とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十九話
「初めまして、ミヤと申します。
リョウスケがいつも御迷惑をおかけしていますです」
綺麗な蒼銀色の髪を垂らして、深々と頭を下げる妖精。
顔が若干緊張で強張っているが、空中でちょこんと御辞儀をする姿は愛らしい。
小粒な女の子が丁寧に自己紹介する姿を見て、麗しき艦長殿はいたく感銘を受けたようだ。
「まあ、可愛らしい娘ね。
迷惑どころか、貴方のマスターには随分私達も助けられているのよ」
「うう……そう言って頂けると安心出来ます。
今日はミヤが責任を持ってリョウスケを監督しますので、どうか安心して下さい」
「君より余程しっかりしているじゃないか、彼女」
「……あのチビ、この作戦が終わったら海へ投げ捨ててやる」
俺にしては珍しく、何事も無く今日という日を迎えられた。
全ジュエルシードの回収とプレシア・テスタロッサの確保――運命の日。
作戦決行日当日、事件関係者一同が海鳴町へと集合した。
集合場所はエイミィが補足した残り6個のジュエルシードが眠る場所、その海岸線沿い。
作戦総責任者であるリンディはアースラの艦長席より、作戦の動向を見守っている。
現場は優秀な執務官クロノ・ハラオウンが指揮を取る。
団体行動は苦手だが、単独で手に負える事件ではないので贅沢は言えない。
今日の成否で世界の命運が決まる作戦、全員完全武装で気を引き締めている。
俺も俺で今日という日の為に、色々準備はしてきた。
今までは予想だにしない出来事の連続で、ロクに準備も出来ず戦いを強制されたからな。
……本当、高町家を出てからと言うもの不運の連続だった。
ジュエルシードの暴走に使い魔アルフ、大魔導師プレシアに巨人兵――
これほどの強者達を相手に、実戦経験及び戦闘力皆無の俺が傘だの竹刀だの貧弱装備で戦わされたのだ。
大怪我して当然である。
よく生き残れたものだと、自分でも感心する。
だが今日は事前に話し合い、万全の準備をして迎える事が出来た。
俺は正式に時空管理局関係者に、八神はやてより借りているデバイスを紹介する。
御伽話より飛び出した可憐な妖精に、リンディやエイミィが黄色い歓声を上げた。
ミヤは俺には口煩い奴だが、外見も内面も純真無垢な女の子だ。
第一印象から毛嫌いする方が難しい。
――とはいえ、外見に騙されない御役人も当然居る訳で。
「事件の概要を事前に聞いていたので、大よその見当は付いていたが――融合型とは驚いた。
魔法の存在しない世界出身の君が、何故ユニゾンデバイスを持っている?」
――やはり有耶無耶には出来なかったか。
人に好かれやすい容姿と健気な性格は、生真面目な執務官の勤労精神を揺るがす事は出来なかった。
ミヤの詳細を話す事は、あの本について説明するのと同じ。
管理局との接触を何故か嫌っていた彼女をまた裏切ってしまう。
無駄だと思うが、疑問点をぼかしてみよう。
「確かにこの世界にデバイスなんぞないけど、何で興味なんか持つんだ?
なのはだってレイジングハートを持っているだろ」
「ユニゾンデバイスはインテリジェントデバイスと違い、数が少ない。
管理局職員でも融合適性を持つ者は殆どいないんだ。
融合型は術者に合わせた微調整や適合検査がデリケートで、融合事故の危険性も高い。
どうして君が所持している?
初心者が扱うには、ユニゾンデバイスは危険過ぎる」
――何だと……? 初耳だぞ。
異世界の女性陣と戯れるチビスケを睨む。俯く――おい、コラ。
初めてミヤと融合した時、想像を絶する痛みに襲われた。
脳髄を真っ白に染める衝撃と、骨の髄まで焦がす激痛に絶命寸前。
月村の血に助けられなければ死んでいただろう。
俺は例の本に強制干渉した反動だと思っていたのだが、元々融合は危険な行為であるようだ。
自分の中に異物を強制的に混ぜるのだから当然だが、厄介なデバイスらしい。
時空管理局員――その手のプロが使用を恐れる武器。
ただでさえ資質に大きく欠けている俺が、難易度の高いデバイスを使っているのだから運命とは皮肉だ。
なるほど、彼女が優れた主を選出するのも理解出来る。
クロノの疑問に、俺は予め用意していた答えを差し出した。
「なのはと同じだよ。ユーノから貰ったんだ。
ジュエルシード事件解決の為に」
「彼が君に……? 聞いた話では、君は事件には巻き込まれた形だったと記憶しているが」
「俺の拾ったジュエルシードが暴走した時、なのはが傍に居なくてな。
自力で暴走を止めるべく、俺が無理に頼んでユーノから借りたんだ」
「融合型デバイスの欠点である融合事故を、彼が考慮しないとは思えない。
君に適性が無ければ、新たな暴走が生み出されていたんだぞ」
「ユーノ一人では抑えられなかったんだ、仕方ないだろ。
その場に居た俺も死に掛けたんだ。勘弁してくれよ」
……ちなみに俺にも適性はないよ、ブラックボーイ。
ミヤのサポートと月村の血の賜物だが、俺も明確に把握していないので黙っておく。
たまたまで済めば安いものだった。
疑惑に満ちたクロノの強い視線に、正面から向かい合う。
ハッタリだからこそ、堂々とせねば。
「……そもそも彼はどうしてユニゾンデバイスを所有している?」
「ユーノの一族は遺跡の調査、発掘を生業としている。
ユーノ自身も考古学者の卵で探索に出ては、珍しいモンを掘り出したそうだぜ。
忘れた訳じゃないだろ? ジュエルシードを発見したのもユーノだ」
「……それは、そうだが……
ならば、彼女は古の建築物に封印されていたのか?」
「その辺の解釈はユーノ先生に聞いてくれ。俺はただ借りただけだ」
頑張ってくれ、魔法教授。後は貴方の得意分野だ。
異世界の事情や法律、魔法に関する知識が無い以上これ以上の説明は出来ない。
苦しい言い訳なのは百も承知だが、作戦にミヤを参加させる以上仕方なかった。
なのはやフェイトはともかく、時空管理局との接触はミヤや彼女にとって禁忌。
管理局側から疑問視される可能性を考慮して、俺は事前にユーノに相談していた。
こうして執務官相手に嘘八百並べられるのも、ユーノが質問内容を想定してくれたお陰だ。
正直、ここまで追求されるとは思わなかった。
ユニゾンデバイスについて知らなかったし――って、待てよ。
(……あの野郎、俺を困らせるつもりだったな……!)
融合型デバイスの危険性を、博学な透明人間が知らない筈が無い。
俺からの一方的な御願いを、嫌がりつつも事情も聞かずに承諾してくれた理由がようやく分かった。
肝心の作戦決行日にさえ姿を見せない先生様に歯軋りする。
確かに捏造の解釈をユーノに丸投げしたけど、こんな報復はド素人にはあんまりだろう。
基本的にいい奴なのだが、俺に対して妙に悪戯めいた真似をするよな……あいつって。
――ミヤが生まれた経緯や本が起こした現象について、はやての家でユーノも実際に見ている。
ユーノ本人は時空管理局に話さない事に、最初は難しい顔を見せた。
当然だと思う。
主のはやても俺も、あの本に関して詳しい内容は知らないのだ。
俺の世界でも危険物取り扱いには免許が必要。
本当に危険かどうか判断も出来ないが、管理局との関係を執拗に拒む彼女達の態度は怪しい。
後ろめたい何かがあると、どうしても勘ぐってしまう。
結局俺の贔屓目でミヤや彼女を庇っているだけ、この判断は今度もきっと悩まされる。
その辺を含めて、魔法や法律に詳しい先生への相談は必要だった。
必死で頼み込んだ結果、何かあれば第一に報告する約束を条件に渋々折れてくれた。
この件に関しては、事件が終わった後も話し合いは不可欠。
法術や魔法の古書、ユニゾンデバイス――後日ユーノの一族と会う必要も出てくるかもしれないらしい。
とんだ異世界旅行である。
――それはともかく、クロノを最低限でも納得させる必要がある。
世界の危機に関わる事件だ、不確定要素を作戦に組み込めないのはクロノの立場上当然と言える。
民間人の俺が説得役として作戦に参加出来ているだけでも、彼らの温情のお陰だからな。
クロノは溜息一つ吐いて、ユーノに説明を求めた。
俺はその間、自己紹介を終えた母親達の元へ顔を出す。
「リョウスケ、話は聞きましたよ!?
駄目じゃないですか、女性に暴力を振るうなんて!」
「……喋ったのは貴様か、ゴリラ」
『この顔の腫れ、誰の仕業か聞かれたから答えただけよ』
空間モニターの向こう側で、エイミィは頬のガーゼを擦る。
痛々しい怪我なのだが、本人は会心の笑みを浮かべていた。
くそ、動物の分際で人間様をチクるとは。
「俺はこの女に椅子で頭を殴られたんだぞ! 見ろ、この包帯!」
「リョウスケが先に暴れたとも聞きましたよ!
女の人の顔を殴るなんて最低です! エイミィさんに謝りなさいです!」
『――だってさ。一回でいいよ、頭下げてくれれば』
「お前に謝るくらいなら、ミジンコに土下座した方がマシだ!」
はやてや那美には誠意を込めて謝れたのだが、この女にだけは自分に非があっても頭なんぞ下げられない。
きっと生まれた瞬間から、この女は俺の敵になる運命だったに違いない。
心も、身体も、拒否反応が全力全開で放射される。
向こうにしてもそれは同じで、俺を屈服させようと先程から意地悪な目を向けている。
ミヤを挟んで、お互いに牽制し合っていると、
「まだ包帯が取れていないのね。……怪我は大丈夫?」
淀んだ空気を洗い流す労りの言葉を向けてくれる女性。
エイミィは謝罪させるタイミングを失って、渋々顔を引っ込める。
……リンディの言葉に、説教を忘れて心配そうな顔をするミヤは良い子の見本だった。
俺は自分で食い千切った腕を撫でる。
「今日まで病院で大人しくしてたから平気だ。
今日の外出に、医者が大袈裟に手当てしただけ。
新しい怪我を一つでも増やしたら、二度と病院を出しませんと念押しされた」
俺の自己申告に白衣の天使の顔が浮かんだのか、リンディは頬を緩ませた。
――今日の自分は、病院用の外出着を着用。
男性用の着物に近い紺の和服で、長着に小さな帯を締めている。
実に動き易くて機能性も高いが、消毒臭い感じがするのは入院患者の錯覚だろうか?
プレシア宮殿で暴れた時の黒の上下は、血と泥と煤で汚れて見事に廃棄処分となった。
新しい服を買う余裕は無く、フィリスに相談したのが失敗だったかもしれない。
今にして思えば背丈はほぼ同じなのだから、恭也の服を借りればよかったじゃねえか。
似合うとフィリスに絶賛されたが、少しも嬉しくない。
靴だけは無事だったのだが、履いていると変に違和感を感じる。
……和服は好きなんだよ、これでも。
ただ患者用って所に引っ掛かりが――もう手遅れか。
紺の和服に、懐の短刀――俺は伝統映画のヤクザか。
クロノ達が何も言わないのは多分、宇宙戦艦に和を取り入れた美人艦長に妙な影響を受けているからだろう。
反響が怖いので、俺はそれ以上踏み込まない。
「……リョウスケ君。貴方の役目はプレシア・テスタロッサの説得よ。
くれぐれも彼女を刺激しないで。
貴方にもしもの事があれば、フィリス先生に顔向け出来ないわ。
あの人は心から、貴方を心配しているのよ」
プレシアへの説得材料は用意しているし、言いたい事も頭の中でまとめている。
無理はしないと、断言出来ない。
愛する我が娘を失った彼女から――俺は最後の希望を奪うのだから。
「……戦うつもりは無い。
あんた達の前に、プレシアを必ず連れて来る。
フィリスと同じく、アンタとも約束するよ」
これが答えを選び間違え続けた俺が、最後に選んだ選択。
進む道は限りなく困難、重傷を負った俺にこのハードルは高過ぎる。
傷一つ負わずに勝てた試しは、一度も無い。
確信はある。
俺の身体が、月村の血が、那美の魂が――訴えかけている。
――次に、深手を負えば死ぬ。
正しいのか間違えているのか、事件の結末で明らかにしよう。
リンディは静かに頷いた。
「分かりました。貴方を、信じます。
ジュエルシードの事は何も心配しなくていいわ。
私達が貴方を信じたように――私達の事を、信じて欲しい」
他人を信じる、尊い精神より生まれる信頼。
ここで素直に頷く事が出来れば、俺はどれほど救われるだろうか。
多くの部下と息子に信頼を受ける女性に、俺は……背中を向けた。
「どっちみち、あんた達を気にする余裕はねえよ。
俺は、俺の仕事を全力で果たすしかない」
リンディ達を心から信頼していても、その気持ちを口には出せない。
意地か、見栄か――それとも他の何かか、俺には分からない。
他人に感謝する事を学び、時には申し訳なく思う心を持てても、信頼だけは受け取れなかった。
人の心は万華鏡、決して一色ではない。
孤独が好きな俺の心は特に歪に捩れて、歪んでいる。
自分の心を他人に預けられない、一人ぼっちの剣士――
「……宜しく、頼む」
――けれど俺は人間、言葉を持っている。
自分の心を素直に出せずとも、相手に届ける手段はある。
信じると素直に言えないから、口を噤んで逃げているだけでは駄目だ。
俺は伝えられる気持ちを、形を変えて彼女に届けた。
『アンタの武器、フェイトちゃんに預けてるよ。
――今度同じ真似したら、許さないからね』
自分の背に向けられた、小さな後押し。
ぶっきらぼうではあるけど、あの女なりの激励だと気付けた。
お礼は言わない。そんな仲ではない。
大嫌いだけど、死なれれば後味が悪い――
そんな自分の気持ちとして、相手に向ける言葉にピッタリだった。
――エイミィも俺に似て、不器用な所があるのかもしれない。
今までの俺はただ我武者羅に、その場その場で浮かんだ想いを吐き出していただけだ。
何処にも届かず、誰にも理解されない。
これでは幾度振るっても、剣が上達しないのも当然。間違えて当たり前。
言葉も、剣も、変わらない。
相手に自分の中の何かを伝える手段であり、道具だ。
愛か憎しみか、理性か狂気か――話し合いや闘争に形を変えて、相手とぶつかり合う。
プレシアへの気持ちも、同じ。
レンやフェイトを傷つけた許せない女だが……悲しみもあり、理解すらしている。
俺は、弱い。
だからこそ、全てを使って彼女と向き合う。
新たに決意を固めて、俺は二人の魔法少女の元ヘ向かう。
フェイト・テスタロッサ、それに――
"君の頼みは引き受けるよ。その代わり、僕の頼みを聞いて欲しい。
なのはの事だけど――"
――高町なのは。
俺に話し合いを教えてくれた少女と、出陣前に少し話をしてみよう。
<第七十話へ続く>
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