とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十八話
自由な生活と、不自由のない生活。似ているようで違うと気付いたのは、今の生活を始めてからだった。
高町家のお世話になるようになって、他人と接し、他人と話し、他人と助け合うようになった。
一人の時は自由だったが、一人で何でもしなければならなかった。
一人ではない今は自由ではないが、一人で全てをこなす必要はなくなった。
心は今でも自由な一人旅を求めているが、一人で生きていけるようになるまでは他人と接して自分を磨いていく。
「――よし、考えるのを止めよう」
考えた結果、何も考えずに行動することにした。結局最後は二者択一、アメリカの要請を受けるか受けないか。どちらかでしかない。
消極的な積極策、念の為に作っておいたコネを利用する。カレンの弟カイザー・ウィリアムズ、あの坊ちゃんを訪ねてみよう。
どうせカイザーも、吸血対象に入れている。俺には似合わないが、彼との親睦を深めておくのもいいかもしれない。
以前のような、考え無しの無鉄砲ではない。考えるのを、やめるのだ。その区別がつけられるようにも、なった。
「俺は今から出かける」
「いってらっしゃいませ」
「帰れと、言っているんだ!」
朝御飯を一緒に食べた男装少女は、何故か今も居座り続けている。この城の使用人が俺一人にかまけていてもいいのだろうか?
単に呆けているだけならば叩き出すのだが、こいつはアホの分際で結構気が利いてあれこれ世話してくれるのだ。執事のように。
静かなる存在感というべきか、邪魔に感じない程度に俺の傍に控えている。
「家を守る人間も必要でございましょう。ローゼにお任せ下さい」
「お前自身が泥棒かもしれないだろう」
「ご冗談を。主のお荷物に金目の物などございません」
「その通りだけどむかつくな、お前!?」
……このドイツの城で金目の物を盗るような貧乏人は居ないだろうけど、氷室の例もある。狸の置物くらいにはなるかな。
妹さんは俺の護衛に始終するので、部屋の守リは何もない。取られて困るものはないが、任せておこう。
「不審者に対する対応は殺害でよろしいでしょうか?」
「何でだよ、丁重に追い払え。人殺しなんて、アホのやることだ」
通り魔の爺さん、プレシア・テスタロッサ、守護騎士達。人を傷付けて強くなった者達は皆、悲壮であった。
剣士なんて人を斬ってなんぼの、生き方だ。自分でやっているから、分かる。いや――他人を傷つけて、初めて分かったというべきか。
人殺しなんて、つまらない。本当に、つまらない人間にしてしまう。
「……分かりました。主の命に従い、人を殺さぬように致します」
たかが留守番で大袈裟な奴である。まあいい、アホは放っておいて妹さんを呼んでこよう。一人で行動すると怒られる。
隣の部屋をノックすると、すぐに妹さんが出てきて挨拶をする。黒ドレスの戦闘衣装、準備は万端だった。
睡眠時間としては短いが血色も良く、瞳も揺るぎない。王女の血は伊達ではないようだ。
「カイザー・ウィリアムズに会いに行く。クリスチーナの警戒を頼む」
「はい、ですが彼女は今城を出ているようです」
「城を出ている……? 出入り自由だったのか、ここ。俺が入城した時はあれこれうるさく言われたんだが」
ロシアが動きを見せている。あの子の場合暇つぶしも考えられるが、ここは最悪を想定して動くべきだ。
部屋にとんぼ返りして室内電話でディアーナに連絡――留守か。師匠とも連絡が取れず、不安は警戒に変わる。
さくらに連絡して注意を促し、カミーユにも伝えておいた。
『分かった、父さんにも頼んでこちらでも調べてみるね。それとヴァイオラがルーテシアさんを連れて、後で君の部屋に行くから』
「ルーテシアはともかく、ヴァイオラも一緒?」
『うん、今日から君の部屋で生活を共にするの。ボクも遊びに行くね』
「そ、その件についても後で真剣に話し合おうではないか……」
外堀を埋めにかかって来やがった!? 次から次へと頭の痛いことが起こりやがるな、くそったれ。
婚約した女がフィアンセとは違う男の部屋に寝泊まりすれば、すぐに女帝に発覚するだろう。
女帝は当然激怒、フランスとイギリスの同盟は根底から覆されるだろう。下手をすれば、全面対立もあり得る。
アメリカとロシア、イギリスとフランスが戦争――となれば、あの女の打つ手が見えてくる。
恐らく、何もかも俺の責任とするだろう。血を手に入れるべく婚約者を寝取った間男として糾弾するに違いない。
俺はあの女を甘く見ない。嫌がらせ程度では絶対に済まさない。何度もコケにした俺を、確実に殺しにくる。
上等だ……あの女お得意の策謀をもって倒せば、完全なる俺の勝利。あいつに吠え面をかかせてやる。
あの女の、上を行くには――
"カーミラ、話がある"
"私も貴様に問い質したいことがある。お前――オードランの血を飲んだな"
"ああ、そうがどうした"
"お前は一体、誰の下僕だ!!"
"あー、うるさい。俺の目的は知っているだろう、お前"
"それでも許し難い。どうしてくれようか"
"腹減ってるから怒りっぽくなるんだ。昼飯でも、一緒に食おうぜ"
"……私が餌に釣られる雌豚だと言いたいのか。死にたいらしいな"
"嫌ならいいけど。カイザーに会いに行くから、あいつと食べてくる"
"い、嫌とは言っていない!? 仕方ない、貴様の作るまずい料理でも食べてやろう"
食うんじゃねえか! まあいいや、込み入った話になるし、食事をしながら相談しよう。上手く事が運べば、あのバアさんは終わりだ。
後は、ロシアとアメリカ。ロシアの動向が気になるが、これ以上動きようがない。さくらやカミーユの調査報告を待とう。
カイザーの部屋に行くと、護衛役のチンクが俺を見るなり血相を変えて駆け寄る。
「へ、陛下、ご無事でしたか!?」
「どうした、そんなに慌てて」
「トーレが今急いで貴方の安否を確認に――撤収するよう伝えますので、少々お待ちください!」
チンクが暑苦しいコートから携帯電話を取り出して、同僚に電話をかけている。恐る恐る番号を一個一個押していくのが可愛らしい。
文明機器には慣れていないようだな、このサムライ娘。海外に来てこんな武家娘に会えるとは思わなかった。
程なくして電話を終えたチンクは、胸を撫で下ろしている。何なんだ、一体……?
「一体全体、何があったんだ?」
「……我々の仲間に一人極めて危険な者がおりまして――教育を施していたのですが、先日脱走を図ったのです」
「ははは、勉強が嫌になったのか」
「お恥ずかしい限りです。我々も必死で捜索を行っているのですが、見つからず……もしや陛下の元へ向かったのではないかと」
「えっ!? そいつ、俺のことを知っているの……?」
「無論、陛下の武勇伝を私自ら語り継いでおります。教育するのであれば、貴方を模範とするのは至極当然です!」
何が当然だ!? 俺は歴史の教科書か! きっとこいつ、俺と会えた事も全部電話か何かでベラベラ喋ったに違いない。
そうすると、そいつには俺がこの城に居ることも知られていると見て間違いない。またまた、厄介なことになった。
危険な存在か――まあ、今のところまだ来ていないな。昨日から今朝にかけて来客があったのは、あのアホ一人だしな。
それほど危険な存在ならば、妹さんが気づくだろうし――ローゼのあのボケっぷりなら、襲われても平気な気がする。
「とにかく、話は分かった。"それらしい"奴が来たら真っ先に伝えるよ」
「私が護衛につきましょうか? 御身にもしもの事があれば――」
「大丈夫、護衛は頼もしい子が一人いるからな。そっちも護衛任務があるんだから、無理しなくていいよ」
「くっ、このような者を優先しなければならないなんて……!」
えらい言われようである、仮にも大富豪の御曹司なのに。ドゥーエから何を聞かされたのか知らないが、えらく尊敬されちまっているな。
――あれ、待てよ? ドゥーエと姉妹なんだよな、こいつ。
「姉であるドゥーエから俺のことを聞かされたんだよな、チンクは」
「はい」
「そのドゥーエから、最近何か連絡はなかったか? 雇い主とのアポイントを求められたとか」
「いえ、逆です。姉がウィリアムズ家にアポイントを取ったのです。私は姉の紹介で、雇われました」
「……どうやって、ドゥーエがウィリアムズ家に?」
「姉の雇い主が一族の者であるらしく、土産を持参したと聞いております」
やっぱり、あのクソ親父か! このまま大人しくしていないと思ってはいたが、アメリカに取り入っていたとは。
ファリンとすずかの心を人間である俺が与えたのだと、疑いもせず信じていたのが妙だと思っていた。普通なら、絶対信じない。
あの親父は先月起きた出来事の全てを知っている。取り入るために、ベラベラ喋ったに違いない。くそっ、個人情報を漏らしやがって。
ドイツに断られて、次はアメリカかよ。生き残るために、何でもやりやがる。
「ようするに俺を売って、ウィリアムズ家に取り入ったんだな」
「ご、誤解なさらないで下さい、陛下! 雇い主が我々と組んだのは目的があってのこと、それに取引材料は陛下ではありません」
「……土産物か?」
「夜の一族の人型兵器、自動人形です」
自動人形……? 安次郎は、持っていないはず。だからこそ、執拗にノエルとファリンを狙った。
「あの男の人脈を頼りに、姉が大陸を回って手に入れたようです。雇い主の私財で機体を購入し、手土産としたのだと。
陛下。御疑いごもっともですが、どうか信じて頂きたい。私の陛下に対する忠誠は"この目"に誓って、嘘偽りなどございません!」
「あー、分かってる、分かってる。チンクについては別に疑っていないよ。
……その"眼帯"、俺が昨日言ったからわざわざつけてくれたのか」
「はい! あの……似合いますでしょうか?」
「違和感無さ過ぎて、逆に驚いた」
真面目な話、チンクについては信用している。こんな重要な話をベラベラ俺に喋るはずがないからな。本当に、打ち明けてくれるとは。
敵がガジェットドローンの材料である自動人形をどうやって手に入れたのか、これで分かった。大した土産だ、さぞ喜ばれただろう。
あの親父め、自動人形を売った金でやり直せばいいものを……まだ復権にこだわってやがるのか。
焚き付けたのはあの秘書、ドゥーエだ。追放寸前だった奴は夜の一族、そのコネを利用してアメリカに取り入った。
アメリカの大富豪と手を組んで、世界すら巻き込まんとする金儲けを企んでいる。あの親父に、こんな壮大な策謀は絶対出来ない。
利用されているだけとも気付かずに、今頃浮かれているであろう狸親父を想像すると、可哀想になってきた。同情はしないけど。
「陛下から貴重な意見を頂いて付けてみたのですが、五感の一つを敢えて断つことで、見えなかったものが見えてきました。
目で見るのではなく、感覚で見透す――鍛錬は必要ですが、私の技の精度は格段に上がるでしょう。
ありがとうございました、陛下。やはり貴方は、偉大な武王です」
げっ、仮にも敵の護衛を強くしてしまった。しかも師匠のアドバイスで俺がようやく掴みかけていた感覚を、たった一日で学んでいる。
これが天才と凡人の差。このサムライこそ、戦場でこそ美しく咲く華。望んだ強さを、容易く手に入れられる。
ここまで見せつけられると、悔しさよりも感心してしまう。どう見ても、俺より年下なのに。
「それで、陛下のご用件は?」
「ああ、そうだった。カイザー坊ちゃんと話したいんだ、取り次いでくれないか」
「それが、その――申し訳ないのですが、昨夜から塞ぎ込んでいるのです」
「……昨日の会議は刺激が強すぎたか……」
姉弟とはいえ、カレンが弟に自分の野望を打ち明けていたとは思えない。今になって、蚊帳の外だったことに気付いたのだろう。
一族の長の罪、月村すずかの正体、クローン技術、最新型自動人形ガジェットドローン――技術革命、俺との契約。
俺でも異世界という未知に一度触れていなければ、こんがらがっていただろう。プレシアの狂気と向きあっていなければ、錯乱していた。
坊ちゃんにはお気の毒だが……少し、ホッとした。そうだよな、こういうのが普通の反応だ。あいつらが、怪物すぎる。
「何だかんだ言ってもあの坊ちゃんが心配なんだな、チンクは」
「出来は悪いのですが……努力は、しているのです。ただ結果は出せず、悔み落ち込んで、更に実力を発揮できず――その繰り返しで」
「……ハードルが高そうだもんな、この一族は」
雇い主への気安い態度を侮りだとばかり思っていたが、どうやらチンクは弟のように思っているらしい。出来の悪い子ほど、可愛いのか。
チンクもそれなりに、叱咤激励したのだろう。本人なりに励まそうと思ったのだが、結局落ち込ませる結果となってしまった。
分かる気がする。チンクには悪いが――天才に頑張れば出来ると言われても、説得力がないのだ。
「分かった、用件はひとまず置いておくよ。見舞いに来たと、言ってくれ」
「しかし、今お会いしてもまともに話せる状態では――陛下に、無礼な口の聞き方をするかもしれません」
「ははは、気にしないさ。俺には分かるからな、あいつの気持ちが」
足掻いても、足掻いても、結果が出せない事だってある。努力が実らず、死んでしまう奴だってこの世には腐るほどいる。
俺が今も頑張れているのは、俺が特別だからではない。こんな俺に声をかけてくれた他人が、沢山居たからだ。
俺は、皆に救われた。そして今も、俺の帰りを待ってくれる人がいる。こんな馬鹿野郎に、期待してくれる奴が居るのだ。
「妹さんは外の見張りを頼む。チンクは通訳してくれ。二人共、悪いけど口出しは無用で頼む」
「はい」
「承知致しました」
だから、今こそ――与えられた優しさを、誰かに渡そうと思う。
<続く>
|
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