とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十八話
                              
                                
	
  
 
「あうあう、くすぐったいですぅ〜」 
 
「……ロボットではないようですね……ドールにはない温かさ――この子が、フェアリー」 
 
「かわいー、超かわいいよ! 妖精が本当にいたなんて、すごい!」 
 
 
 フランスの貴公子とイギリスの妖精が、ユニゾンデバイスの女の子を抱き上げて大層盛り上がっていた。 
 
当然だが、最初は疑われた。お伽噺では有名でも、現実にはありえない存在。頭から爪先まで、チビスケを丁寧に調べられてしまった。 
 
女性であるヴァイオラが懐疑的で、男性のカミーユが黄色い歓声を上げている。男としてそれでいいのか、お前は。 
 
いずれにしても、かぐや姫が求めた品を俺は意外にもあっさりと探し出す事が出来た。棚からぼたもちに過ぎないが。 
 
 
「ちゃんと妖精を連れて来たぞ。約束を果たしてもらおうか」 
 
「その前に、この子が妖精である事を確認させて下さい」 
 
 
 諦めの悪い奴である、当たり前だけど。本当に妖精なんて目の前に連れて来られたら、俺でも疑うわ。 
 
学生である事を証明するなら学生証、運転手である事を証明するなら免許証、自分自身を証明するなら戸籍証明をすればいい。 
 
 
妖精である事を証明するには――本人に、妖精だと名乗らせるしかない。ミヤを一瞥すると、心得たとばかりに頷いた。 
 
 
「ヴァイオラ・ルーズヴェルト様ですね。初めまして、妖精のミヤです!」 
 
「どちらから来られたのですか?」 
 
 
 見た目の愛らしさに全く惑わされずに、ヴァイオラは問い詰めていく。まずい、身元は細かく設定していない。 
 
この部屋の空気や会話を読んだのは賞賛するが、ミヤにそこまでアドリブ出来るのかは疑問だ。何せ、根は正直者なのだ。 
 
 
一点の曇りなき純真さ、無色透明な正義感、穢れ無き魂――子供が夢見る妖精を具現化したような、存在。 
 
 
ユニゾンデバイスである事を差し引いても、ミヤなら本物の妖精としてやっていけるとは思う。口煩いけれど。 
 
その分、嘘を付くのが本当に苦手なのだ。口出しは出来ないので、ハラハラしつつも見守るしかない。 
 
ミヤは一瞬言葉を詰まらせるが、案外簡単に答える事が出来た。 
 
 
「ミヤはですね、"ミッドチルダ"という世界から来たのです!」 
 
 
 ――ミッドチルダ……? 適当な事を言いやがって、と呆れそうになったが、クロノ達のいる異世界の名前だった事を思い出す。 
 
ジュエルシード事件の時アースラに乗船した際に聞いた話だが、よく覚えていたものだ。二ヶ月も前だぞ、あれは。 
 
嘘は言っていない。夜天の魔導書が地球にあったとは思えないので、多分異世界ミッドチルダから来たのだろう。 
 
 
「そのミッドチルダから、どうして地球へ来られたのですか?」 
 
「え、え〜と……ミヤのマイスターを探しに来たのですよ!」 
 
「それで、彼を主人としているのですね」 
 
 
「違います!」 
 
「えっ、違うの……?」 
 
 
 そこは否定するのかよ!? いや否定するべきポイントなんだろうけど、俺がピンチになるだろう! 
 
5月にミヤが誕生して二ヶ月――何かと一緒にやって来たが、ミヤの御主人はあくまで八神はやてである。 
 
ミヤとしても、そこだけは譲れないのだろう。俺を助けるのは、はやての家族だからだ。 
 
 
好意に甘えっぱなしではいけないのだが、思えば随分と助けられている。文句を言える義理ではないのだが、悩めるところだ。 
 
 
否定されるとは思わなかったのか、カミーユどころか質問したヴァイオラまで軽く目を見張っている。 
 
相手に驚かれて自分の言葉の意味に気付いたのか、ミヤは泡を食った。 
 
 
「あ、あのですね、リョウスケは確かにミヤのマイスターではないのですが……わ、悪い人ではないのですよ!? 
ただその、頼りないというか、時々バカバカな事をしちゃうので、ミヤがちゃんと見てあげないといけないのです。 
 
……リョウスケはやれば出来る人なのです……だから、ミヤも頑張って応援しようと思ってるのですよ」 
 
「……」 
 
 
 ヴァイオラは問い詰めるのをやめて、ミヤの顔をジッと見つめる。彼女の真意を伺うように、真剣な表情で。 
 
ミヤがそんなふうに思っているとは、正直思わなかった。どうにも照れ臭くて、文句も言えなくなる。 
 
同時に、安心もしてしまった。世界中の誰がどう見ても、絶対に疑ったりはしない。 
 
 
主以外の人間にまで、健気に尽くせる――こんなに優しい存在が、妖精以外の何だというのだ。 
 
 
「貴方からの贈り物、疑って申し訳ありませんでした。貴方の誠意、この子を通じて確かに受け取りました」 
 
「いや、疑うのも当然だ。そいつと出逢えたのも、奇跡みたいなものだからな」 
 
 
 ジュエルシード事件も、ミヤが居なければ何もかもが悲劇で終わっていた。救いなんてありはしなかっただろう。 
 
人の願いを叶える法術、人の想いが生み出す奇跡に、俺達は救われた。救いを与えてくれたのは、ミヤだった。 
 
奇跡の張本人はまるで自覚もなく、ヴァイオラに撫でられて嬉しそうに笑っている。 
 
 
「分かりました、お約束通り此度の婚約は破談といたしましょう」 
 
「ヴァ、ヴァイオラ!?」 
 
「カミーユ、本当にごめんなさい。当家から申し込んだ婚約なのに、私の一方的な事情で貴方に恥をかかせてしまったわ」 
 
「ボクの事はいいんだよ。君の事は好きだけど、彼の言う通りボクは君の望んだモノを渡せなかったのだから。 
問題なのは、君だよ。婚約の破談なんて、アンジェラ様は絶対にお許しにはならない。 
 
オードラン家とルーズヴェルト家の婚約は、アンジェラ様が成立させた関係だ。お怒りになるよ」 
 
 
「かまわないわ、私がどうなろうと」 
 
 
 鳥肌が立った。一瞬だが、寒気を感じた。空気ではなく、心の冷たさ――夜に触れる、感覚。 
 
月村すずかの心には、感情がなかった。そして彼女ヴァイオラ・ルーズヴェルトには、温かさがない。 
 
 
言葉に、情熱がない。心に、喜びを感じない。婚約どころか……生も死も、彼女にはどうでもいいのだ。 
 
 
孤独ではなく、虚無。一人であっても、寂しさを感じない。月村すずかと似ていて、されど根本的に異なる闇を抱えている。 
 
人であるがゆえの、空洞。イギリスの夜の一族ヴァイオラ・ルーズヴェルトは、人間らしい吸血鬼だった。 
 
 
「ヴァイオラ、ボク達は夜の一族だ。将来は当主となって、一族を支えていかなければならない。 
ボク達の個人的な事情に、多くの人達を犠牲にしてはいけないよ」 
 
「貴方は、彼との約束を破るつもりなの? 可哀想な人――いつもそうして、自分を偽っている。 
闇に隠れるのが怖いから、日の当たる外に出ている。立派な仮面をつけて」 
 
 
 吸血鬼が夜に生きる化物なんて、誰が決めたのだろうか? カミーユ・オードランは、こんなにも夜が怖くて震えているのに。 
 
人間になりたいと望む、吸血鬼。"貴公子"とは、彼の夢見る理想像だったのだ。今ハッキリと、分かった。 
 
フェンシングで自分自身を磨いて、勇気を出して外の世界へ飛び出て、スポットライトを浴びる存在となった。 
 
 
そんな彼でも、夜に光を当てられなかった。闇があまりにも深くて、飲まれそうになっている。 
 
 
「――、ボクはただ……人間らしく、生きていきたいだけだよ」 
 
「無理よ。それは、夜の一族である貴方が一番理解している。当主になっても、何も変えられないわ」 
 
 
 ミヤがじっと、俺を見ている。夜天の魔導書は何も語らず、ただ俺の言葉を待ち続ける。 
 
このまま黙っていれば、婚約は多分破談になる。当事者がいなくなれば、結婚もクソもない。 
 
親がどれほど怒鳴りつけても、無理矢理に手を繋げさせても、次世代を担うのは子供達なのだ。繁栄は、ありえない。 
 
俺の望みは、これで叶えられる。さくらや忍達もこれで安泰、後継者争いが激化しなくてすむ。 
 
  
"あんたのその自覚のなさと認識の甘さが、一番大きな欠点よ。肝心な所が、少しも改善されていない" 
 
  
 ――分かっている。俺の願いが叶えれば、今度はこいつらが確実に不幸になる。それぐらいは、分かってる。 
 
だからといって、どうすればいいんだ。こいつらを優先に考えろというのか? 忍達を不幸にしてもいいのか!? 
 
誰も彼も助けようだなんて、虫が良すぎる。自分の都合を優先にして、何が悪い! 
 
 
 
"同じ所をずっと、ぐるぐる回っている。何とかしようと努力しているのは分かるけど、今のままだと何ともならないの!" 
 
 
 
 自分と他人、両方を選ぶと言いながら、結局自分を優先にしている。そしてまた悩んで、同じ答えを出し続ける。 
 
違う答えだってハッキリ見えているのに、選べない。選ぼうとしない。困難なのが分かりきっているからだ。 
 
自分の都合、偉そうに言っても所詮ガキんちょの理屈だ。じゃあ、大人というのは何なのか? 
 
 
決まっている――自分達だ。自分と、自分以外の他人を守れて、初めて大人になれるんだ。 
 
 
政治家だってそうだ。自分ではなく、自国の利益を優先しなければならない。国を支えるとは、そういう事なのだ。 
 
高町桃子、フィリス・矢沢、リンディ・ハラオウン。俺が出逢った大人達は、女であってもカッコよかった。家族を守っていた。 
 
 
自分の可能性を広げたいのなら――手を、伸ばせ。 
 
 
「おいおい、俺を無視して何を盛り上がっているんだ?」 
 
「――貴方との約束は」 
 
「果たしてもらうさ。ただし、ちゃんと家族の許可を得る事」 
 
「そこまで約束はしておりません。この婚約を破談にすれば満足なのでしょう、貴方は。これ以上何を望まれるのですか?」 
 
「俺が望むのは、俺と俺の関わった連中が納得する全てだ。結婚するかどうかは、本人の問題。だから、アンタ達に話しに来た。 
イギリスとフランスの同盟は、ルーズヴェルト家とオードラン家の話だろう? 
  
だったら、今の当主殿に話をするのが筋だ。会わせてくれ、二人の両親に」 
  
「ぼ、ボク達の親と会うつもりなの、リョウスケ!? 怒られるだけじゃ、絶対にすまないよ!」 
 
「……貴方は、一体……」 
 
 
 ハードルを上げているつもりはない。欧州の覇者達の血を飲む、それが俺の最終目標。 
 
目標を決めたその時から、世界を見上げるほどにハードルは高くなっている。飛び越えるのは、困難極まりないけれど―― 
 
 
負けたくない奴らが多いから、頑張ってみようとは思ってる。いずれ、ありがとうと言うつもりだから。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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