とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十七話
膠着した戦場というのは時に、激戦を繰り広げている間よりも消耗させられる。部屋に戻っても身体が痺れ、緊張が解けてくれない。
世界会議も三日目を迎えているが、閉幕する気配もない。戦況は常に揺れ動き、思いもかけぬ展開を見せつける。
各陣営が惜しみなく戦力を投入し、策を弄して、必殺の切り札を出している。刃を突き付けられては、満足に眠れるはずもなく。
深夜に及んだ第二回の会議を終えて、次の日の朝。窓の外の天候は穏やかなれど、古城は不穏な気配に満たされている。
「眠気はあるのに、全然眠れん……朝飯でも作るか」
海外へ来てからというもの常に頭を働かせる癖がついてしまい、布団の中で目を閉じていても脳が回転しまくっている感じがする。
神経がささくれているのが、自分でも分かる。何だか最近、笑っていない。気を張ってばかりで、他人とも腹の探り合いばかり。
敵ではあるが――欧州の覇者達、彼らを尊敬する。彼らは悪鬼羅刹蔓延る世界で、毎日のようにこんな戦いを続けてのし上がったのだ。
たかが三日目で心身共に疲弊する俺とは、大違い。勝たなければならない戦いだが、独りになると膝をついてしまいそうになる。
海鳴に居た頃が懐かしい。あの町ではいつも、何の意味もないくだらない会話をしていた。面倒極まりなかったのに、今は焦がれてしまう。
……やはり疲れている、朝飯を食って元気を出そう。頼めば作ってくれるが、手軽に食える庶民的な料理を食いたくなった。
栄養なんぞ皆無だが、カップ麺とかたまに啜りたくなる。城の外にコンビニでもあればいいのだが、此処はドイツだ。
料理を作る材料を電話でさくらに頼――と、その前に。俺は自室のドアを開ける。
「おはよう、妹さん。特に問題はない?」
「おはようございます、剣士さん。異常はありません」
「分かった。俺はもう目が覚めたから、しばらく休んでくれていいよ。何かあれば知らせるから」
妹さんが俺の護衛に就いてまた日は浅いが、この子が疲れた顔をするのも見たことがない。黙々と、真面目に職務をこなしている。
夜通し見張ってくれていたのに、休憩もせずに部屋の前に立っている。睡眠とか必要ないのだろうか、この子は?
休憩を促すと妹さんは俺を見つめ返して、一礼する。職務意識は高くとも、任務にこだわり俺を困らせたりはしない。良い子だ。
妹さんが隣の部屋に引き上げるのを見届けた上で、さくらに室内電話をかける。
『貴方は立場としては、招待客なのよ。何も自分で作らなくてもいいのに』
「気分転換だよ。悩んでばかりで、いい加減頭痛がしてきた」
『貴方は本当に、よくやってくれているわ。難しい決断を迫らせて悩むのは分かるけど、焦って先走っては駄目よ。
私でよければ、いつでも貴方の力になるから』
「ありがとう。まあ朝飯でも食って、ゆっくり考えるよ。こればかりは、俺が考えて決めないと」
『彼女は、危険よ。貴方が断る可能性も考慮して動いている。連絡は密に取り合いましょう』
「ああ、よろしく頼む」
朝飯の材料の事も頼んでおいて、電話を切る。昨日の会議については、さくらも色々気に掛けてくれている。
一歩引いたスタンス、アメリカとの交渉については全面的に支援するが最終的な決断は俺に委ねる。善悪さえも、差し置いて。
単なる雇用契約ではない。引き受けても、断っても、多大なリスクが生じる。だからこそ後悔しないように、俺に選ばせる。
明らかに怪しく、それでいて危険極まりない研究。法や正義を持ちだして反対しないのは、事態を重く受け止めているがゆえ。
そしてどういう事態に陥っても、力を貸してくれる。恐怖や不安も、彼女がいれば和らぐ。あの人は、淑女だった。
室内電話が、鳴る――おっ、もう厨房に頼んでくれたのか。さすが、仕事は早い。
『失礼致します。宮本良介様、でいらっしゃいますか?』
流暢な日本語、聞き覚えはないがハキハキとした少女の声。女コック、とは思えないが、使用人まで語学堪能なのかよ。
「そうだけど、どちらさん?」
『御電話、失礼致します。かねてより貴方様の事はお聞きしておりました。何卒、よろしくお願い致します』
「ああ、厨房の人か。悪いね、わざわざ電話してもらって」
ちゅ、厨房の間で噂になっているのかよ、俺……やはり昨日卵かけご飯の材料とか頼んだのは、まずかったかもしれない。
考えてみればお客様が自分で料理を作るというのは、厨房側からすれば面白くないだろう。評判が悪そうだな、こりゃあ。
どうやらさくらが手配してくれた、新人さんらしい。また材料だけ頼むのは心苦しいが、勘弁してもらいたい。
「今から言う材料を持って来て貰えるかな? こっちで作るから」
『料理でしたら、ご命令頂ければお好みのものをお作りします』
「い、いや、いいよ。自分で気分転換に作りたいんだ。材料は――」
材料といっても簡単かつお手軽なものばかりだが、此処は日本ではないので今用意できるかどうかは分からない。
少々お待ち下さいと、退席。受話器越しに随分派手な物音が聞こえてきたが、それほど時間をかけず戻ってきた。
『ただいま、注文の品をお届けに上がります。
生憎、他の者は――ただ今、眠っておりまして』
「た、確かにまだ朝早いけどだらけているな、おい」
俺は昨日から緊張と不安で眠れないのに、使用人のくせに全員寝ているのかよ!? ひとまず、電話を切る。
今が大事な会議中で、クリスチーナが徘徊していなければ、城の中でも見て回るのだけどな。部屋に篭っているとどうにかなりそうだった。
カミーユの血を得て、衰弱していた身体には力が漲っている。けれど心が疲弊していれば、肉体にも悪影響を及ぼす。
くっそ、関係がバレてしまうがアリサに会いに行こうか――と、ドアをノックする音。俯いていた顔を上げて、応答する。
『失礼致します。材料をお届けに上がりました』
「ドアの前に置いておいてくれ」
『直接お渡ししたいので、開けて頂けませんでしょうか?』
「別に気を使わなくていいよ」
『是非、ご挨拶させて頂きたいのです。お願いします』
ええい、押しの強い奴だな。使用人に愛想笑いする余裕なんてねえんだよ、こっちは。あーもう、イライラするな。
追い払いたいが、門前で問答を繰り広げていると妹さんが起きてきそうだ。折角休ませたのに、本末転倒になっちまう。
髪をガリガリ掻き毟って、俺は蹴り飛ばす勢いでドアを開ける。いいから置いて帰れ、ボケ――あ、あれ……?
「……君がさっきの電話の人、だよね?」
「お逢いできて光栄です。失礼なのは重々承知で、ご挨拶させて頂きたく無理をいって参りました」
「俺もその職業についてはよく分かってないんだけど、それって――執事服、だよな」
「身の回りのお世話をさせて頂くつもりです。料理についてもお任せ下さい」
「答えになっていないような――もういいや、これ以上悩みたくねえ。材料、持って来てくれてありがとう」
「失礼ですが、うどん麺と調味料と白米で何をお作りになるのでしょうか?」
ええい、食い下がる奴だな! お疲れさん、でそのまま帰ればいいのに。何故か知らんが、会話を終わらせようとしない。
異性どころか、同性にも好かれそうな顔立ちをしているが、神経が尖っていて誰であろうと警戒させられる。
「その材料から作れるものなんて、うどん定食しかないだろう」
「……素うどんと白ご飯、ですか?」
「何だよ、言いたいことがあるなら言ってみろ」
「貧乏臭いですね」
「本当にハッキリと言った!?」
朝から熱いうどんを啜る美味さを知らんのか、こいつ。汁を吸った太い麺を乗せて、アツアツの白ご飯をかきこむのだ。
金持ちのお上品な食生活では想像もつかんだろうが、庶民の朝飯というのはこういうものなんだよ。
――と、力説したが、執事服の男装少女に冷たい目を向けられてしまった。ち、ちくしょう、俺はお客様なのに!
「どうにも理解し難い概念ですね。もう少し栄養価の高い食事を摂るべきです」
「だったら、カロリーメイトでも齧っていればいいだろうが」
「朝は一日の始まり、朝食は人間にとって一日の重要なエネルギーになります。よろしければ、お作りしましょうか?」
「いらん、いいから職場に戻れ。俺には、うどんがある」
「分かりました、ご馳走になります」
「何が分かったの!? あ、こら、勝手に部屋に入るな!」
やばいぞ、あいつ。今まで会ったことのない、新しいタイプの人間だ。俺より常識がない奴が、この世にいるなんて。
常識人や頭のいい奴、強い人間は俺の周りにウジャウジャいるが、俺よりアホな奴は初めてだ。
世界ってのは本当に、広いもんだな……
「お前、仕事があるんだろう」
「貴方の役に立つまでは、帰りません」
「何だ、その親切の押し売り!?」
「ご心配なく。今は"待機"モードなのです」
「待機……? 休憩中なのか、お前」
「ご命令頂ければ、"起動"いたします。どんな仕事もこなして見せますよ」
「ヤル気があれば出来るってのは、やらない奴の言い訳なんだよ」
待機だの、起動だのと、アニメやゲームじゃあるまいし――大体こいつ、執事じゃねえのかよ。
「だったら具体的に何が出来るのか、言ってみろよ」
「貴方の松葉杖になります」
「すげー役立たず」
「時速270kmで貴方をお運び致しますよ」
「俺の身体が粉々になるわ!」
早くうどんを食わせて、とっとと叩きだそう。執事少女とアホトークしている余裕なんてないのだ。これからの事を考えないと。
ドイツはカーミラと和解、フランスとは同盟を結んだ。残るはロシア、イギリス、そしてアメリカ。
イギリスは女帝を、ロシアはクリスチーナを倒す以外に道はない。手強いが、分かりやすい。アメリカが問題だ。
徹底抗戦するか、取り入って内部から切り崩すか。鍵となるのはやはり、最新型自動人形ガジェットドローン。
最終機体か、そのオプションか。ノエルやファリンと同じ自動人形――如何なる存在なのか?
クローン技術も脅威だが、既に完成された兵器はもっとまずい。心を持たぬ殺戮兵器、実用化されれば多くの血が流れる。
指揮官タイプとなれば、まさにプロジェクトの要だろう。何千何万の量産ガジェットを支配する怪物、機械の暴君だ。
ノエルやファリンとは訳が違う。初めから兵器利用で造られている。
人間らしい姿とは限らない。きっと、外見も凶々しい兵装で包まれているに違いない。
何とかして味方に引き入れられればいいのだが、難しいな。ライダー映画を見せればいいというものではない。
最悪テーブルクロスの怪人のように、カレンの制御すらきかず俺を殺しに来る事も考えられるのだ。
会話も通じないだろうしな、どうすれば――おっと、うどんが煮えた。
「ほれ、作ってやったぞ。箸は使えるか?」
「プロフェッショナルです」
飛んでいるハエを掴めるようになってから言え。かけうどんと白ご飯、お漬け物。日本の朝ご飯、手を合わせて食べる。
少女は珍しそうにうどんを見つめていたが、手を合わせて食べ始めた。俺を真似たらしい、なかなか可愛げはある。
「いかがですか、執事さん」
「熱い想いを感じました」
「冷まして食え」
「冷たいですね。嫌われますよ、女の子に」
「お前に嫌われても何とも思わん」
「その点は御安心ください。理解はある方なので」
「妙な妥協はやめろ」
結論、こいつはアホだ。不快ではない、バカだ。敵になったら笑える奴だ。警戒するだけ、馬鹿馬鹿しい。
……身体から、力が抜けている……? 強ばっていた緊張が解けて、気持ちが楽になっている。手の平に滲んでいた汗が、冷えていた。
海外に――いや海鳴に流れ着いてから、自分より優れた人間ばかりで正直参っていた。焦りもあったと、思う。
なのはやフェイト、はやてやアリサ、すずかのような子供まで俺より人間が出来ている。天才に囲まれているだけで、凡人は縮こまる。
こういう奴は案外、貴重かもしれない。
「お前、名前は?」
「名前、ですか……?」
「言いたくないなら、別にいいけど」
「いえ、名前を聞かれたのは初めてですので」
箸を止める。少女も食べる手を止めて、何やら考え込んでいた。こんな、簡単な質問に。
「お前、友逹とかいないのか? 仲良くなったら、アダ名とかで呼び合ったりするもんだろう」
「番号で呼ばれておりましたので、特には。
ただ能力ではなく身体を望まれる方がおりまして、その人間には――"イレイン"と、呼ばれておりました」
「――!?」
「無論主以外の人間に身体を許す道理もなく、『丁重に』お断りいたしましたが」
――息を呑んだ。こいつ、もしかして親がいないなのか? 名前も満足に呼ばれず、奴隷のように扱われていたのだろうか。
囚人を番号で呼ぶ刑務所があるように、孤児を番号で区別する孤児院もあると聞く。海外にだってあって不思議はない。
そういえば俺より年下の執事なんて、妙な話だ。実際は、下働き程度にこき使われているのかもしれない。
俺だって捨て子、同じ境遇の人間に同情なんぞしないが――
「ですのでどうぞ、番号でお呼び下さって結構です。数字の0、それが個体の認証です」
よりにもよって、数字まで0かよ。コイツは本当に、軽く扱われていたようだ。アホっぽいし、使えない奴なんだろう。
捨て子の凡人、救いようのない人間。容姿だけ恵まれているのは、不遇であれば時に不幸をもたらす。
どれほど綺麗な女の子でも、スポットライトを浴びなければ、暗闇に飲まれて消えていくだけだ。
……ちっ。
「番号なんて呼びづらい。かといって、"イレイン"と呼ぶのもそいつと同じように思われて癪だ。
何かアダ名をつけてやる。そうだな――
"ローゼ"、という名前はどうだ?」
「ローゼ……?」
「数字のゼロ。ゼロだとそのまんまだから、反対にして『ローゼ』だ。女の子っぽいだろう」
「安直ですね」
「名前なんて単純でいいんだよ。立派な看板となるかどうかは、お前次第だ」
「……ローゼ」
ノーナンバーの少女、記号でしかなかった存在。親に捨てられた子供なんて、誰からも相手にされない。
名前も所詮記号にしか過ぎなくても、意味はある。この世でたった一つの命、名前がつくことで特別な存在となる。
少女は、俺を長く見つめる。俺の顔を、声を、その存在を認識するように。
「お気に入りの少女に自分好みの名前をつけるなんて、上級者ですね」
「何のだよ!?」
「そして、餌付けする。見事な口説き方です。ローゼは感心しました」
「食いたいといったのはお前――えっ、ローゼ?」
「貴方が名前で呼んでくださる限り、ローゼは貴方だけのローゼです」
聞きようによっては、愛らしい言葉だ――うどんを、啜りながらでなければ。台無しだよ、もう!?
ガジェットドローンをどうやって自分の味方にするか考えないといけないのに、何でこんなクルクルパーとマジ話してるんだ俺は。
しかもこいつ、うどんをちゃんと白飯に乗せて食ってやがる。バカなくせに、そういうところはちゃんとするのが腹が立つ。
汁まで飲み干して、二人して手を合わせた。
「ご馳走様でした。もういいので、食器を下げてください」
「俺は女でも容赦なく殴るぞ」
「冗談です。ローゼが洗いますので、主は休んでいて下さい。丁寧に舐めとります」
「気持ち悪いことを言――何か、他にも変なこと言わなかったか?」
「今朝の新聞です」
てきぱきと片付けて、洗い場へ行くローゼ。くそっ、追い出すタイミングを逃してしまった。
ひとまず渡された新聞を広げる。この城にいると外の状況とか全然分からないんだよな、テレビとかないし。
おいこれ、ドイツ語の新聞じゃねえか!? 此処はドイツだから当然だろうけど、何書いているか全然わからん。
一面を飾るのは――火災、現場。
文字が読めないので詳細は分からないが、ドイツかどこかの国にある大きな建物が大炎上していた。
住宅というより、施設。企業や政府等の施設、製造所か研究所みたいな重要施設が派手に燃え上がっている。
事故現場もさることながら、この新聞でクローブアップされているのは――
「何だこれ――UFO……? 空飛ぶ円盤、いやロボット――戦闘機、か……?」
天災ではない。ハッキリとではないが、何らかの飛空物体が研究施設を攻撃しているのが見える。
何なんだ、これ? 宇宙人の襲来? 明瞭な画像ではない分、余計に物議をかもし出しているようだ。
――新聞を、閉じる。こっちは吸血鬼の相手で精一杯、宇宙人とまで戦えるか。
「主、お茶が入りました。おや、事件ですか……?」
「どこぞの施設が、派手に炎上したみたいだぜ」
「この施設でしたら、ローゼが破壊しました」
「……お前が?」
「はい。前々から主の事を聞いておりまして挨拶に伺おうとすると、研究員に止められまして。酷い話です」
「はいはい、面白い面白い」
ローゼの脳内設定にかまっている場合ではない。どうせ考えるのなら、今後のことだ。
バカの相手をするのは簡単だが、自動人形――それも指揮官型となれば、対応にも気を使わなければならない。頭も良さそうだ。
最新型自動人形、ガジェットドローン……一体、どういう奴なんだろう……?
<続く>
|
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