金の稼ぎ方を知らなければならない。
海外へ来た今この時が最後のチャンスだと自分を奮起させて、職務に専念した。秘書官を務める先生や、アンジェラ様本人とも仕事では何度もぶつかり、時には口論にもなった。
もしも損害を出せば身売りさせられかねない、億単位の仕事もあったわね。アンジェラ様が反対した事業だったんだけど、あたしは成功する確信はあったので我を通したの。
その仕事が成功した時だったかな、正式にアンジェラ様の秘書官に採用されたのは。先生も、泣いて喜んで下さったわ」
とんでもない事を平気で言ううちのメイドに、目眩がした。質は違うが、ロシアンマフィアやテロリスト達と何度も交戦した俺と同じ修羅場を潜ってアリサは出世したのだ。
アンジェラやその時秘書官が反対したのであれば、かなり成功する見込みの薄い事業だった筈だ。もし損害を出せば、本当に身売りさせられていただろう。
たかが金稼ぎ、単なるお勉強だとお気軽に思っていたのだが、こいつもこいつで命懸けだったようだ。だからこそ、今の地位が与えられた。
俺は誤解で世間を賑わしているだけだが、アリサは本当に成果を出して世界に認められていた。あのアンジェラさえも、後継者と可愛がるほどに。
「なるほど、第一秘書といっても日本のイメージとは違うんだな」
「日本というより、あんたの考える秘書のイメージとは違うわね。世界会議に出席されているアンジェラ様に代わって、業務を遂行しているの」
「えっ!? それってつまり、社長業務をこなしているということじゃ――」
「秘書官にそこまでの権限はないわよ。でも、そうね……説明が難しいから、そう考えてもらってかまわないわよ。いつのまにか、自分に秘書官がついていたし」
「それが、あの眼鏡の人か」
「アンジェラ様直々に抜擢した人達の中から、あたしが選んだの。一緒に仕事をしているんだけど、何だか尊敬されちゃってあの通りよ。
本国イギリスでも有数の、キャリアウーマン。輝かしい経歴を持っていて、あたしの秘書官なんか勿体無い人材なの」
――分かる気がする。俺だってただ自分を成長させるべく頑張っていただけなのに、いつの間にかカレン達が味方となってくれていた。正直、勿体無いと思う。
自分のメイドが、図らずも自分と同じ軌跡で歩んでいた事に苦笑してしまう。周りがどれほど褒め称えようとも、本人達は目を白黒させるしかないのだ。
自分の雇い主であるアンジェラとまで衝突するくらいに、アリサは懸命だったのだろう。だからこそ、アンジェラもアリサを認めて自分の傍に置いている。
道は違えど、それぞれ同じ目標で頑張った先に、今のこの時がある。そう考えると、とてもかけがえのない時間に思えた。どこかで躓いていれば、再会はなかったのだから。
お互い決して手を抜かず努力してきたから、また会えたのだ。
「でもそうなるとお前、日本に簡単に帰れないんじゃないか?」
「それは、あんたも同じ。このまま気軽に帰れると、思っているの?」
「ぐっ……」
返答に詰まるのを見て、アリサが露骨に溜め息を吐いた。この考えなしと、目が馬鹿にしている。なのに口元が緩んでいるのが、何だか腹立たしい。
この先、アメリカやイギリスとの全面戦争が待っている。カレンを負かし、アンジェラを敗北に追い込んでしまえば、夜の一族との因縁はますます深まるだろう。
負けた腹いせに俺に制裁を加えるような彼女達ではないだろうが、彼女達の一族や分家がどう出るのか予測できない。信奉者や支援者だって当然いる、俺を深く恨んで報復に出るかもしれない。
彼女達との対決ばかり考えて、そこまで気を回していなかった。困り果てた俺に、何故かアリサは得意げに胸を張る。
「考えていなかったのね。絶対、そうだと思った。すぐ目の前のことに、夢中になるんだから」
「相手が手強いんだ、集中するのは当たり前だろう」
「思い付いたら即行動に出るのはいいけど、その後の事まで考えないから世間を騒がせる結果になるのよ」
「……うぐぐぐ」
氷室やアンジェラ、カレンよりもよほど手強い奴だった。こいつの指摘は的を得ていて、ついでに俺の心臓にまで言葉の刃を突き立てる。すいませんと、平伏するしかない。
心強い味方なのだが、同時に口うるさい奴でもある。敵にはしたくないが、どう間違えても敵にはなりそうにないのが救いか。
お互いに今の立場がどれほど複雑であっても、アリサは安々と正解を指し示してくれる。
「安心しなさい。あんたが困った時のために、あたしがいるのよ。ちゃんと、考えてあるわ」
「おお、さすがはアリサ。頼りになる――と言いたいが、だったら俺を困らせるなよ」
「うひひ、あんたの困った顔を見るのがあたしの生き甲斐なのよ」
「実はお前、俺を祟っているだろう!?」
ニタニタと、実に可愛らしく笑っていやがる。立身出世して、今ではイギリスの頂点に立つ女帝に近しい立ち位置に君臨しているのに、アリサは俺のメイドのままだった。
俺の腰に抱きついたまま、俺を見上げるその表情は安心と信頼に満ち溢れていた。俺の一つ一つの反応を見ては、楽しげに笑っている。
アリサはいつもの偉そうなポーズで、俺に人差し指を突き付ける。
「あたしが、あんたを支援してあげる」
「おお! でもお前にも、立場があるだろう。だから、わざわざ初対面のフリしたのに」
「それよ。お互いの立場を逆に利用して、後々の口実にするのよ。いい? ここであたしがあんたを支援することで――」
言葉通り、前から考えていたのだろう。アリサは理路整然と、自分の考えを語っていく。恐るべき事に、アリサは何と世界会議の終わり方まで想定していた。
話を聞けば聞くほどに納得させられて、反論もねじ伏せられていく。これが英国に名高い天才少女――"アリサ・バニングス"。
アンジェラに教育を受けて、アリサの才能は完全に開花していた。
「――なるほど」
「ね? これなら、後腐れなくあたしもあんたも日本に帰れるわ。あんたの海外で繋いだ人の縁も、途切れない」
「分かった。ただし、俺からも要望がある」
「はいはい、どうせこう言うんでしょう?」
アリサは、静かに――俺から、離れた。
「"お前の支援は受けない"」
<続く>
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