とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第十五話
                               
                                
	
  
 
 特別な人間になりたかった。剣による天下一を目指したのも、この広い世界で唯一の人間となるのを望んでいたからだ。 
 
何も無いからこそ、何かを求める。最近気付いたと思っていたが、案外昔から己の凡庸さを薄々察していたかもしれない。 
 
今の状況もそうだ。物語の英雄ならば、映画のヒーローならば、アニメの主人公ならば、カッコよく悪を倒せていただろう。 
 
 
特別でも何でもない俺は今――死にかけている。 
 
 
出血が酷い。ブチギレて自身を省みずに無茶したツケが全て、自分に返って来ている。濃厚な血の匂いに吐き気がする。 
 
怪我が酷いのは利き腕と、頭蓋。吸血鬼との戦いで陳列棚をぶつけられ、皮膚が裂かれてピンク色の肉が剥き出しになっている。 
 
逆上せ上がった頭が痛みを麻痺されているが、状況が落ち着けば真っ先に倒れるだろう。 
 
助かるかどうかも、分からない。 
 
 
(応援が来るまで、残り五分……敵の言いなりになれば、死ぬだけだ。何か策を練らないと) 
 
 
 魔法も確かに手強かったが、銃や爆弾といった近代兵器の前では剣は無力だった。正面からでは、戦う事も出来ない。 
 
剣は相手に接近する必要があるが、銃は離れていても相手を倒せる。攻撃の速度も早く、当たればダメージも大きい。 
 
今の時代、剣は廃れて銃が使用されている。剣一本では、戦局が覆せないのだ。少なくとも、俺には。 
 
 
「早く出てコイ、このガキの頭を吹き飛ばすゾ」 
 
 
 銃を持った男達がロシア人の少女を取り囲み、銃を突きつけている。偉そうに命令するのは、サッカーボールの少年。 
 
ボールを取られて泣いていたガキが、このテロ紛いの主犯格? 信じ難い事実、見た目に簡単に騙された俺の迂闊さを悔やむ。 
 
降伏勧告、狙いは俺が助け出したアメリカの富豪の娘。人質交換を装っているが、皆殺しにするつもりだろう。 
 
万が一逃げられるのを恐れて、人質を取っている。街中での爆弾事件、警察だの何だのが山ほど飛んで来るだろう。 
 
その前に全員殺して、逃走する腹積もり。となれば、悠長な時間稼ぎも出来そうにない。 
 
一刻も早く、決断しなければならない。一体、どちらを選ぶのか? 
 
 
自分か、それとも――「ウサギ、にげていいよー」――え……? 
 
 
「……何を言ってる」 
 
「一人で、ぜーんぜん大丈夫。ウサギなんだから、さっさと逃げちゃいなさい」 
 
 
 チンピラに囲まれた神咲那美と、同じ言葉。違うのは、俺を思い遣ってではないという事。 
 
クリスチーナは自分一人で何とかなると、本気で思っている。俺の実力ではどうにもならないと、分かっている。 
 
巫女とマフィアでは、存在そのものがまるで異なる。一人で戦い続けた少女に、人情なんてありはしなかった。 
 
 
「黙レ」 
 
「――ふん」 
 
 
 少年に頬を叩かれても、不敵に笑っている。ロシアの闇で育った女の子に、恐怖心なんてない。 
 
あの子が逃げろと言った以上、仕事は終わりだ。護衛する必要もないのだから、俺の自由にやらせてもらおう。 
 
こんな事、別に悩む必要はないのだ。海鳴を出ようと決めた時に、俺は腹を括ったのだから。 
 
 
炎上する店の隣を見る、さっき中を覗いた時に――あった、あれを使えば! 
 
 
奴らに見つからないように物陰から出て店内へ飛び込み、店の買い物袋を掴んでそれを中に入れた。 
 
利き腕に剣を持ち、買い物袋はもう一方の手に。手から血が流れて多少袋が汚れてしまうが、仕方がない。 
 
後は――物陰に隠れて震えているアメリカ人の女の子に、セルフィとの文通で学んだ簡単な英語で話しかける。 
 
 
『あんたに頼みたい事がある』 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
  
 
 
 
 
  
「ウサギは臆病だから、すぐ逃げちゃうんだよ――残念だったね、"龍"」 
 
「キサマこそ女の皮を被った薄汚い狂人だろう、"殺人姫"。ボルドィレフとの密約が無ければ、殺してやったのに』 
 
「……黙れ」 
 
「オマエの親や姉、同じマフィアからも疎まれているのは分かっているダロ?」 
 
「黙れと言って――」 
 
「ニゲタ? オマエを見捨てたんだよ、あの護衛は。狂ったお前と一緒にいるのは嫌で、捨てたんダヨ。みーんな、お前が大嫌いなんダ!」 
 
「……っ……うるさい!!」 
 
 
「オマエを助ける人間なんてこの世に――バカなっ!?」 
 
「……? えっ――な、何で!?」 
 
 
 
「大人しく出て来てやったのに何で驚くんだ、お前ら」 
 
 
 
 炎上する高級ショッピングモール、血臭と黒煙に染まる戦場―― 
 
暗躍するテロリスト達を前に、剣一本に買い物袋をぶら下げて、俺は物陰から大人しく出てきてやった。 
 
早速と言うべきか、男達数人が俺に銃を向ける。実に手慣れた仕事、少しでも不審な行動に出れば即撃たれる。 
 
銃を向けられるのは、これで何度目か。映画と現実では恐怖感が段違いだ。何度経験しても慣れない。 
 
生死をかけた綱渡り。少しでも押されたら、地獄へ転落してしまう。嘘のように、汗が出てくる。 
 
 
「ど、どうして出てきたの!? 殺されるのに!」 
 
「お前を守るのが、俺の仕事だ」 
 
「逃げていいと、言ったよね!?」 
 
「お前が良くても、俺が困る。一度決めた事は、最後までやり遂げる」 
 
 
 これまで人助けを嫌がっていたのは、面倒だったからだ。自分が大事、ではなく単に甘やかしていただけ。 
 
何とも笑える話だ。面倒だから逃げるなんて、ヒキコモリの腐った考え方でしかないというのに。 
 
どんなに大変でも、逃げ続けていては成長なんて望めない。子供でも分かる話だ。 
 
 
 
「それに、俺にはお前が必要だからな」 
 
「――!?」 
 
 
 
 こいつを斬って生き血を飲み、利き腕を治す。死体から飲み干すなんて悪趣味極まりない。生きていてもらわねば困る。 
 
もっとも、この状況から二人揃って生きて帰れたらの話だけど。生存確率は恐ろしく低い。策はあるが、相手はチンピラではないのだ。 
 
俺達の会話を聞いて、サッカボールの少年は高らかに笑い声を上げる。嫌みたらしく、拍手までして。 
 
 
「感動的、実に感動的ダヨ。日本人というのは本当に、偽善がお好きダ」 
 
「理解不能だろう? お前、友達もいなさそうだもんな。よく、他人をバカに出来るもんだ」 
 
「黙れヨ。連れていたアメリカ人はどうした?」 
 
「アメリカ人――それは、どっちの?」 
 
「くくく……カイザーも、キサマが連れていたのカ。探す手間が省けたよ、バカな日本人」 
 
 
 どうやらあのお坊ちゃんはまだ敵の手に落ちてはいないらしい。助けたのも、無駄にはならなかった。 
 
探すのは警察とかに任せるとして、今はこの状況をどうにかしなければならない。 
 
自分の立てた策に、他人の命までかかっているとなると緊張する。 
 
 
クロノやリンディ、エイミィ達はこんな重さを背負って戦っているのか―― 
 
 
「馬鹿はお前だよ。あんな丸分かりの爆弾を用意しやがって。プロにはお見通しだ」 
 
「キサマが、プロだと……?」 
 
「こう見えて、爆弾は得意分野だ。手持ちの道具と時間があれば、簡単に作れる。ほれ、この通り」 
 
 
 少年が若干目を見張り、男達が色めき立つ。ぶら下げている袋の中身を、俺の言動から察したのだろう。 
 
ほんの少しの警戒心、俺がド素人なんてプロから見れば簡単に分かる。爆弾なんて、作れるはずがないと。 
 
そして、プロだからこそあらゆる可能性を模索する。男達は、銃の引鉄を―― 
 
 
『――、――!!』 
 
「! 警察だと!?」 
 
 
"あんたに頼みたい事がある――こういう風に俺が買い物袋を掲げたら、警察を連れてきたフリをしてくれ" 
 
 
 アメリカ人の少女が、物陰から指示通りに英語で叫ぶ。単なるお芝居、気を引くためだけの演出。 
 
この程度でプロは騙せない。だけど、無視も出来ない。一瞬、隙が生まれるだけ。 
 
刹那の瞬間――買い物袋から出したサッカーボールを、全力で蹴った。 
 
 
「今だ!」 
 
 
 普通ならボールを蹴られても、ビクともしない。だがサッカーボールを爆弾に偽装した連中ならば、話は別だ。 
 
スポーツ用品が隣の店で売られていたのは幸運だった。同じ色と形のサッカボールならば、相手を騙せる。 
 
爆弾の専門家という嘘と、サッカボールのフェイク。一つでは通じないが、二つならば相手の足元を崩せる。 
 
男達は顔色を変え、少年は取り乱して、迫り来るボールから逃げてしまう。 
 
 
一国を震え上がらせる、マフィアを残して――少女には、ニタリと哂った。 
 
 
ドレスを翻して、背中を向けた男の首筋に手刀を突き立てる。悲鳴も上げずに男は沈み、持っていた銃を取り上げる。 
 
連中が気付いて振り返るが、既に遅い。クリスチーナは発砲、手足を撃ち抜かれてテロリスト達は沈黙。 
 
少年は怒りに顔を染めて、ナイフを振りかざす。少女は腰を沈めて、踵を鳴らし――えっ……? 
 
  
爪先から力を練り上げて足を振り――少年を、斬り裂いた。 
  
 
「う、嘘だ……一度見ただけで、断空剣を……!?」 
 
 
 正確に言えば、俺の断空剣とは少し違う。少女の柔らかな足は相手を斬るのではなく、裂いたのだ。 
 
剣ではなく、ムチのような足技。肉を斬るのではなく、皮膚を裂く。敵を殺すのではなく、苦しめる技。 
 
俺の断空剣を、自分なりにアレンジした。俺はまだ完成していないのに――あいつは、もう自分のものにしたのだ。 
 
 
血を流して倒れる少年を足蹴にして――クリスチーナは満面の笑みを浮かべて、俺に抱きついた。 
 
 
「ウサギ、クリスを助けてくれてありがとう!」 
 
「……お前、さっきの技」 
 
「クリスの事が、そんなに大事!? 大切なんだよね! ね! 
あはは、クリスもこれからウサギの事大事にしてあげる。いっぱい、可愛がってあげるから!」 
 
「あーもう、どうでも――」 
 
 
 ――地面に倒れている少年が、こっちに銃を向けている。炎上する店の窓ガラスが割れて、悪魔が飛び出してくる。 
 
テロリストと、吸血鬼。猛烈な悪意。容赦のない憎悪。二つの殺意が牙を向いて、襲いかかってきた。 
 
 
俺の身体は一つ、そして意思も一つ――無邪気な少女を、守る事。 
 
 
咄嗟にクリスチーナを突き飛ばして、剣を振るう。最後の最後まで、この身体はちゃんと役目を果たしてくれた。 
 
剣と盾、二つの役割を見事に。 
 
  
吸血鬼を斬り――胸に弾丸が突き刺さって、俺は崩れ落ちる。 
 
 
 
やはり俺は、特別な人間ではなかった。 
 
物語の主人公のように、命の安全は保証されていない。 
 
 
 
桜の枝は、折れて――ドイツの地に、真っ赤な花びらを咲かせた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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