とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三十七話







 暗き雲が煌く星を隠した空の下、闇夜に包まれたこの場所は存在感が欠落していた。

静かで寂しい雨が振り続けるだけで、人の温もりはおろか虫でさえも、その存在を感じる事は出来ない。

廃墟――生き物の住処としての機能は失われ、滅び行く為だけに遺されている。

閉ざされた世界の中で、誰にも知られない死闘が繰り広げられていた。


「――」


 高級感と上品な雰囲気のあるテーブルクロスを身に纏い、怪人は攻撃を仕掛ける。

一歩一歩の足取りは丁寧でいて大胆、そして何よりも速い。

俺への殺意のみを乗せた純然たる拳が、俺に向かって一直線に解き放たれる。

布越しの小さな拳――決めてかかったその瞬間、拳は身体を突き破るだろう。


「力任せの攻撃で俺は殺せないと、言っている!」


 剣は手で振る武器だが、剣道の基本は上ではなく下――下半身が要。命懸けの戦いで得た教訓。

人生を剣に捧げた狂気の師範、天才魔法少女の使い魔アルフ、要塞の門番巨人兵、そして大魔導師プレシア・テスタロッサ。

見栄えを重視した小手先の剣など、本物の強者達の前には無意味だった。地に足をつけて戦わねば、命すら吹き飛ばされる。

足腰袋から抜き放った竹刀の柄で押さえ、上段から竹の刃を振り下ろす。


「っ――!」

「撥水加工のテーブルクロスとはいえ……よくそれだけ動けるな」


 剣は空を切ったと悟った時には、既に怪人は間合いの外に在った。

後の先を取られたのなら更なる一撃を加えている、単純に俺の攻撃を見て後ろに下がったのだろう。

徒手空拳だった前回の戦いに比べ、俺は剣を持って戦っている。その差を警戒している。

だが、相手に恐怖は微塵も感じられない。無感情な殺意だけが、俺に向けられている。


「お前が俺を殺そうとする理由は何だ。ノエルや月村に何か吹き込まれたのか?

!? 人の話を――」


 水飛沫が跳ねる。テーブルクロスの怪人が宙に駆け上がった。

墨色の背景に真っ白な布が舞い、空気の流れに合わせるように、しなやかな蹴りが俺の頭蓋を狙う。

小さな体格でずば抜けた身体能力、間合いなぞ物ともしていない。


「――聞かない奴だな!!」


 後ろに逃げれば体勢が崩れる。袈裟斬の要領で怪人の足を打ち――滑った!?

怪人の体裁きか、高級テーブルクロスの加工か、竹刀は若干空滑りして威力を損ねる。

襲撃者である少女は右手を握り、裏拳として俺の頬を殴り飛ばした。

不安定な体勢からの一撃――中空からの迎撃であるにも関わらず、眼球がへしゃげて生暖かい雫が飛び散る。


「何処から、こんな力……ゴハッ!?」


 拳と脚が同時に突き出される。威力そのものは分散されたが、当てられて体勢を崩れてしまう。

怪人の半身が勢いよく回転――上段回し蹴りが連打で決まり、唾と血を吐き散らして地面に転がされる。

蹴りによる衝撃と倒れた時の反動で息が詰まるが、咳一つ満足にする猶予は与えられない。


夜空より垂直に降下する、テーブルクロスの怪人――


転がされた反動を利用して、身体を起こす。墜落した少女の肘が、俺の顔があった位置に突き刺さる。

下は雨でぬかるんでいるとはいえ、敷き詰められた堅い地面。肘は冗談のように、地面にめり込んでいた。

驚愕は好敵手には賞賛になり得ても、殺人者には絶好の隙となる。俺は歯を食い縛って、意識を切り替える。

痛みを押し殺して駆け足、地面に寝転がる怪人を全力で蹴り上げた。


「な、んだと――!?」


 目を見張る。先ほど偉そうに御高説を垂れた自分自身が、目の前の常識外に目を奪われてしまった。

テーブルクロスを舞わせて、怪人はその場で回転――俺の脚に飛び乗り・・・・、一瞬の足場を確保する。

時間など与えなかった。攻撃が不発に終わった瞬間を狙った。なのに、もう反応している。

身体能力だけの話ではない。

無意識による反射と、身体の動きが完全に・・・繋がっている。コンピューターかロボットのように!?

そんな事がありえ――ガッ!?

膝で顎をすくい上げるように打たれ、形容しがたい浮遊感に襲われる。

足元がフラついて何とか踏みとどまろうとするが、力が入らない。ガクガクと、それこそ無意識に震えるばかり。


眼前に拳が迫っても――俺は――何も――出来なかっ――!!


ゆっくりと柔らかい何かに沈んでいくような、感覚。痛みは感じなかった。

テーブルクロスの怪人は、ゆっくりと大地に降り立つ。血に染まった拳を拭って。

手で顔は確認しなかった。酷い事になっているのは分かっている。

ぼんやりと、ミヤ達に治してもらった鼻が潰れたのだと……ただそれだけを思った。

鬱陶しいくらいに感じた雨の匂いは――血に染まり、消えていく……


「ハァ、ハァ……」


 身体の力が入らないだけでなく、焦点が定まらずに視界がボヤけていく。

底なしの沼に嵌ったかのように、足元から闇が深く侵入してくる。

気を抜けば自分の指先すらおぼつかず、全ては静かに夜の中に沈んでいた。

――空に光る月はなく、人里離れた廃墟には人の温もりも何も感じられない。夜明けはどこまでも遠い。


俺は……立っていた。剣を持ち、何の理由もなく、ただ――立ち尽くしていた。


「――」


 感情も何もかもを隠す、白一色の衣。

肢体は覆い隠されてしまったまま、薄布が少女に張り付いている。

秘すべきものを何もかも隠しながら、テーブルクロスの怪人は俺と向き合っている。

戦意は消えていない。ただ、まだ立っている俺に少々怪訝に思っているようだ。


癒えない傷に、新しい怪我――完全に戻っていない体力、痛みの残る身体。完全には見えていない、強くなる理由。


ボヤけていた視界のほとんどが、黒で覆われている。痛みに喘ぐ心が、弱音を吐いている。

どうにか目を見開こうとするが難しく、潰れた顔を無理やり動かして……笑ってやった。


「綺堂さくらがお前を探していたぞ、このごく潰し。家族に迷惑をかけんな」

「……っ!!」


 どの口が偉そうに言うのか。湖の騎士シャマルの軽蔑した顔を思い出す。

はやてを悲しませるだけの男か――確かにそうかもしれないな……

テーブルクロスの怪人は屈み、地面に身を沈める。攻撃態勢を整えた虎のように。


人間砲台。驚異的な身体能力が可能とする、人体を砲弾とする技。


普通の人間がやれば単なる体当たりでも、あの怪人の実力で突撃すれば魔弾と化す。

回避は距離的にも、体力的にも不可能。迎撃しか――ない。力の入らない腕で竹刀を持ち、構える。

付け焼き刃であることは承知の上。叶わぬ事も分かっている。


必ず生きて帰る――その意思だけを乗せて、俺はこの恐るべき怪人と戦う。





「"ファイエル"」





 音が――消失する。

数秒と待たない間に、目に見えるものは何もなくなってしまう。

先程まで涼しげに鼓膜を揺らしていた雨音どころか、何も聞こえなくなった。

残されたのは、結果のみ。


「がは……っ!」


   ダンプカーとの衝突――頭上へと高く吹き飛ばされ、視界の上下を逆転させられる。

半ば割れたガラスをぶち破り、薄汚れたコンクリートの壁に激突。

衝撃が頭蓋を通り抜け、柔らかい脳みそをグチャグチャに揺らしている。


背後にそびえる廃墟の中までぶっ飛ばされた――現状を認識したところで、意味はない。


「……ぐ……がっ……」


 あまりの激痛に声が出なかった。呻き声一つ出せず、肺が衝撃に圧迫されてヒューヒューとか細い息を吐くばかり。

剣を今だ握っているのは奇跡に近い。猛烈な吐き気に見舞われて、血と共に吐き出した。

ファリン・K・エーアリヒカイトの技。必ず殺すと書いて、"必殺"。

こんな一撃を……ヴィータは、受け止めた、のか……信じられ、ない――

世界はどれほど、不平等なんだろう……俺は何処まで、弱いのだろう……


「……う、ぎっ……」


 酩酊する意識、朦朧とする視界の片隅で、怪人が無雑作に歩いてくるのが見える。

少女らしさのない力強い一撃を放ち、それでいてしなやかに動き回る肢体――

テーブルクロスに包まれた身体に、傷一つない。俺は何も出来ず、終わろうとしている。


……ふざ、けるな!


コンクリートの床に肘をついて、上半身を起こそうとする。踏ん張りが利かない、力が入らない。

敵が近付いてくるのが見える。声を張り上げようとするが、血泥の混じった咳しか出ない。

皮膚がズタズタに切れて、肉を血に染めて、骨が軋みを上げている。身体中が苦痛を訴えていた。

死ぬ、殺される……こんな、ところで!?


「……おれ、は――!」


 死ねない、死ぬ訳にはいかない! はやてに必ず帰ると約束したんだ!

フェイトやアルフも、一生懸命に罪を償っている。プレシアも必死で病魔と戦っている。

クロノも、エイミィも、リンディも、ユーノだって――異世界の理不尽と、今この時だって戦っているんだ。

そんな奴らと、また会う約束としたんだ! 此処で死ぬ訳にいかないんだ!


俺が死んだら、アリサが、ミヤが――アリシアが!!


「……うご、け……ぐうぅ……!」


 耳がおかしくなってきた。目も段々見えなくなってくる。

畜生、畜生、畜生……!

視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚――五感が急速に衰え、意識が閉ざされていく。

突き立てていた肘が滑り、汚らしい床に転がる。唇を強く噛み締めて、顔だけ起き上がろうとするが……不恰好でしかない。

心がどれほど生きようとしても、身体は既に死んでいた。


"主の害になる人間は極力排除するべきなのよ"


 この世界は御伽話の産物ではない、俺は物語の主人公でも正義の味方でもない。

冷めない悪夢の中で、亡者のようにもがく哀れな敗者でしかなかった。

気持ち一つで強くなれるのならば、誰も苦労はしない。少女は悠々と歩いて、俺に近付いて――





グチャッ





 ――不思議と、その音はよく聞こえた。その光景は、何よりもよく見えた。

暗闇に染まった世界の中で、残酷な光景だけが生々しく公開されていた。


ファリン・K・エーアリヒカイトが、俺の袋を踏んでいた。


彼女にとってはその辺に転がる石ころと同じなのだろう。

無雑作に踏んで、邪魔だといわんばかりに蹴り払おうとしている。



"良介、これ夜食のおにぎり。大急ぎで作ったんやけど、ちゃんとした形でほかほかや。
お弁当箱に入れておいたから、お腹空いたら食べて"

"温かいお茶も入れておきましたです。うふふ〜、喜んで下さい。
リョウスケの好きな日本茶なのですよー!"



八神はやてが作ってくれた弁当を。
ミヤが入れてくれた日本茶を。
騎士達と死神が存在する本を。


あの怪人は何の価値も見出さず、踏み付けにした。

はやての、ミヤの、守護騎士達の、彼女の心を踏み躙った――ゴミのように扱った!!


「ふふ……あははははははははは!! もう……いいや……」

「――!?」


 床に手をつき、身体を起こして俺は立ち上がった。

視界はクリアに、意識は明瞭に、剣を強く握り締めて歩き出す。

身体は死んだまま。警鐘を鳴らし続けているが、無視した。


「何でてめえが俺を殺そうとしているのか、もうどうでもいい。
恨まれようが、どう思われようが、俺の知った事じゃねえ。


ここから先は――もう仕事じゃない」


 半ば割れていた窓を完全に蹴破って、外へ飛び出す。

冷たい雨が痛んだ体を襲うが、焼け石に水でしかなかった。

俺の身体は、心は――脳髄に至るまで、一つの感情に支配されていたのだから。


「ファリン・K・エーアリヒカイト、お前を此処でぶっ殺す!」


 単純にして明確な怒り、その理由も分からぬままに俺は剣を振るう。

即座に間合いを詰めて上段から振り下ろす。怪人――ファリンは一瞬驚いた様子を見せるが、後方に下がる。

それでいい。単純な攻撃など通じない相手なのは分かっている。足をどけさせるだけでいい。


「……汚ねえ足で、全部台無しにしやがって……」


 回収した袋を持って、中身を一目確認。悲惨な有様になっていた。

米やお茶で汚された本を取り出して、袋と並べて隅に置いておいた。たとえ無残になっても、そのままには出来なかった。

その隙を狙って、ファリンが俺に攻撃を仕掛けてくる。


「てめえは、絶対に許さねえ!!」


 頑強な拳をギリギリで避けて、竹刀を繰り出す。右に避けるが対処は不完全で、少女の肩に炸裂して小気味良い音を立てる。

怪人は痛みを見せず、脇腹を狙って蹴り。気にせず懐に飛び込んで、頭突きを噛ませた。

額が割れて血が飛び出たが、相手も頭を押さえて蹲る。俺はそのまま、少女の顔面に当たる箇所に竹刀を打ち据えた。

今度こそ直撃――少女はその運動能力で即座に立ち上がるが、よろけている。


"馬鹿な……魔法を使っていない。魔力も上がっていない。身体は傷付き、むしろ弱っている。
なのに――"


 何か意思のようなものが届くが、放置した。真剣勝負に外野は関係ない。

ファリンが飛び込んで来るのを、俺は竹刀で返す。拳と剣の応酬――技も何もないぶつけ合いが、木霊する。

血飛沫が飛び、泥が飛び散り、ファリンを、俺を汚していく。遠慮のない攻撃だけが、お互いの明白な意思だった。

真っ直ぐに伸びる拳に、突きを全力で刺す。耳障りな音を立てて、布越しでも少女の指が奇妙に折れ曲がるのが見えた。

容赦なんて微塵もしない。逆袈で蹈鞴を踏ませ、右薙で胴を払った。

剣先がテーブルクロスを跳ね上げ、縺れるように少女は地面に派手に転がった。


"何故、剣の威力が増している!? 何故――強くなっている!?"


 そんなのは……正義の味方にでも聞いてくれ。優しさのない俺には、理解出来ない感情なのだから。 

カッコいい理由なんてありはしない。俺はただ、こいつが許せないだけなのだ。

割れた額に、潰れた鼻。真っ赤に染まった視界が、禍々しく敵を映し出している。


「立てよ。家族を大事に出来ない人間同士、ケリつけようじゃねえか。
ノエルには悪いが、お前はここで倒す!」



「お姉様の名前を――貴方が口にしないで下さい!!」



 初めて聞かされた、少女の意思の籠もった言葉。繊細でか細い、鈴の鳴るような美声――

少女の奏でる歌声は万人を虜にするであろう。そんな声で、少女は怜悧な憎悪を響かせる。

俺一人に向けて、鮮烈なまでに。


「はやてにミヤ、守護騎士達や彼女を踏み躙ったお前が言うな!」

"――っ!?"


 許せなかった。訳も分からず、許せなかった。

ミヤやはやてはともかく、俺はヴィータやシグナム、ザフィーラ――あろう事か、あの女の為に怒っている。

どいつも、こいつも、大嫌いな連中。この平和な時代に騎士などとぬかす、時代錯誤な馬鹿共。


「あいつらはな……俺やお前のようなロクデナシが、踏み躙っていい連中じゃねえんだよ!!」


 そして――俺より遥かに強い、他人達。

ジュエルシード事件で心の底から思い知った。広い世界を実感して、理解出来た。

強いというだけで、憧れる何かがあるのだと。強いとは、これほどまでに凄いのだと。


「落とし前はつけてやる……命懸けで来い、ファリン・K・エーアリヒカイト。
ノエルへのお前の気持ちは、自分の命もかけられないほど軟弱なのか!!」


 雨風が吹く。運命でも宿命でもなく、人間同士の身勝手な思いが乱を呼ぶ。

ファリンは言葉ではなく、行動で示した。匍匐体勢、スタートダッシュの構え――相手を殺す、その意思表示。

人間砲台、次に食らえば俺の命はないだろう。分かっていて、俺は前に出る。


俺は、あいつらの為に命はかけられない。所詮は他人、家族ではない。


けれど――自分の為ならば、幾らでも命を懸けられる。この身に宿る感情だけは、他の何でもない自分だけの想いなのだから。

気持ち一つで敵を倒せるほど、現実は甘くない。一つだけ、ならば。


アリサ、はやて、ミヤ、ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ――そして彼女。


気持ち一つで勝てないのならば、足せばいい。

一人ではない――それこそが家族のもっとも大切な価値なのだろう。そんな気がした。


俺は、独りじゃない。


「"ファイエル"」


 少女の姿は掻き消える――

常人の動体視力を超越した加速、音すらも置き去りとする速さは威力を生み出す。

目には見えない・・・・・・・



「"Adagio sostenuto"」



 斬、と。

斬撃音が鳴り響いた時には、勝負は決していた。

少女は宙を舞い――加速をそのままに、廃墟の壁に激突してそのまま滑り落ちる。

悲鳴一つ上げず、ファリンは地面に倒れ伏していた。もはや、意識はないだろう。


「月光の曲」第1楽章、"Adagio sostenuto"。


フィアッセに教わった有名なピアノ曲で、右手の三連符と左手の重厚なオクターヴが中心となる。

繊細なピアノの曲調を剣の流れに合わせ、昇華させた俺の剣技。

プレシアとの決戦で使用した技でまだまだ未完成だが、リズムさえ合えばこの通り綺麗に技は決まる。


「ハァ、ハァ……あの時も言ったぞ……力任せでは、俺には勝てないと」


 試合なら負けていた。この戦い、殺し合いだからこそ勝利できた。

戦いとはリズムであり、命のやり取りは音楽で表現出来る。人間砲台とて、例外ではない。

目で追うのではない、音を聞いて剣を振るタイミングを掴めばいい。

流れる雲を切る感覚――フィアッセ・クリステラの歌声に導かれて、俺は斬った。


俺の剣に極意は必要ない。想像力と実行力を結びつけ、無名無形の剣を振るっていく。


戦いが終わった瞬間、猛烈な眩暈が襲い掛かる。感情が静まるにつれて、感覚が蘇ってきた。

本来なら立つ事も叶わなかった。俺が最後まで戦えたのは――

俺は剣をぬかるんだ地面に突き刺し、身体を引き摺って元来た場所へ戻る。


先ほど踏み付けられた袋――その中から、壊れた弁当箱と水筒を取り出す。


"――美味いのか?"


 立てかけていた本より、声無き意思で静かに訊ねられた。俺は取り出したものを、まじまじと見つめる。

踏み荒らされたおにぎりは形が崩れ、泥で汚れて散々なものになっていた。乞食でも食べるのは躊躇うだろう。

水筒は完全にへこんでおり、吸口から雨水が入って明らかに変色している。

俺はそのままおにぎりをジャリジャリ齧り、生臭いお茶を啜る。

人間の温もりが何一つ感じれない、生ゴミに成り果てていた。真っ当な人間の食うものではない。

俺は顔をしかめて、言ってやった。





「美味いに決まってるだろう」


































































<続く>







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