とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十六話
                               
                                
	
  
 
 フェイトと話し終えて一時間後、クロノからの連絡があった。 
 
様子見も兼ねて執務官直々にモニターで顔を出してくれたので、差し当たりない程度にフェイトの容態を話した。 
 
ここ最近のフェイトの様子を、奴なりに気にしていたのだろう。 
 
落ち着いたと知って、クロノ自身もホッとした様子だった。 
 
会議で議論を行った末、俺やフェイトの意見も必要になったらしい。 
 
泣き疲れて眠るフェイトを起こすのは気が引けたが、会議の主題はジュエルシードとプレシアだ。 
 
この二つの今後の取り扱いは、俺達も難儀している。 
 
目標はあれど、手段が思い付かない状態だからこそ、フェイトは力尽きるまで焦ってしまった。 
 
俺も俺で個人的な策はあるが、クロノ達時空管理局と認識を合わせていない。 
 
勇み足を踏んで、またややこしい展開になるのは御免だった。 
 
情報共有を行い、具体的な対策を練った方がいい。 
 
単独プレー専門の俺だが、いい加減限界が近い。 
 
フィリスからも固く戦闘を禁じられている身だ、助力は多いに越した事はない。 
 
国家権力に頼るのはあまり気は進まないが、仕方がなかった。 
 
少なくともリンディやクロノは信用出来る。 
 
もっとも今後の時空管理局の出方次第で、こちらの対応も変わってくるのだが―― 
 
この船で多分一番世話になっているドクターの案内で、俺とフェイト会議室へ足を運んだ。 
 
 
 
「では改めて――宮本良介さんとフェイト・テスタロッサさんです」 
 
 
 
「……どうも」 
 
「よ、宜しくお願いします」 
 
 
 俺は無難に、フェイトは少し恐縮した様子で頭を下げる。 
 
宇宙戦艦内の会議室は特にSFチックな内装ではなく、ごくごく普通にテーブルと椅子が並んでいる。 
 
特徴的なのはテーブル中央に浮かぶ球形の空間モニターで、照明が落とされた部屋で仄かに光を放っていた。 
 
会議の列席者は艦長のリンディ提督を中心に、クロノ執務官とエイミィ、俺と同じ民間協力者のなのはにアルフが並んでいる。 
 
 
「……あれ、ユーノは参加してねえのか? 
折角生意気なツラを拝めると楽しみにしてたのに。 
 
さてはあいつ、会議中居眠りこいて追い出されたな」 
 
 
『君と一緒にしないでくれ』 
 
 
「むっ……? 貴様、何処に隠れている」 
 
『期待に添えなくて申し訳ないけど、僕はこのままで失礼するね』 
 
 
 会議室の隅から隅まで見渡してみるが、あの野郎の姿はない。 
 
――そうなのだ、この船に乗り込んでからもユーノの姿を俺は見ていない。 
 
何か話があれば念話を通じて語り掛けて来て、本人は俺に顔すら見せようとしないのだ。 
 
対話する際何故かなのはと一緒なので、背中にでも隠れているのかと勘繰ったが見つからない。 
 
この会議室でもテーブルや椅子の下、柱の陰などを探しても当然の如くいない。 
 
気配を感じる鋭敏な感覚は今の俺にはなく、姿を消す魔法とか使われたら探し様がなかった。 
 
 
――何故執拗に隠すんだ、こいつ? 
 
 
「事件の行く末を決める重要な会議に、姿を見せないとは失礼だとは思わんのかね! 
信頼関係が大切だろう、俺達には」 
 
「――正論だが、君が言うと嘘臭く聞こえるのは何故だろうな」 
 
 
 黙らっしゃい、法の守護者。 
 
必死で探し回る俺を、提督殿は微笑を浮かべて見つめている。 
 
 
「恥ずかしがる事は無いと思うけど。元の姿もとても可愛らしいのに」 
 
『……喜んでいいのかどうか、複雑です』 
 
「元の姿も? 何だお前、アルフみたいに変身とか奇天烈な変装でもしてるのか?」 
 
「どういう意味さ!? こいつと一緒にしないでほしいね。 
アタシは勇ましい狼だけど、こいつはちっちゃい動――」 
 
『わーわーわー!! 
とっ――とにかく、きちんと許可は貰っているんだ。僕の事は気にしないでくれ!』 
 
「許可なんて出てるのか!? 
 
ゴリラがいる船だし、俺は別にどんなのも気にしないのに」 
 
「アンタより醜悪な奴は、次元世界探し回ってもいないもんね」 
 
「……あん?」 
 
「……何よ?」 
 
 
 不平不満の狼さんの言い分にユーノは声を荒げ、こっちはこっちで睨み合う。 
 
世界の命運が決まる会議なのに、緊張感の欠片も無かった。 
 
俺の横で戸惑いつつも、フェイトは少し口元が緩んでいた。 
 
ま、これはこれでいいかもな。 
 
 
……おや……なのはの奴、一人だけ妙に暗いな……? 
 
 
口喧嘩さえ誰よりも率先して止めようとするのに、始終俯いている。 
 
最近話してなかったが、具合でも悪いのだろうか? 
 
顔を覗き込もうとした俺を、クロノの声が遮る。 
 
 
「じゃれ合いはその辺にして、そろそろ会議を始めよう。話が進まない。 
ミヤモトにフェイトも、空いた席に座ってくれ」 
 
 
 戒める声に渋々矛を収めて、俺は適当に選んで座る。 
 
両隣に誰も居ない離れた席だが、皆を一瞥出来れば問題ない。 
 
一人離れているのでクロノはやや気に入らない様子だったが、些細な問題と黙認を決め込んだ。 
 
フェイトはキョロキョロと不安そうに周りを見つめて―― 
 
 
「……ぁ」 
 
 
 ――俺の隣に、静かに腰掛ける。 
 
その瞬間なのはは顔を上げて――再び視線を落とした。 
 
少し寂しそうに見えるのは子供ゆえか。 
 
アルフがガン睨みしているが、あそこまでいくと過保護なので口を出すのはやめておく。 
 
横目で見るとフェイトと視線が合い、照れ臭そうに笑いかけてくれた。 
 
アリサの歌とアリシアの贈り物が効果的だったようだ。 
 
少しは元気になったフェイトに、アルフどころかクロノも安心した顔をする。 
 
 
「これで事件関係者は揃ったわね。 
  
先日、本艦全クルーの任務はロストロギア――ジュエルシードの捜索と回収に変更しました。 
 
 
本件においては特例として、問題のロストロギアの発見者並びに民間協力者が臨時局員の扱いで、事態にあたってくれています。 
現状進められている回収作業も見通しが立ってきたので、今後の方針を固めます」 
 
 
 リンディ提督の宣言の下、一連の騒動は正式に事件として認識された。 
 
病院の中庭で宝石を拾った時から始まった俺個人の事情が、時空管理局が関わる犯罪として取り扱われる。 
 
何ともスケールが大きくなったものである。 
 
 
高町の家を出た瞬間、世界の壁を飛び越えたのだ。 
 
 
些か以上に複雑だが、今更逃げるつもりはなかった。 
 
 
「まず問題のジュエルシードですが、回収されたのは全部で12個。 
内11個を封印、1個は特秘として本局へ移送されます」 
 
「何で1個だけ……?」 
 
『君が回収したジュエルシード、封印処理が効かないそうなんだ。 
次元震を起こす危険な力を持っているからね。 
この艦で取り扱うのは危険と判断したんだよ』 
 
 
 俺の疑問に早速答えてくれる透明人間の先生。 
 
はやてから回収した紅に輝く宝石―― 
 
プレシアが、法術による結晶化と説明していたのを思い出す。 
 
水が氷になるのに似た現象で、この世に戻ったアリサは幽霊だが触れられるようになった。 
 
ロストロギアだとどのような影響が生じるのか、想像も出来ない。 
 
魔法に関する危険物だ、専門家に任せるのが一番だろう。 
 
厄介事は遠ざけるに限る。 
 
 
「残り未回収の9個ですが、内6個は連日に及ぶ捜索の結果――海底に散布されている事が判明しました」 
 
「海底って、海鳴の……?」 
 
「ああ。君達の話を聞いて町を中心に捜索範囲を広げた結果、発見した。 
エイミィの観測によると、そう遠くない範囲で6個が散らばっているようだ」 
 
 
 議題を進めるリンディに、クロノが補足を加える。 
 
なるほど、今まで発見に時間が掛かったのも頷けた。 
 
俺はジュエルシード回収作業に関わっていないが、ユーノ達より海鳴町にばら撒かれたと聞いていた。 
 
その話からてっきり町中に落ちたのだと思い込んでいたが、考え直せば海鳴は町だけではない。 
 
自然豊かな山と広大な蒼い海に恵まれた土地なのだ。 
 
町より海の方が断然広い、むしろそっちに落ちる方が自然だ。 
 
 
……結局異世界から海鳴町に21個全部集中して落ちた原因が不明だが、聞くのは怖そうなのでやめておく。 
 
 
俺も大人なのだ、社会の理不尽には多少目を瞑らねば。 
 
今は過去の出来事より、未来に向けて方針を固めなければならない。 
 
皆には周知された事実でも、怪我等で不参加だった俺は積極的に質問する。 
 
 
「海の底にあるのをどうやって回収するんだ? 
潜って取りに行くのか」 
 
「野蛮だね…… 
万が一ジュエルシードが発動したらどうするのさ。 
溺れ死ぬのがオチだよ」 
 
 
 はやての家を襲撃した野蛮女に、野蛮とか言われたくないわ! 
 
せせら笑うアルフに負けじと、俺は代案を立ててみる。 
 
 
「ジュエルシードは真の効果はどうあれ、願い事を叶える特性を秘めている。 
なら海上で自分の願いを真摯に祈り、ジュエルシードを敢えて起動させる。 
 
そこを抑えれば――」 
 
「危険です!? 6個分のジュエルシードですよ? 
個人で封印出来る容量を遥かに超えています! 
 
自滅するつもりですか!」 
 
 
 ……何故だろう……、フェイトに言われると腹が立つんですけど。 
 
 
俺が止めなかったら、お前だって出撃していただろうが! 
 
お前に言われたくないと猛烈にツッコミたいが、折角上がった好感度を保ちたいのでグッと堪える。 
 
冷静になったフェイトの反論は正しい。 
 
俺を心配そうに見上げる表情も本気で、少しは俺を思い遣ってくれているのだと嬉しいもんだ。 
 
半分冗談の提案だしな、こんなの。 
 
そんな俺の無知な発言を、当然由緒正しい執務殿が見逃さない。 
 
 
「フェイトの言う通りだ。そんな無謀な案は飲めない。 
ジュエルシードの危険性は君も十分承知だろう。 
暴走を誘発させるなど、論外だ。 
 
此処にこれだけの優秀な魔導師が揃っているんだ。 
周辺区域に影響が出ないように結界を張った上で、回収作業を行う」 
 
 
 ユーノは魔法学院出の優秀な結界魔導師らしい。 
 
そのまんまな名前の学校に吹き出しそうになったが、相応の名門だとクロノの弁。 
 
海底に眠るロストロギアの探知はお手の物、6個分でも集中すれば発動は阻止出来るらしい。 
 
後はクロノの指揮の下、フェイトやなのは、アルフがサポートすれば安全に回収出来るようだ。 
 
 
「俺は?」 
 
「怪我人は見学」 
 
 
 クールに役立たずと言われた、畜生。 
 
危ない真似は駄目だと白衣の天使に念押しされているので、渋々引き下がる。 
 
余力がないのは事実だ。 
 
俺に出来る事に専念しよう。 
 
 
「となれば、後は残り3個を持っている奴が問題だな」 
 
「……ええ、是非意見を伺いたいわ。 
彼女――プレシア・テスタロッサに密接に関わった貴方達に。 
 
エイミィ。彼女についての調査報告を」 
 
  
 いよいよここからが、俺にとっての本題だ。 
 
夢を叶える宝石が世界を破滅させる悪魔の力と分かった以上、俺にはもう何の価値もない。 
 
危険物は危険取り扱いに長けた専門家に任せればいい。 
 
 
時空管理局に任せられない仕事――この事件に対する、俺のけじめでもある。 
 
 
エイミィの操作で、テーブル上に浮かぶ球体が光を放つ。 
 
眩い光は立体型の映像を抽出し、映像はやがて黒衣を纏う魔女へ姿を変える。 
 
投影された人物像に、フェイトが膝元で手を震わせている。 
 
手でも握ってやりたいが、柄でもないと改めて向き直った。 
 
エイミィはプレシアの映像に視線を向けながら、報告を行う―― 
 
 
「プレシア・テスタロッサ―― 
 
ミッドの歴史で、二十六年前は中央技術開発局の第三局長でした。 
当時彼女個人が開発した次元航行エネルギー駆動炉『ヒュードラ』使用の際違法な裁量をもって実験を行い、失敗。 
結果的に中規模次元震を起こした事が元で中央を追われて地方へ移動になりました」 
 
「次元航行エネルギーに次元震――となれば、やっぱり」 
 
「ああ。 
ジュエルシードの特性や効果、制御方法を確実に知っている」 
 
 
 懸念していた事項が一つ、明らかになった。 
 
やっぱりあの女、全部知っていてジュエルシードを集めていたな。 
 
願い事を叶える力に頼るつもりは、最初から無かったのだ。 
 
俺達は頷き合い、エイミィは報告を続ける。 
 
 
「この件は随分もめたみたいです。 
問題の多い前任者、上層部の勝手な都合で厳しくなるスケジュール、上層部に嫌気が差しやめていくチームスタッフ達―― 
事後処理だけでも、大変な負担が彼女にかかっていたみたいですね。 
 
実験の失敗は結果に過ぎず、実験材料にも違法性はなかったそうです。 
 
プレシアの進言にも拘らず、上層部が自分達の都合で出した決定の末にエネルギー漏れにより暴走。 
研究者達は結界によって無事でしたが、結界の外にいた彼女の家族は……」 
 
 
 ――アリシア…… 
  
夢の草原で涙する少女を想い、俺はやり切れない気持ちになった。 
 
不幸な事故と片付けるのは容易い。 
 
俺も関わらなければ、記憶にすら残らず鼻で笑っていただろう。 
 
何も知らないまま死んだ彼女は、如何なる気持ちだったのだろうか―― 
 
 
「プレシアはこの事件について会社を告訴しましたが、裁判では勝ち目はありませんでした」 
 
「何でだよ。その会社の上層部がゴリ押ししたから、事故が起きたんだろ。 
アリシアは被害者なんだぞ」 
 
 
 異世界だろうが、日本だろうが変わらない。 
 
例え下っ端が原因でも、お偉いさんが頭を下げるのが筋ってもんだ。 
 
会社の信用問題にだって関わる。 
 
部下の為に頭を下げるのも上司の仕事だ。 
 
俺が唱える日本の人情を、世間の厳しさを次元世界レベルで味わった大人の女性が反論する。 
 
 
「会社側は―― 
 
『プレシア・テスタロッサが違法手段・違法エネルギーを用い、安全確認よりもプロジェクト達成を優先させた』 
 
――いう形で記録に残したいの。 
そうすれば個人の責任に繋がり、会社全体の不利益は少なくてすむわ」 
 
「この実験で死んだのは、プレシアの娘なんだぞ!?」 
その母親に、娘が死んだ責任を押し付けるのか!」 
 
「一方的じゃない。 
告訴を取り下げる事を条件に、会社側は遺族への賠償金を出す条件を提示したんだ。 
結果的に、プレシアは受け入れた」 
 
「それで納得出来なかったら、今回の事件が起きてるんだろ! 
大金積まれたって、命が買えるかよ……!」 
 
 
 青臭い主張を何の非も無いクロノ達に叫んでいる自分が、酷く滑稽だった。 
 
どれほど悲劇的な事故であれ、全ては過去に埋もれている。 
 
何度掘り返したところで、何も変えられない。 
 
映画やドラマと同じ――映像の向こう側で起きた出来事に、一喜一憂しているだけ。 
 
安っぽい同情だった。 
 
でも……それでも……悔しい。 
 
アリサを殺した犯人が、謝罪代わりに大金出して来たら容赦なく半殺しにするだろう。 
 
ふざけるな、と――こんな物要らないから、大事なアイツを返せと。 
 
 
……金より大事なモン、か…… 
 
 
病院の中庭で宝石を拾った時の喜びと、アリサがこの世に戻った時の感動―― 
 
どっちが上か、比べるまでも無い。 
 
傍に居れば何かと口煩いメイドだが、金より価値があるのは確かだ。 
 
恋とか愛とか目障りな感情はねえけど、居るのが当たり前にはなりつつある。 
 
その日暮らしの俺に、こんな存在が出来るとは夢にも思わなかった。 
 
 
「……悪い。続けてくれ」 
 
 
 気まずい空気が流れているので、一言詫びておく。 
 
やっぱり今回の事件、俺独りでは解決出来ない。 
 
どうしてもプレシアに個人的な思い入れを抱いてしまう。 
 
冷静な観点が必要だった。 
 
不細工な奇麗事をほざいた俺にクロノは何も言わず、エイミィを促した。 
 
 
「裁判の後、プレシアは行方不明になりました。 
地方に流れた噂だけ残して――それっきりです」 
 
「行方不明になるまでの行動は?」 
 
「その辺のデータは、綺麗さっぱり抹消されちゃってます。 
本局に問い合わせたところ、裁判で得た資金全てを持ち出しています」 
 
 
 消えた足取りと共に、エイミィの報告も終わる。 
 
ここまでの経緯や事情を聞いて、リンディも難しい顔をしている。 
  
恐らく――俺と同じ推測を立てている。 
 
 
「莫大な賠償金を資金に……人造生命研究を始めたんだな」 
 
「人造生命研究そのものは違法ではないの。 
世紀の研究機関や名の知れた学院でも取り扱っている。 
良介君の話によると、プレシアも人造生命研究の職に就いていたようね。 
 
ただ非常にデリケートな分野で、管理局でも目を光らせているわ」 
 
 
 クローン技術は、俺の世界でも諸外国で研究や実験が行われている。 
 
世俗に興味がない俺でも、野菜とか動物のクローンが誕生したニュースは聞いた事がある。 
 
生命を取り扱う学問でも、見方を変えれば医療等で大いに役立てる。 
 
違法性が問われるにしても、国々によって異なる。 
 
時空管理局でも取り扱いは複雑らしい。 
 
俺から見れば使い魔のアルフやデバイスのレイジングハート、本から生まれたミヤも立派に生命が宿っているように見える。 
 
それも研究の一環から生まれた技術の結晶と考えれば、違法合法を問うのは難しいかもしれない。 
 
 
問題は――人間の生命を素材に使った場合。 
 
 
フェイトを軽く一瞥すると、心を決めた顔で小さく頷いた。 
 
許しを得て、俺は敢えて禁断の領域へ踏み込んだ。 
 
 
「プレシアは喪った存在の代わりを求めて、自分の娘のクローンを作った。 
芳醇な資金と優秀な頭脳、そして何より愛娘への執着が自分のプロジェクトを実現させる糧となった。 
 
だが、生まれた存在はフェイトであり――アリシアじゃない。 
 
奴は自分の研究に見切りをつけて、次の段階へと移った」 
 
 
 なのはが心配そうにフェイトを見やるが――気にしないで、とフェイトは軽く笑顔を見せる。 
 
……案外、本当の友達になれる日は近いかもしれない。 
 
少なくとも、この二人の間に俺が無理に入らなければややこしくならずにすんだ。 
 
悔やんでも仕方ないが、やはりなのはとも一度話をした方がいいかもしれない。 
 
二人のやり取りを見守る俺の横で、クロノは事件にのみ集中して語った。 
 
 
「それがジュエルシードであり、"アルハザード"だ」 
 
  
 禁忌の言葉に触れた途端、リンディやエイミィも緊張に強張る。 
 
この単語から、暗く燃える彼女の恐ろしい野望に辿り着けたのだ。 
 
彼女達の顔を見る限り、どうやら俺の名推理が真相へ導いたのは確からしい。 
 
無知な獣だけが、困った泣き声を上げる。 
 
 
「そのアルハザードってのは、何なのさ?  
それがあの女がフェイトを傷付けてまで得ようとしたモノなんだろ」 
 
「……フンッ、無知蒙昧な輩はこれだから困る」 
 
「むっ……何か偉そうじゃないか。 
ついこないだまで、魔法のまの字も知らない男に分かるってのかい?」 
 
「お、おにーちゃん、知っているんですか?」 
 
 
 馬鹿にしたような顔と、尊敬に満ちた顔が重なる。 
 
うーん、ゾクゾクするなこの緊張感…… 
 
事件関係者を集めて、朗々と事件の真相を語る名探偵の気分が分かる気がする。 
 
 
剣士もいいが、将来は探偵になるのも悪くないかも。 
 
 
事件を起こして偉そうな顔をする馬鹿共の鼻を明かしてやるのだ。 
 
得意満面に俺は立ち上がり、アホ面した奴らを見下ろす。 
 
 
「よく聞けよ。アルハザードってのは――」 
 
 
『次元世界の狭間に存在する、失われた秘術の眠る地――それはアルハザードだ』 
 
 
 あ、あれー!? 
 
名推理を述べる探偵の横から、素晴らしいタイミングで横槍が入った。 
 
推理より、明確な事実――そう言わんばかりに、魔法教授が解説に入った。 
 
 
無限の欲望が眠る世界――アルハザード。 
 
 
開かれた異世界の扉の向こうに、光と闇が交差する大地が広がっていく。 
 
因果と運命が絡み合う闇の最果てが、俺を手招きする。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<第六十七話へ続く> 
 
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