とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十話
                              
                                
	
  
 
 人は決して、平等ではない。命の尊さは不変であるのに、個人によって価値が大幅に変わってくる。 
 
人の価値を計る分かりやすい単位は、金。巨万の富を築いた人間は上流階級と呼ばれ、人の上に君臨して世界を牛耳っている。 
 
上流階級に仲間入りするには、金を稼ぐだけでは駄目。一生涯で巨万の富を築くには、人を超える器を持たなければならない。 
 
 
彼らは、決して怠けない。実力者に接近する機会を得るべく、時間とお金を絶対に惜しまない。 
  
急速な成長を遂げて、富を築いた富豪達。短時間で富を吸収した、億万長者。世界に覇を成し遂げた、権力者。 
 
世界有数の王者達が最大の見栄を張るパーティは、世界のあらゆる業界を牛耳る彼らに近づく最大のチャンスだった。 
 
 
「世界有数の高級ホテル貸切でパーティとか、金銭感覚が狂ってるだろう。 
見ろよ、あの警備の数。素人の俺でも厳重だと分かるぞ。不審者だと思われたら、容赦なく撃たれそうだ」 
 
「ドイツの首都で爆破テロ事件が起きたのですから、仕方がないですよ。 
テロそのものはリョウスケが食い止めましたけど、また起きないとも限らないですから」 
 
「……自分の手柄じゃないのに嬉しそうだな、お前……」 
 
「ミヤはリョウスケはやれる子だと、ずっと信じてました! 
怖いテロリストから命をかけて市民の皆さんを救いだすなんて、ホントのホントに凄いですよ! 
 
今世界中でリョウスケの大活躍が知れ渡っているんですよ、えっへんですぅ!」 
 
「死んだ事にされていたじゃねえか! ドイツを救った英雄の死とか、大袈裟に言われているんだぞ!? 
 
おかげで人前にも出れずに、コソコソ行動する羽目になっちまった」 
 
「堂々とすればいいじゃないですか。リョウスケは立派な事をしたんですよ!」 
 
「お前の存在を説明できないから困ってるんだよ――ゲホ、ゴホっ!」 
 
「お、大声を出しては駄目です! 痛いの、痛いの、飛んでいけー!! 
 
……今のリョウスケはカーミラ様の血と、ミヤとクラールヴィントがサポートしてようやく動けているんですよ」 
  
「本当は寝ていたかったんだけどな、俺は!」 
 
「うう、ごめんなさいですぅ……ミヤのせいで……」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『――それで夜の一族の会議に出席するべく、ドイツまで来たんだ。 
夜の一族でも何でもない俺が世界各国で名を馳せている名家と接触するには、この機会を置いて他にないからな』 
 
"た、只者ではないとは思っていたけれど……想像を遥かに超えた、愚か者だったわ。 
忌々しいけれど、月村すずかは夜の一族の正統なる後継者。始祖の血を持つ純血種なのよ? 
 
あの娘と誓いを立てていれば、物事はスムーズに進んだ。なのに自分から困難な道を選ぶなんて、馬鹿げている" 
 
『契約を結ばず記憶を消されながら、独力で取り戻すだけでも前代未聞なのに、世界中の有力家系の血を求めるとは―― 
いやはや、恐れいったよ。実現不能な絵空事と笑いたいが、カーミラと関係を結んでいる。 
 
さくらの君への信頼の高さも、頷けるというものだ。ふふふ、すずかやファリンと会うのが今から楽しみだ』 
 
 
 月村忍との出逢いからの経緯と話すと、二人に呆れられた。ええい、俺だって無茶を言っている自覚くらいはあるさ。 
 
自分のやった事の全てが正しいとは思わないし、その大半が間違えていたから、何も成せずにいる。 
 
今までとこれからで違うのは、他人任せではなく自分で最後まで成し遂げる事。 
 
 
"どれほど深い傷であっても、お前一人を救う為に血を差し出す者なんていないわよ" 
 
『お前はどうなんだよ』 
 
"わ、私は――お前の主だから当然よ。唯一の下僕を救う為なのだから、別に特別でもなんでもないわ。 
でも、これでようやく納得がいったわ。お前は最初から、私の血が目当てで逢いに来たのね。 
 
いきなり斬りかかって来たから、私の命を狙う他家の刺客かと思ったわよ" 
 
『言っておくが、護衛を無下に扱った事はまだ許していないからな。 
そうだ、あのホテルの部屋に俺の鞄を置いてなかったか?』 
  
 鞄を探しに街に出て、テロリストに襲われたんだよな……どんな人生を送っているんだ、俺は。 
 
ロシアンマフィアのお嬢様の顔が思い浮かぶ。数日の付き合いだったが、忘れようにも忘れられない。 
  
あの殺人姫の事だ、どうせ俺が撃たれて死んでもケラケラ笑ってるんだろう。必ず再戦して、血を手に入れてやるからな。 
 
 
"そうよ、そうだったわ。お前、あの鞄に一体何を入れていたのよ!" 
 
『な、何って何が……?』 
 
"とぼけないで! お前をホテルの最上階から落とした途端、鞄がお前を追って飛び出したのよ" 
 
『リョウスケ、大丈夫ですか!? 死んじゃ駄目ですー!』 
 
"そうね、そんな風に叫んで――ええっ……!?" 
 
 
 吸血鬼が、妖精を見て驚いている。自分でも何を言っているのか、分からない。俺は本当にどういう世界にいるんだろう? 
 
回復魔法の酷使で昏倒していたミヤが目覚めるなり、俺のポケットから飛び出して泣き出した。これで説明事項がまた増えた。 
 
魔法の概念を吸血鬼に話す馬鹿馬鹿しさ、お伽噺の中にいる気分だった。多分俺は主人公ではなく、間抜けなピエロ役だろうが。 
  
長年生きているであろう老人も、現物の妖精を見て唖然としている。こうなったら、知らぬ存ぜぬで通そう。 
 
 
"旅の途中でたまたま見つけて、道中の供にしていた? 私を相手にお伽噺を騙るなんて、いい度胸をしているわね" 
 
『だ、だから、こいつは自分の秘密を人間に話すと、消えちゃうんだよ。そうだよな――妖精さん?』 
 
『は、はいです! ミヤの事は絶対の、絶対に話せないんです!? 
 
えとえと、お姉様――よ、妖精界の女王様に怒られちゃいます!!』 
 
『……幽霊を見た事はあるが、妖精は初めて見るよ。本当に驚いた。実在しているとは』 
  
 子供にも笑われそうな法螺話だが、説明しようがないのは事実なのだ。実際、ミヤの事は俺も騎士達もよく分かっていない。 
 
ジュエルシードの暴走に夜天の魔導書の起動、そして俺の血。3つの要素が複雑に絡み合い、ミヤが誕生した。 
 
 
俺の中には、忍の血が流れている。夜の一族の血の恩恵も関係していると分かれば、こいつらはどんな顔をするだろう……? 
 
 
とりあえず説明が欲しいのは、ミヤも同様だった。何しろ目覚めたら隔離施設ではなく、何処かの別荘だったのだから。 
 
助けられたお礼も含めて事情を説明し、改めてミヤに回復魔法をかけてもらう。あくまでも、妖精の奇跡と称して。 
 
正直長々と会話するだけで疲れ果てていたので、未熟であっても回復魔法はありがたかった。 
 
 
『なるほど、悪い吸血鬼さんを改心させたのですね。立派です、リョウスケ!』 
 
『別に説得したつもりはないんだが……それで、お前らの方はあれからどうしていたんだ? 
俺を探してくれたそうだけど、お前が持っていた旅行鞄はどうしたんだ』 
  
 本当に気になっているのは、鞄ではない。鞄に入っていた、久遠や夜天の魔導書だ。 
 
ミヤの存在を誤魔化すのも大変だったのに、化け狐や古代の魔法書なんて持ち出したら収拾がつかなくなる。 
 
心配していた矢先に、ミヤが表情を曇らせて――ついには、泣き出してしまった。 
 
 
『拾われただと!?』 
 
『ごめんなさいです、お姉さ――ミ、ミヤが、墜落するリョウスケを助けようとして、鞄が落としてしまって……』 
 
 
 久遠と夜天の魔導書の事を説明出来ないので、ミヤの話がしどろもどろになってしまう。話を整理しよう。 
 
最上階から落ちた俺を助けてくれたのは、夜天の魔導書。噂になっている黒い羽とは、多分飛空魔法が発動したのだろう。 
 
墜落した俺はロシアンマフィアに拾われたのだが、入れ違いになったミヤ達は行方不明になった俺を捜索した。自発的に、行動して。 
 
 
首都ベルリンを走り回る子狐と、空中に浮かぶ書物――大層珍しがられて、拾われたらしい。そりゃそうだ。 
 
 
久遠は人の言葉が分かる賢い狐だが、極度の人見知りだ。捕まってしまうと、怯えて何も出来なくなる。 
 
夜天の魔導書は人の意思を持つ本だが謎が多く、時空管理局への発覚を恐れていた。管理外世界であっても、無茶は出来ない。 
  
やばいぞ……あの二人に何かあったら、那美や騎士達が黙っていない。 
 
 
『誰に拾われたんだ? 拾った奴の顔は見たのか!?』 
 
『探し回って、何とか見つけました。金髪の男性と、黒髪の女性の方です!』 
 
『か、鞄の中身を、別々に拾われたのかよ……』 
 
 
 俺が居なくなってよほど焦ったのか、別れて捜索したらしい。自分勝手な男とは、荷物まで自由気ままに行動するらしい。 
 
呼吸器を取り外しているので正直辛いが、何とか上半身を起こす。どうやら、大人しく寝ている場合ではなさそうだ。 
 
ミヤに拾い主の特徴を、なるべく丁寧に説明させる。幸いにも二人は美男美女で、人目を引く容姿だったらしい。 
 
 
一つ一つ特徴を上げるに従って――老人が、顔色を変えていく。カーミラまで、驚きの声を上げた。 
 
 
『そ、それは、間違いないのかね!?』 
 
『なんだ、爺さん。誰か、知っているのか?』 
 
  
"……カミーユ・オードランと、ヴァイオラ・ルーズヴェルト―― 
 
『フランスの貴公子』と、『イギリスの妖精』。お前が逢いたがっていた、夜の一族よ" 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……くそっ、これも血のお導きって奴なのか……? どういう偶然なんだよ、一体」 
 
「素直に事情を話して返してもらいましょう、リョウスケ」 
 
「それだけで済めばいいけどな――久遠の正体とか、本の中身とか、ばれるとやばいだろう。 
お前の話だと、二人共久遠や本を大事にしているのだろう? 秘書や警備員を通じての伝言ゲームじゃ、埒があかない。 
 
肌身離さず持っているのならば、本人と直接交渉するしかな――っ!」 
 
「リョ、リョウスケ、ち、血を吐いて……!? ミヤが絶対に取り戻しますから、リョウスケは休んで――」 
 
「だ、駄目だ、俺が責任をもって取り返す。久遠も彼女も、何度も俺を助けてくれた。 
那美も、守護騎士達も、俺を信用して――大切なモノを、預けてくれた。 
 
俺はもう、他人を裏切りたくない。そして今度こそ、誰かの期待に応えたいんだ」 
 
「……リョウスケ……」 
 
 
 満身創痍の俺と、意気消沈するミヤ。久しぶりのコンビで、俺達は心身共にギリギリの状態で動いている。 
 
豪華絢爛かつ、厳重警戒の会場。出席者は、世界中から集まった上流階級者達ばかり。 
 
 
会議が行われるこの時期に、イギリスとフランスが主催のパーティ――絶対に、何かが起こる。 
 
  
今宵、ヨーロッパの歴史が動き出そうとしていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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