とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十八話
映画を見て終わる一日というのは、実に贅沢だと思う。有意義かどうかは別にして。
美しい映像と迫力あるサウンドで満たされたシアターから出ると、夢から覚めた気分にさせられる。
穏やかな朝陽が雄大な夕陽に変わっている――金があれば、自由な時間さえも買えてしまう。恐るべき力だ。
「どうだった、ノエル。自分の希望した映画を見た感想は?」
「結末は途中から予想出来ましたが、よく出来た話だったと思います。
私の希望を聞いて下さってありがとうございました、宮本様」
吸血鬼と人間の恋愛映画、意外にも強く希望したのはノエルだった。
女性なので恋愛物が好きなのは当然だろうけど、望んだ人間はノエル・K・エーアリヒカイト、大金持ちの御嬢様専属のメイド。
職務に忠実な美女に娯楽は無縁とばかり思ったのだが、映画はよく観るとの事。他人とはつくづく分からない。
「宮本様は、どのような感想を持たれましたか?」
「うーん……特に、何も感じなかったな。所詮映画の中の、他人の恋の話だしよ」
「――吸血鬼と人間の恋愛など、虚構でしかないと?」
「お芝居だしな、実際。ただ――種族が違うとか、生きる世界が違うとか、そんなもの関係ないさ。
吸血鬼だろうと、人間だろうと、いずれはくたばるのだ。早いか遅いかの、違いだけ。
変に思い込み過ぎなんだ、あいつらは。自分の想いだけを特別にすればいい。
人間であろうがなかろうが、惚れたのなら一緒に居ればいいだろう。
恋だの愛だのと最近安っぽくなっちまってるが――本当に相手を好きになれるなんて、一生に一度あるか無いかだと思うぜ。
我侭でちょうどいいんだよ」
「……はい」
一緒に映画を見たのが、ノエルでよかったぜ。月村や他の連中に、こんな自己主張聞かせたくねえ。
くそ……アリサに、プレシアめ。お前らと出逢ったせいで、熱く語っちまったじゃねえか。
幽霊だと――もう死んだ存在だと分かっていて、俺はアリサを助ける為にありったけの想いを籠めた。
次元世界が滅ぶと分かっていながら、プレシアは愛娘を助ける為に命懸けで奇跡を生み出そうとした。
全世界が非難しようと、俺はアリサやアリシアの第二の生を望んだ。その気持ちに、偽りは無い。
幽霊だろうが、大魔導師だろうが――世界を超えてなお、人間の想いは底知れないものがある。想い一つで奇跡だって起こせる。
俺の感想を聞いて笑うような女ではないと思っていたのに、
「――何だよ、そんな顔して」
「失礼しました」
俺に小さく微笑みかけるノエルに、戸惑ってしまう。
馬鹿にしている訳ではなさそうだが、嬉しそうにされる理由が分からない。恋愛なんぞ興味はねえけど、女に無関心では無いぞ。
吸血鬼との恋愛にロマンでも感じているのだろうか? 趣味とは奥深いものだ。
「お待たせ、良介。映画館の売店には売ってなかったわ、『エレン・コナーズ』の音楽CD」
「役立たずなメイドめ。買い物も出来ないのか、ノエルを見習え」
「――むかっ。ちょっと待ってなさいよ、特急で買って来てやるから!
すずか、探すの手伝って。大音量でこころゆくまで聞かせてあげるわ」
「おい、妹さんを巻き添えに――!? ちっ、あの馬鹿。御主人様を無視しやがって」
憤慨した俺のメイドは、大事な護衛対象の手を無理やり引っ張ってショッピングフロアへ消えていった。
吸血鬼の映画は特に感銘を受けなかったが――不覚にも、流れた音楽に感動させられてしまった。
平凡で平和な毎日に萎える俺を、芯から熱くさせた歌声。小賢しい意思など無視して、脳が感情的に涙を流させた。
エンドロールに刻まれていた、歌姫の名前――『エレン・コナーズ』。
世界的に有名な歌手で幾つもの音楽CDを出していると、ノエルが教えてくれた。
この映画に流れていた曲は既に絶賛発売中と聞いて、アリサに早速音楽CDを買いに行かせたのだが――御覧の通りである。
「一生懸命ですね、アリサ様は。先日は、メイドとしての手解きを請われました。
宮本様に少しでも喜んで欲しくて頑張っておられるのですよ」
「……しょうがねえ、面倒だが迎えに行ってやるか。ノエルは背中のライダーと、先に車に戻っていてくれ。
二人を見つけて、俺もすぐに行く。そろそろ学校が終わる時間帯だからな」
「承知致しました」
お気をつけて、とは言わない。俺は妹さんの護衛役、気遣いの言葉はむしろ侮辱となる。
配慮の行き届いた完璧なメイド――どれほど才能に恵まれても、アリサはまだ彼女には敵わない。
落第点なのは、そのノエルの妹であるファリン。怪人だと言われたのがよほどショックだったのか、完全に落ち込んでしまった。
仮面の奥でぐすぐす泣いているのが、聞こえる。反省しているのか、悔しいのか、今いち分からない。
ファリンを背負ったノエルを見送り、俺はショッピングフロアへと足を向ける。
映画館と併設された複合施設には、ファッションや雑貨、カフェやレストランなどのこだわりのお店が並んでいる。
平日でも人は多く、子供からお年寄りまでお買い物を楽しんでいた。観ているだけで、心が浮き立つ光景である。
明るい喧騒の中で、俺は一人考え事をしながら歩いていた。
仮面の英雄が放った、正義の言葉――命令を聞くだけだった怪人にどれほどの影響を与えたのか、後に知る事になるだろう。
主に悪影響を及ぼす人間の抹殺か、それとも世の正義に目覚めて悪を断つか。
いずれにせよ、穏やかならざる関係は続く。怪我を理由に戦わない剣士など、腑抜けだ。
剣の修行は硬く禁じられている。自分の身を信頼出来る医師に預けると決めた以上、誓いは果たさなければならない。
今の自分に何が出来るか――この仕事もまた修行の内だが、今日この日新しい道が見つかった。いや、思い出せた。
「音楽」だ。
自分が望むままに、自由気ままに振るう剣こそ俺らしいと思っていた。
他人から学ぶ剣に、意味などないと。礼儀作法に縛られた、不自由な剣など窮屈でしかないと哂っていた。
何度も負けて、徹底的に叩きのめされて――絶望の底で、希望の唄を思い出した。
純真無垢な子供時代に聞いた思い出の曲に祈り、俺はアリサを取り戻せた。
天然だが心優しき歌姫の歌が剣の奇跡を描き、大魔導師や怪人を討伐する事が出来た。
音色に耳を傾け、歌詞を心に刻み、リズムに合わせて剣を振る。一つの歌に、完成された剣の技がある。
心に流れる歌声に身を任せる――不自由でいて、自由。世界中の人間に与えられた、無限の可能性だ。
「最高の音楽を聴いて、腹の底から声を出して歌う。
こんな剣の修行をする人間なんて、異世界でもいないだろうな……本当、毒されちまったもんだ」
今日は贅沢に金を使ったが、稼いだ金はまだまだ残っている。音楽CDや携帯可能な音楽プレーヤーを買おう。
青空の下で名曲に耳を傾けて、自由に歩く。最高の贅沢に、今から心が浮き立つ。
フィアッセにも、もっと音楽を教えてもらおう。まだ分かっていない自分の剣が、ハッキリ見えてくるかもしれない。
自然に口元が緩んでくる。やはり俺は、どうしようもなく剣が好きらしい。他人を斬る道具が、愛しくてたまらない。
音楽という無限の可能性が加わればどうなるか――夢は膨らむばかりだった。
……夢、か……妹さんにも、そんなものがあるのかな……?
映画館での出来事を思い出す。覚えた感動のままに流した涙を、舐め取った少女。
暗闇の中、闇に沈んだ瞳で月村すずかは俺を見上げていた。他人の涙を口に含み、少女は何の感情も浮かべない。
熱い正義の雄姿にも、尊い男女の愛にも、月村すずかの心は震えない。ただ、時間だけが過ぎていくだけ。
月村すずかの存在は重要だと、綺堂は語っていた。しかしそれは、月村一族における話だ。
妹さんにどんな秘密があるのか知らないが、大人達の都合で持ち上げられても本人にとっては迷惑なだけだろう。
いや……迷惑とも、思わない。何も思わない。周囲に都合のいい様に振り回され、流されるままに生きている。
死にたい訳でもなく、生きる理由も無い。自殺願望は無いが、自分で生きる意思は無い。
月村一族から放り出されたら、そのまま餓死するだけ。まだ一日二日程度の付き合いだが、そう感じられた。
狙われている人間の態度ではない。俺が守る意味が、本当にあるのか……?
「――何度でも言ってやるわよ。あたしの大事な友達に手を出したら、許さないわよ!」
俺様が珍しく他人の事を考えてやっているのに、目障りな声が思考を切り裂いた。
没頭していた考え事を一旦脳にしまい込んで、前に目を向ける。実によく聞いた事のある声だった。
ショッピングフロアの大きなレコード店の前で、騒ぎが起きている。
「ヒュー、可愛い声上げちゃって。学校帰りの寄り道は、ママに叱られるぜ」
「ちょっと声かけただけじゃんか。どうせ、暇なんだろ?」
月村すずかを庇うように立つアリサに、男達が声をかけている。
中学か高校辺りの男子、三人。今時のファッションでカッコ良さを演出している。センスは割りといい。
剣道着の俺とは別の意味で、周囲に注目を集めるタイプ。学校の女子には人気が高そうだ。生意気な態度でも、女心をくすぐる。
小学生のガキに声をかけるあいつらの嗜好を疑――いかけて、思い直す。
俺とのデートの為に可愛い服装を着たアリサ、素材の良さを惹き立ててとびっきりの美少女に仕上がっている。
美しい黒のドレスのすずかは気品があり、倒錯的な美を感じさせる。
多少の年齢の差を無視出来る、綺麗な少女達。反抗的な態度が、逆に嗜虐をそそるのかも知れない。
「しつこいわね! いい加減にしないと――」
「――しないと、どうだって言うんだ? 震えているぜ、お嬢さん」
「あはははは、本当だ。かっわいいー!」
「……っ!」
震えている? またまたご冗談を――と言い掛けて、目を剥いた。
屈強な守護騎士達相手に、対等以上に渡り合うアリサが……遠目から分かるくらいに、身体を震わせていた。
自分でも自覚はあるのだろう。すずかを必死で庇いながら、手を握って震えを止めようとしている。
何だ、あいつ……? そんな幼稚なガキ共より、シグナムやヴィータの方がよっぽど――
"……繰り返し、何度も何度も、男達の欲望に汚されて……
……精の捌け口にされた、女の子は……?
綺麗な部分なんて何処にも無い、汚らしい女の子は……?"
"良介……良介……!!
怖かったよぉ……痛かったよぉ……寂しかったよぉ……"
"はやてがさっき言ってたでしょう。『良介とわたし』の部屋を、用意したって"
"まだ部屋は他にも空いてるだろ! そっちに移させてもらえよ"
"勘違いしてるようね。良介と一緒の部屋は、あたしが希望したの"
"……こら。何故、俺の部屋に二組の布団を敷いている?"
"昨晩雨の降る中、寂しい夜を過ごした御主人様を温めてあげようかと思ったの。
こんなに可愛いメイドが今晩も添い寝してあげるのよ。感謝しなさい"
「――てめえら、人様のメイドに何してやがる」
「良介!?」
唇を震わせていたアリサは、駆け寄る俺を見て表情を歓喜に染める。
アリサと男達の間に自ら足を踏み入れ、俺は自分のメイドを後ろへ下がらせた。
奮戦していたアリサも大人しく引き下がり、俺に寄り添う。
「おいおい、何だお前。部活動の帰りかよ」
「剣道着なんぞ着やがって、正義の剣士を気取って――うおっ!?」
素早く足払い。ガタガタうるさい男は悲鳴を上げて、横滑りする。
薄汚い戯れ言を大人しく聞いてやる義理は無い。
蹈鞴を踏む男に膝蹴り、見事に身体に突き刺さって男は今度こそ地面に転がった。
「てめえっ!」
仲間の負傷に拳を振り上げる男に一歩進み出て、頭突き一発。
勢いだけの拳は空振って、男は鼻を押さえて下がる。俺はそのまま迷わず、蹴り飛ばした。
倒れた仲間に積み重なって、男は悲鳴を上げて床に倒れる。
俺は三人目の男の胸倉を掴み、力任せに引き寄せる。
「……こ、この野郎、こんな事して、タダじゃ……ぐっ!?」
「どうなるってんだ? ハッキリ喋れよ」
「テ、テメエの顔、覚えた、ぞ――
お、俺らにはな、あの人が……ぐええええっ、よ、よせ、ぐるじ……!」
「運が良かったな。今、暴力沙汰は御法度なんだ。
五秒やる。こいつら連れて、すぐに消え失せろ。5、4、3、2――」
「く、くそ!?」
案外律儀に倒れた仲間を無理やり立たせて、男達はそのまま立ち去っていく。
時間にして、一分もかからずに勝利。鮮やかな幕切れに、周囲の客は動揺するばかり。
……命の危険を感じない喧嘩に、俺は拍子抜けした。物足りないというより、こんな簡単でいいのか疑問に思う。
自分より強い奴とばかり戦って来たせいか、簡単に片付くと自分の勝利を疑ってしまう。どんな人生を送っているのだ、俺は。
「大丈夫か、アリサ」
「あっ……う、うん……た、助けてくれて、ありがと……」
「俺はお前の主人だから、当然だ」
気負いなく言ってやると、アリサは瞳を潤ませて何度も何度も頷いた。頬を染めて、俺を見上げている。
……何で気付かなかったのだ、俺は。こいつの心の傷に、触れたのに。
第二の人生を、幸せに過ごしている? 大馬鹿野郎だ、俺は。
アリサは今でも、悪夢に怯えている。
今が幸せだからこそ、また不幸が訪れないか不安になっている。
毎日一生懸命なのも、俺に心から尽くしているのも、幸福が壊れないように必死なのだ。
毎日が明るく染まるほどに、夜の静けさに震えてしまう。
目を覚ませば、暗い廃墟で一人ぼっち――夢から覚める事に恐怖して、毎日俺の寝床に潜り込む。
俺という存在が、アリサにとっての現実。
温もりを感じ、存在を確かめて、ようやく安心する事が出来る。
新しい生活の中で、ちょっとした事に出ていたのに気付いてやれなかった――己の愚鈍さに歯噛みする。
「……妹さんも、大丈夫か?」
「はい、剣士さん」
そんな俺が、感情も出さない子供の心なんて分かる筈が無い。
俺が成長しない限り、この少女と分かり合える日は絶対に来ないだろう。
他人ならば、それでもいい。他人でなくなれば、一体どうなる――?
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて。
あの娘達のように、この少女の心も切り裂いてしまう事になる。自分の身勝手な、剣で。
ボディーガード……俺に務まるのだろうか?
他人を守る事の難しさを、痛感する。
素直な気持ちで他人を守れる高町の連中を、改めて羨ましく思った。正しさではなく、正しさを行える強さを。
<続く>
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